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戦慄する俺の隣では、シャノがぺたんと隣で尻もちをつく。すっかり腰が抜けちゃったようで、その顔は絶望の色が濃い。まだ、諦めるべきときではねえが、俺もこの状況をどう切り抜けたら良いか考えあぐねる今日この頃。
すると、その時であった。
宝箱の後ろに立っていた石像がズルズルと自動的に後ろに下がったかと思えば、そのまま地面に吸い込まれていった。のぞきみてみると、床に穴が開いていて下に続く階段が現れている。なるほど、この宝箱は罠でもあり、鍵でもあったのか。
えげつねえな。
これが必須のクエストイベントだとするならば、ここまで無事に来れた仲間の人数で難易度が変化する仕様なのだろう。まあ、七人パーティだったらワンチャンあったかもしれない。けれども今は二人しかいない。
選択肢は、ねえな。
俺は呆然とするシャノを右手で小突いて我に返させる。
「道ができた。ここは逃げるに一択だ。あんたは先に進め」
俺の台詞にシャノは怖い顔をする。
「馬鹿なこと言わないでよ。あたしにあんたを見捨てて行けっていうの? ぶっころすわよ」
「いやいや。ほら、俺は姿を消せるスキルを持ってるからな。だから、あんたは早く行け」
俺がそう言うと、シャノは黙り込んでじっと俺の目をのぞき込んでくる。彼女の吸い込まれそうなほど綺麗な赤い瞳に、冷や汗を浮かべた俺が移りこんでいた。
「それ、本当でしょうね」
「ほんとほんと」
俺が笑うとシャノは怪訝そうな顔をしながらも、ゆっくりと立ち上がった。それから何度もこっちを振り返りながら、さっきできた階段を下りていく。そんな彼女に俺は右手を振り振り。
ようやく彼女の姿が見えなくなったところで、俺は肺に溜め込んでいた空気を吐きだした。表情が引きつらないかとヒヤヒヤしたが、上手くシャノを丸め込むことに成功したようだ。
嘘は言っていない。
確かに俺は姿を消せるスキルは『持っている』。
「さて、どうすっかな」
これでこの場に残るは俺だけだ。
クラウソラスはちょうどこっちに気づいて咆哮し、矮小な虫けらをぶっ潰さんとする圧倒的強者の一歩を踏み出したところだった。ズシンという重苦しい重低音とともに床が揺れる。
「はは、は」
開錠ゲージは五分の一程度を通過したところ。それが一杯になるころには俺はミンチになってるか、クラウソラスの腹の中だろう。何かしら時間を稼ごうにも、俺とクラウソラスの間には何も障害物はないし。そもそも俺、まったく動けないしなー。
これが現実なら腕を引きちぎってるところであるが、プレイヤーからの攻撃ではそういう外傷は反映されない。まあ、クラウソラスに宝箱だけ食いちぎってもらえばワンチャンあるかもしれないが。けれども、残念ならが据え置きの宝箱は移動ができないタイプで、クラウソラスからの距離は、宝箱よりも俺本体の方が近かった。
「はー」
せめて、せめてスキルが使えれば何とかなっていたかもしれない。
というのも、宝箱に左腕を捕捉されてから、スキルの使用ができなくなったのである。おそらくは、憲兵の手枷のような効果が呪いとして、このトラップ宝箱には仕掛けられているのだろう。だから、【インヴィジブル・ヴェール】や【アバター・ドミネーション】は使えなかった。
「…………はっはっは」
いやはは。
人間、本当に追い詰められたときは笑いしか口から出ないらしい。
クラウソラスは俺を真っ直ぐに見つめて舌なめずりする。今日の昼食にでもするつもりなのかもしれない。いーやーだー。




