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炎が噴いたり槍が飛んだり地面が抜けたりといった隠し罠の数々に注意しながら、小一時間ほど坑道じみた小道を進む。すると、これまた広い空間に出てきた。
そこは地下盆地にできた城塞都市のような場所。
光苔で覆われた天の下で、エッシャーのだまし絵みたいな感じで無数の建築物が集合し、それらは複雑な錯視効果を生み出して探索者を惑わす。建築物迷路の中心にはこの地下大都市のシンボルのようにひと際巨大な古代ギリシア的建築物がデデーンと建っているのが見えた。
そこには、何かしらの遺物の存在を示すアイコンが俺の【分析眼】で確認できる。
わかりやすいな。あそこを目指せってことか。
「ねえー、ほんとにまだこのクエストの依頼者は生きてると思うのー?」
高台に上って建造物の並びを眺めていた俺をシャノが見上げながら言う。あらかた配置を記憶して宮殿までの経路を見つけた俺は、彼女の隣に飛び降りて首を振った。
「さあな。まだクエスト破棄されてないから、そうなんじゃないのか。来た道には誰もいなかったし、俺たちと同じようにこっちに来てるかもな。でも、それだったら痕跡くらいはあってもいいはずなんだけど」
この場所は見た限りではプレイヤーがまだ立ち入ったことのない未踏の場所っぽい。それに、こんな手の込んだ期間限定MAPといい、さっきのクラウソラスの【無敵】化といい、この救出クエストには不可解な点が多い。
……いや、待てよ。ひょっとして。
俺はふと思いついたことを確かめるために、クエスト依頼文をもう一度読み返しみる。
ははあん。
「なによ。急にニヤニヤして」
「いや、何でも。ただ、またクラウソラスが追ってくるかもしれないと思って」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「んー、まだ確信できてないから言わない」
「……けち」
「とにかく出口を残り数日以内に見つけられないことには俺たちは餓死るってことだけは確かだな」
「うっ、悪かったわね」
俺の台詞にバツの悪そうな顔をするシャノ。
「おやおや、シャノさん。どうしたんですか。俺は何も言ってませんけど?」
「だーかーらー、食べちゃって悪かったわねって言ってんのっ!」
そうなのである。
さっき小休憩で俺が二、三日分のシャノの食料と思って彼女に渡したものを、あろうことか俺が偵察に出た間に全部たいらげてしまっていたのだ。おかげさまで、残りの食料が一気に三分の一程度になってしまった。
まあ、それは過ぎたことなので気にはしていない。
問題なのは、あと数日でこのダンジョンから這い出なければならないって事実。ここは俺も来たのが初めてのため、その辺に自生してる植物などを食料として調達するわけにもいかない。こういうのは一端持ち帰って、倒れてもすぐ処置のできる場所で毒見するのがセオリーなのである。色々と採取したせいで俺のアイテム欄もいっぱいになってきたのは内緒である。
そんなわけで、脱出を急ぐ俺は石畳みの道を歩き始める。その後ろをついてくるシャノは、しばらくして呟いた。
「ねえ、はぐれちゃいそうなんだけど」
「なんだい、シャノさんや。手でもつないでほしいのか?」
「……うん」
立ち止まって振り返る俺。まさか肯定の返事が返ってくるとは思わなかったからだ。
シャノは頬を少し染めて、そっぽを向いている。
「い、言っときますケドー。べつにあたしはあんたと手を繋ぎたいってわけじゃないのよ? そもそも、ヘンタイのあんたと手を繋ぐなんて考えただけでもキモいし。ただ、はぐれちゃうのが嫌なだけだし。仕方なくだしぃ」
「…………」
「あによぅ」
「いや、あんたが俺を好きだってこと知ってると、今のあんた。すっげー可愛いなと思って。びっくりした」
俺をジト目で睨んでいたシャノは、途端に慌てふためいて口をわなわな震わせる。
「……かかか、かわっ!? ばっ、ばっかじゃないのっ!? ふ、ふんっ、この天才美少女剣士シャノーラさまが可愛いのなんて、あったりまえじゃないっ! そんなこと今さらあんたに言われたって、ぜんぜん嬉しくないんだからっ!」
「はいはい」
滅茶苦茶、嬉しそうな表情で言われてもなー。
にやにや。
「はいは、一回って言ってるでしょっ! あとその顔、むかつくからやめろっ!」
「はい。それじゃあ、まあ。俺のこの貧弱な手を繋いでいただけますかね、シャノーラさま」
「……う、うむ。特別に、その旨を良しとしてあげる」
大業に頷いて俺の手を握ったシャノと二人して噴き出して笑った。




