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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
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「あ、あのさ」


 シャノが呟く。


「もし、駄目だったら、あたしを離してあんただけでもあがりなさいよ。どうせこっちで死んでも、無くなるのは、記憶だけだから」


 彼女が言ったお馬鹿な台詞に俺は鼻を鳴らす。


「あによぅ」


「自己犠牲は格好悪いとか言ってなかったっけ?」


「ふん。し、仕方ないでしょ。好きな人が、自分のこと忘れちゃうほうが、よっぽどやだもん」


「俺もだよ。せっかく好きって言ってくれたやつが、自分のこと忘れるなんてのは御免だ。だから、この手は離さない」


「……ばか」


 シャノは一言だけ、そう罵って押し黙る。しかしまあ、このままいても二人して奈落におさらば自由落下するだけだし、何かしら手を打たなければなるまい。シャノは逆さまだし、自力で登れる感じじゃなさそうだ。というか、持ったものの重量が少し引かれる黒手袋を装備してる俺が、彼女を掴んでいるから今の体勢が辛うじて成立してるのであって、彼女が俺を掴んでしまうとスキル補正がなくなって重量オーバーになってしまうからよろしくない。かと言って、俺もこの体勢を維持するのに精いっぱいで、彼女を引き上げるだけの筋力値は少し足りない。


「計算してみた」


「な、なにをよ」


「俺の筋力値は、あんたを引き上げるには少し足りない。でも、その足りない分はチャラにできるかもしれない」


「ど、どうすればいいの?」


「持ってるアイテムを捨てろ。俺が掴んでる左足のブーツ以外、全部だ」


「は?」


「アイテム欄に収納すればアイテムの重さは軽くなる。けど無くなるわけじゃない。少しだけだけど重量が体重に加算されてるはずだ。それを捨てれば、俺の筋力値でもあんたを引き上げられるかもしれない」


「わ、わかったわ。やってみる」


「そっから投げられる感じのやつは上に投げとけよ。もったいないからな」


「うん」


 しばらくシャノはインベントリを開いて色々アイテムを捨てていく。着替えの装備だったり、化粧道具だってり、枕だったり、入浴セットだったり、ぬいぐるみだったり。果ては、いくつか家具類まで。

 ……こいつ、ダンジョンに住み着くつもりなのか?


 投げることができずに泣く泣く暗闇に落ちていくアンティークベッドを眺めながら俺は飽きれたため息を吐く。


「捨てたわよ。ゼンブ」


 アイテム欄を空にし終えたシャノは俺にそう言った。


「いや、まだ足りねえな」


「ちょっと、あたしアイテムは全部捨てたわよ。あんたの計算違いじゃないの?」


 彼女の台詞に俺は首を振る。


「俺は言ったぞ。持ってるアイテムはブーツ以外は全部捨てろって」


「だーかーらー、捨てたでしょ」


「まだ着てるもんがあるだろ」


「…………なぁっ!? ま、まままま、まさかあんたっ!?」


「そのまさかだ。目を瞑っといてやるから、さっさと脱げよ」


 そうなのである。俺の計算ではシャノが持ってるアイテム、すなわち現在着ている装備品も含めて捨てれば、軟弱な俺の筋力値でシャノを引き上げるのにギリギリ足りるあんばいなのだ。


「ばっ、ばっかじゃないのっ! ばっかじゃないのっ! あんたあたしをどんだけ脱がせたいのよぉっ! このヘンタイっ!」


「まあ、あんたが脱いでくれなきゃ、俺もあんたも二人して間抜けにも真っ逆さまなだけだぜ」


「そっ、そそっ、そんなのずるいっ! ずるいずるいずるいずるいっ! うっ、ううっ、もう、さいあく。さいあくよぉ。こんなのってぇ」


「できれば一分以内でよろしく頼むよ」


「ああもうっ、脱げばいいんでしょっ! 脱げばっ! 目を開いたらぶっころすからなっ!」


「はいはい」


「はい、は一回!」


「はい」


 そうは返事したものの、目を閉じてしまうと聴覚が鋭敏になってしまう。そのため、シャノが文句をブツブツ言いながらも、微かにたてる衣擦れ音が妙に生々しく俺の耳をくすぐるから困る。うっかり目を開けそうになるのを堪えながら待つこと数十秒。


「……ぬ、脱いだわよ」


 声音だけでも顔が羞恥で真っ赤になっていることがわかるシャノが自己申告してくる。けれども、おかしいな。まだ足りない。


「本当に? 全部脱いでる?」


「服は脱いだわよっ! 残ってるのはブラとパンツとブーツ片っぽだけよっ!」


「ブーツ以外、まだ残ってんじゃん」


「…………あ、あんた、…………ま、まさか」


「何度も言うけど、俺は言ったぞ。持ってるアイテムはブーツ以外、全部、捨てろってな。もちろん、ブラもパンツもブーツじゃねえ」


「…………い、い、いやあああああああああああああああああああああああああっ!」


 悲鳴をあげるシャノ。でも、これは仕方のないことなのだ。どういうわけか、ちょうど。本当にちょうど、彼女が片足ブーツのすっぽんぽんになった状態でないとこの体勢から彼女を引き上げるだけの筋力値をはじき出せなかった。これはシャノの幸運値が低いのか、それとも幸運値の高い俺のラッキースケベなのかは置いといて、昨日の晩にシャノがボス前だからって大量に食べてしまったのが大きな原因だと思われる。まったく、あんだけ骨付き肉は一人三つまでって言ったのに、俺の分をかっさらうから。そのツケが回ってきたんだな。因果応報って怖いわー。


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