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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
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 俺の願いが通じたのかどうかは知らないが、期せずしてクラウソラスが咆哮する。巨大な地下空間に反響エコーするそれを聞いた俺は、とあることに気づいてハッとした。


「こっちだっ!」


 【アバター・ドミネーション】をキャンセルしてシャノの手を引っ張る。こと、走るだけならこっちのほうが早い。


「にゃっ!? ちょっ! なっ、ななっ、なんなのよぉーっ! あたしに許可なく急に手をつなぐなばぁーかぁーっ!」


 シャノが顔を赤くして何かを叫んでいるが、それは意識の外へ追いやる。急制動をかけて、方向転換。クラウソラスが地面を滑って柱に激突している暇に、距離を稼ぐ。そして、目的の場所へ直行した。


 すると、だんだん見えてくる。

 それはボス部屋の壁際の一郭。さっきのクラウソラスの咆哮からエコーロケーションで割り出したそこには、通常MAPでは存在しえない大きな出入り口が開いていたのである。その先には長く広い回廊が続いている。さっきまではなかった。おそらく、クラウソラスが【無敵】化したときに開いたのだ。


 もし、クラウソラスの【無敵】化がクエストイベントならば、この出入り口もイベントの一部に違いない。つまり、俺たちのとる行動は一つ。


「ちょっと、あんたどこに行こうとしてんのよぉーっ!」

 さーなー。こっから先は俺もお初だ。いやはは、ここにきて期間限定緊急クエストの限定MAPかよ。さすがは達成難易度A+のクエスト。一味も二味も違う。やってくれるぜ。

 そのまま走る速度を緩めずに、その出入り口からボス部屋を脱出して回廊を突き進む。そこはボス部屋と同じような巨大柱の乱立する地下巨大空間だった。しかし、ボス部屋とは違って、上も下も吸い込まれそうなくらいの暗黒だ。回廊だと思って俺たちが走っているのは、どうやらこちらから対岸まで底なしの暗闇にかかる幅広で巨大な石造りの橋のようだった。


「お、おいかけてきたわよっ!」


 シャノの言う通り、クラウソラスもボス部屋を抜け出して、俺たちの方へ駆けてくる。いやー、おっそろしいね。四本足に加えて四つの翼の翼爪も交互に地面に穿ちながら、爆音を上げて距離を詰めてくる。マグマのように赤くぬめる涎を垂らしながら。


 しかしながら、俺は光明をすでに得ていた。【分析眼】によれば、この石橋、老朽化が進んでいるうえ、そもそも向こう岸まで橋脚がないという致命的欠陥をはらんだ不安定な構造なのだ。向こう岸との距離から計算して、橋の中心部分は自重でさえ支えるのがやっとだろう。んで、そこを通るのがヒューマーとハーフヴァンプの二人だった場合、橋の自重に対して誤差程度の重さしかないので無事通れる。が、しかし、それがもし、荒れ狂う巨大爬虫怪物だったなら?


「こうなるだろ」


 石橋の中間地点を過ぎたあたりで、唐突に始まる崩壊の音。

 ビシ、ビシシ。そんな不気味な不協和を響かせて足元はひび割れていく。罅裂はどんどん数を増やし、やがて大きな崩落音が背後で爆発する。足を止めずに振り返ると、ちょうど崩れた石橋から断末魔じみた方向をあげながら虚に引きずり込まれていくクラウソラスと目があった。しかし、それも一瞬のことで、こっちはもうそれどころじゃない。


 まだ勝敗語るまで終わっちゃいない。前に向き直って対岸を目指して走り続ける。背後では破滅の音がだんだん近づいてきていた。連鎖的に石橋が崩落していっている。シャノの叫び声が聞こえるが、大丈夫だ。ここまでくれば、完全に石橋がロンドン橋の歌みたく落ちる手前で、対岸まで十分に間に合う距離だ。


「きゃっ」


 その時、俺はうっかりと忘れていた。

 手を引く彼女が、ここぞというときに不運を発揮するクソアマだということを。

 いやー、あくどいね。なんせどうでも良いときはドジらないから、周囲の人間は彼女がそうであるということはつい忘れてしまう。んで、こういう、うっかり忘れたときに、まるで自分の設定を思い出したかのようなグッドタイミングで、致命的なドジをしちゃうのだ。


 すなわち、シャノは何もでっぱりのないところでつまずいたのだ。可愛い悲鳴を上げて。

 そんな彼女につられてバランスを崩した俺が体勢を立て直すために速度を緩めてしまう。そのロスタイムによって、余裕で間に合ったものが、余裕ではなくなった。


「跳ぶぞッ!」


「う、うんっ!」


「せーのっ!」


 俺の掛け声とともに、崩れ落ちる足場の石畳を蹴って二人して対岸に跳びついた。が、シャノが着地に失敗。というか、ここでも不運事案が発生する。彼女が足をかけたヘリの石が崩れたのだ。奈落の底へ落ち始めるシャノ。慌てて俺は手を伸ばして彼女の足を捕まえた。が、こっちもあんまり体勢が良くなかったので一緒にダイブ。


 あーれー。


「……う、おもい」


「おっ、重くないもんっ!」


「そんなこと言ったってなあ」


「こっ、ここ、こっち見んなばかぁーっ!」


 しばらくして、そこには対岸の崖ヘリに右手を辛うじてかけている俺。そして俺の左手に足首を掴まれて辛うじて逆さで宙に浮いているシャノが言い合っていた。マジでなんなんだこの漫画みたいな展開は。


 重力に従ってまくり上がるスカートを必死で押さえながらシャノはジタバタしている。おいこら、動くなって。俺のなけなしの筋力値が減っていくじゃないか。


 これはまあ、テンプレの大ピンチというやつである。

 まいったなー。

 誰かー。助けてくれー。へーるーぷーみー。

 もちろんであるが、誰も助けてはくれない。ので、自分たちで何とかするしかねえ。


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