63
「問題があるんだ。とても大きな問題だ。ここは、現実とは違うってこと」
「……だったら、何よ。言っとくけど、現実のあたしはもっと可愛いんだからね」
「そういうことじゃないんだ。問題なのは、俺のほう」
「これまた言っとくけど、あんたがどんだけブサキモ男でも、あたしはこの気持ちを変えるつもりなんてないんだからね」
どんだけシャノに好かれてんだ俺。やめろー。そんなに好きになってくれると、こっちも好きのゲージが馬鹿になっちゃうだろー。もしそうなったら、取り返しのつかないことになる。お互いにとって、それはよろしくないことだ。それに、こんな俺を好きと言ってくれた女の子には、幸せになってもらいたい。そして、それは、俺とくっついたら、難しくなってしまうということは目に見えていた。
頭を抱えて呻く俺を見て、シャノはヘンな勘繰りを始める。
「……あ、も、もしかして、女、だったりするの? あ、あたしは、それでも、べつに。むしろその方が、初めてが怖くなくて、いいかも、だし」
ここに来てシャノ。レズ疑惑勃発。マゼンタさんに紹介するのが躊躇われるぜ。
それにしても、俺が女だったんならか。
「まあ、それが俺の問題だったんなら、よっぽどマシだったんだけどな」
「……なによ。釈然としないわね。はっきり言いなさいよ」
「俺は、その、重い男だから。マジで【キャッスルオーガ】並みの。超重量級、みたいな」
「えっと、百キロまでなら、守備範囲……よ? 体型も、このくらいまでなら……、トトロとか、好きだったし」
的外れなことを言いながら身振りで関取みたいな体型を示したシャノに、俺は腹の底から笑う。そっちの方がまだ、健康的で羨ましいもんである。
「おーけー。俺の返事は、ありがとう。その一言だ。本当に、ありがたいよ。女の子から初めて告白されて、なんかちょっと、感動した。でもな。たぶん、まあ、なんだ。現実の俺に会ったら、その熱も冷めてくれると思う。その時に遠慮なくフってくれ」
「どういう意味よ」
「そのままの意味さ。知らないままこんな不良物件を買わされるのは、あんただって嫌だろ? とりあえず、あっちで俺に一度、会ってみてやってほしい。それがあんたのためだ。話は全部、それからだ」
「なによそれ。結局、保留なわけ? ずいぶん他人事みたいじゃない。それに、不良物件なんかじゃないもん。い、言っとくけど、あんたを上げてるわけじゃないのよ? ただ、あ、あたしが、見る目ないみたいなのがヤなだけだから」
俺は肩をすくめる。
「いったん、この話はここで終いにしようや。そろそろ壁が開く。確かにあんたの言った通り、誰かを好きになるのには理由なんかいらない。んで、好きになったやつを信用したってんなら、あんたのその妄信的なとこも辻褄合うよ。だから、俺もあんたを信じて最善を尽くす。クラウソラスを、ササっとやっちまおうぜ」
「先に言っとくけど、あたしを死なせたらただじゃおかないわよ。あんたのこと忘れるのは、……やだかんね」
「はいはい」
「はい、は一回っ!」
「はい」
まあ、その点については心配ない。俺も、自分勝手ながら、俺を一度でも好きと言ってくれた女の子には、俺のことを忘れてほしくない。意地でも彼女をこの死地から抜け出させる所存である。
決意を新たにしていると、ちょうど退避部屋の入り口が開き始めた。向こうではクラウソラスが手ぐすね引いて待ち構えていることだろう。俺はシャノに目くばせする。彼女は小さく頷いて、ハルバードを取り出して手に持った。そこから先の彼女の身体の主導権は俺が持ち、とりあえず、入り口横の壁に背中を張り付けてハルバードを構えさせ――――。
呑気にも退避部屋に首をヌルッと突っ込んできたクラウソラスの首のエラ後ろの古傷に狙いを定めて、手始めに渾身の一撃を振り下ろさせたのだった。




