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「あんたは俺を信じると言った。その根拠を教えてくれ。俺の何が、どういう部分が、あんたを信じさせてるんだ。それが確かなものじゃないかぎり、極限状態じゃ簡単に崩れてしまう。もしあんたが俺の虚構に信頼を置いてるんだとしたら、今のうちに訂正しとかないと取り返しがつかない。あんたが俺を信じる理由は、いったいなんなんだ?」
「……それは」
シャノは黙る。彼女は俺から目を背けて、何かを逡巡している。
「時間がない。できれば十秒以内に」
「……ああもうっ、わかったっ。わかったわよっ! 言えば、いいんでしょっ! 言えばっ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら俺をビシッと指摘した。
「あんたのことが、好きだからよっ!」
ぶふう。
噴き出したのは俺の方。
えーっと、ちょっと待ってな。思考を再起動するから。
なるほど。彼女は好きなのか。俺のことが。
…………。
「って、はあああああああああああああああああああああっ!?」
シャノの十八番をやってしまった。それだけ、彼女の告白は衝撃的なことだったからだ。だって、今までそんな素振りは一回もしなかっただろう。むしろ逆。こいつ俺のこと生理的に無理の類と認識してるものとばかり思ってたのに。だからこそ、なんで信じることができてるのかわからなかったのだ。というか、突然すぎる。好きって。
ちょっと待て。俺、いま、生まれて初めて告白されたのか?
ゲホゲホと、むせ返ってしまった俺は乱れた呼気をラマーズ法で整える。
「……一応、確認な。好きって、その、……ラヴのほう?」
「それ以外に何がある。あたしにこれ以上恥かかせたら、ぶっころすぞ」
「ごめん。いや、びっくりしたから。ちなみに、俺のどこに? ざっと、あんたとの思い出を思い返してみたけど、あんたが惚れるようなこと。俺は何もしてないような気がするんだけどな」
「あっ、あんたの、そういうナマイキなとこが、いいと思ったのっ! 悪いかっ! だいたい誰かを好きになるのに理由なんて、いらないでしょっ! 恋は盲目なのっ! 寝ても覚めてもあんたのその不出来な仏頂面が頭にチラついてムカつくのっ! あたしをこんなに好きにさせたんだから責任とってっ! あたしと付き合いなさいよっ! このばかっ! とうへんぼくっ! じごろっ! きちくっ! ヘンタイっ!」
地団太を踏んだシャノは、ついでに俺を何度も蹴った。それからしばらく、彼女は俺の袖を指でちょんとつまむと、上目遣いでこっちを見てきたのである。
「そ、それで、あの、へ、返事は……、どんな感じなの、でしょうか?」
「なぜ敬語」
「うっさいあほっ。言っとくけど、保留とかは、なしだからねっ。だいたい、こっ、このままだと売れ残り確実な産廃であるあんたみたいな馬糞男にっ、こ、こんなに引く手あまたな可憐で清楚な可愛い女の子が、仕方なくっ、あんたが可哀そうだから、本当に仕方なしに、あんたのカノジョになったげるって言ってるんだからっ! 選択の余地なんてないでしょっ。だから、そのっ、も、もちろん、……おーけー、よね?」
耳まで真っ赤になったシャノの激しい心臓の動悸が聴こえてくる。つーか、俺。彼女に対して媚薬でも盛ってねえだろうな。記憶を辿るも心当たりはない。なぜ彼女が俺に惚れたのか理由は定かではないが、彼女が俺を好いてくれているということは理解できた。それに、彼女の胸の鼓動につられて早鐘し始めた俺の心臓から鑑みるに、おそらく俺も彼女に好意じみた感情を抱いているらしい。
…………。
いやいやいや。やめよう。それは、駄目だ。駄目なのだ。俺と俺を好いてくれたシャノのためにも。それは駄目なことだ。俺は肺の中の空気と恋気をゆっくり押し出して平常運転に戻る。
「ねえ、黙ってないで、な、なんとか、言いなさいよ」
感謝を込めてシャノの頭に手を置いた。
「……ああ、そうだな。俺もあんたみたいな顔とスタイルだけ良くて性格は最悪、けれど真っ直ぐなあんたみたいな人間は嫌いじゃないよ。しかも、俺みたいな男が女の子から告白されて断るなんて以ての外だ。こんなチャンスは二度とないことくらい、身の程はわきまえてる。だから選択の余地はないよな」
俺の応えに、不安そうな表情だったシャノの顔が和らぐ。
「ただしこれが、現実だったらな」
「え?」
続けた俺の台詞に、すぐさまシャノの顔が曇った。そして、みるみる目からポロポロと涙を流し始めたのだ。
「え? あれ? うそ、あ、たし、もしかして、フラれ、た? あ、あはは」
「お、おいおいおい。泣くな泣くな。違う違う」
慌てて彼女の頬を伝う涙を指で拭う。そういう意味で言ったんじゃないのだ。




