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ダンジョンガイドさんの仮想現実生活ログ  作者: まいなす
『第1話 ダンジョンガイドさんは迷った』
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「なんかビリっときたんだけど、何も変わってないわよ。もしかして失敗したわけ?」


「どうだろうなー。ところでシャノさんや。右手を急に挙げてどうかしたのかい?」


「え?」


 シャノは挙手している自分の右手を見て驚きの顔になる。そして、ゆっくりと右手を下ろしてグッパしながらその挙動を確かめるが、特に変わったところはなさそうで首を傾げながら俺を見る。


「なにかしたの? したのね。その顔は。言いなさいよ」


「さてなー。どうだろうなー。まあ、それはそうとシャノさんや。今度は左手を急に挙げてどうしたんだい?」


「…………っ」


 にやにやする俺の言葉にシャノはゆっくりと自分の左手を見て、それが挙がってることにようやく気づいた。彼女は俺に詰め寄る。


「トーノーぉ。何したか、言え」


「いやはは、言ったろ。やったほうが早いってな。それが【アバター・ドミネーション】だ」


 【アバター・ドミネーション】。

 【分析眼】で捕捉した他プレイヤー一人のコントロールを得る。


「……なによそれ。どんなチートよ。あんた、まさかCPとかじゃないでしょうね」


 シャノの言うCPとはクラッキングプレイヤーのことである。文字通り、システムをハッキングして破壊し、オレルールや『ぼくのかんがえた○○』で無双するチートプレイヤー犯罪者たちのことである。まあ、それをやるには莫大な財力と技術を積み込んだマシンスペックが必要で、そうでないとASAのICED(侵入対抗電子防壁)には太刀打ちできない。あいにく、俺はそのどっちも持ち合わせちゃいないので、首を横に振る。


「歴とした正規のスキルだぜ。それにわりと、というかまったくチートじゃない産廃スキルさ。まず、あんたがさっきやったみたいにコントロールされる側の承認が必要だ。まあ、それは拷問なりなんなりで無理やりやらせるという手もないこともない。でもな、その他にもいろいろとあるんだぜ。二つの身体を操作するのはひどく気持ちが悪くなって吐きそうになるのは序の口、俺本体の操作性が劣って敏捷値が落ちちゃうし、コントロールされてる人間に食らうダメージは俺にも跳ね返ってくる。それに一番の使えない残念ポイントがこれだ。シャノ、俺は今度あんたの右手を挙げさせるつもりだ。だから、右手は挙げないでみてくれ」


「……こう?」


「そう。んで、いま。俺はさっきみたくシャノをコントロールして右手を挙げさせた」


「え? でも、挙がってないわよ?」


「つまり、そういうことさ。制御の優先権はオリジナルの方が上位なんだよ。だから、俺がいくら動かしたくても、本人が意識的に動こうとしなかったら、動かない。さて、ここで問題が出てくるんだけど、わかる?」


「わかんないわよ」


「このスキルを使って、俺がやろうとしていることはだいたいわかるだろ?」


「……あんたが、あたしをコントロールして、クラウソラスを倒す?」


「ザッツライ。今のこのピンチを抜け出すために縋り付くには少々、心もとない藁だけど、神さまよりはまっしだぜ。けれど、そうするには、あんたが自分の身体を何があっても脱力させとかなきゃならない。クラウソラスとバトるには、とても繊細な動きが要求される。だから、あんたが少しでも身体に力を入れて、俺がコントロールした動きをコンマ数秒でも遅らせたら、命の保証はできない。あんたも、俺も、一緒に仲良くやつの夕飯だ」


「なによ。何も考えずに、だらけとけばいいんでしょ? 簡単よ」


「でもな、目の前に迫ってくる滅茶苦茶切れ味の良さそうな爪や牙を前にして、果たして本当にそれができるのかって話だ。普通の人間なら、それを反射的に避けようとする。つまり、俺の制御から逸脱してしまう」


 ユーリくんたちがいたときに使えなかった一番の理由がこれだ。なまじ強いうえ経験もある分、自分の力に慢心しない程度の確たる自信を持ってるから、他人に身体の主導権を絶対的に渡すようなことはしない。というか、できないだろう。俺もできない。


 シャノが手を叩いて何をひらめく。


「だったら目を閉じとけばいいんじゃない?」


 はあん。


「じゃあ、やってみようか。目を閉じてみな」


「こう?」


 目を閉じたシャノの顔の前で、パンと手を叩いた。すると彼女は慌てて目を開いてしまう。


「っ!?」


「つまり、そういうこと。『見えない』っていうのは『見えてる』以上に恐怖なんだ。見えてる時以上に、咄嗟に何やるかわかったもんじゃない。論外だな」


「じゃあ、どうすんのよ」


「どうするも、こうするも。俺が言える対処方法は一つだけだね。すなわち、俺を信じろ。トラストミー。以上」


「…………さっきも言ったでしょ。あんたのことなんか、……とっくに信じてるわよバカ」


「……訂正。俺を信じると言ったあんたの言葉を、俺に信じさせてくれ」


 本当のことを言うと、俺の方は、まだ腹をくくりきれていなかった。確かに、シャノが俺に身を委ねてくれるなら、クラウソラスに勝ってみせる自信は十分にある。でも、それはシャノが俺を信じてくれてることが前提条件だ。そうでないなら、今からでも他の方法を考えたほうがいいんじゃないか。もしかしたら、シャノが勝手に俺の意図しない行動をとるかもしれないという迷いが、まだあるのだ。その迷いは断ち切っておきたい。でなければ、俺が単純な判断ミスで墓穴掘っちゃう可能性が跳ね上がってしまう。


 誰かを信じるのに理由なんていらないというのは詐欺師の常套句だ。

 誰かを信じるには、それなりの理由が必須だ。


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