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俺は一つだけ、大きなため息を吐いてから彼女の右眼を指差した。
「眼、だ」
「め?」
「あいつ、右眼の方がどうやら視力が、とても悪いらしい。右眼だけの視野から攻撃を受けたとき、たぶん距離を測ってるんだろうな。必ず初撃は尻尾で攻撃してくる。さらに攻撃タイミングもほとんど同じだ。尻尾の間合いに入ってきっかり一秒後。横殴りの一閃。だからこれは姿勢を地面すれすれに保てば避けられる。あ、ちなみに尻尾は点五倍くらい伸びるから気をつけてな」
「なるほどね。わかった」
頷いたシャノに、尻尾の一撃目から続く連撃の予測を八通り教えて、その回避方法も指摘して攻撃部位に到達する方法を指南する。確かに彼女は自己申告した通り記憶力の良いほうであり、俺が教えたしりから、何回かそらで暗唱すると、すぐにそれら八通りの攻撃パターンを覚えるに至った。
「よし。んじゃ、次な。いま覚えたそれを、思考の片隅に投げ捨てておいてくれ」
「わかった。投げ捨てとく」
「おう」
「…………」
「…………」
「…………って、はああああああああああああっ!? ちょっとあんた。どういうことよ。あたしがせっかく覚えてあげたのにっ」
シャノはむきーっと犬歯を剥いて俺の肩をぽかぽか。
「まあまあまあまあ。落ち着けよ。さっき教えたのは当初の作戦が上手くいかなかったときのための保険だ。だからまあ、上手く事が運べば、あんたが覚えたことは無意味になるね。残念ながら」
「……当初の作戦ってなによ。そんなの聞いてないわよ」
「言ってないからな」
「言え。今すぐに」
「おーらい、こっからが本題だ。そもそも俺があんたに攻撃パターンを教えて、それをあんたが完璧に覚えたところで、失敗イコール即死に繋がるぶっつけ本番で回避が上手くいく確率は極めて低い。それこそあんたが嫌いな神頼み的な数字だぜ」
「じゃあ、どうしろっていうのよ」
「俺のスキルを使う」
あんまり人前では使いたくねえし、使って気持ちの良いもんでもねえスキルだけど、この最悪の状況では最も生存確率が高くなる選択肢なのは間違いない。背に腹は代えられないというやつである。俺は【分析眼】でシャノを捕捉した後、スキルスロットの中で腐っていたジョブ固有スキルであるランクエクストラ対人補助スキル【アバター・ドミネーション】を使用する。
すると、シャノのインベントリがSE音とともに突然開いてポップアップが出てきた。
「【アバター・ドミネーション】を承認しますか? ですって? なによ、これ。聞いたこともないわよ。これがあんたが使うって言ってたスキルなの?」
「まあな。とりあえず、ささっと承認してくれ。どういうスキルなのかは、やったほうが早いから」
「……わかったわよ。やればいいんでしょ、やれば」
シャノは首を傾げつつも、承認ボタンを指でポチッと選択する。
「んっ……」
彼女は少しだけ身もだえしたが、それだけだった。自分の身体を見回して何も変化がないことを確認すると、俺を不安そうな顔で見てくる。




