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俺はインベントリを開いてスケッチブックを取り出した。そこに鉛筆を走らせる。モデルは件のクラウソラス・アルカナドラゴン、のデフォルメ三面図。
「いいか。首のエラの後ろ、右足の外側、腹の下、左の後翼の付け根、そして尻尾の中ほどのこの位置に攻撃するんだ」
デフォルメクラウソラスに攻撃可能部位に線を引いていく。覗き込んでいたシャノが『何で?』と首を傾げた。
「パッと見はわかりにくいけど、ここに古傷みたいな跡がある。おそらくは幼生体の弱点設定なんだろうな。ダメージ無効の外殻が柔いから通常武器の通常攻撃でもダメージが入るみたいだぜ。確認はした」
「ふうん。なるほどね。だったらそこに攻撃すればいいだけじゃない。なーんだ。思ってたより楽勝ねっ! この美少女剣士シャノーラさまに任せときなさいっ!」
楽天的な笑顔で胸と大口を叩くシャノの頭に軽くチョップする。
「ばかたれちゃん。やつがあんたの攻撃をじっとして受けてくれるとは限らないんだぞ。それに、そこが弱いってことはクラウソラスも十分に心得ているんだぞ。だからやつは迂闊に近寄らせてくれさえしねえ。あんたの敏捷値でまともにやったら、まー。まず一撃もまともなダメージを入れられずに尻尾で地面に叩きつけられてぺしゃんこだな」
「だめじゃん。あんた、何とかしなさいよ」
俺の頭に仕返しチョップしたシャノはムスッと頬を膨らませる。そんな彼女の頬を人差し指でつつきながら、俺は頷いた。
「ああ、何とかしてやる。まともにやったところで玉砕するなら、まともにやらなきゃいい。まず、あんたにはクラウソラスの攻撃モーションを覚えてもらう」
「攻撃モーションって……。どのくらいあるわけ?」
「全部で六百二十五通りだな」
シャノは息を噴き出した。
「…………多すぎるんですケドー」
「なに言ってんの。これでも少ない方だぜ。成体だったら一万通りは超えるし。ちなみに聞くけど、シャノ。あんたの記憶力のキャパはどれくらい?」
「ふん。あんた、このあたしを誰だと思ってんの? この美貌にしてこの頭脳ありなシャノーラさまよ? 記憶力なんて。はんっ。むしろありすぎて困る、みたいな? 二時間ドラマ主演の台本も一日で覚えちゃうんだから。そのへんの凡人大根役者と同じにしないでちょーだい。そんなモンスター一匹や二匹風情の攻撃パターンくらい、六百でも一万でも、ちょちょいのちょいで覚えてやるわよ」
「そいつは頼もしいね」
猜疑心のこもった生暖かい視線をシャノに向ける。すると彼女は俺の視線を避けるように顔を背けながら舌打ちした。
「でも、それは時間があったらの話よ」
「と、いうと?」
「そうね。残りの時間を使って覚えるなら。その攻撃パターンの複雑さにもよるけれど、どのみち完璧さを優先すれば十通りがせいぜいなとこでしょうね」
えへんと偉そうに胸を張ってるわりには、堅実的で現実的な数字を叩きだしていやがる。自分の力量を正確に把握している証拠だ。ちょっと安心した。
「おーけー。それで十分だ。俺があんたに覚えてほしいのは、六百二十五通りのうちで八通りだけだからな」
その言葉にシャノは途端にジト目になってこっちを流し見てきた。
「……なんで、そんなに絞れんのよ。まさか、あんた。ただヤマ張ってるわけじゃないわよね。運に任せるとか、あたし。一番キライよ」
ははあん。
シャノが頑なに幸運値を上げない理由がわかった気がするぞ。
ただ単純に運という要素を甘く見ているわけではなく、神頼みが嫌いなようだ。完全に実力主義。己が力が全て。一度、人事を尽くすことを諦めて神さまに縋っちゃったことがある俺としては、シャノのような地に足のついてる強い人間には憧憬の念を抱いてしまう。




