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「あーはいはい。わかった。俺はあんたとベッドでイチャついてるその誰かさんに嫉妬しますよー。つーか、俺でなくても嫉妬するだろ。好き嫌いはともかくとして、あんたみたいな可愛い女の子とベッドインするのは男の夢だからな」
「……なによそれ。男ってやっぱりケダモノじゃない」
「男っていうか、女だってそんなもんじゃないのか。あんただって、さっきベッドでイチャついてるとこ想像してたと思うけど、お相手はどうせイケメンだったろ?」
「ふん。そんなわけないでしょ。あたしがあんたの目の前でイチャつく想像してた人はぁー、黒髪でぇー、目つきがわる、ぃ…………」
「ん。どうかしたのか」
最初は夢見る乙女みたいなぶりっ子仕草の演技を交えていたのに。シャノは台詞の途中で何かに気づいたようで、次第に顔を赤くして最後には頭を抱えて俯いて黙り込んでしまった。
「おーい。シャノさーん」
「……な、んで二人もいんのよ、あんたはぁ」
そんな親の仇を見るような涙目で睨まれても。
「俺は、ずっと一人だけど」
「うっさいわあほッ!」
殴られる。
「あほっ! ばかっ! げすやろうっ!」
ぽかぽかと殴られた。わりと痛かったので、シャノの振り下ろされるゲンコを両方とも掴む。しばらく、黙ってじっと吸い込まれそうなくらい綺麗なシャノの瞳を見つめていると、抵抗していた彼女は息を呑んで急に大人しくなった。そして、俺が何をすると思ったのか、目をぎゅっと瞑って口をつぐむ。なんだかキス慣れしてないやつが、キスをねだってきてるみたいな感じだ。
「てい」
「あぅ」
あぶねー。
なんだかちょっとムラムラしてしまった。
なので照れ隠しついでにシャノにデコピンしたのである。
このクソアマちゃん。
気もねえお遊びのくせに、そういう思わせぶりな行動は控えてもらいたいもんである。
俺じゃなかったら、からかいとかじゃ済まされず、とっくに襲われてるぞ。
シャノは額を押さえて俺に抗議の視線を向けたが、開きかけた彼女の口に俺は人差し指を当てた。
「まあ、聞けよ。ここから俺とあんたが無事に出られる方法を考えた。その結果、今しがた思いついた案は苦肉の策だけど一つだけないこともない」
ここで、俺は言葉を切る。
「その前に一つ聞くけど、シャノ。俺のことを、信じてくれるか」
「…………なによ。今さら」
「大事なことだ。成功率に大きく関わる。極端な話をすると、俺が脱出するために脱げと言ったら、何も言わずに脱いでくれるかどうか」
「……ぬっ、ぬぬぬ、ぬげって。うっ、うう。わかったわ、よ。そ、それで、ど、どこまで、よ。あ、そ、その前に、あっちむいて。ちょ、あっちむきなさいよっ」
自分の白ワンピースのボタンに手をかけたシャノを見て俺は頷いた。いける。これはいけるかもしれない。彼女はどうやら俺のことを、信頼してくれているようだ。あのパーティー内の誰よりも、信頼してくれているようだった。
なら、こっちはその信頼に応えるのが道理だ。
いつまでも視線をそらさない俺を、それも必要な行為だと判断したのか。そうこうしているうちに、シャノは羞恥に耐える真っ赤な顔で瞳を潤ませながら、ワンピースの前開きボタンをおへそあたりまで外すに至っていた。垣間見える可愛い柄のブラジャーの前ホックが、胸の圧力に耐えて必死に頑張っている。じゃなくって。
そんな彼女に、俺は言った。
「脱出するためにクラウソラスを、倒すぞ」
それから、きょとんとしたシャノが、自分が脱ぐ必要がなかったことを知って俺にビンタするのが十秒後。そして、退避部屋の壁が開いてクラウソラスとの戦いの火蓋が切って落とされるまで、残り六百秒ちょっと。
やっぱり【帰還符】はあったほうがいいなと、心底思いながら。
無いものねだりは仕方がないので、俺はシャノにクラウソラスの攻略法を伝え始めることにする。
誰かがシャノを帰還魔法陣の外に突き飛ばしたということは、そっと胸の奥に閉まって。




