53
「ど、どうしたんだい?」
面食らいズを代表してユーリくんが訊ねる。
「計算違いでー、MPがー、そのー、足りなくてー」
「……ああ、そっか。帰還魔法は燃費悪いからね。【魔力草】は使い果たしちゃったのかい? じゃあ、誰か【魔力草】をわけてくれない?」
「あ、じゃあ、出すよ」
俺がインベントリを開いたところで、ドクさんは再び悲痛なうめき声をあげた。
「いやー、あのー、そういうわけではーないんですなー、これが」
「どれが?」
「足りないのはー、MP最大値なのだったりしちゃったり」
…………。
なるほどね。【魔力草】はMP最大値以上は回復しない。そして、MP最大値以上のMPを消費してしまう魔法スキルは使えない。
ドクさんの釈明によれば、帰還魔法は人数によって消費MPが変動し、多ければ多いほど燃費が悪くなるものらしい。それでも彼女が計算したところ、ちょうど七人分の帰還魔法が使う分は足りるはずだった。しかしながら、彼女は知らなかったのだ。ランクAダンジョンで帰還魔法を使うにはMP消費にデメリット効果が加算されてしまうということを。
「というわけでー、六人分の帰還魔法しかMP最大値が足りないでーす。なははー。いやー、ほんと申し訳ねー」
頭をポリポリとかいて照れるドクさんである。そんな彼女に、ユーリはポカンと口を開け、ミミさんは頭痛に耐えるようにこめかみを押さえ、あいかわらずダルマさんは昏睡して地面に横たわり、そしてシャノとミカゲちゃんは万歳して絶叫る。
「「って、はあああああああああああああああああああああああああああああっ!」」
狭い退避部屋に残響する彼女らの声に耳を傷めた俺は、そっと手を挙げた。全員の視線が俺に集まる。
「んじゃ、俺が残るよ」
「って、はああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
俺の気軽な台詞がシャノの絶叫で潰される。別にいいんだけど、ミカゲちゃんの『え、ラッキー。どーぞどーぞ』と言わんばかりの心底嬉しそうなその目つき。ちょっとショックだよ。
年下の女の子の残酷性に心をこっそり痛めていると、シャノが俺の胸倉をグワシっと掴んで引っ張った。鼻先が触れ合う程度に詰め寄った彼女の目はキッと俺を見据えて睨んでいる。
「どういうつもりよ。あんたまさか、そういうのが格好良いとか馬鹿な事を思ってんじゃないでしょうね」
「……ああ、もしかして、俺が自己犠牲的な感じでここに残るって言ったと思ってる? んなわけねーだろ。俺、そんな神さまみたいな善人じゃねえし」
「…………じゃあ、どうして残るのよ」
「ここで帰ったら、クエスト報酬がみすみすのパーになっちまうだろ。せっかく一週間もかけてチンタラと潜ったのに、だぜ? 採算がとれないのは商い人としては承服ならない」
「うそね」
どっきーん。
「なぜわかる」
「勘よ。…………それに、あんたはそんな器の小さい人間じゃないもん」
「あ? ちょっと耳を傷めたから後ろの台詞聞こえなかったんだけど、なんか言った?」
「なにもっ! それで、本当の理由はなんなのよっ! 言いなさいよぉーっ!」
引っ掴んだ胸倉を前後に揺らすシャノに俺は両手を挙げて降参のポーズ。彼女はぱっと手を離すと腕を組んで仁王立ち。俺の表情をじっと見つめる。もうこれは、嘘つけねえぞ。恥ずかしいけれど、正直に言うしかない。
「あんたら忘れてるかもしれないけどさ。これは、救出クエストだぜ」
そうなのである。この緊急限定クエストはダンジョンクリアが目的ではない。まだクエストは破棄されていないため、依頼者は一週間経った今この時も存命でこのダンジョンから出られずにいるという事実がわかる。
「つまり、待ってる人間がいる。それに背中を向けるのは寝覚めが悪いだろ」
ここでパーティ全員がダンジョンから出てしまえば、クエストは自動的にキャンセルされてしまう。そのことは依頼者に伝わる。そうなってくると、一度クエストが受諾されて希望を持ったかもしれない依頼者は、それがキャンセルされたと知ったらどう思うか。
人間、上げて落とされることは間々ある。でも、それは神さまくらい偉くなってからしか、やっちゃいけないことだと俺は思うのである。俺も経験あるが、やられたら本当に最悪の気分になるしね。神さまがやったんじゃなきゃ、やってけないのだ。




