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「もしシャノだったとしても、同じことを言えるの?」
ミミさんの言葉に、ユーリくんは口を閉じた。シャノはどうして自分の名前が出てきたのかわからないといったふうだったが、彼女は舌打ちしてユーリくんの胸倉を放すと俺に視線を向けた。
「何か、あるんでしょ」
その瞬間に、俺は腹をくくる。
「まあ、ないことは。ないな。でも時間もない。まず残り二分以内でやつの厄介なブレスを潰さなきゃならない」
「どうやって?」
「こうやってだ」
俺は踵を返して、クラウソラスに突っ込んでいった。暇そうにしていたクラウソラスの蛇眼がゆっくり俺をとらえる。
ふん、雑魚め。死ぬがいい。
そんな声でも聞こえてきそうな感じでクラウソラスが身じろぎした。
ゴアァッ。
背中にシャノの悲鳴が上がる。そしてクラウソラスから吐かれた呪炎ブレスが俺の前髪に触れようとした、まさにその時。
俺は後ろに跳ぶ。それは呪炎ブレスを知覚して行った動作ではない。あらかじめ、その地点で後方に飛び退く算段だった。だからこそ、回避が間に合った。クラウソラスがブレスを吐いたと知覚してから回避したのでは、敏捷値がカンストしてる俺を以てしても、タイムラグなしに拡散したブレスには丸焦げになっていただろう。
誰だってミディアムレアになりたくはない。
俺は、最初のブレス攻撃のときに、ちゃっかり呪炎ブレスの攻撃範囲を確認していたのである。まったく、ダルマさんが焼かれてる中で、自分でも酷いと思うぜ。
まあ、それはそれ。これはこれ、だ。その場での最善を尽くし、次の一手のための布石も打っとかないと、紙耐久紙装甲紙火力では生き残ることは難しい。
クラウソラスの間合いの外に着地し、石造りの床を滑って膝をつく。そして、再び前に駆け出し、先ほどの動作を繰り返した。
ブレス攻撃。回避。ブレス攻撃。回避。
何度も、何度も。
そうして、クラウソラスが五十回目のブレスを吐こうかという時だ。
ようやくそれは訪れる。
俺が後方へ跳んだ際、クラウソラスの口からは呪炎ブレスではなく、小さな火花とプスプスという燻りの音が聞こえたのである。クラウソラスは何度か咳き込むような動作をしたが、ほとんど何も口からは出てこない。
「あっはっはっ、間抜けめっ! 溜め込んでた灼熱を使い切ったなっ!」
ビシっと指差して指摘する俺に、クラウソラスは『よくもやってくれたな』と言わんばかりの怒りの咆哮をあげる。
怒りたいのはこっちだ、くそったれめ。
寿命がいくつ縮こまったと思ってんだ馬鹿野郎。
何度ちびるかと思ったことか。つーか、ちょっとちびったわクソが。
彼のバケモノに中指を突き立てる。
しかし、挑発で怒って俺の方に突進でもしてきてくれれば、他の連中の逃げ道ができると思ったが、クラウソラスは尻尾をそこかしこにぶつけただけだった。
律儀なやつめ。ボス部屋の出入り口が閉まるまでちゃんと待つようだ。
まあ、それもあと三十秒ほど待てば閉じてしまうわけだけど。




