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バツが悪くなった俺はそそくさとその場を退散して、呼ばれた方に駆けていく。するとそこには、大きめの木箱を遠巻きに見ながら警戒しているメンバーがいた。
「どうしたのさ」
「ミカゲちゃんが宝箱を見つけたようなの」
「ふうん。開ければいいんじゃない?」
「はあ。あんたそれでも盗賊系ジョブのはしくれかよ。あんな明らかに見つけてくださいと言わんばかりの場所に、どう見ても不自然だろ。【ミミック】の可能性が高い。いや、絶対に【ミミック】だね」
気軽に答えた俺に、ミカゲちゃんが舌打ちして応えたのである。
ははあん。【ミミック】ねえ。
【ミミック】とは宝箱なんかに擬態して、それをうっかり開けたプレイヤーを惨殺するステキなバケモノである。スキル攻撃無効、HP自動回復に加えて、捕食されれば即死など数々の特性をもっていることが広く知られている。幅広いレベルのプレイヤーから嫌いなモンスターベスト1に選ばれた悪名高きモンスターだ。
けれど、俺は結構あいつらのことが好きだった。だって、誰かが見つけてくれそうな場所を見つけると、そこでずーっと誰かが開けてくれるまで動かないで待っているのだ。ランクの高いダンジョン内には、ご丁寧に自分に錠前まで付けるやつも多いから驚きである。さらに酷い時には、そのまま誰にも開けてもらえずにダンジョンの奥底で人知れず栄養失調で死んでしまう【ミミック】もいるとかいないとか。
「予定を変更してここは早く出たほうがいいね。次からはもう少し占領した部屋の隅々まで調べてから休憩をとることにしよう」
ユーリくんが即座に決断と今後の改善策を周知した。良いリーダーだと思う。ホント。
なので、いつもなら黙ってるはずのところを、今回は手を出すことにした。
「ちょ、ちょっとあんたっ! あぶないわよっ!」
俺が宝箱に近づいていくことに気づいたシャノが背中に声をぶつける。それにお構いなく俺は宝箱の錠前をダガーナイフで破壊して、ぱかっと開けた。
「なっ、おまっ、やめろぉーっ」
ミカゲちゃんの叫び声とともに、ユーリくんとダルマさんがサッと前に出てそれぞれの得物を引き抜き、ミミさんは少し後方に跳びのきながら弓に矢をつがえた。一方で、シャノはというと、おろおろと心配そうな表情で呑気にも俺の方へ近づいてくる。なんつーかレベルは同じくらいなのに、不測の事態の対処に雲泥の差があるんですがこれいかに。
もし俺の開けたのが【ミミック】ならば、シャノは俺の次にやられただろう。
「……【ミミック】じゃ、ない?」
ユーリくんがそう確認するように呟いて臨戦態勢を解く。しゃがむ俺の背後から宝箱の中を覗き込んだシャノが、俺の首を絞めて興奮した。ぐえー。
「やったじゃないのっ! あんたこれっ、すっごいレア武器じゃないっ!」
宝箱の中には、一目見てレア武器だとわかる剣士系ジョブ用の長剣が入っていた。【鑑定】スキルでその装備の情報を開示してみることしばらく。鑑定ゲージが一杯になって、それがレジェンダリ級のネームド長剣であることが判明する。
「ど、どどっ、どーすんのよそれっ! どーすんのよっ!」
「いや、どうするも何も。こうするさ」
俺は手に入れたネームド長剣をユーリくんの方へひょいと投げた。ユーリくんはそれを驚いた顔で受け取ると、すぐさま慌てて返そうとする。
「だ、だめだって。こういうのは最初に見つけた人間のものだから」
「剣士系の武器は使えないし、いらないよ」
「それでも売ったりできるし」
「売ってどこの馬の骨とも知らないやつにそんなレア武器わたったら面倒だろ。だから、こうするのが一番なのさ。それに、これからもモンスターとのバトルになったときはお世話になるし、強い武器を使った方がモンスターの撃破効率も上がる」
俺が受け取る気がないことを理解したユーリくんは、困った顔でしばらく長剣を眺めていると、やがて頷いて口を開く。
「…………わかった。今度、僕が盗賊系ジョブのレジェンダリ武器を手に入れたときにはトーノに贈るよ。これはその、前借りってことで」
くっ。
な、なんて良いやつっ。
強くて愛嬌のある謙虚で律儀なイケメン。なにそれ、最強……いや、神か?
俺の目の錯覚からか、ユーリくんに後光が差している気がする。




