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【デブリス遺跡大迷宮】は可変ダンジョンである。アリの巣のような地下迷宮は、所々の壁の一部がそれぞれ決まった時間で開いたり閉じたりする。なので、ついさっきまでは通路だったところに壁ができていたり、壁だった場所に新しい道ができていたりすることはザラだ。さらに、深く潜るにつれて、一部の部屋は、その部屋ごと稼働して別の場所に移動してしまうこともある。そのため、部屋で休憩して扉を再び開けて通路に出たら全然見覚えのない場所に出てしまった、ということさえありうる。
「おかー」
周囲を偵察してきた俺が扉を開けて部屋の中に入ると、見張りをしていたドクさんが気のない声音とともに手を振った。
「ただー」
俺はドクさんに手を振り返して部屋の中ほど。
他のパーティーメンバーが昼食をとっている場所まで歩いていく。
地上をおさらばして、ちょうど三日ほどが過ぎていた。
パーティの現在位置は地下迷宮の第七層。全十三層あるこのダンジョンも半分を過ぎていた。さすがは全員上級職とあって道中のモンスターにこれといって苦しめられることもなく、迷宮自体は俺の地図と道案内もあってここまでは滞りなく順調にきていた。
「や、おかえり。どうだった?」
ユーリくんが俺を認めると、スープをついだ皿をよこしながら聞いてきた。俺は有難くそれを頂戴しながら、場所を詰めて開けてくれたミミさんの隣に座る。対面でシャノが唇を尖らせて、動かしたお尻をもとに戻した。
「まあ、おおよそ大丈夫だと思うぜ。緊急クエストだったから、MAPの変更があるかもしれないと踏んでたけど杞憂だったかもな。この部屋の近くを少し見てきたけど、この層も俺が前に潜ったときの通りだったよ。まあ、遠くは行ってみないことにはわからないから断定はできないけども」
「ありがとう。いや、トーノとトーノの地図は本当に助かるよ。僕らだけでは確かに迷っていたと思う。確かにモンスターとのバトルは僕らだけでも十分に通用する。でもまさかランクBとランクAがこんなにダンジョンの複雑性が増してるなんて思ってもみなかったよ」
「ランクB以下のダンジョン攻略の律速はモンスターの強さだけど、ランクAになると急にそれ以外のところで攻略しにくくなってるとこあるよな。まあ、適材適所ってことで。これからもよろしく」
「そうだね。こちらこそ、よろしくお願いするよ」
ユーリは俺が貸してあげた【魔法地図】を広げて笑う。その地図は、見た目は羊皮紙であるが、広げると飛び出し絵本みたく宙空にホログラムで3Dマップが表示されるという、とても便利なアイテムだった。ランクAダンジョンのマップともなると二次元じゃとても表現しづらくなってしまうからだ。
ユーリは魔法地図でこの先の道筋を入念に確認すると、それをインベントリに閉まって立ち上がった。
「よし、トーノ以外はそろそろ出発の準備をぼちぼち始めようか。あ、トーノはゆっくり食べてていいよ。どうせキミが食べ終わるまで待ってるから」
「了解」
ズルズルとスープをかきこみながら、周りを確認する。
この部屋は天井が高く、奥行きのある割と広めな空間で、さっき昼食をとるために【グレイヴ・スケルトンズ】の群れを一掃して占領した場所だった。【グレイヴ・スケルトンズ】は人型骸骨が色々な武器をもって襲ってくるモンスターなわけであるが、ユーリくんたちに瞬殺されていった果てに周りに無数に転がっているバラバラになった骨たちにつわものどもの夢の跡を垣間見る。ずるるー。
その時だった。
「みんなっ! ちょっとこっち来てくれっ!」
部屋の奥の暗がりの方でミカゲちゃんが叫ぶ。入り口の見張りであるドクさん以外が何事かと声のした方へむかう。その様子を眺めながら、ダルマさんの作った滅茶苦茶美味いスープをこっそりおかわりしようと鍋のおたまに手を伸ばす。
「トーノくん、ちょっと来てくれるかしらっ」
ミミさんの声にびくんとした俺に、ドクさんが『くすっ』と噴き出した。見られていたのか。彼女は眠そうな表情で笑うが何も言わない。




