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「あにすんのよ……」
「今度からは他人に頼らずに自分で調べる努力をすること。それができないなら帰れ」
「…………。なによ。エラそーに。わかったわよ」
頬を膨らませてシャノは拗ねると、顔をそらした。そんな彼女は放っておいて、俺はユーリくんに向き直る。
「で? 調べてどうだった?」
「よくない、かな。ランクAダンジョンだとクリアした人が少なくて、情報なんてガセか本当かわからないものばかりだったよ。だからこそ、立ち往生してるわけだし」
「俺の出番ってわけだ」
ユーリくんをビシっと指摘する。すると、俺とユーリくんの間にミカゲちゃんが割って入ってきて俺を邪見にする。
「いばんなよな、ヘンタイ。一度クリアしてるっつーんなら簡単だろ。さっさと教えろよ。どうやって入り口までたどり着くのか。アタシの【】」
「…………はい」
ミカゲちゃんからの俺の呼び名はこれからヘンタイで固定なのかしら。それに、他の女性陣にいたっては目も合わせてくれない。若干ミミさんが、チラチラとすまなさそーに俺を時々視界に入れてくれてはいたが、その瞳の揺らぎには俺に対しての猜疑心が色濃く反映されていた。
このクエスト、上手くやってけるだろうか。
高難度クエストだからあんまり排他されてしまうと、命とりになりかねないんだけどな。
パーティーメンバーとの信頼関係の構築に一抹の不安を抱えながら、よっこらせ。
俺はその場に座って、遠くで動いている巨大キューブをじっと眺める。
「何してんの?」
シャノが膝に手を当ててかがんで、俺をのぞき込んでくる。
「Gだな」
俺の呟きに、シャノはバッと身を引いて自分の胸を両手で隠した。
「へっ、ヘンタイっ!」
え、なにが?
意味不明な挙動をするシャノと、同じようにハッとした顔で自分たちの胸部を隠す他の女性陣。なんだなんだなんだ。なんで俺はそんな非難されるような目で見られなきゃなんないんだ。ミミさんでさえ、今はジト目になっている。ねえ、なんで?
少しショックを受けながら再び俺は立ち上がった。
そして頭を振って気分を入れ替えて、準備運動を開始する。
「まあ、おおよそユーリくんの判断は正しい。あの『鍵』を攻略するには、これくらい遠く離れた位置からゆっくり動いているあれを観察して、どういうふうにキューブが組み変わるのかをまず知らなきゃいけない。じゃないと、おちおち内部に入ることもできないからな。でもユーリくんたちは見てる時間が短かった。あれの組み変わりパターンはきっかり二十四時間周期。全部でAからZまでの二十六通りだ。最短でも一周期はずっと見とかないとなかなか気づけない。んで、今日のパターンはG。運がいいぜ。攻略難易度は中の上くらい。組み換わりパターンによっては俺でもムリゲなものがいくつかあるから、もしそれにぶつかってたら日を改めて出直す必要があったぜ」
「ちょ、ちょっと待って」
準備運動を終え『いっちょやるか』と伸びをしたあとで、巨大キューブに向かって歩き始めた俺をユーリくんが止めた。
「仕掛けは? 組み替わり速度を遅くしないといけないんじゃ?」
「うん? なんで?」
「いや、だってあの速さは……いや、よしておく。トーノに任せるよ。僕らは黙ってそれを見てればいいんだね?」
「まーね。五分くれ。ちょっくら開けゴマって唱えてくるぜ」
ユーリは頷いた。彼だけは少しだけ俺を信用してくれている気がする。
「ちょっと。あんた。大丈夫なの?」
シャノは心配そうに俺を見ていた。はあ、まったく。俺はため息を吐いてシャノの額にデコピンする。
「あにすんのよぉーっ!」
「あのね。あんたがすごいと言った、俺を信じろ」
う。
言ったあとで、後悔する。なんて臭い台詞を吐いてしまったんだ、と。絶対、目の前のクソアマに馬鹿にされてしまう。恥だ。後世に残るレベルの恥だ。
けれども俺の予想は挫かれる。
俺の言葉に頬を上気させ、瞳を潤ませて黙りこくるシャノは、こくんと素直に頷いたのだ。なんつーか、まあ。柄にもなく、彼女のその可愛さに心臓が跳ねた。そのことを気づかれたくはなかったので、俺の足はすぐさま踵を返して駆け始める。
なんだかなー。調子狂うなー。
俺が近づくにつれて、キューブの組み替わり速度がどんどん上がっていく。ここから先は余計な思考に脳みそのキャパを割いてる余裕はさすがにない。
俺は頭の中で攻略ルートを再び確認しながら、巨石の群れの中に飛び込んだ。




