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翌日の昼過ぎ。
俺とシャノはターミナス大陸南西に広がる熱帯雨林の自然ダンジョン【セルヴァー・ジャングル】にいた。なんでこんなとこにいるのかというと、【デブリス遺跡大迷宮】は【セルヴァー・ジャングル】の中にひっそりと存在するダンジョン内在型ダンジョンだからである。というわけで、【デブリス遺跡大迷宮】はダンジョンの中にあるダンジョンということで、現ASA環境における迷宮建築物系ダンジョンの中ではトップクラスの踏破難易度を誇っていると言っても間違いないだろう。
「そういや、あんた。そもそも【インベルグの密林】くらいで死ぬ死ぬ言ってたダンジョン初心者じゃなかったっけ。今さらだけど、こんな難易度高めのダンジョンに潜って本当に大丈夫なのか?」
ふと気になったので、俺の後ろを歩いてついてきているハーフヴァンプ少女に聞いてみた。
「いつ情報よ、それ。もう古いわよ。今のあたしはダンジョンマスターと言っても過言ではないわね」
俺の問いに、シャノは鼻を鳴らして自慢げに胸を張る。
まあ、確かにその情報は七周期前、つまりリアルではつい一週間前のことなのであるが、ここ仮想現実内の体感ではもう七か月前の話なので、今のシャノはどうだかわからない。
「ふうん」
俺は生い茂った低木の葉枝をダガーナイフで切り分けながらジャングルの中を進んでいく。シャノが自称している彼女のギルメン友人五人組は昨日の昼の時点でもう、彼らのギルド本拠地がある【王都ジークハイン】から現地へ向かって出発していたらしい。
というわけで、置いてけぼりくらった俺とシャノは昨日の夜遅くに大陸間定期飛行船に乗ってアンビリム大陸からターミナス大陸の【王都ジークハイン】まで行って、シャノのギルド本拠地である高そうな屋敷で一泊。その翌日、すなわち今日の早朝から、王都と同じ大陸にあった【セルヴァー・ジャングル】に潜っているのだ。そしてもうすぐ、件の【デブリス遺跡大迷宮】の入り口のシルエットが見えてくる頃合いだ。
「きゃっ」
さて、背後で通常動物であるヘビにビビってる自称ダンジョンマスターに嫌な予感がした俺である。
「ちなみに、あれからどれくらいダンジョンに潜ったんだ?」
「ふふーん、聞いて驚かないでよ? あたし、あれからもう十回くらいはダンジョンクリアしてるんだから」
七周期で十回か。
つまり、攻略に一周期の半分くらいはかかる結構難易度高いダンジョンを最初から攻めていったのかな。案外やるなー。もしかしたらコイツ、ダンジョン攻略の才能あったのかもな。
「それで、どこに潜ったんだ?」
「【アンカラ洞窟】っ!」
…………。
【アンカラ洞窟】。それは種族がヒューマーになったプレイヤーが転生後に召喚される【王都ジークハイン】の郊外にある自然ダンジョンだ。道中に出てくるモンスターはレベル1の【バット】と【スライム】のみ。最深部までは一本道で隠し通路の類もない。ダンジョンボスはなけなしのレベル3【コボルト】でダンジョンクリア報酬も300ゴールドな、チュートリアル同然でランクも付いてないダンジョンである。
王都ではお祭り行事の催しものとしてクリア時間を競うレースが定期的に開催されているくらいだ。確か直近のクリア最短記録が四十秒だったかな?
立ち止まって振り返ってシャノを見ると、彼女は得意そうに腕を組んでいた。そうして、俺の方に自分の頭を差し出してくるのだ。まるで『褒めて褒めて頭撫でて』とでもおねだりしてる子供みたい。おかしいな。こっちは頭痛がしてきたぞ。聞くのは怖かったが、念のため聞いてみる。
「ほかには?」
「ほかに? ないわよ。【アンカラ洞窟】を十回クリアしたの」
ああ。
頭痛を通り越して、吐き気がしてきた。
俺はシャノの頭にチョップする。
「いたっ! ちょっとあんた、なにすんのよぉっ!」
彼女の抗議には何も答えず、俺は踵を返して再びダガーナイフで道を切り開くことに勤しむ。シャノの友人五人とやらが、もし彼女のようにダンジョン攻略を舐め切ったやつらだったら、クエスト受注する前に即刻うちに帰る。俺はそう決めた。




