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「なによ」
「三つだ」
「何がよ」
「俺があんたについて【デブリス遺跡大迷宮】に潜る条件」
「え? ……、一緒に行ってくれる、の?」
「なんだよ。あんたが来いって言ったんだろ。行かなくていいのかよ」
「だめっ! ……あ、いやっ、その。……あ、あんたがどうしても。あたしに付いていきたいっていうなら。……ついてきても、べつにいいわよ、……みたいな? 感じで、……おねがいします」
お願いされてしまう。
まあ、シャノは自尊心の塊みたいな女だ。出会って間もない俺に頼るということは、彼女にとっては耐えられないことだと思う。なので建前だけでも、こっちが無理やり彼女についていってるというふうにしておきたいのだろう。まあ、ここはシャノのプライドを立てて、そういうことにしておこうかな。可愛い女の子のお願いは無下にはできない。
「なによ、その目は……」
「まあまあ」
「それで? 条件ってなによ。……ま、まさか、えっちなことじゃないでしょうね」
半歩引いてシャノは自分の肩を抱いて身震いする。いやだから、俺はこの女の中ではどんな鬼畜野郎設定なんだよ。俺はため息を吐いて首を横に振る。
「ちげーよ」
「それ以外に何があるのよ」
それ以外しかねーよ。
「まず一つ目。ダンジョンに潜ってる最中、俺が何かを忠告したらその指示に従うこと。これはまあ、べつに守らなくてもいい。俺が忠告するのは致命的な罠とかモンスターとかだから、言うこと聞かなかったその時はあんたが死ぬだけだ」
「うっ。わ、わかったわよ」
「二つ目。言わなくてもわかると思うけど、俺はダンジョン内でモンスターとの戦闘には参加しない。つまり、モンスターと戦う時の物理的戦力には入れるな。おーけー?」
「それは問題ないわ。そのHPだもの。期待なんかしてないわ。むしろ、もしモンスターと戦闘になったときは、この美少女剣士シャノーラさまが守ってあげるわよ。だから、あんたは大船乗ったつもりで安心してればいいわ」
「……ああ、そうかい。そいつはどうも」
胸を叩くシャノに俺も期待はしない。ここ一番ってときにヘマをやらかすタマだからな。むしろ、うっかり手を滑らせて守っていた俺を殺してしまったシャノの図が容易に想像できる。いくら俺がどれだけ注意してても不確定要素を完全にコントロールすることはできない。なので、戦闘になったらそそくさと【インビジブル・ヴェール】でばっくれるつもりだ。シャノから一番遠い方向へ。まあ、死にたくはないので。俺も。
「それで、三つ目は?」
シャノが聞いてくる。
「ああ、三つ目はおまけだ。あんたさっき自分の手が汚いとか言ったろ」
「……それが、なによ」
「どうせ、マメとかできて固くなってるからだとか、そういうしょーもない理由なんだろ」
「…………っ! し、しょうもなくないわよ。女の子にとっては、死活問題よバカ」
「汚くなんてねーよ」
「……え?」
「だから、汚くねーよ。その手は、あんたがどんだけ一生懸命その長大な得物を振り回せるように努力したのかわかる綺麗な手だ。俺なんかが想像もつかねーくらい、毎日毎日、地道に練習して扱えるようになったんだろ? マメをいくつも潰して、【治癒】ではもう治らないくらいまで鍛えるなんて見上げた努力家だぜ、あんた。尊敬するよ。だから、もうこれからは自分の手を汚いとか言うな。っていうのが、三つ目の条件……なん、だけ、ど」
いや、あの。
なんで、泣いてんの?
シャノは大粒の涙を流して、えぐえぐと鼻をすすり始めていた。
俺、なんか悪いこと言ったかな。おろおろしてしまう。やっぱり経験値が少ないので、女の子が泣いてしまったらどうしていいのやら困ってしまう。
とりあえず、泣きじゃくるシャノの頭を抱き寄せて撫でてみた。
「これ以上あたしをだめにしないでよぉ」
彼女はそんなことを言いながら、俺の服でずびびーっと鼻をかんで、しらばく泣いた。




