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雪月花  作者: 狼輝
1/2

前半

ここは月晶という雪国。一年中を通して雪が降り続け、夏のほんの少しの間だけ、青草が姿を見せる。

そんなこの場所で寒さに負けない三人組が居た。今日もその三人は集まって話しているよう…。

「だ~か~ら、本当にあるって聞いたんだぜ? 食べてみたいって思わないわけ!」

「だって、いくら極上の味ってたって銀の森の奥深くにあるんでしょ? 私たちで行けると思う?」

「まず無理だね」

「な~んだよう」

エヴァンスは不服そうだ。

「興味はあるんだけど…」

アリシアは長くたらした髪をかき上げた。

「僕も」

トパは本を片手にそう言った。

「俺の家にはランプがあるし、テントもある。野宿には何の問題もないぜ? アリシアの家は雑貨屋だか ら食料くらい調達できるだろ?」

「売り物だけどね」

「トパは賢いから、知恵を貸してくれるだろ?」

「なんだそれ」

トパは本を閉じて、エヴァンスを見た。

「とにかく! 雪月花の実を食べにいこうって!」

トパとアリシアは同時に溜息をついた。

「エヴァンスはいつも強引だよ~」

「右に同じ」

「なんだよぉ~。行かないの?」

エヴァンスはがっくりと肩を落とした。二人はその様子を見て、また溜息をつく。

「わかったわ、私も行く」

「アリシアだけじゃ危ない。僕も行くよ」

「よっしゃ!」

エヴァンスは一人でガッツポーズをした。


* * *


「さて、ちゃきちゃき歩けよ~。二人とも~」

エヴァンスはづかづかと歩いていく。トパとアリシアはその後を少し離れてついていく。

「でも、アリシア、本当によかったのか?」

トパがアリシアに声を掛けた。

「ん? 大丈夫よ。丁度、退屈してたところだから逆に都合がいいわ♪」

「…アリシア…」

「それに私たち色々な所に行ったけど、銀の森は初めてじゃない? 銀の森ってすごく綺麗な森だって聞 いてるわ。実は楽しみなの」

アリシアは舌をチロッと出した。

「トパこそ? 無理って言ってたのに…」

「僕も銀の森を書物で読んだことはあるけど、実際に見たことは無いからね。

  興味がある…ってのが正直なところかな? あと、雪月花にも興味がある。

  危険は承知だけど…いざとなったら、引き返すさ」

「そういえば…雪月花って?」

「あぁ、それ…」

トパは本のページをパラパラとめくり始め、

「これだよ」

アリシアにある1ページを見せた。

そこには、花と実の絵が書いてあり、その横にちょこちょこと文字が書いてあった。

「銀の森の奥にしか生息していないから、資料は少ないんだ。銀の森の奥の水辺に群生していて、

 冬の満月の晩に花が咲き、そのまま朽ちて実をつけるらしい。その実はとても美味しい。

 エヴァンスが行きたがるのもわかるだろ?」

「うん。エヴァンスは食いしん坊だもん」

アリシアはくすくすと笑った。

「でも、色はついてないけど、綺麗な花だね。見るの楽しみかも」

「そうだね。 …でも」

「でも?」

「ひとつ心配なのは、銀の森には狼がいるってことだ」

「狼?」

「銀の森の付近には狼の群れがいるんだ。奥深くまで行く間に会わないですむといいんだけど…」

「見つかったら、食べられちゃうかな?」

「…アリシア…」

「あはは…」

「僕もエヴァンスも少しは剣が使えるからね…。それなりに自衛は出来るだろう。

 あぁ、もちろんアリシアのことは守るだろうけど…」

「トパ!」

「でも、数によるだろう? いくら僕らでも群れは相手に出来ない。分が悪いからね」

「…そうよね」

二人は下を向いて押し黙った。

「おぉい! 置いていくぞ~」

甲高くエヴァンスの声が響く。

「もう!」

アリシアはブロンドの髪をなびかせながら、エヴァンスの元へと走っていく。

「はぁ…」

トパは小さくため息をつくと、ショルダーバッグに本をしまった。

「ねぇ…エヴァンス、森には狼が出るんだって! それでも、やっぱり行くの?」

「うん! 狼がいることは承知の上さ。俺、これでも体鍛えてるんだぜ? アリシアくらいは守れるよ。 それに冒険にはそれくらいの危険があったほうが盛り上がるだろ?」

「命がかかっている場合、そういう問題ではないのでは…?」

「いや、実は昨日、父さんの日記見つけちゃってさ。

 急に冒険に出てみたくなったってのが正直なところ」

「ミラノさんの…?」

「そう、昨日、父さんの部屋を片付けてたら出てきてさ。

 父さんは俺が小さいときに旅に出てったきり帰ってこなかったんだ」

「…大冒険家だったって聞いてる」

「その日記…これなんだけどさ」

エヴァンスは古びていて、ところどころ切れている小さなノートをアリシアに渡した。殴り書きで日付と文章が綴られている。

『XXXX年 ●月■日

 俺は今、銀の森の前にいる。この森の奥地に雪月花があるという噂を聞いたからだ。

  雪月花は冬の満月の夜だけに開花するとても珍しい花だ。

  その花が朽ちるときに出来る実…【雪の雫】は万人に悦楽を与える味なのだといわれている。

俺はそれをマリアに届けるべく…』

「あ、そこから先は読まなくていい! 父さんが母さんへの思いを綴ってるだけだから…」

「そ、そうなんだ」

「ったく、馬鹿な父さんだよ。でも、その日記は俺と同じ年くらいに書かれたものなんだ」

「じゃあ、ミラノさんは…?」

「俺ぐらいの年のときにここにきてるんだよ。そう思ったら、いてもたってもいられなくなってさ。

二人を巻き込んじゃって 悪いと思ってるよ。…ごめん」

「いいよ~。私も好きで来てるんだから」

「ありがと。それに、俺ひとりが美味しい思いしちゃ、悪いだろ?」

エヴァンスは、いつもの人懐っこい笑みでアリシアに笑いかけた。

「ふふ、そうね」


* * *


「寒いね」

アリシアがぼそっと呟いた。三人の目の前には、真っ白い大雪原が続いている。

三人が出てきた町は、今はもう見えない。

どのくらい歩いてきただろうか? しかし、まだ目の前には銀の森らしきものは見えない。

「大丈夫か? アリシア」

「う、うん」

雪こそ降っていないものの、冷えは厳しく、アリシアの体はぶるぶると震えていた。

「アリシア、これ」

エヴァンスは自分の着ていたコートをアリシアに渡した。

「そんなことしたら、エヴァンスが寒いでしょ?」

アリシアはコートを押し返した。

「俺は鍛えてるから、寒さには耐えられるよ。アリシアは女の子だろ? いいから着てろよ」

エヴァンスはつき返されたコートを、アリシアの肩にかけた。

「しっかし、町にいたときは気付かなかったけど、外って結構寒いのな。

冷えるのは雪が降っている日だけかと思ってたぜ」

「そうだな。僕も寒いと予想してはいたが、ここまでとは思っていなかったよ。

実際に体験してみないと分からないことも多いな」


トパは巻いていたマフラーをアリシアの首に巻く。アリシアがそれをトパにつき返す。

「二人とも気を使いすぎ! いくら女の子だからって…全く。私も体くらい鍛えてるのに…」

「いいから、好意は受け取りなさい」

トパは駄々っ子を慰めるように、そのブロンドの髪を撫でながら、もう一度、アリシアの首にマフラーを巻いた。

「…」

「さて、エヴァンス、珍しく『腹減った』と言わないんだな」

「あ…。そういえば、腹減った…」


「もぉ! 二人とも! 話をそらさない!」


「アリシア、何持ってきてくれたの~?」

アリシアの怒声をものともせずにエヴァンスは笑う。その姿はさながら子犬のようだ。

「エヴァンス!」

「だって、腹減った…よ?」

上目遣いでアリシアを見るエヴァンス。

「う…」

「アリシアは…腹減らない?」

二人のやり取りを見つつ、小さくガッツポーズするトパ。

(ナイスなごまかしっぷりだ、エヴァンス!)

「うん、空いた…かも」

「よしっ! ご飯にしよう~」

「わかった」

「…う~ん、何かごまかされた気も…」

「アリシア~、腹減ったよ~」

「は~い」

アリシアは背中のリュックから、水筒と缶詰を取り出した。

「ごめん、こんなものしか取ってこれなくて」

「いいよ、うまそうじゃん!」

アリシアは缶詰のふたを開けると、エヴァンスに渡した。

金属製のコップに水筒の中のホットミルクを注ぐ。

一面の銀世界に湯気が溶けていく…。

「まだ温かいみたい…。きっと体も温まるよ」

トパとエヴァンスの二人にコップを渡す。

「おいしいな~。この缶詰~!」

缶詰をかちゃかちゃいわせながら、中身をもくもくと食べるエヴァンス。

「アリシア、何から何まですまない」

コップの中身を冷ますトパ。

「いいのよ。どうせ、うちは雑貨屋だから、こういうものはたくさんあるわ」

「でも、売り物だろ?」

「私が食べるなら問題ないわ♪」

「...アリシア」


「あちっ…!」


カランカランと乾いた音が響く。湯気を立てる液体が、雪をゆっくり溶かしていく。

「エヴァンス!」

アリシアは地面に落ちているコップを拾って、ミルクのかかったエヴァンスの足を触る。

「ちゃんと冷ましてから飲め。結構、熱いぞ?」

「お、おう」

「大丈夫?」

「これくらいなんてことないぜ」

エヴァンスは強気に笑ってみせた。だが、ミルクは太ももの大部分にかかっていて、服の上からながら痛そうだ。

「脱げ」

トパはそう言いつつ、エヴァンスのズボンに手をかけた。だふだふのズボンを太ももまでたくし上げ、ミルクのかかった辺りに触れる。そこは、赤くなっていた。

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ」

「…幸い、周りは雪だからな」

トパはそのへんの残っている雪を掴むと、エヴァンスの足に押し付けた。

「ひっ…!」

「冷たいかもしれないが、我慢しろ」

「うぅ…」

「これで火傷はどうにかなるかもしれないが、服も濡れているし、体が冷えるのはどうしようもないな…。アリシア、もう一度、ミルクをいれてくれないか…?」

「う、うん」

アリシアはさっさと動き、トパにコップを渡す。

「全く。そそっつかしいやつだ」

「悪ぃ」

「今度はもう少し冷ませよ」

「は~い」

ふぅふぅしながら、エヴァンスはミルクを口に含 む。この身を切るような寒さの中、肌を露出して いることとその肌に雪をつけていることで体は大分、冷えていた。そんな体をホットミルクは芯か ら温めてくれた。

「落ち着くなぁ…」

「ふぅ…」

トパは軽いため息をついた。アリシアは黙ってい る。 そこへ…

低くうなるような声が雪原に響いた。

「!」

「トパ?」

「こんな時に…」

「?」

「狼だ! とにかくここから離れよう」

「え?」

「エヴァンス、歩けるよな?」

「もち!」

親指を立てて、笑うエヴァンス。

「狼がいるってことは、銀の森が近いのかもしれない」

「見えない…けど」

「進めばわかるさ」

「狼が来る前に早く行こうぜ~。俺は大丈夫だからさ~」

「うん」

三人は歩き始めた。姿こそ見えないものの、狼の 声は響いている。その声に追われるように、自然 に歩調が早くなっていく。

「どこにいるんだろうな?」

「わからない。あまり近くではなさそうだが、見つかると厄介だからな」

「おう」

エヴァンスは、腰につけている短剣の柄を握った。 アリシアは生唾を飲み込んだ。この事態を予想し ていなかったわけではないが、実際に起こってみ ると、体が震えているのがわかった。

「大丈夫、俺がいるだろ」

エヴァンスはアリシアの肩を軽くたたいた。

「ありがとう」

アリシアは安堵の笑いを浮かべた。

「行こっか! 銀の森を見に来たんだもんね」

アリシアはエヴァンスの手を握り、雪原を走りはじめた。トパは「走るのか?」と頭を抱えた。

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