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琴美は小走りに駆け寄った。
「今までどこに行ってたんですか!」
つい、咎めるような口調になってしまった。白崎は眉をひそめる。
「俺はずっとここにいたぞ?」
「嘘ついてもだめですよ。さっきまでいなかったの、見てましたから」
「さっきって……まあいい、それよりどうだったんだ」
琴美はまだ不満だったが、とにかく報告が先だと自分に言い聞かせた。
「あっちの、工場、だと思うんですけど、中に従業員の人が一人いました。西山さんて方で、やっぱり今日はお休みだったみたいですよ」
「そうか。それで?」
「先に見つかってしまったので、予定通りといいますか、回収のアルバイトだって話しました。チラシも見せたら、心当たりがあるというので、事務所の方で見せてもらいました。あ、この茶色のストーブでした」
チラシを指して言うと、白崎は複雑な表情で頷いた。
「そうか、あったのか……」
「あったらまずいんですか……?」
目的のものを見つけたというのに、白崎の表情が冴えないのが気になった。
白崎は頭を振った。
「そんなことはない。君こそ、見つけたなら何で持ってこなかったんだ」
「だってそれ、ただの口実じゃないですか。あたしが見つかったときの。だいたい、そんなチラシ一枚持ったアルバイトの言うことなんて、普通信用しませんよ」
すかさず言い返すと、白崎は口を閉ざして考え込んだ。
「それは……うん、確かにそうだな……」
白崎が認めたので、琴美は少しだけ機嫌を良くした。
「それにそのストーブ、社長さんの私物だそうなので勝手に持ってくるわけには行かなかったんです」
琴美は西山から聞いた話を伝えた。簡単にまとめてしまうのはなんだか悪いような気がして、最初から最後まで聞いたとおりに話した。
「社長さんには話しておいてくださるそうですけど……やっぱり、回収しないとダメですよね……?」
「そこは難しいだろうな。メーカーとしても事故が起きる前に手を打ちたいわけだし」
「そうですね。爆発すると危ないですよね」
「爆発……?」
琴美は持っていたチラシの注意書きを指した。
「発火するなら爆発だろうって言われたんですけど」
「誰が言ったんだそんなこと」
「……やっぱり爆発しないですよね……」
西山のしてやったりと言った顔が浮かぶ。悔しさと同時に、伝言を思い出した。
「あ、そうだ。白崎さん、ここのストーブって、いつ回収になるんでしょうか」
「なんだ、いきなり。特に決めてないけど、どうしてだ?」
「その西山さんから伝言を頼まれてしまってですね」
「伝言?」
「はい。自分はもう辞めるから、同僚の方に会えたら伝えてくれと」
「ふぅん……なんて?」
他人の伝言を勝手に話していいものか、琴美は迷った。
「なんだ、言いづらい内容なのか?」
「そんなことはないですけど……」
白崎は敷地内を見やった。
「なら、その伝言は俺が預かるよ。ここの人なんだろう? 君よりは会う機会はあると思う」
それなら、と琴美は表情を明るくした。
「ここで働いている針田さんという人に伝えてください。西山さん、針田さんと一緒に食事に行く約束してたそうなんです。でも会社を辞めるからいけなくなったと、謝っておいてくれって」
「会社を、辞めるから……?」
「はい、そう言ってました。そのくらいなら電話した方が早いって言ったんですけど、なんだかワケ有りだからって。ケンカでもしたんですかね」
大人だの社会人だのと言っておきながら、やっていることは子供と変わらないと思うと、少しだけ胸がすっとした。
「かもしれないな」
白崎は笑いもせずに、じっと工場の方を見つめていた。
西山が顔を出しているのかと琴美も振り返ってみたが、工場内は相変わらず静まりかえったままだった。白崎の視線を追いかけてみても、何を見ているのか掴めない。
「それじゃ戻ろう。ご苦労だったな」
白崎はそう言って、車に向かって歩き出す。琴美もそれに続いた。二人の足音以外、何の音も聞こえなかった。
「――ところで、試験の結果はどうでしょうか」
助手席に収まってから、琴美はずっと気になっていたことを聞いてみた。
一瞬、白崎は惚けたような顔をした。
「試験?――ああ。そんなこと言ったな」
「冗談だったなら別にいいです」
琴美は拗ねたようにそっぽを向いた。白崎はエンジンを掛けて、にやりと笑った。
「そうか? なら結果発表は発送をもってお知らせします、にするか」
「やっぱり本気だったんですか!」
「さあな」
琴美の必死の悲鳴を聞き流して、白崎は車をスタートさせた。ほんの少し、自分の行動が共同経営者に似ていたことに後悔しながら。