全裸の僕とUFOと
深夜、ひそかに家を抜け出して、全裸で町内を一周するのが僕の趣味であるが、どうやら大変なことに巻き込まれてしまったようだ。
巡回していた警察に追いかけられて交差点を信号無視して突っ込んだのが悪かったのか、それとも、首輪がなかったのが悪かったのか。
走っても走っても前方には進まず、空へと持ち上げられる体。上空に浮かぶアダムスキー型UFOから降り注ぐ、謎の光線に包まれていることに気がついた時にはどうしようもないのであった。
***
UFOのキャプチャービームでぶらーんと吊り下げられた僕の前に現れたのは、全身をぴっちりとした銀タイツに包んだ猫耳の宇宙人だった。なお、宇宙人は非常に可愛らしかった事を追記しておく。
初の宇宙人との邂逅に臨戦態勢で臨む為に、僕が股間をトランスフォームさせたのは、致し方ない事象なのである。
「突然さらった事に対しては謝罪しますが、チェンジという方向でお願いできないでしょうか」
「チェンジとは」
「言葉どおり、あなた以外の人をキャプチャーしたいのですが」
「理由は」
「大宇宙文化祭に展示する為に、イキの良い人類の平均的な個体を捕獲したかったのですが、どうにもあなたはその基準から大幅にずれているのです」
「僕の股間はイキがいいぞ?」
「股間の問題ではありません」
「では、萎めと」
しゅんと僕は萎んだ。猫耳宇宙人は、呆れたように話しかけてくる。
「繰り返しますが、そういう問題ではありません」
「それは納得がいかない」
「納得してください。全宇宙の少年少女達に、銀河系第三惑星の原住民がどういう姿をしているのかという展示をしなければいけないのです、あなたでは駄目なのです」
駄目だといわれると、逆に燃え上がるのは僕のサガである。
「なんと勝手な」
「さらう側は勝手なものですから」
「大体、どうして僕と君は会話ができる」
「キャプチャービームは翻訳光線も兼ねているのです」
「なんという便利なビーム」
「宇宙人ですから」
つん、と澄ました猫耳宇宙人は、突き放すように言う。僕は食い下がった。
「君のような宇宙人から見たなら、僕は十分平均的に見えたりはしないだろうか」
「まず、問題の一つとして、宇宙人にさらわれた人間のサンプル反応から、あなたは大幅にずれています」
「ぎゃふん」
「ぎゃふん、ではありません。キャーです。キャーッ!」
実に猫耳宇宙人は立派な悲鳴を上げた。まるで、路上で出会った女性のような黄色い悲鳴だ。
「お分かりいただけたでしょうか」
「女子高生っぽいな」
「はい。宇宙天の川高校の生徒なので」
「宇宙女子高生!」
実の所、僕の股間はもう一段階の変形を残している。
「そういうわけで、チェンジしたいのですが」
「その事情を聞いたら、地球代表として引くに引けなくなった」
「本当にさらったことは謝罪します。ごめんなさい。もう帰ってください」
猫耳宇宙人は本当に嫌そうに眉をひそめた、だが、僕はここで引く訳にもいかない。
「いや、僕は是非展示されたい」
「困りましたね」
「お困りですか」
「あなたのせいです」
「てれる」
「照れないでください」
「ミケネ、展示品はちゃんと確保できたの?」
もう一人宇宙人が、キャプチャールームに入ってきた。犬耳の非常に愛くるしい宇宙人である。こちらもぴっちりとした銀タイツのような服装だ。僕の好みにより近い。
彼女は僕を見てキャーという黄色い悲鳴を上げた。何故だ。
「もうね、これオカシイでしょ?」
「勝手にさらってオカシイ呼ばわりは、僕はどうかと思う」
猫耳宇宙人は、僕のことを公然とオカシイ呼ばわりし始めた。
「さぁ、交渉の続きをしようじゃないか」
「交渉は決裂しました」
「いや、まだ交渉の余地は残っている。僕は宇宙を見たい」
「お見せすることは出来ません。主にあなたの姿の問題で」
「モザイクをかけたらどうかな……」
もう一人の犬耳宇宙人が、頬を赤らめて言った。
「それだ」
僕は宇宙をあきらめ切れない。宇宙女子高生を。
「そういう問題でしょうか」
「やってみなければ、勝負はわからないと言うじゃないか」
「……やってみましょうか」
もうどうにでもなれーとモザイク発生光線銃を猫耳宇宙人が構えて、撃った。
まばゆい光に包まれた僕は、自分の体を見回す。どこにもかかっていない。
「かかりました」
いや……
「目線にモザイクか」
「……お茶の間でお見せできない感じになっちゃったね」
犬耳宇宙人は、顔を手で隠しながらちらちらと僕のほうを伺う。彼女は言い訳をするように、被検体のプライバシーを保護する為のものですから、と小さな声で言う。
「なら、これで僕のプライバシーの問題は守れている。さぁ、行こう」
「そういう問題ではありません」
「じゃあ、黒墨を入れたらどうかな……」
「それだ」
黒墨だろうが、モザイクだろうが、僕は宇宙に出る為ならもはやなんでもいい。宇宙女子高生!
「やはり、そういう問題でもないとおもいます」
「やってみなければ、状況は変わらないとも言うじゃないか」
「やってみよっか」
犬耳宇宙人が、目を閉じたまま黒墨発生光線銃を構えて、撃った。
微妙に黒い光に包まれた僕は、自分の体を見回して、ぐるっと回った。どこにもかかっていない。
「……週刊誌の写真っぽく」
また目線か。だが、よりプライバシーが守れるようになったのなら、問題は更に少なくなったとも言える。
「これで問題は完全に無くなった。行こうか」
「問題しかありません」
「わがままな子だな、君は」
「あなたのほうがわがままです」
「僕の股間はいつでもわがままさ」
「そういう問題ではありません」
「服、着てもらったらどうかな」
犬耳宇宙人はいちいち常識的な提案をする。
「原住民側としては、その提案は却下させてもらいたい。僕のアイデンティティーが崩れてしまう。ぎりぎり許されるのは首輪までだ」
「なんとわがままな」
わがままで結構。
「ミケネ、もうこれでいいよ、宇宙文化祭に間に合わなくなっちゃうよ?」
犬耳宇宙人が僕にちらちらと視線を飛ばす。僕の立派なボディに釘付けなのは判りきっている。堕ちたな、と僕はつぶやいた。
「やっぱり、地球に戻しましょう、コレ」
猫耳宇宙人は静かに首を横に振った。彼女はどうにも頑固なようだ。尚僕はコレ扱いだ。
「少なくともまともな人間を捕まえなきゃ、展示になりません」
「そんな、僕の宇宙女子高生はどうなる?」
「あなたはやはり少年少女たちには刺激が強すぎるので、アウトです。後、あなたのものではありません」
「服だって着ようじゃないか」
「大体、すぐ脱ぎそうだから、駄目です」
「約束する。我慢する! 我慢するから!」
「段々と私達の身の安全が保証されないような気がしてきました」
「そんな事は無い。僕は純粋に宇宙に行きたいんだ」
「嘘ですね」
僕と猫耳宇宙人が醜くギャンギャンと言い争っている最中に、犬耳宇宙人がはっと気がついたように言った。
「……あ、もう時間切れ」
キャプチャービームがぷつんと切れた。途端に僕に襲い掛かってくる、地球的重力。
「えっ」「あっ」
僕と猫耳宇宙人は、キャプチャーの際に開けた、UFOの底から船外に放り出されてしまったのであった。
「ミギャーー!?」
猫耳宇宙人の悲鳴は女子高生と猫を掛け合わせたような声であったことも追記する。
***
幸運にも、近所の川に落ちた僕たちは一命を取り留めた。猫耳宇宙人は、猫耳の癖に残念な腹打ちダイブを披露した。きっと運動は苦手に違いない。
で、一緒に落ちた僕は、ずぶぬれになって彼女の腕の中で震えている訳だ。
「私は宇宙人なので」
「あーはいはい、宇宙人のコスプレね、だからおうちの方に連絡取りたいから、住所と電話番号をここに記入してね」
僕達を助けてくれたおまわりさんは、彼女の話をまったくといって信用しなかった。猫耳宇宙人は、どうすればこの場を切り抜けれるかという事を、頭を抱えて悩んでいる様に見える。
見かねて、僕が一言。
「彼女の話は、本当である」
「うわっ、犬が喋った!?」
次の日、宇宙人とのファーストコンタクトをとった僕がデカデカと新聞に載ったことは言うまでも無い。
ただの犬から、喋る犬への大変身である。
ただし、僕が全裸であることは変わっていない。
完