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あとぜき!  作者: あまやま 想
1年目
8/26

すれ違いの末に…

主人公:山畑つくし

 私はバイトの後輩、吉井君の恋愛相談に乗っていた。彼女となかなかうまくいっていないようである。いつもならもっと的確なアドバイスができるのに、この日は大津君が女の人と歩いていたことが頭の中を何回もよぎる。どうして、あんな奴のことが気になってしまうのだろうか…。

 一一月の方研の活動は三回とも「東日本の方言の分類」であった。一一月末に学園祭があるので九月から取り組んできた方言の分類を日本地図にまとめて発表しようと言うことになった。そのため、この時期は定例の方研に加えて、臨時の方研を毎日行っていたので、とても忙しかった。

 最近、大津君が私のことをわざと避けているようで、妙に態度がよそよそしかった。私には彼がどうしてそんな態度を取るのかまったく理解できなかった。このままではいけないと思い、できることなら二人でじっくりと話をしたかった。しかし、学園祭の準備などでそれどころではなかった。

 分類の結果、北関東と東北と北海道の三地域に大きく分類された。さらに北関東(栃木・群馬・茨城)、東北日本海側(山形・秋田・青森)、東北太平洋側(福島・宮城・岩手)、南北海道(札幌・函館など)、北北海道(札幌や函館などを除いた全て)に小グループを形成することがわかった。ただし、南関東(埼玉・東京・千葉・神奈川)は戦後、全国各地から多くの人が集まるようになったため、地域独自の方言はまったく見られないと言う結論になった。その後、方言地図の製作に急いで取り組み、何とか学園祭に間に合った。

 この大学の学園祭は一一月最後の土日に行われる。テレビでも出てくるような人がするライブと模擬店には人がよく集まるのだが、他にはほとんど人が集まらなかった。

 それでも方研の展示には例年よりも多くの人が足を運んでくれた。おかげでいい形で大学祭を終わることができた。その後、展示発表の成功を祝って、打ち上げコンパを会室で行った。この日、私は久しぶりに大津君と二人きりで話す機会を作ることができた。しばらく、学園祭のことを話した後に、一番聞きたいことを切り出した。

「大津君、この前、駅ビルで君と会ったときに女の子と一緒にいたでしょ? あの子とはどんな関係なの?」

 私は小声で彼の耳元でそっとささやいた。彼は缶ビールを一気に飲み干した。そして、新しい缶ビールを空けて、また勢いよく飲みだした。そして、ドンと音を立てて缶をテーブルの上に置いた。その目はとても悲しげだった。

「どうして、そんなことを聞くんですか? 山畑さんには素敵な彼氏がいるじゃないですか? それなのに、どうして、僕のことをかまったりするんですか? もう、そっとしておいてくれませんか…」

 彼はつまみの柿の種を口いっぱいに入れて、ほおばっていた。そして、またビールを勢いよくのどに流し込んだ。また、柿の種をむさぼる。再び、ビールを勢いよく飲む。それの繰り返しであった。缶ビールは早くも二つ目が空になった。

「吉井君は彼氏じゃないのよ。彼はバイトの後輩で恋愛相談に乗っていただけよ。信じてよ」

 彼はいつになく速いペースでビールを飲み続けていた。このままだと彼は確実に酔いつぶれる。明らかに彼らしくない酒の飲み方だった。何が彼をそこまで追い詰めているのだろうか…。

「証拠がないことをどうやって信じたらいいんですか。僕はわかりません。女性が何を考えているのか僕にはわかりません。それにどうして、先日、会った女の子のことを山畑さんに話さないといけないんですか? 山畑さんには一切関係のないことではないですか? もう、ほおって置いてください」

 私に彼氏がいないことを亜紀と豊前さんの二人は知っていた。そこで私は亜紀をここに呼んだ。そして、自分には彼氏がいないことをわかってもらいたかった。

「大津君、つくしの言っていることは本当だよ。バイトの後輩の恋愛相談に乗っていただけだって…。信じてあげてよ」

「竹山さん、僕は山畑さんが信用できないわけじゃないんです。自信がないんです。わからないんです。判断できないんです。もう頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、自分でもどうしたらいいのかわからないんです」

 彼は相変わらず、すごい勢いで酒を飲んでいた。コップの中身がいつの間にかビールから日本酒になっていた。すでにろれつがまわらなくなっている。それでも彼は飲み続ける。やけ酒なんてやめて欲しかった。こんなにも二人の距離は近いのに、二人の間には大きな壁があった。どうして、お互いに素直になれないの?

 とりあえず、私は彼からコップを取り上げた。これ以上飲み続けたら、確実に酔いつぶれてしまう。すでに彼は体をフラフラしていた。

「もう、ほうっておいてくらはいよ。ぼかあ、らいじょうぶれすよ」

 その後、大津君は完全に酔いつぶれてしまった。気持ちよさそうに寝息を立てている。絶対にほおっておけない。そのころ、日付が変わろうとしていたので、渕山君の号令でコンパはお開きになった。

 やがて、みんな家に帰っていったが、私は大津君と一緒に会室に残った。彼が心配でたまらなかったのだ。

 彼は窓際にあるソファーの上に寝かされていた。その横には彼がいつでも吐けるようにバケツが用意されていた。私は廊下側のパイプ椅子に座って休んでいた。すると、急に眠たくなってきたので、椅子に座ったまま頭をテーブルに乗せて眠りについた。

 明け方、私はむせ返るような嫌な臭いの中で目を覚ました。バケツの中を見るとあふれんばかりにゲロが入っていた。よくこれだけたくさん吐いたものである。まあ、あれだけ飲めば当然の結果であるが…。私は急いで窓とドアを開けて、空気の入れ替えをした。そして、バケツの中のモノをトイレに捨ててきた。そのおかげで会室の空気が少しはマシになった。

「あっ、痛っ。頭が痛てぇ~。あれっ? 俺…どうしてここに…?」

 ようやく、大津君が起きた。あの様子だと、昨日のことはまったく覚えていないようである。私は昨日、彼が何をしていたのか、事細かに説明した。すると、彼は相当気まずそうにしていた。

「すみません。山畑さんにこんな迷惑をかけてしまって…本当に申し訳ありません」

 彼は上半身を何とか起こしたものの、かなりだるいらしく、すぐにソファーに倒れこんでしまった。

「今からコンビニで朝食を買ってくるけど、ついでにソルマックを買ってこようか?」

「すみません。なんか申し訳ないですね…」

「いいってことよ。じゃあ、行ってくるね」

 私はサークル棟の通用口から出てすぐのコンビニに行って、サンドイッチとお茶とソルマックとを買って、すぐに会室に戻った。その後、私は朝食を食べ、大津君はソルマックを飲んだ。このとき、まだ朝一〇時前だった。ようやく、窓から日差しが差し込み、部屋がポカポカしてきた。そんな中で、二人で取り留めのない話を始めた。

 昼前になると、彼は少し気分がよくなったのか起き上がれるようになった。話の内容もやっと、二人のすれ違いのことへとなった。

「大津君にはもっと自分のことをきちんと話しておけばよかった…。そうすれば、誤解を生むこともなかったのにね…」

 私は自分のことをしっかり反省した上で、大津君にしっかり謝っておいた。でも、彼は首を大きく振ってこう言ってくれた。

「違うんです。悪いのは全て僕なんですよ。きちんと確認することなく変な思い込みをしていました。そして、一人で勝手に幻滅して、落ち込んでいました。でも、やっと自分の本当の気持ちに気付いたんです。今から言うことを真剣に聞いてもらえますか?」

 私は大きくうなずいた。そして、彼の一つ一つのしぐさをずっと見つめていた。

「あ、すみません。やっぱり、こんな状態で言うことではないので…また今度にします」

「だめだよ。言おうと思ったときに言わんと…。私、今の大津君の気持ちが聞きたい」

 しばらく、沈黙した時間が流れた。私達はときどき見つめ合っては、不自然に目線を反らして、目のやり場に困ることの繰り返しであった。私はとうとうしびれを切らした。

「じゃあ、私から言ってもいい?」

「いいですよ」

「大津君はすごく子供っぽくて頼りないけど、とても無邪気で、とても素直で、とても優しくて、ときどき頼れる存在になる。そのギャップにやられたのかな…。私、大津君のことが好きです。付き合ってください。」

彼は目をパチパチとさせて、周りをキョロキョロと落ち着きなく見ていた。返す言葉を必死になって探しているようだった。そして、言葉を選びながら話し出した。

「僕も山畑さんのことが好きです。とてもうれしいです。夢みたいで信じられません。嘘ではないですよね?」

「当たり前じゃない。私は本気よ」

 そのときの彼のうれしさでいっぱいの笑顔を見たとき、私はこれからずっとそばにいてあげたいと思った。

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