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あとぜき!  作者: あまやま 想
1年目
5/26

夏合宿

主人公:大津武

 八月の方研で合宿の班分けが決まった。僕は山畑さん、五木さん、前橋さんと同じ班になった。合宿では「方言は西日本と東日本の二系統に完全に分けられるか」と言うことを検討していこうと言うことになった。

 八月六日から合宿までは方言研究会の活動はお休みになる。このとき、地方出身の人は地元に帰省する。僕は実家生なので帰省する必要がなかった。しかし、この夏は高校からの友人・亀池と一緒になって進めていたルームシェアでようやく両方の親から許しが出た。そこで僕らはさっそく部屋を見つけて、そこへ引っ越した。

 これで僕らは電車通学から解放されることとなった。もう、大宮から電車で四〇分もかけなくてもいいんだと二人で喜んだ。これからは大学まで自転車で一〇分だ。もう、終電の時間を気にしなくていいのである。これからは夜通しで遊べるし、朝だってゆっくりできる。亀池も終電の時間を気にせず、弓道の練習に打ち込めることをとても喜んでいた。

 お盆のころ、亀池から「インカレ」と呼ばれる全国の大学弓道部が集まって競う大会が日本武道館であるから、一緒に見に行かないかと誘われた。僕は暇だったので付いていくことにした。会場に着くと、そこはすごい熱気に包まれていた。この大会は「全日本学生弓道選手権大会」という正式名称があり、それを「インカレ」と呼ぶようだ。

 さすがに全国から集まっているだけあって、すごく上手な人が何十人といた。少ししか弓道をかじっていない僕でも思わず見とれてしまうほどの腕前である。彼らはほぼ百発百中であった。次から次に矢を的に中てていく。

 亀池はそれはそれは熱心に見ていた。弓道を続けている以上、上達したいと彼はたびたび語っていた。僕もそんな彼を見て、彼の努力が実を結ぶように願っていた。

 

 とうとう、合宿が始まった。方研のメンバーは唐津先生、渕山さん、柿野さんの車に分乗して、江ノ島へと向かった。途中から国道一三四号線に入り、海岸線に沿って車は走った。ラジオからは夏の定番であるサザンやTUBEなどの曲がたくさん流れていた。しばらくすると、あたり一面に海が広がった。江ノ島大橋を渡れば、そこはもう江ノ島である。

 江ノ島と言えば小学生の頃、家族で海水浴に来て以来である。あの頃と視点が違うせいか、違った場所に来たような錯覚に襲われる。気がつけば、見知らぬ女性ばかりが目に入ってくる。昔来たときだって女性はたくさんいたはずなのに、覚えているのは夕日がしずむ景色だけである。

 合宿中は朝八時から昼一時まで唐津先生から特別講義かそれぞれの班ごとの研究テーマを進めていくことになっていた。自由時間は昼食後から夕方五時までで、その時間はみんなで海に繰り出して遊べた。その後、夕食と風呂を済ませて、夜八時から一一時までは班ごとの研究テーマを進めていくこととなっていた。四日目の夜には発表会の打ち上げがある。最終日は大学に帰るまで自由時間であった。

 僕らの班は他の二つの班に比べて人数が一人少ないため、どうしても他の班より調査などに時間がかかる。そのため、自由時間を少し削って頑張った。できるだけ、唐津先生からたくさん助言してもらうようにした。

 やはり、東日本と西日本で違うので有名なのは「なおす」と「片付ける」である。西日本では物を片付けるときに「書類をなおして」などと言う。しかし、同じことを東日本で言うと「書類に間違いはありませんでした」と言うことになる。では、西日本では東日本の「直す」をどんな言葉で表現しているのだろうか。状況に応じて「修理して」「見直しして」「手直しして」と使い分けている。

 しかし、調査を続けていくうちに、「はく」と「はわく」、「背負う」と「からう」のように本州と九州で異なる言葉が多くあることがわかった。このことから「方言は西日本と東日本の二系統で完全にわけることができない」という結論に至った。

 四日目になると、各班とも発表会に向けてポスターを作ったり、発表の練習をしたりしていた。その甲斐あってか、昼からの発表会はどの班もしっかりまとめてあってわかりやすかった。A班の「方言と文化はどこまで一致するのか」、B班の「方言が新たな共通語を生み出す」のどちらも興味をそそられるものであった。そして、C班の発表も無事に終わった。

 夜は打ち上げであった。食事はいつもより豪華であり、みんな無事に発表会を終えた安心感からいつになくお酒が進んだ。やがて、一次会も終わり、今度は事前に借りておいた多目的室にみんな集まって二次会を楽しんでいた。ところが、しばらくすると飲みすぎたのか、気分が悪くなった。そこで僕は酔いを醒まそうと夜風に当たりに行こうと思ったが、体がフラフラする。

「ちょっと、大津君大丈夫なん? 外は海じゃけん、一人で行くのは危ないけぇの」

 唐津先生が心配そうに見つめている。僕の体はかなりフラフラするけど、頭の方はわりと落ち着いていた。

「先生、外でタバコを吸ってくるついでに、私が大津君の面倒を見てきますよ」

「さすが、山畑さん! では、よろしくお願いしますね」

 先生は安心したのか、再び楽しそうにお酒を飲んでいた。僕らは旅館の外に出て、目の前の海に向かって歩き出した。そして、海沿いの道にある防波堤の上に座った。彼女には悪いことをしてしまったなあと僕は思っていたのだが…。

「大丈夫? それにしてもよかった。大津君のおかげで飲み会から抜け出すことができたけん。私、実はああ言うの苦手でさ…。お酒もあまり飲めん方だけん…」

 気遣って言ってくれたのか、それとも本心なのかよくわからなかったが、僕はほっとした。思わず笑ってしまった。九州の人って、みんなお酒に強いと思っていたのに…。

「何で笑うと?」

「すみません。山畑さんって、九州の人だし、焼酎が好きっておっしゃっていたから、お酒に強いと思っていたんです。だから、酒に弱くて、飲み会があまり好きじゃないのが意外だったんです」

「そうなんだよね。本州の人って九州人はみんなお酒に強いって思い込んでおるけんねぇ。そんなわけないじゃん。本州にも飲める人と飲めない人がいるように、九州にも飲める人と飲めない人がいるの!」

 いつの間にか彼女はタバコをおいしそうに吸っていた。そこには打ち上げでは見ることのできなかった彼女のほっとした横顔が月に照らされていた。それはいつもよりもとても色っぽくて、とてもきれいだったので、僕は思わず目を背けてしまった。

「さっきから私の顔ばジロジロと見てるけど、何か付いとると?」

「違いますよ。あの…月に照らされた山畑さんがとてもきれいだなと思ってですね…。すみません、生意気なことを言ってしまって…」

 目の前では満潮が近づいているのか、ザーザー、ザーザーと言う波の音と共に潮がどんどん満ちている。波しぶきがときどき、僕らの足にかかるようになった。そんな中、彼女はにっこりとしていた。それを見て僕はほっとした。

「そんなこと言われて、喜ばない女はおらんよ。せっかくだから、大津君もタバコを吸ってみたら? 月の元でタバコを吸えば、君もいい男になれるよ。きっと…」

「気持ちはうれしいですけど、たばこはちょっと…」

「そういえば大津君、ジントニックとかカシスソーダとかの甘ったるいものばかりの飲んでたでしょ。そんなときにタバコを吸うと不思議と中和されるのよ」

 結局、彼女に押し切られる形で人生二度目のタバコを吸うことになった。タバコを吸ってみる。一回目はこの前と同じくせき込んでしまった。でも、二回目からはこの前と違って、タバコがとてもおいしく感じられた。彼女が言った通り、甘いお酒を飲んだ後の甘ったるい感じをほろ苦いタバコの味がうまく中和してくれる。この日から僕はこの意外な組み合わせのとりことなった。

 その後、ジントニックとカシスソーダの話で盛り上がった。僕にとってジントニックは山田詠美の小説に出てくる魔法の飲み物であった。だから、お酒が飲めるようになったら必ず飲もうと決めたものである。また、カシスソーダには平井堅の悲しい歌に出てくる飲み物である。

 このことを山畑さんに話したら、彼女も同じような経験をしており、理解してもらえた。きっと笑われると思った僕は彼女の意外な反応に驚いた。その後、意外と小説や歌がお酒のイメージを作り出しているのだという結論になった。

「さて、そろそろ帰りましょうか?」

「そうですね。おかげ様で気分がよくなりました。ありがとうございます」

 そうして、僕らは月の光に背を向けて、旅館に戻った。僕は酒の酔いは醒めたが、今度は違うものに酔っていた。二人で旅館に向かって歩いていると、突然、山畑さんが道端に座り込んだ。僕は心配になった。彼女はたまに低血圧で気分が悪くなることがあった。

「大丈夫ですか。すみません。無理をさせてしまって…」

「こちらこそ心配かけてごめんねぇ。いつものだと思うから、しばらく休めばよくなるはず。だけん、先に戻っててくれんね」

 さっきと状況は一変したのに、月は相変わらず僕らを優しく照らす。さっきまで、僕のために一緒にいてくれたのに、彼女を置いて帰ることはできなかった。

「何言っているんですか? 山畑さんの調子がよくなるまで、僕もここにいますよ。それとも、僕が背負って行きましょうか? 旅館はもう目の前ですし…あれぐらいなら大丈夫ですよ」

 しばらく、二人は黙り込んでいた。さっきまであんなにたくさん話したのに…。僕らはここでは言葉を使わなかった。しばらくして、彼女はうなづき、僕は彼女を背負った。こうして、僕らは無事に旅館にたどり着いた。

「お願いだから、私が倒れたことは黙ってくれんね。せっかくみんな楽しんどるのに、余計な心配をかけたくないけん」

「わかりました」

 僕は山畑さんを部屋の前で降ろした。そして、彼女は部屋に入っていった。僕は多目的室に一人戻った。部屋に入ると、人数が半分に減っていた。でも、まだ先生がいたので、先生に一言断ってから自分の部屋に帰った。疲れていたので、そのまま眠りについた。

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