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あとぜき!  作者: あまやま 想
1年目
3/26

一足遅れの大学デビュー?

主人公:大津武

「この間はごめんなさいね。あれは私とあいつの問題だったのに…」

 あれは五月二回目の研究会が終わった後だった。突然、山畑さんに呼び止められた。そして、彼女は何も悪くないのに僕に謝ってきた。誰が見てもあの男が悪い。山畑さんにふられたのもあの男が浮気したからである。しかも、僕に向かってチビとかダサいなどと言ってきた。たとえ、本当であっても言ってはいけない。もし、彼女があいつを殴ってなければ、僕があいつを殴っていただろう。

「いや、いいんですよ。山畑さんが彼を殴ってなかったら、僕が彼を殴ってましたよ。初対面の人にあんなことを言われて、かなりショックを受けましたから…。だから、すっきりしました」

「そがん言ってもらえると助かる」

 その後、一年生全員でジョイフルに行った。前回、僕は行けなかったので、今回は必ず全員で行こうと約束していたのだ。万が一に備えて、今回は研究会が始まる前にみんなの携帯番号とメルアドを聞いていたが、それを使う必要はなかった。

 今回の研究会までは先輩の活動を見ているだけでよかったが、次の五月三回目の研究会から一年生も調べて発表しなくてはいけない。そのこともみんなで話し合わなくてはいけない。次の活動は方言族の分類についてであった。方言族とは言語学における語族の考え方を、日本の方言に応用した方研独自の定義である。印欧語族が共通の言語を起源としているように、同じ方言族に分類される方言も共通の方言を起源にしていると考えられる。方研では方言族分類地図を作る試みが何度かなされたようであるが、今回もうまくいかなかった。

 しかし、今回は一つだけ収穫があった。ズーズー弁と大和朝廷の支配関係の関係である。現在、ズーズー弁が残っている所は東北・山陰地方である。それらの地域は大和朝廷の支配がなかなか及ばなかった所とほぼ一致する。その後、東北諸方言、出雲弁などに派生したのではないかという仮説にたどり着いた。そして、そのことを証明するためにズーズー弁についてより詳しく調べることになったのである。また、どうして同じく大和朝廷の支配がなかなか及ばなかった九州南部にズーズー弁が見られないのかという疑問が生まれたので、それも合わせて検討することになった。

 だが、食事の間は研究会のことを忘れて、雑談を楽しんでいた。いつの間にか恋愛話になっていた。一年生の中では一番かわいい宝島さんに高校時代から付き合っていた彼氏がいたことが発覚した。そのことは山咲と長浜と僕の男三人を大いにがっかりさせた。方研の楽しみがまた一つ消えた。

 さらにびっくりしたのはビン底メガネの駒場さんにかつて彼氏がいたと言うことであった。浪人時代に勉強に専念するために相手を自分からふったと言うことにさらに驚かされた。ちなみに前橋さんにはそのような経験はまだないらしい。

 男では長浜がかつて付き合っていた人がいたものの高校卒業して大学に入る際に別れたらしい。山咲と僕にはまだそのような経験はなかった。

 結局、この日は無駄話ばかりしていたので、方研の話は全く進まなかった。そこでそれぞれがズーズー弁について調べて、それを持ち寄って今度の方研の前に学食で話し合うことにした。

 それからしばらく、僕はインターネットや文献を読みながら「ズーズー弁」について調べた。でも、これだと思うデータはなかなか見つけられない。ふと、まだしたことのない恋愛について考えた。恋愛がしたいなぁ…彼女が欲しい。でも、恋愛は楽しいことばかりでもない。この前の山畑さんのようにつらい思いをするときだってあることぐらいわかっている。

 でも、浮気なんかして相手を裏切ったりしなければ、ずっと楽しい状態のままいられそうな気がするんだけど…。一人の人をずっと愛し続けることはそんなに難しいことなのかな? いつまでも初めて好きになったときのことを忘れずにいられたらいいのに…。とは思ったものの、恋愛経験がない僕にはまだわからないことばかりだった。

 五月三回目の方研が終わった。話し合いの結果、「ズーズー弁と縄文人の関係」が最も有力な説ではないかということになった。これは縄文人がズーズー弁の原型を使っていたのではないかという説である。弥生時代に入ると大陸より米作技術をもった弥生人が日本に来るようになった。文化的に優位であった弥生人は一気に九州に広がり、その後も本州・四国に広がったと考えられる。そのあおりを受けて縄文人は米作にむかない地域に追いやられたのではないか…それが山陰・東北である。今でこそ東北は米所であるが、そのころの米の生産北限地が関東であったことがそれを裏付けている。九州は温暖であったので、米作に適していたため、縄文人が完全に追い出された。そのため、九州南部は大和朝廷の支配が遅れたものの、ズーズー弁は残らなかったと考えられると言うものであった。

 しかし、まだまだ実証には不十分な点の多く、ズーズー弁族とされる東北・山陰諸方言について、しっかり調べる必要があるという結論に至った。そのため、六月は「ズーズー弁強化月間」として3回とも「ズーズー弁」について更に詳しく調べることが決定した。


 六月に入ると毎日のように雨が降っていた。この日はたまたま高校時代に一緒に弓道をやっていた亀池と家に帰っていた。高校時代、二人とも弓道は大して上達せず、何度つらい思いをしたことか…。僕は弓道に対してさっさと見切りをつけたのに対して、彼はいつか結果が出るだろうと諦めることはなかった。彼は現役で大学に入り、迷うことなく弓道部に入った。彼の話によれば、弓道部では指導練習と言うものがあり、一年生は七月まで上級生からみっちり指導をしてもらえるとのことだった。彼はそのおかげでかなり上達したらしい。今、二年生の彼は一年生を指導する立場になり、結構大変なようだ。

 ガタン…ゴトン…と音をたてながら電車が進んでいく。家から大学まで電車で四〇分の通学にもすっかり慣れた。しかし、ときどき電車の中で眠ってしまい、乗り過ごしてしまうことがあった。亀池にも同じような経験があるらしい。

「大津は一人暮らしをしたいと思わないの?」

「できるものならやりたいんだけどね。大学周辺だと七~八万が相場だろ? 俺は安アパートでいいからって言ったんだけどね。親がこんな物騒な世の中でそんな所に住ませるわけにはいかないと譲らないんだよ。亀池は?」

「うちも似たような感じかな…。でも、一人暮らしがしたいよ。大学の近くに住むことさえできれば、電車の時間なんか気にせずに弓道の練習ができるし…。コンパのときも時間を気にせずに楽しめる。何かあるたびに一人暮らししている奴の家に止めてもらうのも悪いし…」

 やはり、現実は厳しい。そんなことはお構いなしに電車はどんどん走る。いくつものビルや家の中を電車は進んでいく。急に景色が開けたと思うと川が見えた。そして、あっという間に橋にさしかかった。橋の上で電車が一層激しく音をたてる。川を過ぎると電車を乗り換える駅に着いた。僕らは電車を降りた。

「大津、あの広告を見ろよ。ルームシェアとかよくない?」

 亀池が電車から降りるとすぐに広告を指差して、僕に言ってきた。僕は広告を見てみる。

『お金がなくて、一人暮らしができないと言っているそこのあなた! 友達を誘ってルームシェアをしてみませんか? ルームシェアで手軽に一人暮らしと同じ快適さを手に入れよう』

 これはいい。確かにこれなら何とかなりそうである。

「うん、そうだね。これなら親をうまく説得できるかもしれない」

 僕らは六番ホームに向かって歩きながらルームシェアのことについて話していた。やがて、大宮行きの電車が来て、僕らはそれに乗り込んだ。電車の中でもずっとルームシェアのことを話し続けた。


 六月の方研は三回ともズーズー弁について調べた。しかし、三回ともこれと言って有力な説や特徴について発見することができなかった。そこで七月からはまた通常の活動をすることになった。

 六月三回目の方研のとき、ビン底メガネの駒場さんがメガネを外し、髪を栗色に染めてやってきたので、最初見たときはどこの誰だかわからなかった。女性は変わるときには全く別人に変わってしまうので、いつもびっくりさせられる。特に駒場さんのようにビン底メガネが突然顔から消えてしまうと、それだけできれいになったように見える。いや、彼女は元々きれいだったのに、それをメガネで覆い隠していたのである。

「高校のときは普通にコンタクトやったんやけど、浪人しているときにめんどくさくなってな…メガネにしてしもうたんよ。そしたらな、前付き合って奴が文句を言いよるんや。それがきっかけで別れてしもうたんよ」

 方研の活動が終わった後、いつものように一年生だけでジョイフルに行った。この日の駒場さんはいつになく明るかった。

僕は山畑さんのことを思い出していた。彼女も変化していた。彼女は肩まで伸ばした黒髪にパーマをかけていた。また、目の調子が悪いらしく、この日はメガネだった。彼女は十分大人の雰囲気が漂っているのに、それにますます磨きをかけていた。

 変化はときに人を激しく魅了する。コンタクトもメガネもただの道具にすぎないのにそれが顔にとけ込んだとたん、顔の一部となり、新たな素顔を作り出す。髪だって、体の一部にすぎないのに手を加えようと思えば、好きなだけ手を加えることができる。

 僕も新しい自分を作り上げていこうかな…。髪を茶色に染めて、眉をそって、しゃれた服とかバックを買おう。でも、似合わなかったらどうしよう…。悩んでも仕方ない。とりあえずやってみよう。


 七月に入っても、雨続きのジメジメした日が続いた。こんな日が続くと心まで暗くなってくる。でも、アジサイを見ると心が明るくなる。雨に打たれれば打たれるほど、その美しさが際立つアジサイ。そんな美しさも悪くない。

 雨が降り続く中で七月一回目の方研が行われた。今回は世界の言語から見た日本語について検討した。方研で学ぶことは方言だけではない。顧問の唐津先生の教えにより、僕らは世界の言語と日本語の関係についても学んでいる。そうすることで多角的な考え方を身につけ、それを方言の研究に応用していくことができる。

 この日は動詞の活用の仕方により、世界の言語は孤立語・屈折語・膠着語の三つに分けられることを学んだ。孤立語とは動詞がまったく活用しない言語であり、中国語などが当てはまる。屈折語とは動詞が活用する言語であり、英語やフランス語などのヨーロッパの言語は全てここに入る。膠着語とは動詞が活用し、さらに他の品詞がその後に付け足されていく言語である。日本語や韓国語など東アジアの言語に多く見られる。さらに語族などについていろいろ教わったような気がするが、まったく頭に残っていない。

 ジメジメとした気候のせいか、まったくやる気が起きなかった。僕は窓の外と山畑さんばかり見ていた。

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