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あとぜき!  作者: あまやま 想
2年目
19/26

内定通知

主人公:山畑つくし

 卒論で研究室や演習林を行ったり来たりしているうちに一〇月になってしまった。今日から後期の授業が始まる。私にとっては最後の講義と実験である。もうほとんどの単位は取り終えていたが、選択必修の講義と実験が一つずつ残っていた。それを今期きちんと取らなければ、どんなに卒論を頑張っても留年が決まってしまう。念のため、選択必修の講義と実験を二つずつ取ることにした。

 一〇月三日、私の家に「バイキングぺろり」から通知が届いた。中を見るのは怖いけど、見ないことには先に進めない。思い切って封筒を破り、中を見てみた。

「山畑つくし殿、上記の者を翌年四月一日付で我が社の正社員として採用する」

 私は思わず「やったぁ~」と一人しかいない部屋で叫んでしまった。これでようやく就職先が決まった。ようやく、苦しくてつらい就職活動から解放された。就職先が決まっただけでこんなに身軽になれるとは思わなかった。

 まず、このことを親に伝えた。父も母もとても喜んでくれた。やはり、九州の企業に就職できたのがよかったのかもしれない。大学の四年間は私が東京に出てきたばっかりに熊本の両親には余計な心配ばかりかけた。

 次に武にこのことを伝えた。武もとても喜んでくれた。そして、早速お祝いをしようと言うことになり、武が私の家に来てくれることになった。もうすぐ、夜十時になろうとしていた。テレビには「報道ステーション」が映っていた。いつもと同じようなニュース。私が就職を決めた日も世の中はいつもと変わらずに進んでいた。

『ピンポーン、ピンポーン』

 ドアのベルがなった。武が来た。私はドアを開けて彼を迎え入れた。もう夜の一一時を過ぎていた。付き合いだしてすぐの頃はよく二人の家を行き来していた。しかし、私が四年生になってから武は私を気遣って、こんな夜遅くに来ることはなかった。それだけでも今日がいかに特別な日かと言うことがよくわかる。

 彼は酒とつまみを買ってきてくれた。二人だけのささやかなお祝い。二人とも普段、平日にお酒は飲まないけど、この日は特別だった。就職先が決まったということ、ただそれだけのことが私にはとても大きい出来事だった。

「就職先が決まって本当によかったね。本当におめでとう」

 武は私の就職内定をとても喜んでくれた。そんな彼を見て、あと半年もすれば彼と離れ離れになってしまうことにすごい寂しさを感じた。現在、「バイキングぺろり」の店舗が九州にしかない以上、それは避けられない事実だった。

「つくっちゃん、どうしたの? さっきから黙り込んで…。今日はめでたい日だよ」

「就職が決まったことはうれしいけどさ…何か急に寂しくなってしまってね…。来年の四月からは九州のどこかで私は働くことになるけど、そしたら武と離れ離れになってしまうんだよ。そう考えると、急に不安でたまらんようになってね…」

 武がとても不安そうに私を見ていた。さっきまですごく喜んでいたのに急に落ち込んでしまったので、どうしていいのかわからないようである。私も自分がよくわからなかった。こんなはずではなかったのに…。せっかく、武が私の就職内定をお祝いしてくれているから、そのことをもっと楽しみたかったのに…。一度生まれた不安と苦しみは収まることはなかった。

「僕だって…つくっちゃんと離れ離れになるのはつらいよ。でも、つくっちゃんにはやりたい仕事があって、今やっとそれを手に入れたんだから、それを頑張ってほしい。それに僕らは離れ離れになったぐらいで続かなくなるような関係ではないと思う。メールだって、電話だって毎日するよ。一ヶ月に一回ぐらいは九州に行くから、そんなに弱気にならないでよ」

 武は必死になって、私を励ましてくれていた。不器用だけど暖かい彼の言葉を聞いていると不思議と落ち着く。彼の声が不安と苦しさを忘れさせてくれる。

「それと、二人が離れ離れになるまでまだ半年もあるんだよ。今のうちにたくさん思い出を作ろう。つくっちゃんは卒論が忙しいと思うけど、残り半年はできるだけ一緒に過ごそう」

「もちろんよ。よし、武といられる時間を精一杯楽しむぞ」

 その後、私達は次の日も学校があるというのに、朝方まで二人だけの就職祝いを続けた。


 やがて、少しずつイチョウやカエデの葉が色づき出した。川の近くではススキが秋風になびいている中を赤とんぼが群れを成して飛んでいた。日曜ともなれば、どこからか運動会の掛け声や音楽が聞こえてきた。

 そんな中、私は卒論を確実に進めていた。もう少しで群馬の演習林からのデータ採集も終わろうとしていた。成沢先生からの指導や指示の数は相変わらずだったが、就職が決まってからは以前と違って心の余裕があった

 私は一日一回、武と会えるように時間を作るようにした。週末には一緒に映画を見に行ったり、渋谷や原宿に遊びに行ったりした。ときには武と方研のことについて話したこともあった。一一月の学園祭の出し物を方研で考えていたところに、現代国語研究会(現国研)から共同研究・発表をしようと提案があり、応じることになったらしい。今の方研と現国研は研究・調査内容がかなり似ていたのでちょうどよかったとのことだった。

 ふと気付けば、もう色づいた木々の葉もすっかり落ちてしまった。道には人や車に踏みつけられて、道路にへばりついた赤や黄色の葉が至る所で目についた。

 そんな秋の空気のせいだろうか? 近頃、一人でいると訳もわからず虚しくなるし、無気力になるのである。空白の時間が怖くてたまらない。一人で家にいるときは本を読んだり、テレビを見たり、音楽を聞いたりしないと気が狂いそうになる。一人でホーッとしていたら、それだけで自己嫌悪に陥るのである。どうしてそうなるのかはわからない…。就職も決めているし、卒論だって順調に進んでいる。私生活だって彼氏もいるし、何でも話せる親友がいる。

 私はこんなに満たされているのに、なぜ空白の時間におびえないといけないのだろうか? でも、空白の時間が私を容赦なく襲ってくる。その根本的原因がわからない私はただ空白の時間を塗りつぶした。しかし、どんなに空白の時間を完全に埋めつくそうとしても、空白の時間を完全になくすことは不可能だった。

 私は誰もいない部屋に帰るのが、だんだんつらくなってきた。そのため、武をほぼ毎日部屋に連れ込むようになった。少なくとも、私のそばに誰かがいてくれれば、空白の時間が襲ってこない。私は一人になりたくなかった。

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