マンガと方言
主人公:大津武
ゴールデンウィークも終わり、大学にまた日常が戻ってきた。方研も基本方針がまとまり、ようやく新年度の活動を始動させることができた。また、新入生が五人入ってきてくれた。それぞれ、群馬の新井君、広島の南郷君、埼玉の戸塚さん、千葉の堀田さん、京都の九条さんである。僕とっては大学で初めての後輩となる。
五月の第三土曜日は毎年恒例の新入生歓迎コンパが「赤奈来」で行われた。この日の唐津先生はとても上機嫌だった。なんでも広島カープが七年ぶりに首位をキープしているようだ。先週から始まったセ・パ交流戦でも広島は勝ち続けているらしい。
「今年はカープの調子がいいけえの。やっぱり、ホワイト監督の采配がいいもんじゃけん。今年こそカープの優勝で決まりじゃ。去年は最下位で終わってしもうたけど、今年こそは絶対に優勝するんじゃ。私はこのときをどんなに待ったことか…。南郷君、あんたも広島の人間なら、わかるじゃろう?」
僕は南郷君の隣に座っていた。彼は先生の話にただうなずいているだけだった。プロ野球に対して興味がないのは明らかだった。そんな彼のことはお構いなく、先生はカープの話を続けていた。先生が飲みの席で方言の話を全くしないのはかなり珍しいことだった。
「ところで大津君は、君は埼玉出身だから、やっぱり西武ファンなんかの?」
「違います。ロッテです。パウエル監督の素晴らしい采配で三年前に優勝したときはもう最高でした。セリーグなら広島ですかね。今年は広島の調子もいいですし、日本シリーズは広島とロッテですかね」
ちょっとやりすぎたかな…。でも、唐津先生がとても喜んでいるし、南郷君は先生からうまく解放されてよかったのではないだろうか。やがて、先生は他の新入生の所へ行ってしまった。他の所でもやはりカープの話をするのだろうか…。女性であんなに野球に詳しい人はそういないと思うが…。
この日はすでに現役引退した四年生も全員やって来てくれた。渕山さんや竹山さんとも少し話をすることができたが、みんな卒論や就活で忙しいようである。
また、南郷君とも話したところ、彼はヨーロッパのサッカーチームに強い関心があるらしく、日本のプロ野球にはまったく興味がないとのことだった。
「大学の先生は唐津先生みたいに自分の話したい話だけを、相手にお構いなしに話す人ばかりなんですかね…。僕、どうしていいかわからずに、ただうなずいているだけでしたよ」
「まあ、全部ってわけじゃないけど…ああ言う先生が多いよね」
「やっぱり、そういうもんなんですかね…」
その後、しばらく南郷君とサッカーの話をしていた。来月、ワールドカップがあるので、どの国が優勝するのかについて話していた。
やがて、一次会も終わり、二次会の会場へ向かった。場所はいつもと同じ駅ビルの「サウンドマイク」であった。終電の時間まで、みんな歌って踊って騒いでいた。終電の時間になると電車組は京急や東急、地下鉄、JRに乗り込んでいく。こうして、新歓コンパは終わった。大学とか方研とかが続いていく限り、ずっと続いていく儀式…。
僕は電車で帰る人達を見送った後、一年前にこの駅で起きたあの事件を思い出していた。あの日、つくっちゃんと竹山さんと僕の三人は偶然、直樹という人に会ってしまった。そして、彼はひどい暴言を吐いた。それに彼女が怒って、彼に往復ビンタをくらわせた。もう、あれから一年が経つ。僕がつくっちゃんのことを「山畑さん」と呼んでいた頃の話…。すべての始まりは一年前のあの出来事だったのかもしれない。
「何ボーッとしとると? もう、電車に乗ってみんな帰ったよ。自転車の人も、もう帰ったよ。」
「一年前、ここで起きたことを思い出してね。ちょうど、一年前にここに直樹という人が現れてさ…すごいことになったよね」
「なんだ…同じことを考えていたんだね。じゃあ、一年前と同じく今からジョイフルに行きますか?」
つくっちゃんがそう言うので一年前と同じようにジョイフルに行くことになった。終電の時間がとっくに過ぎた今、駅には数えるほどしか人はいなかった。一年前と同じようで若干異なる。この日、竹山さんは就職試験が三日後にあると言うことで一次会終了後に帰ってしまった。
僕らはジョイフルに着いてから、二人でいろいろ話した。新入生のこと、あれから一年が経ち全てが少なからず変わっていること、今日の新歓コンパのことなど、話題はつきない。一年前、僕が電車に乗り損ねて三人でジョイフルに行ったときはつくっちゃんは竹山さんとばかり話していて、僕はただうなずいているだけだった。でも、今は違う。つくっちゃんといつでも楽しい話ができる。大学の近くに住むようになって、電車の時間も気にしなくてよくなった。同じことの繰り返しの中で確実に少しずつ変わっていくもの…それはいつか大きな流れとなり、やがて僕らをまったく新しい世界へと導く。
五月もそろそろ終わる頃、僕はつくっちゃんの勧めで自動車学校に入校した。なんとか八月の合宿までには免許をとって、後輩にいいところを見せたかった。僕は大宮の自動車学校に通うことにした。そこの週末集中コースを利用することにした。そうすれば、余計な電車代もかからないし、週末を実家で過ごすことができる。
方研は五月から新活動方針で活動するようになった。まず、初めに大都市圏における方言に対する愛着の違いを調べることとなった。今まで東京周辺と大阪周辺以外であれば、何度でもこのような調査をしている。しかし、旧会則によって東京周辺と大阪周辺はずっと手付かずの状態であった。なので、東京周辺や大阪周辺を調べるのは方研始まって以来のことだった。
様々な調査の結果、現在大都市に住んでいる人の中で地方出身者の多くは未だに自分の出身地の言葉を使うことを恥ずかしいと思っているようである。また、埼玉・千葉・茨城・滋賀・奈良の五県では住んでいる土地の言葉が好きと言う人の割合が四〇%を割っていることがわかった。これは過去の研究で九州・北海道・東北の人が自分の住んでいる土地の言葉が好きと思っている人の割合が七五%を超えるのと対照的であった。一番興味深いのは大阪と京都の人は住んでいる土地の言葉も好きであり、また訛りをほとんど気にしない点である。このことから大阪と京都の人々は「大阪弁」「京都弁」にそれぞれ強い愛着を持っていることがわかる。大阪弁に関して言えば、「ミナミの帝王」や「ナニワ金融道」などの大阪を舞台にしたマンガでは必ず使われている。この手のマンガはとても多い。
「いや、必ずしもそうとは言えまへんのでは違いますか? 私は方言のうりやすさ・うりにくさ、方言の抜けやすさ・抜けにくさの観点から調査してみました」
そう言って、駒場さんが自分なりの調査結果を踏まえて持論を発表していた。彼女は方研の研究対象に大阪弁が加わったことを誰よりも喜んでいた。この研究に対する思い入れも深いのだろう。彼女の話によれば、大阪弁は移りやすくて抜けにくい方言であるとのこと。その証拠に大阪に移り住んだ人は例外なく大阪弁を話すようになる。しかし、大阪の人がどこに移り住もうと、その地方の方言を話すようになることはほとんどないらしい。また、彼女の話では大阪弁の次に移りやすくて抜けにくいのが広島弁と言うことらしい。そう言えば、広島弁を使ったマンガも「はだしのゲン」や「カバチタレ」など多い。この調査はなかなか面白かった。
この話を聞いていた人の多くが、この調査法に対して興味を示していた。その結果、六月は現調査の延長上と言うことで、方言の移りやすさや抜けにくさの視点から全国の方言を調査することとなった。




