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あとぜき!  作者: あまやま 想
1年目
1/26

サークル探しも楽じゃない!

主人公:大津武

 大学の入学式は思ったよりも、あっけなく終わった。これでは一年浪人して、やっとの思いで入学した喜びを否定されたようにに思えた。

 僕は気分を入れ替えて、入ってもよさそうなサークル探しをすることにした。ところが希望に合うサークルはなかなか見つけられずに入学式からあっと言う間に三週間が過ぎてしまった。

「そこの君、一年生でしょう?」

 これでもう三五回目だ。僕はそんなに勧誘をして欲しそうに見えるのだろうか? うんざりする。大体、勧誘がしつこいところは決まって体育会系だ。さっきだって、弓道部の人からつかまって大変だった。うっかり、高校のときに弓道をやっていたと言ってしまったものだから、彼らはしめしめと言わんばかりにあの手この手で勧誘しようとしていた。僕は肩と肘を痛めて、弓道のできない体になったと嘘をついて、ようやく魔の勧誘から抜け出した。そもそも、弓道なんてどんなに頑張っても才能がなければ、全くうまくならない。逆に才能さえあれば、全く練習しなくても簡単に勝ち続けることができる。こんな理不尽なことを大学に入ってまでも味わいたくなかった。

「無視することはないでしょ。とりあえず、話だけでも聞いていきなさいよ。ジュースとお菓子ぐらいは出すからさ。このサークルに入ると日本中の方言がマスターできるのよ」

 こうして、僕は半ば強引に二年生らしき女性に目の前のテントまで連れて行かれた。テントの前にはでかでかと「方言研究会」と書いてあった。やがて、説明が始まった。話によれば、月に三回の研究会以外で束縛されることもないらしい。

 それなら悪くないと思い、僕は「方言研究会」に入ることにした。もう、勧誘されても「方言研究会に入ってますので…」と断ることができる。それに実は方言に少し興味があった。日本語でありながら、一部の人しか理解できない暗号のような言葉。もうすぐ、ゴールデンウィークにさしかかろうとしていた頃、僕は新たな一歩を踏み出した。外の新緑がとてもきれいだった。


 ゴールデンウィークが終わると一年生にとって、初めての研究会が開かれていた。この日は上級生がやっている研究会の様子を見た後、このサークルの詳しい説明を受けることとなった。埼玉・大宮で生まれ育った僕にとって、なまりのある言葉と地方独自の表現技法は衝撃的だった。ちょっと前だったら、なまりのない共通語を話せることはそれだけでとても価値があった。地方の人が上京するさいにはみんな必死になって、お国言葉を使わないようにしていた。

 でも、最近は方言ブームがおき、地方の人は自分のお国言葉に誇りを持つようになった。逆に首都圏に住む人が方言を学ぶ時代である。その流れなのか方言研究会には僕も含めて六人の新入会員が入っていた。研究会が終わってから、僕らは新入生を世話する豊前さんと言う女性から説明を受けていた。

「これで説明を終わります。最後に何か質問はありますか?」

この人の話が無駄に長いせいか全員眠そうにしていた。ようやく、終わったと思った。それなのに……手を上げたやつがいた。

「どうして、大阪弁を方言として扱わんで、第二共通語として扱うのですか? 理解できまへんのです」

「君は確か、大阪出身の駒場さんですね」

「はい、そうです」

 僕はこの女性の名前を新入生の中で最初に覚えた。ビン底メガネに、髪を左右に二つに分けてゴムで止めていて、それだけで強烈だった。さら背が一四五ぐらいしかない。こんな個性的な人はなかなかいない。

「この研究会の目的は滅びつつある方言を守り、それぞれの方言がどのようなつながりがあるかを地図にまとめることです。さっきも言いましたが、大阪弁は多くの方言とは異なり、お笑い芸人や漫才のおかげで毎日のようにテレビやラジオで流れています。つまり、別に大阪にいなくても日本にいれば、大阪弁を誰でも理解できるようになります。これが大阪弁を第二共通語として扱う理由です。」

 ビン底メガネは理解したらしく、一言「ありがとうございました」と言っていすに座った。

 ふと、ドアを見るとでかでかと「あとぜき!」と書いてあった。僕はそれが気になって仕方なかった。そこで隣の席にいたひょろっとした男の肩をたたき、質問をしてみた。しかし、彼は首を傾げるばかりであった。

「そこ、何かあれば、私に説明しなさい」

 しかたなく、僕はドアの張り紙について説明した。すると、研究会の後一人だけ残ってタバコを吸っていた女性が突然出てきた。

「豊前、これは私が答えっけん。これは私の専門分野だけん」

「山畑さん、これぐらい私でも説明できますよ」

「いいけん、いいけん。ちょっと熊本弁について語らせてよ」

「わかりました。そこまで言うならお願いします」

 どうやら、「あとぜき」と言う言葉は熊本弁らしい。そして、山畑さんからの説明が始まった。簡単に言えば、「開けたドアをきちんと閉めなさい」という意味らしい。その後、しばらく熊本弁講座が続いたが、山畑さんは豊前さんよりも話が面白かったのでよかった。

 最後に再び豊前さんに変わり、今度の週末にある新入生歓迎コンパがあるので、一年生は必ず参加するようにとのことだった。ようやく僕ら一年生は解放され、みんな一斉に帰りだした。誰かが、「一年生みんなで飯食いに行こうぜ」と言う。それにみんなが一斉に反応して「いいね」とか「下で待っとくから」とか言う。僕も遅れないように急いで部屋を出ようとしたときのことだった。

「こら、きちんとあとぜきをせんね」

僕はしまったと思った。慌てて部屋に戻り、「すみません」と謝った。すると、山畑さんに「ちょっと、こっちに来んね」と呼び出されてしまった。僕はやらかしてしまったと感じた。

「君、名前はなんて言うと?」

僕はほっとした。怒られるわけではなさそうだ。彼女はおいしそうにタバコを吸っていた。

「文学部人文学科の大津武と申します」

まだ、彼女はタバコを吸っていた。本当においしそうに吸うので思わず、見とれてしまった。煙越しに見た彼女はとても美しくてはかなく見えた。これが大人の女性だと感じた。

「もしかして、タバコを切らしているの? よかったら、どうぞ」

 僕は急いで首をふって断った。そして、自分が今までにタバコを吸ったことがないことを説明した。

「あ、そうなの? でも、せっかくだからタバコを吸ってみなっせ」

 言われるがままに彼女からもらったタバコを口にくわえた。すると彼女は「タバコをくわえたまま、息を吸って」と言いながら、マッチで火をつけてくれた。タバコに火がつき、煙を吸ったとたん、僕は思いっきりむせてしまった。ゴホッ、ゴホッと大げさにするつもりはないのに派手にむせてしまった。山畑さんはそれを見て、お腹を抱えて笑っていた。彼女の吸っていたタバコはすでに灰皿の中でくしゃくしゃになっていた。

 とても吸えたものではないので灰皿で押しつぶしてくしゃくしゃにしたかったが、先輩からもらったものを粗末に扱うわけにもいかなかった。もう一度吸ってみる。少しむせたけど、一回目ほどではなかった。さらにもう一度吸ってみる。今度はむせそうになるのを我慢することができた。

「なんか、大津君のタバコをすっている姿って、切なかね…」

 彼女は僕をからかうでもバカにしているでもなく、ただ淡々と見て感じたことを述べているようであった。僕はなれない手つきでタバコを灰皿に押し付ける。この間、わずか三分も経っていないのに、三つも生まれて初めての体験をした。タバコを突然勧められ、タバコを吸い、そして、灰皿にタバコを押し付ける。たった、それだけのことなのに、すごく大人になったように感じる自分がいた。でも、タバコをおいしいとはとても思えなかった。

 ふと、我に返る。いつの間にか豊前さんは会室からいなくなり、部屋には山畑さんと僕しかいなかった。自分は何をやっているんだ。早く行かなくては、他の一年生に置いていかれてしまう。

「すみません。他の一年との約束がありますので、お先に失礼します。タバコ、ありがとうございました」

 本当は少しもありがたく思っていないのに、先輩に失礼のないようにお礼はきちんと言った。

「よかよか。タバコの一本ぐらい。では、お疲れ様、大津君」

「お疲れ様でした」

 今度はきちんとあとぜきして、急いでサークル棟の前の自転車小屋に向かった。しかし、もう他の一年生はいなかった。他の一年生と連絡を取ろうと思ったが、まだ携帯番号もメールアドレスも聞いていなかったことに気付き、次の研究会のときに教えてもらおうと思った。今頃、大学の近くにあるジョイフルでご飯を食べながら、携帯番号とかメルアドのやり取りをしているに違いない。

 ああ、早速、乗り遅れてしまった。かわいい子もいたというのに…。仕方ないので、一人、新関東大学前駅に向かった。いつかは大学近くで一人暮らしがしたいなあ…。そう思いながら、満員電車の中で揺られている僕がいた。

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