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その7「反逆のヒーロー」

その七「反逆のヒーロー」


 ………意識は空虚から、だんだんと色を帯びていく。

そして線だけの世界に、まず黒が生まれ、その他の色がだんだんと浮かび上がるのだ。


長い夢をみていた?

俺は最後、同年代のそれはそれは生死を共にしたような仲間とお互いを撃って死んだ。

 思い返すと、とんでもなく荘厳な夢だ。

 しかし、あの時の銃の重さ、撃たれる間際のあいつの表情。

 頭に響いた少女の鳴き声、敵が近づく足音。

 どれをとっても夢とは思えないリアリティを持っていた。

 果たして……あれは?




 真っ暗だった脳に、光が帰ってきた。

まず最初に、体が軽くなったような感覚が頭から指先まで体全体を駆け抜ける。つぎに目がすっと開き、真っ白な世界が俺の視界を覆う。

「…?」

両腕をついて、体を起す。そしてふと、周囲を見渡した。

白い空に、白い地面、そして優しい光が空からさんさんと降り注ぐ世界。

そんな場所に、俺は一人倒れていた。

「………」

ぼーっとしていた意識から、少しづつ思考回路が再起動しはじめる。

そして、ある程度頭が覚醒した時だった。

「あれ?」

俺はなにをしていたんだっけ?

突然の疑問が、頭をめぐった。

なぜか知らないが、さっきまでしていたはずのことが、うまく思い出せない…。

もう一度しっかり思い直す。何があった? 俺は何をした?

そして一つ、思い出した。

敵が近づいてくる足音を、空を舞うヘリのジャイロ音。目の前に座り、俺に銃を向ける男……。

そうだ、俺は、死んだんだ。

あの男とお互いを撃ち合って……。

 ん?

「俺は、死んだ?」

 あれ、でも俺、生きてる?

「生きてる?」

 俺は飛び上がった。自分は死んだハズだ。だから、意識もあるはずない。

が、今の自分は、呼吸もしているし、心臓も動いているぞ?

「ちょっとまて、ちょっとまて、Why? なぜ!? 確かに眼球を打ち抜かれたはずなのに、どうして俺……」

一人で騒ぎまわる。自分でもおかしいと思うが、何せ奇想天外すぎる。

 自分の足を触って、まぶた越しに手を触って、それでも傷は無い。べとっとした血もどこにもついていない。

 敵と戦って、旭に撃たれた傷が、どこにも無くなっていた。

「ど、どうして?」

 また、精霊のヘンテコパワーか?!

 いや、でも命に関してはまだしっかり出来なかったはずだ…。

じゃあ……?

「う~ん……、誰だ、睡眠の邪魔をするんじゃねぇって…」

 !

「この声は!」

声がしたほうを見る。なぜさっき気付かなかったのか分からないが、すぐ後ろに見覚えのある男が、寝ていた。

俺はそいつの傍らに駆け寄り、そして名前を呼んだ。

「旭ッ!旭起きろっ!」

 俺が撃ち、そして撃たれた相手が実に気持ちの良さそうに寝ていた。

 なんか知らんがイラッとした。

「うぐぐぐぐぐぐ、今日は休みですぜお母さん」

「寝ぼけてる場合か!」

俺はそいつの頭をスパンと殴る。

「ふごっ!……何者だ、この旭様の眠りを妨げる命知らずは……」

「俺だ! 安倉陸だ! 目を覚ませ変態!」

 思うがままに名称を言ったら変態になったのはこいつの行いのせいだよな。うん、俺は悪くない。

「あー? …安倉だと?」

旭が体を起して、こちらを見た。その目は半開きで、いかにも眠たそう。

「………安倉?」

「陸だ!」

 俺が言うと、旭は眠そうにぼーっとしてから、

「………目の銃創は治ったのか? 俺が撃ったやつ」

「お前の目だって治ってるし、そもそも俺達は死んだはずだろ!?」

「……あー…」

「あーて、お前……」

「………」

「……」

「……陸?」

「おう」

「そんなわけないな。陸が俺と……」

「何言ってんだよ、目を覚ませよ」

「………」

「…………」

「おわっ!陸っ!なんで!?」

「やっと目が覚めたかっ!」

旭が周りを見渡す。

「ここはどこだ? 一体なにがあったんだ?」

「分からん。俺も目が覚めたら此処に……」

現状は、まったく不明。

とりあえず、気付いたら、ここにいたってだけだ。

「ふーむ」

旭は顎に手を当てて、考えだした。

「ここはあの世なんじゃないのか?」

「……はい?」

そして出した結論がそれであった。

「つまり、俺達は撃ちあって死んで、その魂があの世に移った、と言った感じじゃないか?ということだ」

じゃあ、やっぱり俺らは死人になったのか?

「……まぁ、あくまで仮説だから、まだ絶望する必要もないかも知れないが…」

「分かってる。けど、仮にそうだとするならば白夜や黒夜も居るってことか?」

「おそらくな、それに、俺らが殺したナイトホークたちも居るかも知れん」

それは最悪だ。

ところで、と俺は旭を見て言った。

「一つ疑問があるんだ」

「なんだ?」

「どうして俺もお前も裸なんだ?」

旭は俺をみて、そして自分を見てから、

「……おぅ!あいむねいきっど!」

「気付いてなかったのかよ!」

死んでも変態は直らない。俺は一つ賢くなった。




「おーい、白夜ぁ!」

「黒夜―ッ何処にいる!?」

自分が倒れていた辺りにあった白い服(歴史の教科書のギリシャ人みたいなの)をとりあえず着て、俺と旭は二人の姉妹精霊を捜しに歩き始めた。

「行けども行けども同じ景色か…」

 旭が腰に手をあてた。

「見つかる気配がないな。あいつ等は居ないんだろうか?」

俺は旭に問う。が、旭は首を振る。

「いや、居るな絶対居る」

「……どこからくる自信だ」

「勘」

……。

「頼りねー」

「俺の状況判断力舐めんなよ」

ああもう、言ってろよ。

俺は辺りを見渡した。どちらを向いても同じ景色しか見えない。

「しかし、どうやって調べよう、ただ歩くだけで見つかるとは到底思えないぞ?」

「そうだなぁ……」

旭はしばらく悩み、

そして、それから

「くぉぉぉぉくやぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

と、叫んだ。旭の声が、静寂の空間に響き渡る。

「…なにしてんだ?」

「いや、声が聞こえれば向こうから来るかと思ってな」

 一理あるが、一回で分かるものか?

「なら何度もやればいい。今度はお前の番」

「え?俺?」

「出来るだけ大声な? ほら、ごー!」

「ええ?」

仕方ないな……。

俺は大きく息を吸い込んで、

「びゃあぁぁぁぁぁぁぁくやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

と叫んだ。

「うん、90点」

「何が!?」

と、

小さく、小さくだが、

「りく」と叫ぶ声が聞こえた。

「向こうだな」

「行くぞ」

俺と旭は一緒に頷き、そちらに向かって歩き出した。

「どこまで行くんだろうか?」

「分からん、が、声が届く範囲であるのは確かだ」

「……そりゃそうだけど…」

「…見えてきたぞ」

「え?」

俺は目を凝らす、

そこには小さな人影が、二つ、少しはなれてあった。

 白い髪と、黒い髪から、どちらがどちらなのかは判別がつく。

「それじゃあ陸、俺は黒夜のとこにいくから、お前は」

「白夜のほうに、分かった」

 旭と別れて、別方向に向かう。

 ある程度、彼女が識別できるようになってから、

「白夜! なんともないか!?」

 俺は少女にむかって叫ぶ、しかし返事は

「来ちゃダメえッ!!」

だった。

「は?な、なんで?」

俺はわけが分からないので、足を止めずに白夜のほうへと近づく。

そして、さっきの言葉の意味を理解した。

「ダメだっていったのに……」

白夜は、全裸だった。まごうことなく。

服を手に持って隠してはいたが…なんで着ない?

「着かたが、よくわからなかったから、それにサイズもぶかぶかで、…あう、あんまりこっちみないで……」

「あ、うぇ、すまんっ!」

言われたとおり、俺は目を背ける。が、しかしこの状況どうするんだ?

「だって、どうしようもないんだもん、どうすれば良いの?」

「口で説明すれば分かるか?」

視線を向けないように、俺は白夜に着方を教えた

が、

「????」

理解がおよばないらしい。

 そりゃそうだ。今の洋服とは形状も違うし、どこの部分をなんと呼ぶのかも不明だ。「白いビラビラを~」とか説明しても無理に決まってる。

「視線を向けずには、無理だろ、指で指したりして教えないと……」

「無理無理、そんなこといって本当は見る気じゃないよね?」

ねぇよ!

「そのままで居られてもこまるから、多少は犠牲を払わなきゃ無理なんだから腹をくくれよ!」

俺は叫んだ、もちろん視線をそらしたまま。

白夜はしばらく悩んでいたが、その後、

「……じゃあ、陸、こっち向いて」

と、だけ言った。

「ああ、やっと決心したか…」

と前を向いて驚愕。

「……せなかなら、みせてもまだ大丈夫だから……」

体育座りで俺に背を見せている小型中学生少女がいた。

……あのな。

「まてまて、お前が大丈夫でも俺が……」

白夜さん、アンタ自分が何言ってるか理解してまっか?

「分かってるよ?でも、犠牲を払うって言ったのは陸でしょ、なら今更逃げるのはナシだよ?」

「そら、そうだけど……」

めちゃめちゃ恥ずかしいだろ、コレ。

「うん、でも陸より私のほうが何百倍も恥ずかしいんだからさ、その……」

白夜が、首を捻って、自分の肩越しに俺を見る。

「早く着せてほしいな、なんて……」

「……ぐ」

 落ち着け俺。うん、着せるだけだ、脱がすよりマシだろ。……例えが逆効果だ畜生死ね俺!

 あ、いや、死んでるんだっけ?

「う~…。いつまで待てば良いのかな? ねぇって」

「わ、分かったよ……」

 落ちてる服に手をかけて、彼女の腕を袖に通す。

「……そうやって、そこに入れるんだ」

「…黙ってろ」

変なこと言うな。

「え? な、何怒ってるのよ? ッやぁっ! そんな無理矢理やったら痛いよぉっ!」

「だーッ! ちょっと黙ってろマジで!」

 狙ってるのか!? 違うよな!? くそ性質悪ィ!

 多少乱雑に、彼女を正面から見ても大丈夫なようにした。白服と白い髪。真っ白だな。名前に負けないレベルで。

「…ありがと」

着せてもらったことへの感謝? 

「ああ、まぁ気にするな」

気にされるとむしろ困るしな。今日のことは一生記憶から剥がれない恥ずかしい思い出として俺の心に刻まれるんだろうな……。あ、あくまでマイナスな意味でな!

「……小さい子には興味なかったんじゃないの?」

「無い」

「でも、照れてた」

………。

「余計なこと言うな」

「にひひ」

「…あーもー」

 そんなのほほん会話してる場合じゃないんだって。

「え?」

「お前、此処がどこだから分かるのか?」

「…?」

白夜は周りを見渡して、それから首を傾げる。

「さぁ、どこだろ? 私の知ってる場所では無さそうだね」

「白夜にも分からないのか」

 だとすりゃ、俺にはお手上げである。

「う~ん、人間界よりは精霊界に近い雰囲気だけどね。実際にはそれとは違うし……」

 彼女はそれだけ言って、突然言葉を打ち切った。何かに気付いたらしい。

「…どうした? 何か…」

 分かったか? と続けようとして、重圧な雰囲気に飲み込まれ言葉を切った。

 彼女は俺には反応せず、その場でしゃがみこんで地面に両手をつく。

そして静かに目を閉じると、何かを感じるように、黙り込んでしまった。

「……?」

 話しかけてはいけないような雰囲気を感じて、俺はその様子を黙って観察する。彼女は微動だにせぬままじっと、ただ地面に手をついている。

時間にして、10秒程度か。その後に白夜の目が開くと、彼女は眉根を寄せた。

「………ここって」

「…?」

「まさか、そんな…!」

「…どうしたんだ?」

「………どうして」

「は?」

「………」

 深刻な表情で、白夜が黙る。

「……なぁ、白夜? どうしたんだよ?」

彼女の肩に手を置く、いつぞやのように背負い投げされないように、そっと。

ふわり、白い髪が宙をまい、彼女がふりむく。そして俺をじっと見る。

「………」

 何も言わずに、じっと。

 俺は少し恐怖を感じて、後ずさった。

 一体、どうしたというんだ。この目は彼女のものでは断じてない。

「……なんだ、どうしたんだよ」

「…………」

 白夜は俺から目を離さぬまま、すっと立ち上がる。目は瞬き一回たりともしないまま、俺の目を見続ける。

 彼女はゆっくりと右手を俺に伸ばす。そして、

「………り、く」

とだけ、言った。

「…は、はい?」

 情け無い声が、絞り出されるように出た。白夜が一歩前に進んで、俺の肩に触れる。

「…………」

「…?」

「ふふふ」

「ッ」

 俺の中の何かが、ヤバイと警告を出している。慌てて周囲を見渡すが、誰も居ない…。

 そういや、旭はどこへ消えたんだ?いつの間にか見えなくなっているが…?

「だれをさがしてるの?」

「ッ!」

思わず、びくりと肩が震えた。顔を元に戻して、白夜を見る。

「とっくに旭とおねえちゃんはこの世界から隔離された。今ここに居るのは私達だけよ」

「…なんでそんなこと」

分かるんだ、と言おうとして

「分かるのよ」

 白夜が言った。静かに、平らな音調で。

確かに、旭の姿は何処かへ消えた。もともと少し離れたところに居た黒夜の元に行ったのは確かだったが、目視は出来たはず。

それが見えないのだから、居なくなったという表現は正しい。

が、隔離だと?

なぜ言い切れるんだ。

「私には、分かるから」

「……お前……」

 なんだか様子がおかしくないか?

 いつもと雰囲気が全然違う。

 白夜はゆっくりと

空を、見上げた。

「降りてきた」

「…は?」

 なんだって?

「………………」

「…おい、白夜?」

 くそ、一体どうしちまったんだよ!?

「…………見える」

「え?」

「…見えるし、聞こえる。うふふふふ」

「……なんだ?」

 白夜が急に口を開いたかと思うと、俺に精気の無くなった目を向けた。

「……うふ」

「白夜?…」

「違う、私は今、白夜ではない」

「……何?」

「貴方のパートナーの体を、少しお借りしたの。うふふ」

「……何?」

 体を借りる、だと?

 俺は白夜の体を、顔を見る。そして気付いた。

 目の色が、変わっている。いつもの淡い青色から、燃えるような赤へと。

「……乗り移ったとでも言うのか?」

普通に考えれば理解不可能、突然白夜がトチ狂ったようにしか見えんが…。

 最初から俺がいる世界は、もう普遍的から百万光年すっ飛んだ領域だ。

 ならば、次の言葉は決まっている。

「…なら、誰だ」

 俺のパートナーの体を使う狼藉者は。

「……必要ないわ。私の名前は名乗らずとも、私の目的は完遂できるもの」

 名乗る気が無いってわけだな。

 俺は、ぐっと身構えた。また、敵か?

「何でわざわざ白夜の体に乗り移った?」

「姿を見せるわけにはいかないからね。私も大変なのよ。色々」

 姿を見せるわけには行かないだと?

「……俺に用があるみたいだな」

「…その通りよ」

「ならさっさと言え、そしてすぐ白夜から出て行け」

 知り合いが誰だか知らん奴に体を乗っ取られた。そんな状況が好ましいわけがあるか。

 俺が言い終わると同時に、彼女はとても悲しそうな目をした。

「……冷たいわね」

「は?」

「…陸は、もっと優しいでしょ」

 ……なんなんだよ。

「…まるで俺に会ったことあるみたいな口ぶりだが、俺はどこの誰だか知らんぞ?」

 声が白夜のままだから、判別できる要素が口調くらいしかないが。

「でしょうね。残念だけど、分からないでしょうね」

 目を伏せて、俯く。姿をさらさず、人の体を介して話かけといて理解されなきゃ残念だと? ふざけてる。

「俺がお前を知っているという確証があるなら、今すぐ目の前に出てこいよ。運が良けりゃ知り合いかも知れんぞ」

 喧嘩を売るつもりで、いう。相手はそれに笑って答えた。

「ダメなのよ。ダメ。貴方に今会うわけには行かないの」

「……」

「そんなに怒らないでよ」

「………一体俺に何のようだ」

 いい加減、いつまでも無駄話をするんじゃない。

 俺はお前なんかと会話する気は無いんだ。

「あら、急かすのね。もう少し久しぶりのお話を楽しみたかったのだけど、まぁ仕方ないわ」

彼女はそういって、わざとらしく咳払いした。

「貴方に一つだけ助言をしようと思ってね」

「助言?」

「そう、助言」

「………俺は、多分もう死んでいる身だが、一体何の意味がある?」

 今更、何を言われたところで意味がないだろ。

「…死んでいる? 誰が?」

「俺だ」

「……ぷっ」

 白夜(に乗り移ったやつ)は急に笑いだした。

「何がおかしいんだよ!?」

「だって、死んだとか……ぷくくくッ」

 腹の立つ笑い方しやがる。

「ごめんなさい。うふふ、違うわ。貴方は死んでなんか無い」

「は?」

 なんだって?

「旭と貴方が撃ち合ったのは事実でも、貴方は死んでないわよ?」

 旭、コイツは旭を知っているのか。

話しぶりからして、全てを事情を知った上で俺の元に来たってワケか。

「……どうしてそこまで知っているのか知らんが、そんなわけあるか。確かに俺は旭に撃たれて、俺は旭を撃った。二人とも眼球に直撃したんだから、死なないわけがないだろ」

「眼球に、直撃?」

 彼女が、一転して冷静な声で言う。俺は一瞬たじろいた。

 目が冷徹で、俺を突き刺すような眼光を放ったからだ。

「あ、ああ」

「本当にそう?」

「……なぜ?」

彼女はうふ、と笑って、

「だって、そんなのどうして分かるのよ? 貴方は確かに彼の目に狙いを定めて撃った。彼も同じようにした『だけ』でしょ? 当たったなんて分からないじゃない」

 コイツ、銃知識は皆無なのか?

「……あの距離で外すわけ無いだろ。弾丸が打ち出されて、目玉突き破って脳まで到達したら人間は死ぬ」

 そうだ。あの距離で打ち合えば、現代の銃で狙いがそれることなんてありえない。

 ましてや、二人とも比較的新型の銃を使った。弾丸がそれたりするものか。

 俺の言葉を聞いて、彼女は笑う。

 何がおかしい。

「だって、ねぇ」

「何だよ。言いたいことがあるなら言ってみろ」

 彼女は軽くため息をついて、

「外れるわけは無いわよ? でも狙い通りに当たるのなら、故意に外すことだってあるとは思わない?」

「……何を言って…」

 はっとした。

「……まて、故意に外される?」

「そう、外されるの」

「…………」

俺は、黙った。というより、言葉が続かなかった。

「人間の先入観って怖いわね。例えば大きな蜂に刺されたとき、死んでしまうのは毒そのものではなくて刺されたことによる恐怖からくるショック死が一番多いとか」

「……おい、まさか」

「そうね、大体貴方が思っている通りよ」

 彼女は、言った。俺はただ、頭の回転が遅くなっていくのを感じた。

「彼は貴方の眼球を『撃って』無いの」

その言葉に、さらに頭痛が加わる。

 撃って、無い。旭は、

だが、ちょっと待て。

「けど、あの時俺が撃たれていないなら、なぜあの敵から助かった!?」

 旭に撃たれて死んでないなら、敵に殺されているはずだ。

「もちろん、彼は一発発砲したわよ。貴方の頭蓋骨の上を弾丸がすべるように」

 なんだって?

「凄い技術だわ。その辺りは血管が集中していてね、傷つけると驚くほどに血が出るの。だから敵兵から見た時、貴方二人が「自害」したように見えたんでしょうね。何せ、SAでは死体を隠す必要がないから、手を触れることもしなかっただろうし」

 ………。

「じゃあ…?」

「やっと気付いた?」

 まさか、まさか…。

「旭っ!?」

 旭が消えた方向に振り返る。

姿が見えなくなった、その名前を呼ぶ。

 が、何も声は帰って来なかった。

「陸、貴方は生きてる。貴方は、ね」

「…嘘だ」

 どうして……。

「なんで、さっきまでは話してた。いつも通りのアイツだった」

「うん、そうね」

「どうして!?」

俺は彼女に掴みかかる。彼女は別に驚きもせず、怯みもしない。ただ俺の目をみて、告げるだけだった。

「彼の望みを叶えるためには、貴方は欠けてはいけないピース」

「…ッ?」

 ピース?

「そう、予言のことは知っているでしょう?」

 俺が、「鍵」だといっていた、アレか。

「貴方に戦う力、白夜を与えて、もう一つの鍵である花梨と引き合わせる。そして戦闘経験を積ませてやれば」

 彼女がそういって、微笑む。

「そうすれば、貴方は戦いに勝ち、そして彼の望みは果たされる」

 ……旭の、望み?

「それって…」

 俺が言いかけたとき、

「ねぇ、そろそろ離してくれない?」

彼女が、俺を突き飛ばした。強い力で胸を押された俺は、バランスを崩して倒れ込む。

「げほっつ……何を…?」

 背中を打ちつけたことにより、咳き込む。倒れた俺の足元に立って、彼女は笑み浮かべる。

「貴方は死んでないけど、死にかけだった。だから旭は自分と同じ世界に陸が来ていたことに驚いたのでしょうね」

「…?」

「ここは死後の世界とほぼ同じ、ちょうどその前に1クッション置いた場所だと思ってくれればいいわ」

「何?」

「貴方は脳を打たれたと自分で錯覚して、気を失うどころか心臓にまでショックを受けた。死んだと思い込むと人間は致命傷じゃなくても死んだりするからね。今も危険な状態であるはずよ」

 俺は黙る。危険な状態? どういうことだ?

「単純明快。貴方も白夜も一緒に精神が肉体から離れて、此処にたどり着いた。旭はそれを助けるために、貴方と白夜を引き合わせて、それから行くべき場所へ向かったわ」

「………どういうことだよ」

「簡単よ。リンクすれば身体能力も精神力も強化される。それで貴方を助けようとしているの。でも、彼も早計ね、出会ったからってすぐリンクするわけない」

 ……リンクすれば、俺と白夜の命が助かる?

「そういうこと、それを貴方に知らせるために私はわざわざ此処まで来たの」

彼女がゆっくりと、しゃがむ。

 そして四つん這いの状態で、ゆっくりと俺の体の上に覆いかぶさる。

「え?」

「貴方を助けたい。単純に、これは私の意志。うふふ、ちょっとおしゃべりが過ぎちゃったけど」

 少しづつ顔と顔が近づき、あと少しで触れてしまいそうな距離にまで詰め寄って、彼女は小さく微笑んだ。

「な、なんだよ」

「えい」

 ぽす、と。

手の力を抜いて、俺の体に体重を預けてきた。体格の小さな彼女は重くはないが…。

「…暖かい。久々だな」

 楽しそうに、彼女が言う。

「何のつもりだ!」

俺は彼女をどけようとするが、体に力が入らない。

 くそ、どうなってる!?

「少しくらい、我慢なさい。ちょっとだけちょっとだけの辛抱よ」

「…ッ」

 ふざけやがって。

 なんで俺が、得たいの知れない相手にこんな事を…。

「…ふふ、ありがとうね」

 しばらくそうしたあと、彼女は上体を起した。

 俺は何も言うことなく、ただソイツを睨む。

「白夜の体を使って、変なことするな」

「あら、よほど彼女が大事なのね」

「……五月蝿い」

「照れてるの?」

 楽しそうに、くすくす笑う。腹立たしい。実に。

「うふふ、そろそろ潮時かしらね。私は帰るとするわ」

「ならさっさと行け」

「ふふ、でも多分スグに会うことになると思うけど」

「………スグ?」

「さようなら」

 そういうと、彼女は力なく、俺の上に倒れた。

 出て行ったのだ。白夜の体から。本当に乗り移っていたのなら、だけど。

「……う」

「白夜? 大丈夫か」

自分の体を起すと同時に、白夜を支える。うーっと唸ってから、目を擦りながら彼女は目を覚ました。

その目は、青色。

「…りく? 私、何いってた?」

「ん? 何って…」

「誰かが、私の中に入ってきたの。スグに分かったけど、どうしようも無かった」

「……そっか」

 最初、黙り込んでいたのはそのタイミングだ。

 意識を乗っ取られたようなものだろうか。よく分からないが。

「そ、そうだ陸! 大変なんだよ!」

「う、うおっ!?」

「ここはあの世の一歩手前なの! 死んだ人が、あの世に向かって歩く途中の道みたいな場所らしくて、陸は死んでないのにここに……って、陸?」

あんまり俺が驚かないことに、疑問を覚えたらしく、彼女は首をかしげた。

「もう知ってる。君に入った奴が丁寧に教えてくれたよ。…旭のこともな」

「あ……」

 彼女が、目を丸くする。

 多分知っていたんだろうな。精霊である彼女なら。

 あいつの話から考えると、俺は撃たれたショックで気を失ったんだと思う。白夜は俺の精神世界にいるってことは、おそらく俺が見ていたものよりも色々なものを見ているはず。

 だから多分、旭が狙いを逸らしたことに気付いた。

 そして、旭がそのまま……。

「…なんでだろうな」

 まったく、理解できない奴だ。

「どうして、俺を助けたんだ? 俺よりアイツのほうが強いだろうし、役にも立つし、やる気だってあったろうに。なんで……」

「…陸にしか、出来ないからだよ」

「…え?」

「陸にしか出来ないから、旭は託したの」

 白夜が、じっと俺の目をみて言う。さっきのアイツとは違う。優しくて、綺麗な目。

「何で、そう言い切れるんだ?」

「『予言』はそれだけ力を持っているんだよ。旭はそれを信じて、貴方を助けたの」

 白夜は、言う。けど、それがなんなんだよ。

予言、予言って。

「何が予言だ。……何が鍵だ」

「……陸?」

「もし俺がそんなに力のある人間だってなら、どうして旭が死ぬことになるんだ」

 俺の脳裏に、旭のセリフが浮かんだ。

『「シングルアクションのトリガー引ききるくらいの力は残ってるだろ? 俺は、どうせなら、自分の一番好きな銃で、そいつの特殊弾で死にたいんだよな」』

 あの時の、あの言葉は本心じゃなかったんだろ?

 ただ、俺を助けようとして、自分は死ぬつもりだったんだ。

「……くそったれめが。そこまでして、アイツは何を求めていたんだ?」

「え?」

「旭は、俺に何をさせるつもりで死んだ!?」

「り、陸落ち着いてよ!」

「…ッ!」

 ふざけてやがる。

 俺を巻き込んでおいて、肝心なところで「後は任せた」だなんてよ

 俺が死んでやるから、お前は生きろってどういうことだよ。

 しかも結局、俺に託す望みをなんも言わないなんてさ。

 託す気が、これっぽっちもないじゃねえか。

「……性格悪いよ。自分の命使って、俺を戦いに引き込むとか」

「え?」

「……………」

 二度も、命を救われたんだな、俺は。

 人を殺すことに無頓着で、他人の心を読んで曲解して、変態で、ストーカーで、俺を騙して、巻き込んで、結局最後は自分から消えた。

 そんなふざけた人間に。

「……白夜」

「ん?」

「俺は、自分が大事だ」

「…う、うん?」

 白夜は、首を傾げる。俺は気にせずに続けた。

「仮に誰かに戦場に行け、そこで人を殺せ、って言われても嫌だし、心のどこかで行動に引っ掛りが出来る」

「そうだね」

「けどな、仮に誰かに二度命を助けられて、しかもその為にソイツが命を失ったとしたら、俺はその代わりがしたいし、そうせざるをえないところにまで追い込んだ相手を、完膚無きまでに叩きのめしたい」

 白夜が、えっと声を上げた。

「……きゅ、急に凶暴なこと言うんだね」

「驚いたか?」

「いや、なんか。……旭のこと?」

「うん。そして、お前のお姉さんのことでもあるけど」

「……うん」

 俺はずっと、ただの白い世界を睨む。

 旭は確かに変な奴だったし、俺に嘘を投げまくった最低野朗だったが、

 …が、クラスメイトであり、そして命の恩人×2だ。

 そいつを追い詰めて、死にまで追いやりやがった奴ら。

「絶対に、許すわけには行かないよな」

 俺の心は決まった。

 予言が、俺を「鍵」だというなら、奴らを倒す力を持った人間だというなら。

 見せてみろ。

「白夜、リンクだ」

「え?」

「それで、元の世界に戻れる」

「わ、分かった」

白夜の体が粒子に変わり、俺の体を包む。

そしてそれが終わる頃、俺の意識はそこからはなれた。






 山鳥の声。

 意識がはっきりしたあと、一番最初に感じたのはそれだった。

「……戻った」

辺りに見えるのは深い森、俺はその中の木の一本を背もたれにして、座っていた。

「……」

 空を見上げると、青色に染まっている。SAは解除されているらしい。

 自分の服は元通りになっていて、腰に取り付けたデューティーベルトもそのまま。

 だが、体についていた血だけは消えていた。

「ああ、此処は……」

 目を降ろして、自分の体の周りをまさぐる、すると、手に何か堅いものが触れた。

「MK…23」

 強化プラスチックで出来た自動拳銃。グリップを掴んで、それを持ち上げた。

 弾倉(マガジン)を抜き出して、その残弾を見る。

 最大で12発装弾できるマガジンには、10発残っていて、銃本体の薬室(チャンバー)には、一発装弾されていた。

 つまり、フル装弾から、一発射撃されたらしい。

「……はぁ」

 間違いない。コレは旭のものだ。

 俺が、アイツを撃ったときの。

 正面の木を、見る。

 そこにいるはずのそいつは、どこにも居なかった。

『りく、戻った?』

 頭に、よく聞きなれた少女の声が響いた。

「白夜……、少し遅かったな」

『本当にリンクだけで帰れるとは思わなかったけど……、それ、旭の?』

「ああ、そうみたいだよ」

 マガジンを再び入れて、安全装置をかける。そして大振りなその銃を、腰のホルスターに無理矢理入れた。

 立ち上がって、俺は腰を軽く手で払う。

 正面を見て、そこにあるはずの洋館が無くなっているのに気付いた。

「たしか、SAの中でだけ現れる場所だったな」

『そうだね。理屈は分からないけど、今は突入できないみたい』

「…そうか」

 ということは、俺達が狙っていたターゲットって言うのは、常にSAの中に居るのか?

「SAが消滅したとき、生きていた生命は全部外に出されるんじゃないのか?」

 俺は白夜に尋ねる。

『そのはずだよ。だからあの洋館は、使用したいときだけ現れる場所なのかも知れないわね』

「……生きていない、クリーチャーみたいな物なんだろうか?」

『そこまでは分からないけど……普段から中に人が居ることはないんじゃないかな?』

「…うーむ」

 と言うことは、中に居た奴ら、SAを閉じてここら辺に居るってことか?

「…俺が気を失ってから、何時間経った?」

 時間によるだろうが、もしかするとまだここら辺に敵が居るかも知れない。

『今、3時間12分と45秒』

 微妙なとこだな。

『危険性は充分あるから、あんまり長居はしないほうが身のためかもね』

「……そうだな」

 両手を前に出して、P‐90を受け取る。

『とりあえず、何とかキャンプに戻るべきだよ。一人だけじゃ何かしようにも出来ない』

「…そうだね」

 簡単に言ってくれるけど、ここからどう行けば戻れるんだろうか?

『う……』

「おいおい……」

 考えナシか?

『ごめーん…けど、どうしようもないよ』

「確かにね。空から見られたら別だけど……」

 生憎、飛行が可能なのは、クローと黒夜、つまり旭か朱音が居ないと不可能だ。

『役立たずでごめんね』

「…責めてるわけじゃないだろ? その落ち込みは2度目だぞ?」

『う~~……飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ!』

「あのな……」

 いくらお前が想像通りに物が作れる能力を保有しているからって、そんなアバウトなのは管轄外じゃないのか?

 そう言おうとした時だった。

「お?」

 俺の脚が、地面から離れた。

『あれ?』

「びゃ、白夜? お前……ッ?」

 飛行能力?

『何で?あれ?』

 ゆっくりと、地面が離れていく。木の高さを越えて、それが小さくなる。

「ちょっと待て白夜! お前、ちゃんと制御できるんだろうな!?」

『た、多分!』

 この高さから落とされたら、いくら何でも死ぬぞ?

俺の体はさらに上昇して、雲と肩を並べた。

「……いつまで上げるんだ?」

 俺は尋ねた。

『え、えっと……』

「……」

『す、すすめっ!』

 白夜が言った。変化無し。

「………」

『わ、どうしよう?』

「えっと、うーん?」

 どうしようと言われても、俺は全速力でキャンプの方へ向かってくれとしか言えない。

 ほら、確か山を軸に少し回ったところだったと思うし。

『えーっと、えーっと……』

 白夜は焦っているらしい、どうも思い通りに使いこなせない能力に俺は巻き込まれたようだ。もちろん俺も焦っている。ところで白夜、雲越えたぞ。

『た、多分ね』

「ん?」

『私の力は自分の意志で発動するものじゃないから、きっと陸が思わないとその通り進まないんじゃないかと思う』

「俺が?」

『うーん』

といわれても、俺が空を飛ぶイメージなんて、沸かない。

『アニメでも、漫画でも、何でもいいから空を飛ぶ人をイメージしてみてよ』

「空飛ぶ人?」

 えっと……。

 ドラゴンボールの、浮空術的な?

 その瞬間だった。

「ぐぉあ!?」

物凄い勢いで、体が引っ張られた。空気が顔に当たって、その皮を引っ張る。多分、鏡で見たらすんごい顔に成ってるんだろうな。

『わ、ぁ! 出来た!』

 なんて素直に喜ぶ少女一人。いや、コレは早すぎるだろ。

『コントロールも全部陸がやるんだよ。ほら!』

 畜生、なんて他力本願な精霊なんだ!?

 何とか視線を前に向ける。体は風の影響かがたがた揺れる。

「こ、な。くそ!!!」

 速度を落せッ!

 頭で叫んだ。

その場で、俺の体が停止する。

「へ?」

『お?』

そして、落下した!?

「うぉあああ馬鹿あがれぇええええ!」

 落下が止まり、上がった。

「………おぇ」

 全然ダメだ。

『練習が必要だね』

「……そんな暇あれば良いけど?」

 俺は心で、ため息をついた。






「見えた」

『お、うん!』

 森の木が、一部分だけ禿げていた。広場だ。

 白夜に飛行能力が発現してから、かれこれ30分近く暴走を繰り返し、やっとのことで飛行感覚を手に入れた俺は、キャンプの方向へ向かって飛んでいた。

 そして今、やっとそれらしき影を発見したのだ。

「まずは、旭のことを報告しなきゃな」

『…そうだね』

 多少、胸は苦しいが。

 俺を守って死んだと。そういうしかない。

 そして、花梨と朱音は無事此処まで帰ってこれたのだろうか、あの時、通信が切れる位置まで移動できたからと言って、それが助かった証拠にはなりはしない。

 まぁ、それもあそこにつけば全て分かる話だ。

 と、突然白夜が。

『止まって陸』

 俺に指示した。

「…どうした?」

『…様子が変』

「え?」

 俺は目を凝らす。リンク中は視力が良くなるが、ここらではいくら何でも何が起きているかまでわからない。

 が、よーく見ると…。

 何かが、揺らめいているのが見えた。

「…たしかに変だ」

『だよね?』

 俺は飛行を中止して、ゆっくりと下に降下した。

「あれは、炎か?」

『私もそうじゃないかと思う』

 木にぶつからない位置まで高度を落として、再びキャンプの方へ移動する。

 握ったP‐90をしっかり握りなおして、目の前の景色に集中する。

 そして、ある程度進んだところで、地面に降り立ち、木の陰に隠れる。

「……」

 そこから頭だけを乗り出し、向こうの様子を見た。

 そして、驚愕する。

「……なんてこった」

『うわ…』

 巨大なテントが、全て燃え上がっていた。

 周りには、強い硝煙の匂いが立ち込めていて、銃が撃たれたことが分かる。

『攻め込まれたんだ…』

 白夜が言う。その線で言って間違いない。

 おそらく、全軍を出して戦い、負けたか引き上げたかしたときに後を付けられ、キャンプの位置がばれたのだと思われる。かなり間抜けな行動だが、憔悴しきった人間に対して、それを責めるあまりにキツイか。

「…いや、ちょっとまて」

 後を付けられた?

 誰が…?

『どうしたの?』

 まさか、朱音か!?

『…え?』

「思い出せ白夜」

 朱音は花梨を乗せてクローと共に飛び去った。普段から朱音しか乗せてないクローは、二人分の加重に耐えられるだろうか?

『そうだね、確かに速度は低下しただろうし、動きも鈍くなったと思う』

 白夜の賛同を得て、俺は頷く。

「ああ、ヘリの攻撃をかわすだけならまだしも、撒くとなると相当難しいだろうな」

 それに気絶していた花梨も乗っていたんだ。クローから落ちないように気を遣うだけでも、朱音にとっては重労働じゃないだろうか。

『うん、そうだね……』

「………」

 ここが襲われた原因は,彼女なのか?

 そんなことはないと思いたくも、そうではないかという疑問が頭から離れない。

「俺を助けにきて……朱音は」

 そこまで言って、白夜に止められる。

「?」

『悲観的なのは、そこまでにしよ』

 白夜が、強く言った。

『考えたって、もう終ったことのはずだし、それなら私達が悩んでいたって仕方ない。変な考えはさっさと捨てて進みましょう? 皆が生きていれば、どこか別の場所に移動しているはずだし、それを捜そうよ』

 ………。

 俺は、ふっと笑った。

 もっともだ。考えるだけじゃ何も変わらない。

「そうだな……。白夜の言うとおりだ」

 きっと生きている。朱音も、花梨も。

『そうだよ。花梨は一人でSAの中を生き残ったんだよ? 朱音は、あの年で旭を倒せるくらいの実力者だよ? そう簡単にやられるわけない』

「ああ……。そうだな」

 あれこれ考える前に、まず行動しろ。

 ごちゃごちゃ考える奴ほど、真っ先に死ぬ。

 俺がいつだか読んだ軍事系本にも書いてあったな。

「よし、行こう。ここを調べて、それから花梨と朱音を捜す」

 きっと、生きている。

 そうに決まってる。

 手に持つ銃の安全装置をはずして、サイトを覗き込む。

 周囲に敵の気配がないことを確認しながら、少しづつ足を進める。

 広場の中心だった場所まで移動して、あることに気がついた。

「……死体がない」

 燃えるテント、荒れた地形から察するに、強襲を受けたことは間違いない。

 が、仲間の死体がないのはどういうことだ?

「誰もいないところを狙われたのか? いや、そんなはずは無いな」

『全員が戦っている最中だったのかも知れないじゃない。そうとも言い切れない』

「いや……」

 俺はテントのひとつに近づいて、その布を持ち上げる。

「…血だ」

 炎にまぎれて見えにくい位置だが、血痕がついていた。

 よく見ると、さまざまな場所が赤く染まっているのが分かる。

「ここで何人かは確実に撃たれているよ。死んだかどうかは別としてね」

『じゃあ、致命傷になる人はいなかった、逃げおおせたってことなのかな?』

 白夜は明るく言う。そういうことなら、俺も歓迎だけどね。

 この量の血痕があって、そんなことは無いだろうな。

『…どういうことよ』

「多分だけど、殺されたあとに、連れ去られたんじゃないかな?」

『………なにそれ』

 白夜が否定的なニュアンスで言った。俺だってよく分からんが。

「何か目的があって、倒した奴らを連れ去ったんじゃないかと思う」

『何でよ』

「分からんって言ってるだろ」

 死体コレクターかなんかなのかもな、と適当な理由付けをする。

 白夜は納得がいかないらしく、う~とうなった。

「まぁどちらにせよ、もうここには味方はいないみたいだし、そろそろ移動するか。生きていれば、どこかに逃げおおせているかもしれない」

『生きていれば、ね』

「悲観的なのはダメなんだろ?」

 俺は周りを一度見渡して、その場を立ち去ろうとした。

 時だった。

「…ん」

『?』

「……テントの下に誰かいる」

 倒れたテントの下で、何かがうごめいた。

 俺はその場所に走る。近場でしゃがみこんで、その布を押し上げた。

 そこに居たのは、人間だった。二十歳くらいの男が煤と血にまみれて、倒れていた。

「大丈夫ですか?」

 俺は彼の肩をつかんで、揺さぶる。

『怪我の状況が分からないときは、下手に動かしたらダメだよ』

「わ、分かったよ」

 俺は手を止めて、頬を軽く叩いた。すると男が、うめいた。

「う……君は?」

 俺を、男の目が捕らえる。

「だ、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ」

 男が、腕を使って、テントのしたから無理矢理這いだした。

 俺は男の体をひっぱり、手伝ってやる。

「ごめんね……」

「いえ、それより……」

「ん?」

「何があったんですか?」

 男が、ああ、例の君か、と呟いてから。

「生きていたんだな。良かった。僕たちは予言まで失ったのかと思っていたよ」

「……え、ええ、まぁ」

 一度死んだことは、伏せておこう。生き返ったし。

「それで……」

 ちらと、俺を見る。

 言うべきことは、分かっていた。

「すみません、暗殺は失敗しました」

 ナイトホーク党首の暗殺。

 その仕事を、俺たちは失敗した。今更謝罪したところで、許されるわけがないけれど…。

 だが男は、俺の言葉に苦笑を返した。

「……君たちが失敗したのは、聞いている。それを責めるつもりは無い。君たちだけにやらせた事事態、最後の賭けだった。我々も、ナイトホークの部隊員からすれば屁のような戦力にすぎないからな」

「……そう、ですか?」

 俺は少し俯きがちに言う。

 男は、俺に気にするなと、声をかけた。

「そもそも、君たちに頼りきりの作戦だったわけじゃない。陽動とはいえ、我々もある程度戦うつもりでいたんだ。せめて一矢報いるつもりで。最悪君たちが失敗しても、押し切るつもりでね。……けど、それも上手く行かなかった。ある問題が、発生したんだ」

「問題?」

 男は俺をじっと見る。

「…すまない。君たちに暗殺させようとしたナイトホークの党首は、こちらに来たんだ」

「……党首が自ら?」

 何のつもりで?

「……我々を全力でつぶしに来た。あの時洋館には、ただの常任警護しかいなかったんだ。君たちの目標は、最初から居なかった。だからもちろん、失敗は当たり前のことさ、最初から居ない人間を、どうやって殺せって言うんだ」

「……なんてこった」

『今考えてみれば、確かに警備は薄かったよね』

 最初から、失敗する作戦だったわけか。

 俺は少し悩んでから、たずねた。

「…そちら側の戦いはどうなったんです?」

 男は鼻で笑う。そして自虐するように、吐き捨てるように言う。

「完敗だ。党首の力に敵う奴なんぞどこにもいない。一瞬にして前線の奴らは壊滅して、後続の僕らは撤退したよ。すぐに引き返してここまで来た」

「……それで」

「そう、後は分かるよね? 僕たちが引き上げるまでに、前線は持ってくれなかった。彼らは即刻ぶち殺されて、敵兵が僕たちにぴったりくっついてきたんだ。そしてキャンプは壊滅、女王と数人の仲間は何とか逃げおおせたみたいだけど……」

「貴方は、おいていかれたんですか?」

「いいや、志願して残った。ここでおとりになるためにね」

「……おとり、ですか。他の仲間は?」

「全員、殺された。僕は支えを失ったテントに倒されて気を失ったおかげで助かったみたいだよ。……なさけない話だ」

「……幸運ですよ。生き残っただけ」

 俺が言うと、男はありがとうね、と返した。

 しかし、党首が前線を一瞬で壊滅、だと?

「…こちらにも、リンクしている人はたくさん居るでしょう?」

俺が尋ねる。そこが疑問なんだ。 俺のような子供でも、リンクを行うだけでここまで強くなれる。大の大人なら、もっと強化されて当たり前だ。いくら敵の党首とやらが強大だとはいえ、そんな簡単につぶされてしまうものだろうか?

「ああ、俺だってそうだ。ほとんど全員がパートナーを持っているよ」

「なら、どうして? そんな簡単にやられてしまうものなんですか? 党首って奴は、そんなに強いんですか?」

 俺の問いに、男は気まずそうに、言う。

「…党首は特別なんだよ。出来る力のレベルがそもそも桁違いだ」

「……詳しく、教えてください」

 男は俺を疑るように見た。そして、笑った。

「君は、(鍵)の少年だよな。一体どうする気?」

「……どういう意味ですか?」

「君は僕たちと一緒に死ぬ必要はない。ナイトホークに入れば、すぐに受け入れてくれると思うよ? そうすれば、君は死ぬことないんだ」

「……」

「助言をしよう。君は今すぐナイトホークに投降すべきだ。絶対に殺されない。保障しよう。 変な気を起こさないほうがいい」

「………」

「いくら「鍵」とはいえ、人間だ。予言は俺たちを助けるものではない。「鍵」がついたほうが勝つってものだったんだ。君はナイトホークに属して、僕たちを殺せば果たされるんだよ。だから、わざわざ僕たちのほうにつく理由はない」

「俺は、自分が「鍵」だから助かると、信じているわけではありません」

「………じゃあ何だっていうんだよ」

 俺は男をにらむように見た。

「君は英雄にでもなりたいのか? 負けそうなほうについたほうが楽しいだとか、思っているのか?」

「いえ」

「……なら」

「仲間、友人が、俺を守って死にました」

「え?」

男が、口を止めた。 俺はその目をじっとにらみ返し、言う。

「本当にいい奴だったし、強かった。けど、俺が予言とか、鍵とかだったせいで、あいつは守るために死ぬ羽目になった」

「……」

「あいつに「鍵」として守られた俺は、あいつの思いを達成しなきゃならないんです。俺が「鍵」なら、その役目はナイトホークをすべて倒す。戦いをなくす。それだけです。そのために、知りたいんです」

「…友人が命を欠けて守ったのは、「鍵」じゃなくて、君自身だ。それを無駄にしようとしているとは思わないのか?」

「思いません」

「………なら思ったほうがいい」

「仲間が守ったのは、「鍵」であり、「俺」です。「鍵」の役目は果たさなければならないし、「俺」も、あいつの仇をとりたい」

 俺ははっきりと、言った。男はしばらく怒ったように口をつぐんでいたが、しばらくして解いた。

「……分かったよ。君も、義理堅い奴だ」

 男は、最近の子にしては出来た奴だね、といって、話し出す。

「良いかい? 精霊ってのは一体一体地味に能力が違うんだ」

「ええ、分かります」

「だから、奴も奴の精霊しか持たない能力を持っている。その能力は、「他の精霊の能力を自らの能力として加算すること」だ」

「……?」

 能力を加算? どういうことだ?

「パートナーが殺した人間が精霊とリンクしていると、奴の精霊はその精霊を体に取り込むんだよ。そしてその力を自分の物として(追加)していく」

「……」

「追加、ってところがミソだ。奴はすでに何百もの精霊を吸収して、たった一体で吸収したぶんの精霊と同じスペックを持つんだよ。その力はもはや化け物だ。普通の人間じゃあ、リンクしていようと紙くず同然。ただ奴が強くなるための餌にされるだけだ」

「………」

 男は、さらに続ける。

「奴はかなり傲慢な性格でな、今回俺ら程度が戦いを仕掛けても、きっと見向きもせず自分の部屋にこもりっぱなしだと思っていたんだ。だから、その寝首をお前たちに掻いてもらおうかと思ったんだが、思慮が足りなかったらしい」

「つまり、今回の戦いを「自分強化の為に利用しよう」と思ったんですね」

「おそらくな。あれ以上強くなる理由が俺にはまったくわからんが、まぁ、それが最強が最強たるゆえんかも知れん……」

 男は、ゆっくりと、言って、そして、

「げほっ!ごほっ!!」

 突然、激しく咳き込んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「…ああ…煙を吸いすぎたらしいな」

「………」

「大丈夫だ。大丈夫」

「…そうですか?」

「心配するな」

 男は、ふふっ、と笑って、続けた。

「それで、どこまで言ったか…。ああ、党首の話だったか」

「はい」

「彼は死体から能力を搾り取る。だからナイトホークは倒した精霊もちを全員掻っ攫っていくんだ。だから、ここには死体がない」

「……そういう理由だったのか」

「そう。ここには死体がない。つまりは、奴らが俺たちを襲った動かぬ根拠ってわけだな」

「……恐ろしい奴らだ」

「SAが閉じると、死体は消えてしまう。だから奴はSA内での戦闘には必ず現れる。じゃなければ力が得られないからな。俺たちは、そこを見誤った」

「そうですね」

「次からは気をつけなきゃな」

男はふふ、と笑って、それから空を見上げた。

「ああ、皆は逃げ切ったかな? 生きているかな?」

「他の人たちは何処へ?」

「散り散りになって逃げた。今何処にいるかまではちょっとわからない」

 でも、と男は腰のポーチから何かを俺に手渡す。

「友軍を見つけるレーダーだ。精霊が発する不思議な波動みたいなものをキャッチして、一表示するものだから。女王とか、他のリンクしている人間に反応する。俺と君は、今そこに表示されている」

 青色の丸いスクリーンに、赤い点が二つ、光っていた。

「精霊の力が強ければ強いほど、反応は強化されるから、強い相手ほど遠くからキャッチできる。……君もだいぶ強い精霊をパートナーにしているようだ」

『きゃ、褒められちゃった』

 白夜がなんか喜んだ。レーダーを見ると、確かに男よりも俺の反応のほうが圧倒的に大きな波紋を出している。

「ありがとうございます。これで、探してみます」

「ああ、そうしてくれ……」

 と、男が突然振り向く。

「……どうしました?」

「誰か居る」

「え?」

 俺はP‐90を構える。左手でレーダーをつかんでもう一度見た。

「反応が、高速で近づいている?」

「空だ」

男が自分の倒れていたところから、M16自動小銃を引っ張りだして構える。

「ヘリにしては速い、一体なんだ?」

 考えをめぐらせ、反応のある上空をひたすら凝視する。

 そんな男の様子を横目でみながら、

「白夜」

『はいな!』

 俺は白夜に呼びかける。

「…なにかするのか?」

 男の問いかけに、

「上から確認します」

俺は答え、P‐90をスリングベルトで肩にかけると、両手を前にだす。

 上空から降ってきたM14ライフル(7.62口径の強力な弾丸を使う、アメリカ軍旧正式採用ライフル)を手に持ち、ゆっくりと空中へ上がる

「え?」

 男は俺を見て、顔をしかめた。

「……君、まさか……」

 俺は旧加速した。男の声は前半しか聞こえなかった。

が、今は敵に集中しなければ。

「白夜! 敵が見えるか!?

『全然だよ』

「何?」

 俺はレーダーを見た。もうかなり近い。ヘリか戦闘機なら見えていてもおかしくないぞ?

「くそっ」

 俺はM14を、まだ見えない敵の方へと向ける。

『距離300m!』

「嘘こけ!」

『嘘じゃないもん!』

「全然見えないぞ!?」

『でも確かに近づいてるよ!? 距離150m』

「まったく見えない! 敵はステルスでも使ってるのか……?」

 俺の目に、何かが見えた。

 とても小さな、黒い影、いや。小さく見えるだけか。

 それが、ものすごい勢いで迫ってくる。

「あれか!」

 俺は銃を向けて、迎撃体勢をとる。そして引き金に指をかけて……。

『待って陸!』

「!?」

 白夜に呼び止められ、俺はもう一度目をこらした。

く~~~~

 え?

り、く~~~~~~

 何か、叫んでる?

「りぃぃぃくぅぅぅぅぅぅっ!?」

「い!?」

 その姿が、俺の目にも確認できた。

『敵じゃないよ』

 白夜が安心したように言う。

「さがしたぞさがしたぞ! どこにもおらん、私がもどったときどこにもいなかった。なぜだ! わたしはりくをまもるいった! なぜやくそくやぶらせるのだ!」

「あ、朱音!?」

「ほかにだれだというのか!!」

 俺はクローのあしに。とっつかまえられた。

「うごっ!」

「おろかものおろかものおろかもの! わたしがどれだけしんぱいしたかわかるか! わかるかときいているのだおろかものおろかものおろかもの!」

「分かった、分かったから。一度おろしてくれ……」

「ふむ、もとよりそのつもりだ。まだいきのこりをさがしておるさいちゅうだからな」

 朱音はそういって、クローを広場の真ん中に、男がいるところに向かわせた。






「クリーチャーを使う子が仲間にいるのは知っていたけど、SAの外でクリーチャーになれるとは……」

 男は言った。朱音はそれにふむ、と返して、それから自分ののるクローを撫でた。

 クローの背に乗り、仲間の生き残りが居るという場所にまで移動中。

 ……自分で飛べる俺はもちろん降りているぞ?

『別にそんな気にする必要ないんじゃない?』

 いや、まぁそうかも知れんけど。

 俺が並行して飛ぶクローの上にのった男と朱音が、会話していた。

 朱音は男の問いに、答える。

「わたしもそうおもっていた。ところが、私が「りくをたすけたい」とずっとねがっておったら、いつのまにかそとでもこうなるようになっておった」

「……はは」

 俺を助けるためにねぇ。

「陸くん、と言ったっけ」

「ええ、はい」

 男が俺に声をかけた。

「愛されているね」

「……からかってますか?」

「いいや、まったく」

 男がゆっくりと首を振る。

「彼女はもともとミニコトだったらしいじゃないか。それがどうして敵の君になつくのか、わけが分からなかった。だから彼女は君を欺いているんじゃないかと思っていたんだが…」

「私が、りくをあざむくだと! けったいな! そんなことあるわけがないだろ!」

「わ、悪かったって。思い直したよ」

「…ふん、よけいなことをいうでないわ」

 朱音はそういって、俺を見る。

「りくがいきのこって、わたしはうれしいぞ」

「……ああ」

 朱音には、旭のことを話した。

 俺をかばって、死んだことももちろん。

 彼女は、まったく動じなかったが。

「たたかえば、だれかしぬだろ。まえにいったのとおなじだ。わたしはりくをまもる。ただそれだけをおもっているのだ」

「うん」

「だからおまえがあきらのかたきうつなら、てつだう」

「ああ」

 たとえ俺が、死んだとしても、それだけはやり遂げる。

「…ほんとうに、君たちは奇妙なつながりだね」

「自分でも、そう思いますよ」

 クローと俺は、空を駆けていった。






「そう、ですか」

 俺から全ての事情を聞いた女王は、静かに、そう言った。

 旭が死んだことを聞いた花梨はひどく泣いていたが、さすがに女王と名乗るだけのことはある。強い女性だ。

「…申し訳ありません」

俺は、頭を下げた。少なくとも、俺を庇ったことによる死。俺にだって責任があるはず。

しかし、女王は俺をとがめることはしなかった。

「貴方が悪いわけではありません。それよりも、貴方が無事でよかった」

 精霊女王は言った。

 生き残った人たちが集まっている場所は、山に近い場所にある洞窟だった。暗がりにランプで光をともして、十数人が隠れていた。

その最奥で、女王に向かい合って俺と白夜が座っていた。

「旭は優秀な戦闘員でしたし、優秀なスパイでした。彼のおかげでどれだけ有利にことが運べたか……」

「…」

「彼は最後まで、我々につくしてくれました。鍵である貴方を守ったのですからね」

 旭の、最後の姿が俺の目に思い出される。

「俺は、アイツが死んだ代わりに生きています。俺ができることは、アイツの望みを、せめて俺が引き継ぐことです」

 ぐっと、強く拳を握って、女王に向かう。

「女王さん、アンタなら知ってるんじゃないですか? アイツが、何を望んで戦ってたかを」

「…彼に望みがあったと、どうして思うのです?」

女王が俺を睨んだ。俺は臆さない。今更あの程度の目線で怯むようなら、仲間を撃って、自分を撃たせるような真似など出来ない。

「さっきも言ったとおり、俺は旭と一緒に死にかけました。そのとき、意識だけ白い世界に飛ばされたんです」

「…白い、世界?」

「私も一緒にね」

 隣の白夜が、言った。そして俺にちょっとウインク。

 あのことは黙ってろよな。言う意味無いからな?

「それで、どうしたんです?」

「白夜に、誰かが乗り移った」

「乗り移る?」

「はい」

 女王が眉根を寄せた。そしてゆっくり俺の元へ近づく。

 一体なんだと言うのか。

「詳しく教えて頂けますか?」

「…え、まぁ構いませんが……」

 俺は白夜を目だけで見た。肩をすぼめて首を傾げた。

女王は俺に詰め寄って、尋ねる。

「白夜に乗り移ったといいましたね。具体的にはどのような状態に?」

「具体的に、……うんと、しゃべり方から、笑い方まで白夜のものじゃなかった」

「名前は名乗ってましたか?」

「いや、まだ名乗れない、と言ってました」

「……名乗れない?」

「でもスグに会う、とも言ってたから、いずれまた俺の前に現れるつもりかも…」

そこまで言うと、女王は俺から離れて、白夜のほうを向いた。

「確かに、貴方の意識ではなかったんですか?」

 女王に対して、険悪な雰囲気を出していた白夜だが、女王の威圧に押されたか、

「え、ええと、まぁそうかな? 最初目が回って、そしたらどんどん視界が暗くなって……。そう、丁度私が、あの白い世界があの世の一歩手前だって気付いたタイミングでそうなったのは覚えてる」

 と、しっかりしゃべった。

「………まさか」

 それを聞いた女王は、驚きの表情を浮かべた。そして俺らから離れ、自分の座っていた場所にまでもどった。

「………どうかしたんですか?」

 俺の問いにも反応を示さず、ただ地面を見つめ続ける。

「なんなんだ?」

「さぁ…」

白夜とそんなやりとりをしてから、もう一度声をかける

「あの?」

 今度は、はっとしたように顔をあげて、俺達を見た。

「………申し訳ありません」

 声が沈んでいる。何か心当たりがあるらしい。

「どうかしたんですか?」

「大丈夫です。……それより、最後に一つだけ教えてください」

「…? はい」

「……白夜の目の色は、青ですが、それが変化するようなことは?」

 俺は、あのときを思い出す。

 青から、赤に変わった瞳は忘れようが無い。

「赤色に、変化しました。確かに」

「…やはり」

女王がそういって、難しい顔をした。

「何か、心当たりがあるんですか?」

 俺は尋ねる。女王は俺の目をちらと見て、

「ええ、ですがやはりあなた方に語るわけにはいきません」

 なぜだ。

「どうしてよ。私の体に乗り込んできた奴なのよ? 教えてくれたって」

「なりません!」

女王が立ち上がり、声を荒げた。

「………お、落ち着いてください」

「…すみません、つい……」 

 腰を下ろして、女王はため息をついた。

「…ここで私が、この話をするわけには行かないんです」

「どうして?」

「…それもいえません」

「……むぅ」

白夜が口を尖らせた。

「ですが、その人が言ったとおり、いずれ分かります。本当に貴方が旭の遺志を継ぐというなら。その女性が、旭の意志を継げと、そう言ったのですか?」

「…意味合いは、似てました。旭は、俺に意志を託して助けたんだと、そう言ってました」

「……意志を、託して、ですか…。 分かりました」

「お?」

「……お話します。旭が、貴方達を巻き込んで、連れまわして、散々引っ掻き回した理由を」

女王は、全てを語った。




 旭が戦い始めたのは。5年前だった。

 理由は、彼の父が戦闘員で、その現場にたまたま巻き込まれたことが理由らしい。

 奴は元から戦闘意識が高く、すぐに優秀な戦闘員になったらしい。

「力があって、頭もそこそこ切れましたから。時々ミスを犯すこともありましたが、それも全て自分でリカバーしました」

 そうして、旭は少しづつ成長した。

 が、ある日のことだ。

「父親が、新勢力の思想に反対して殺された……?」

「ええ、その新勢力こそが「ナイトホーク」です。彼らの党首は、信じられないほど高い戦闘能力を持っていて、それは急速に力を伸ばしました」

「そっか、それで旭は…」

「ええ、彼らに強い反感を持ったんです。丁度そのタイミングで、私達も蜂起しました。精霊の代表である私も、その一員でした」

「それでも、向こうに付く精霊はいたのか」

「ええ、精霊にとって、人間が強くなればそれだけ有利なんです。パートナーのいない精霊は、基本人間界にはこれませんから」

「精霊界は退屈だから、なんもないし、綺麗過ぎて逆にそっけないっていうか」

「そうか…」

 そして抗争が始まったと。

 まず、既存の団体であった「ミニコト」は、「ナイトホーク」とは正反対の意志を持っていたことから真っ先に対立して、争い始めた。そして「ミニコト」が弱っていくと、だんだんとその他の反対勢力、もちろん「ホワイトオウル」にも攻撃を始めた。

「その辺りです、旭がスパイ行動に立候補したのは」

 旭はかなりしたたかな性格で、どんな人間に「嫌われる」ことも「好かれる」ことも出来た。

「だから、スパイ行動は優秀を極めました。彼は、次から次に、「ナイトホーク」の機密情報やら、なにやらを盗み出しました」

「けど、どうしてバレなかったんですか? あいつ等は通信ですべての隊員の情報を網羅しているんでしょ?」

「「ナイトホーク」だって、単一の組織で動いているわけじゃないんです。既に服従した他団体が存在しましたから、その一員だと嘘をつけば良いんです。いくら仲間同士とはいえ、他団体のメンバー全員を網羅しているわけありませんよね?」

「…なるほどな」

「あとは、「ナイトホーク」の上の人間に近づいて「好かれ」さえすれば良いんです。もちろん、下っ端には「嫌われる」様にします。大概自分の立ち居地に自惚れている上役は、自分に好意を持っていて、自分が好意を持っている相手に対して疑いを持ったりしないことが多いですし、仮に下っ端に怪しいと感づかれて報告されても、上に好かれていて下に嫌われていれば「あいつは旭が嫌いだから嘘の報告をして貶めようとしているだけだな」と判断されます」

「……馬鹿野朗どもだな」

「実際、貴方も旭の手法に騙されたんじゃありませんか?」

「陸?」

「……わかったよ」

 くそ。

 その後、旭は「ホワイトオウル」が有利に働くように働き続け、今に至ったと。

「後は、全部貴方の目にも見えていた通りです」

「……ひそかに予言のパーツと、それに経験を持たせて、最後に俺に全てを託した死んだ…。ってことは」

 旭の意志は。

「そうですね。おそらく、父の仇を討つこと。及びナイトホークの滅亡、それだけでしょう」

「もっと早く結論出てたんじゃないの?」

白夜が愚痴る。どうしてお前はそこまで女王を嫌うんだ?

「…色々あるんですよ、陸」

「……。まぁ良いですけど」

 下手に首突っ込むのも野暮だろう。

「貴方が旭の意志を継ぐというのなら、止めません。私達は全力でサポートしますから、思う存分戦ってください。それは、我々にとっても助かりますから。しかし、旭はあくまで、貴方を巻き込んだ責任として、命だけは守ろうとしたという考え方もできます。無理に戦うことはないのですよ?」

 女王が言うことは、もっともだった。

 けど、

「SAで誰かが死ぬと、記憶から、現実から消える。いや、いなかったことになるんですよね?」

「え、ええ」

「つまり、旭は旭の親からも忘れられた。学校の名簿からも消えて、友人も教師も誰一人覚えてないんですよね。知っているのは、あの時SAの中に一緒にいた人間だけ」

「………はい」

「それは、俺を庇うだけにしては大きすぎる代償です。旭一人の命じゃなく、もっと大勢の記憶や思い出まで奪ったことになる」

「……」

「なら、やっぱり俺もナイトホークを許せない。それは旭が目の前で父親を殺されて、抱いた感情とまったく同じだ」

「…………そうですか」

 女王は、ただ黙って、悲しそうに笑みを浮かべる。

「わかりました。「鍵」の力を見せてください」

そして俺に向かって、そう言った。

「陸……」

 白夜が、俺の袖を引っ張った。

「頑張ろうね」

「……もちろん。宜しくな」

 そういって俺は白夜の頭を撫でた。






「最後の突撃、か」

「まったく勝算が無いわけではありません」

 誰かの言葉に、女王が強く言う。

 女王が提示した作戦は、作戦というにはあまりにお粗末だった。

 敵勢力本拠地に対しての、サイドからの突撃。サイドと言ったのは、敵が戦力を展開している場所と対比して、のことである。

 奴らの洋館、その場所を中心として、東側に伸びるようにして展開された敵部隊を迂回して回りこみ、本拠地である洋館を叩くとのことだ。

 タイミングは、午後の6時過ぎあたり。撤収する舞台が洋館に集まるため、再び何らかの方法でSAが開くらしい。そこで、戦闘を行う。

 勝算が無いわけではないと言ったのは、運が良ければ敵のトップを殺せるという利点があるだけのこと。確かに党首を殺すことができれば、圧倒的な力による支配は分解し、「ナイトホーク」は内部から分裂する可能性がある。しかし、それはあくまで我々の勝利ではなく、「人類至高主義」を潰せるというだけ。

 つまりは、全員が命をかけた特攻とでもいうべき戦闘だった。

「相手は、どうやらかなり消耗しているらしいとの情報が入ってます」

「消耗?」

 誰かが尋ねる。

「ええ、別勢力がナイトホークに攻撃を仕掛けたらしく、兵が疲れていると」

「…そんだけかよ」

「けれど、生き残った貴方達は優秀な方たちばかりです。数人を相手にだってできるでしょう?」

 女王は言うが、そう上手く行くものか。

 周りの人を見れば、確かにみな屈強そうな人たちばかり、しかし、いくら能力が高くても、一撃で勝負が付く世界の戦いでは人数の差はいかんとも埋めがたい。異常な力、例えば口から巨大なレーザーを噴出して焼き払えるとかなら別だが、そんな奴がいたらとっくに勝っている。

 そもそも、その圧倒的な奴であるナイトホークの党首に押されてここまで負けているんだろうに。

「……とにかく、なんとしても党首の首をはねるのです」

 女王は無理矢理に結論付ける。隊員達は、歩いて洞窟から続々出て行く。

その目に、余裕はまったく無かった。

 俺は、その様子をみて、思った。

 皆、一杯一杯なんだな。

 隊員も、もはや自分の生存を諦めている。

 おそらく、女王も。

 俺は、予言の人間で、投降すれば必ず助かると、そう言った男の言葉を思い出す。

 それでも、あえて戦いに望む俺は、みんなにどう見えているんだろうか。

「りく、どうしたか?」

「なんでもないよ、朱音」

 小さなその少女は、俺の顔を見上げて首を傾げる。

 ……考えていても、仕方ないよな

 俺はもう一人の予言の人間のもとに、歩き寄る。

「花梨、大丈夫か?」

「……陸くん」

 花梨はゆっくりと俺の近くに歩いて近づき、

 そして、俺の胸を殴った。

「うぐっ?」

 突然のことに、息が詰まる。が、倒れるのだけは免れた。

「何、すんだよ?」

「……どうして、私はおいてけぼりなの?」

 花梨は、叫んだ。

 ……ああ、そのことか。

 俺は、戦闘に行く前に、女王に直訴した。

「花梨は、ここに置いてくれ」と。

 そもそも、俺と同じ元民間人で、命賭けで戦闘に出て行く意味も無い。

 そして、旭に対する借りも、彼女には無いはずだ。

 ここで、死ぬ気でやる意味はどこにも存在しない。

「…花梨は、戦う理由が無いだろ? 戻って、普段どおり家にいればいい。非日常は、俺が片付ける」

 花梨は、巻き込まない。

 予言がどうとかは別として、「俺」が決めたことがらに、花梨まで連れていくことはできない。

「……おかしいでしょ」

「…どこかだよ」

「全部よ! 陸くん。私は貴方が守るって、言ってたじゃない! どうして私をおいていくの!?」

「……敵のほうが強大で、聞いた話じゃおれたちの目標はバケモノらしい。多分、花梨を守れない」

「…嘘つき」

「……だから君はここに残れって言ってるんだろ?」

 守れないから。

 俺の意志で、死んでほしくないから。

「私だって戦える。必要なら、人だって殺す」

「人殺しにしたくない」

「なんで!?」

「女の子だろ! 君は図書委員で、本好きで、静かな女の子だ! ただの、中学生だ」

 今度は俺が叫んだ。花梨がびくりと震える。

「……朱音は元から戦いの中で生活してきた。白夜は精霊だ。パートナーになった以上、こうなることも覚悟できてたはずだ。けど、君はただ巻き込まれただけ」

「………」

花梨は、黙っている。ただ黙って、下を向いている。

「なら、これ以上なんで頑張るんだよ。君は義務も義理も無いのに、命をかけるのか? そんな無駄なことするなよ」

「陸くんは、何で行くの?」

「え?」

 花梨は静かに下を向いたまま、言った。

「陸くんは、どうして戦うの?」

 目が、俺を捕らえる。少しうるんだ瞳が、眼鏡ごしに視線を送ってくる。

 俺は少し目をそらして、小さく言った。

「…旭の仇を取りたい。俺を助けたあいつの意志を遂げさせてやりたい。あの時死ぬつもりだった命なら、それで終っても構わん」

 言い終わると、花梨は俺に一歩寄った。

 そして小さく、呟くように、告げる

「……それで、理由として足りるなら、私にだってある」

花梨が、俺の首に手を回した。

「え?」

 俺が唖然として固まっている間に、彼女がぎゅっと手に力を込めて、抱きしめてくる。

「……私を守ったのは、君」

 花梨が耳元で言う。

「島田くんが君を助けて、その仇を陸くんが取るっていうなら、私だって陸くんに助けられたじゃない」

「……助けたうちに入らない」

「入るの。私の感覚なんだから、陸くんが口だしすることじゃないもん」

 花梨は腕にもっと力を込める、体の密着度が上がった。

 洞窟が暗かったことが少し幸いして、状況に気付いている人はいないようだ。

 …なんで俺はこんなことを気にしているんだ?

「……けど、その程度で命をかける価値があるのか?」

「…その程度じゃないよ。私にとっては、陸くんはヒーローなんだから」

「……何を言っているんだ?」

 俺がヒーロー? 疲労の間違いじゃないのか? つまらんか、すまん。

「ううん。 私のなかでは、間違いなくヒーローだよ」

「…どうして、そう思うんだよ」

 俺は、多分かなり情けない男だ。自分に向かってきた現実を、なんども否定して、ギリギリになってから何とか避けきったようなもんだぞ。

 花梨を救ったのはきっと、その過程に過ぎない。

「なんでも、良いよ」

「え?」

 花梨が、小さく言った。

「…なんでも良いよ。そうやって色々語るの禁止」

「…は?」

 色々って、なんだよ。

「そうやって理屈ばっかりつけてばかりじゃない。たまには、感情で物事を考えてみて」

「感情?」

 いや、花梨は、俺が助けたお礼として、俺についてきたいんだろう?

 それが命をかける価値にはならないと俺は言っている。

 それのどこに、感情の要素があるんだ?

「………俺は君を助けきれていない。それに、仮に助けていても気にするレベルのことじゃない。どうしてそこまで俺についていこうとするんだ?」

「……本当に、分からないの?」

「…分かってる。分かってるから俺は………」

「分かってないよ!」

「…な、なんだよ」

 花梨が、俺を抱き締める手に力をこめて、

 そして、言った。

「……どうして私がこんなことしてるかも分からないの?」

「…………どう、して?」

 どうして? 


 いや、そうか、言われてみれば……。


 この状況、花梨が俺に抱きついているって。


 私の中でのヒーロー?

 


って。

 まさか。

「ちょっとまて」

「うん」

「……口には出さないが、……その、それでいいのかまさか」

「…うん」

「…えっと」

「ん?」

「いや、あかんて!」

 この緊急時に何を言い出すのあんさんは!?

 俺は、急激に自分の頭に血が上って、顔が熱くなった。え、だって、え?

「おい、ちょっと待てよ。色々あってそんな気が全然しないけど、まだ初めて会ってから2日目だぞ!? そんなこと有り得ないって!」

「……半ば、ひと目みたいなものだと思えばいいよ」

「だとしても、なんで今……」

「…死んじゃうかも知れないんでしょ?」

「……あ、いやえっと…」

 そ、か。

 逃したら、もうないから。

「じゃあ、花梨。まさかお前は」

「そう、忘れたくないから、だから……」

 花梨は、そうはっきりと言った。

少しだけ、手を緩めて、俺の正面に顔を持ってくる。

「……ダメかな?」

 今にも、泣きそうな顔で言わないでくれ。

「花梨……」

 俺は手を花梨の頬に持っていって、添えるように触れる。

 手に高い体温が伝わって、彼女の顔が、赤くなる。

「……本当に、本当なのか? 本当に…」

「じゃなかったら、ついていったりしないよ……」

 目を伏せて、そう呟く花梨。

「……ああ、もう」

「…?」

「……そうやって頼み込まれて、どこの誰が断れるんだ?」

 涙目で、死ぬ気で進む場所についてきたいと願う女の子を。

 もし断れるなら、やってみろ男子諸君。ああ、彼女いない暦=年齢の奴な。

「…じゃあ?」

 ゆっくり顔を持ちあげて、目を輝かせる。

「ああ、良いよ来て」

「やったっ!」

 手に込める力を一気に強くして、俺に抱きつく。突然の力に、俺は少しふらついた。

 この喜びよう。死にに行くようなもんなのに。女の子って分からないよな。

「けど、危ないと思ったらスグに引き返すんだ。絶対に死ぬな」

「…うん、陸くんも、そうだよ」

「……あぁ、分かったよ」

 花梨はよし、と言って、俺から離れた。

 といっても、抱きつきを解いただけで、いつもよりはるかに近い位置。

「ねぇ、陸くん…」

「…えっと、はい?」

「その、あのね」

 何かを感じて、俺は少し身構えた。

……今度はうつむきがちに、何を言うつもりですか?

「まだ、お返事、貰ってない」

「……あの、え?」

「ついて行ってもいいって言ってくれたけど、もう一つ、私言った」

「……えっと?」

 ……いや、分かってるけど、なんとなく、分かってるけど。

「……だから、その…わ、わたしが…りく、くんのこと、その……」

 もはや花梨の顔は尋常じゃないくらい赤くなっている。

 というか、もうその序文だけで何を言おうとしてるか分かるから、もう止めてくれ。

「……花梨」

「え、ひゃい!」

 驚きの声を上げて、体を強張らせる花梨。そんな緊張せんでも。

「………ごめん」

「…え?」

花梨の表情が、冷めた。

 顔が一気に赤から肌色に、そして少しづつ青くなっていく気がする。

 そして、目に少しづつ涙が溜まり始めた。

「……あ、いやそういう意味じゃなくて!」

「…え?」

 しまった、言い方が悪かった。

 だから~。え~~っと。

「その、まだ待っててくれないかな? 今まだそういうのになれてないって言うか、考えているときじゃないって言うか」

「……ダメ? ダメかな…?」

 ふるふる、もう少しで崩れ、一気にこぼれそうな涙を目じりに溜め込んだまま、彼女は言った。

「ダメじゃない! とりあえず、今は保留にしてくれってことだよ」

「…どうして」

「だー! あの、だから、戦場で恋人がいるとか死亡フラグというか、付き合うとか、そういうのを考えたら集中できなくなりそうというか……」

「というか?」

「えっと、だから…」

 じっと俺を見る花梨の肩を掴んで、しっかりと彼女の目を見て。

 えっと、相手の勇気に答えるために、こちらも勇気を持って……。

「花梨は、その、静かで大人の雰囲気持ってて、そういうところは俺好みだし、それでいてちょっと子供っぽいところもあって、そういうところはとても庇護欲をそそるし、とにかく俺には勿体ないくらいの女性で、えーっと、眼鏡つきとか俺のためにあるようなもんだしっていうか、その、まぁ素晴らしくてぜひともお受けしたいところなんだけど!」

 何だか、自分でも何いってるか分からない意味不明な文と化している。が、気にしていられない。

「けど、これから殺すだの殺されるだのある血なまぐさい場所に向かうのに、シアワセな気分がぶち壊しっていうか、折角のシアワセタイムなのに勿体無いっていうか」

 だめだ、やっぱり上手く纏められない。

「うぅ……」

 花梨泣きそうだし、だからもう!

「花梨のことが大切だから、もっとゆっくり考えて、それから答えを出させてほしいんだよ!」

 兎に角、叫んだ。

「…ふえ?」

 花梨が、泣き止んだ。と、顔がまた赤く…? え?

「……たいせつ?」

「…あ、ああ。当たり前だろ」

「……そっか」

「そうだよ。だから、今は待っててほしい。きっと生き残って、答えだすから」

 なんとか、言い切れた。

 花梨は嬉しそうにえへへ、と笑って、そのまま背を向ける。

「…ぜったい。だよ?」

「……分かってる」

 俺はゆっくりと彼女の頭を撫でる。

「…え?」

「……だから、お前も死ぬなよな」

「……うん」

 なんだ。この気恥ずかしい空気ッ!

 内心恥ずかしさで捻じれ死にそうになりながら、俺はなんとか平静を保つ。

「……陸」

「おぅわッ!?」

 だから、後ろから白夜に声をかけられたときは驚いた。

「……花梨と仲良いんだねー。抱っこなんかしてー。へー」

「な、なんでそんなじとっとした目で見るんですかね…?」

「べっつにー」

 そういいながら、白夜は俺の手をとって引っ張った。

「な、何?」

「もう行くんだよ。出発するの!」

「だって、花梨も一緒に来るんだぞ?」

「え? さっきまでおいて行くって言ってたじゃん」

「気が変わった」

「……ん」

 白夜が、ため息をついた。

「花梨ちゃん」

「な、なに?」

 白夜が花梨をよび、問い詰める。

「何を言ったの?」

「………えっと」

 花梨が助けを求めるような目で俺を見る。

 俺はそれに、首を傾げて返す。

「陸?」

「さぁ、なんだったかな」

「……怪しい」

「……教えてほしいの?」

 花梨が、ゆっくりと白夜に訊ねる。

「出来ればね。でももちろん強制はしないけど」

 と、あからさまな嘘をついた。

 うぅ、一番居心地が悪いのは俺だろうな。多分。

 なんとなく、俺はその場から目を背ける。

 よって、此処からは音声のみだ。俺の目には向こうでなにやら準備をしている他の隊員の影が映っている。

「…本当に知りたい?」

「だから、うんって言ってるでしょ」

「……後悔しない?」

「…なんでよ」

 あーあの兵士が持ってる銃は多分SIG550だなー。スイス産の高性能自動小銃だな。クリアのマガジンの中に見える弾丸がたまらなく美しいんだよな後で見せてもらおうか。

 とたとた。ん?

 後ろから誰かが近づく音が聞こえた。けど、目は逸らすぞ悪いけど。

「陸くん」

「ん?」

 花梨? 悪いけど後ろ向きで失礼するぞ。

「……こっち向いて」 

 悪いが目を逸らしたいから目を瞑っているぞ。

「何か?」

 俺がふざけて目を瞑ったまま前を向く。

 ちゅっ。

「……」

 へ?

「!?」

「……やっちゃった」

「……花梨ちゃん?」

「……後悔しないか、ちゃんと聞いたよ?」

「………ぐぎぎぎぎぎぎぎ」

「ちょっと待て」

今、何した。

 何した!? 

 花梨の肩を掴んで、こちらを向かせる。

 彼女は赤い顔で、少し照れ、少し嬉しそうに。

「前借り、かな」

 と、小さく、言った。






『移動開始』

 精霊を通じた通信で、女王の声が聞こえた。彼女も戦闘に参加しているのだろうか? だとしたらやはり魔法だろうか。なんて考えている暇はないんだった。

 圧倒的に不利な戦力差での戦いに、俺達は挑もうとしていた。

 周りの空はすでに紫色に覆われ、ここがSAであること実感させる。P‐90を持つ手が、汗で少し滑った。

「……白夜?」

『………』

 自らのパートナーとコンタクトを取ろうとして、失敗した。

 さっきからずっとコレだ。

「なぁ、何怒ってるんだよ?」

 たまらず、俺は訊ねた。

『………私は陸の心を全部読めるんだよ?』

「あ、ああ。そうらしいな」

『花梨ちゃんとのことは、全部読ませてもらったから』

「……はい?」

『ふん、静かで大人の雰囲気を持ってて、そういうところが俺好み?』

「…おい、やめろ馬鹿」

 こんな所でそういうものを持ち出すな。

 白夜が知らない、とつっけんどんに言い放ち、また黙る。

「どうして、花梨とのことで怒るんだよ?」

『……どうしてだろうね』 

「まさか、友達に手を出すなんて最低! とか思ってるのか?」

『……どうだろうね』

「…なぁ、何なんだよ」

『………』

 やれやれ。

 俺は会話を諦めて、言った。

「……戦う時は、いつも通りにしてくれよ?」

『……それくらいは、分かってる』

 まぁ、それなら良いか。と、俺は再び前に集中する。

「敵の反応まで、あと150m!」

 通信で、女王が言った。

 はるか向こうという訳でも無さそうだな。

『……そろそろ、洋館が見えるよ』

 静かに白夜が言う。ありがとうな。

『別に~』

「射撃用意」

 白夜の声に、女王の声が重なる。

周りの隊員達と一緒に、木の影に隠れて、銃の照準機を覗き込む。

「巡回の敵が来ます。サプレッサーをつけた銃を持つ人が、しとめてください」

 俺は周囲を見渡して、サプレッサーを持つ隊員を捜した。

 と、手にM16を持つ、男を見つけた。

 彼は俺の視線に気付くと、親指を立てて俺に突き出した。

『あの人も来ていたんだね』

「だな」

 気づかなかった。というか、生き残りは全員参加したらしいから、当然といえば当然なんだけれど。

「きました」

 声に反応して、前を見る。

 二人の男が、ゆっくりした足取りでこちらに歩いてくる。二人で談笑しながらとは、職務怠慢だな。死刑。

「撃て」

 しゅぱしゃきん

 音の小さくなった銃二つの音が俺の耳に入った。

 発射された弾丸は狙い通り命中。敵の見張りは二人とも首元から血を噴出して倒れた。

「行動開始」

女王の声に、隊員達がはじけるように移動を開始した。それに続いて、俺も走る。

「このまま洋館近くまで進むよ」

 俺の横に近づき、男が話しかけてきた。

「分かりました。あとどれくらいですかね?」

「詳しくは分からないけど、僕達の足ならそれほど掛からないんじゃないかな?」

「そうですか」

 俺は走っている方向へと、目をこらす。

 木のから、少しづつ、見覚えのある建物が見えてきた。

「それほど遠くなかったね」

「そうですね」

 俺はP‐90を握りなおし、ほかの隊員と共に木に隠れた。

「陸さん」

「はい?」

 声をかけられたほうを向く。

 女王が、俺に向かって手招きをしていた。

「……なんですか?」

周囲を警戒しながら、その近くまで行く。

 彼女は何も武装せず、そこにいた。が、右手に光がまとわりついている。やはり、魔法か。

「…党首が今、他の勢力との戦いの最中に現れたと情報をキャッチしました」

 奴が?

「ええ、現在洋館正面扉の前あたりにいるらしいです」

「……なぜ、それを俺に?」

「もちろん、単独で任務を頼みたいからです」

 はい?

 俺の反応を楽しむかの様に、女王は笑顔になる。

「もちろん、最後の攻撃ではありません。そのあと全員で洋館に乗り込むつもりですが、仮に相手が外にいるのであれば、上空からの狙撃や、強襲が可能です。正面から突っ込んでも上手くいかない相手ならば、隙をつこうというわけです」

「……なるほどな」

 確かに、それは正しい。

 現在の状況では、党首は俺達の存在に気付いていない。だからまさか後ろから攻撃されるとは考えていないはずだ。

 そしてもちろん、前方の敵に気を配っていれば、背後から迫りくる弾丸に気付くはずもない。

「……でも、どうして俺なんですか? ほかの射撃が上手い人のほうが良いのでは?」

 俺の言葉に女王は首を振った。

「いいえ、他の隊員では、万が一見つかったときに、すぐさま殺されてしまいます。しかし貴方は「予言」の「鍵」です。彼だって、貴方を殺さず味方に引き入れたいはず。貴方なら、仮に見つかっても殺すまではされないでしょう」

「……見つかること前提ですか?」

「念には念を、です。この人数では、一人失うこと事態厳しいですから」

 女王は言った。やっぱりいっぱいいっぱいだな。

「分かりました。やってみますが、花梨は……」

「ここ」

「お?」

女王の隣に、ちょこんとしゃがんでいた。

「彼女も魔法使いなので。私の補佐になってもらいました」

「……」

 花梨は俺をじっとみて、うなずく。

 それに、俺もうなずいて返す。

「…花梨、きっと戻るからな」

「信じてるよ」

「ああ」

 俺は意識を集中させ、「飛行」する。

 体が浮き上がって、空へと一気に急上昇した。

『ふんだ!』

「また怒ってるのか?」

『きっと戻るからなー。だって!』

「……なんだよ」

俺は洋館の高さの二倍程度の位置まで上がって、止まった。

「……洋館の前」

 一人呟いて、横に移動する。

洋館を軸にするように回って、前面が見える位置にまで移動し、

「……白夜、M40A1」

「…ふん」

 学校での旭との共闘に使ったスナイパーライフル。それを再び手に持つ。

 スコープを覗き込んで、洋館の前を見る。

 窓、壁と順繰りに動かし、最後に扉の前に照準を合わせた。

「……居た」

 スコープの十字線描かれた真ん中に、その男を捕らえた。

 体格の良い、黒髪男。服はスーツのようなもので、汚れ一つなかった。そしてその両手には、9ミリ弾を使用するベレッタが握られていた。

 そして、俺はそこで何かに気付く。

『…どうしたの? 早く撃ちなよ陸』

 白夜が急かす。が、俺は引き金を引かずにスコープを覗いたままだ。

「……いや、違うか」

 頭に浮かんだ疑念を払い、俺は引き金に力をかける。

「………頼む、当たれ」

 俺は願いながら、引き金を引いた。

ぱしっ!

 消音装置(サプレッサー)で打ち消された発砲音が鳴り、弾丸が音速を超えて飛んでいく。

 そして、そこに立つ男に……。

「無駄だ」

「ッ!」

背後からの声に、俺は振り向、

 途中で、顔を殴られた。

『陸ッ!』

 白夜の声が、耳に届く。俺の体は空中を吹っ飛び、そのまま落下、

仕掛けたところで、体勢を立て直した。空が飛べるとこういうことも出来るんだな。

「……このッ」

俺は後ろに現れた男に、銃を向けようとして、

「……!」

 気づいた。

「……よォ、久々じゃねぇか。随分と大きくなったもんだ」

 野太い声で、そういう男は、間違いなく先ほど下に居た人間だった。

 黒い髪、そして筋肉隆々の体。スーツを着込み、足に取り付けたホルスターにベレッタが納められている。

 が、ここで、間近で見て分かったことが、一つだけ増えた。

 それは、顔。

 スコープ越しではっきりしなかった顔が、はっきりと見えた。

 そして、疑念が、確信に変わった。

「……嘘だろ」

『ねぇ、どうしたの、陸ッ!?』

白夜が俺に声をかける。が、それはまったく耳に入らなかった。

 目の前の男。それに、俺の全ての神経が、向いていた。

「…嘘? なんだ、お前これが幻覚だとか、夢だとか思ってるのか?」

「………んなワケねーだろ」

「だよなァ、じゃあ現実だろ。これが、現実なんだよ」

男が両腕を広げて、自分の存在を誇示するように笑った。

「……アンタが、ナイトホーク、党首か」

「…ああ、まさか、お前が「鍵」とは、俺も知ったときァ驚いたよ」

「………どうして、人間至高主義だなんて、そんなわけの分からんもんを始めたんだよ」

男が、あァ? と首を傾げる。

「…どうして。アンタはそんなこと言う人じゃなかった。強くて、かっこよくて、俺の憧れだった……」

 男が、ニヤリ、と笑う。

「それはなァ、お前が今のお前くらいの年になったとき、そう思ってもらうためにやったんだ。分かるか? 今お前は俺の思い通りに成長したんだよ。気味がいいぜ。

 男が、笑う。

 違う。

「……どうして、どうして」

 俺は、その男を睨んで、叫んだ。

「どうして、アンタが此処にいるんだ。父さんッ!」

 俺の父。

 安倉太陽が、確かにそこにいた。


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