その5「予言の二人」
その五「予言の二人」
「……なぁ陸よ」
「なんだよ…」
旭が俺に話しかけてきたのは、学校から旭の家の方面へ向かう道の途中だった。
「お前は幼女に好かれる何かがあるのか?」
「聞き方が変態チックだ死にやがれ」
ちょっとオーバーに反撃してみた。旭はまったく動じない。くそ。
「…でも、ちょっと私も疑問だったり」
「花梨まで!?」
「…なによ」
「……いや、すまん。まぁ、そうだよな……正直言って、俺もだ」
俺は後ろを振りかえる。それに気付いた小さな小さな女の子がひとり、
「……む? なにようか、りく」
と、俺に言った。
「いや、なんでもない。うん」
本当にその通りなのだ。今何を言う必要も無い。
「そうか、ならよい」
「……あぁ」
そういうと、朱音は黙ってしまった。が、その目はしかりと俺の顔を向いている。
ひたすら、じぃと。
「………」
「……なぜ俺の顔ばかり見るんだ」
「お前が何をするにも、私はお前を見続けるぞ」
「なぜ?」
「すきだからだ」
「……あのなぁ」
「もんだいあるのか? おまえ、こいびともちか?」
「いや、何をいきなり俺に好意を向けるのか不明すぎる」
そうだ。この子にいきなり後ろから撃たれても今なら違和感がない。むしろ、このまま俺にちょこちょこついてくるこの子がおとなしくしている方がおかしいだろ。
旭を撃ったのは、この子だ。
「さっきも言わなかったか。私はお前のその生き方にこころをそげきされた」
「……俺はそんなプレイボーイではないハズだが」
「むしろ、ありだ」
「………ワケ分からんぞ」
「おとめごころが男にわかってたまるものか」
「…そうだな」
俺は話を切り上げて、前を向いた。
「……ねぇ、本当に信用して大丈夫?」
花梨が俺に言う。まぁ俺も多少危惧してる。
「危険性がないとは言い切れないが、味方になってくれるならありがたい」
旭がいう。
「どういう意味で?」
「島田君……さすがに手をださないよね?」
「…てめぇらこそ何を危ぶんでいるんだ馬鹿。まだ二人には説明してないけどよ、陸は大体めぼしついてんだろ?」
「……めぼし?」
花梨が俺に目を移す。俺は軽くうなずく。
「さっきの行動でなんとなくな」
「言ってみな。○×で答えてやるから」
旭が真面目な表情で言う。その目は優しさの中に獰猛さを紛れ込ませているような、そんな目だった。
「……あぁ、何から訊くかな」
「…まず、一番根本からだろ」
「そうだな、そうするか」
俺は旭の目を見る。その獰猛さを駆りつくしてやるよ。いいかげん、騙し続けられるのも腹が立つ。
「…お前はさっき、保健室に突入したとき、ナイトホークの男を何の躊躇いも無く撃ち殺しやがった。仮にも自分の仲間をだ。そしてそれは俺の言った「新グループ」のためでは無いとも言った。例え思想に反対だとしても、ここでそんなに大きなことをするメリットがない。お前のことだから、感情的にやったとは思えない」
「…いや、もしかしたら俺の幼女好きが高じてやったことかも知れんぞ?」
「その可能性も否定は出来ないが、だけど自分を撃ち殺そうとした相手にそこまで愛着が持てるのか?」
「………分からんぞ?」
「まぁいい、次に」
俺は隣にいる白い少女を指差した。白夜は押し黙って、こっちを見る。
「……さっきの男の話が本当であるとするなら、俺には白夜を通じてナイトホークの「党首」とやらから通信が来るはずなんだ。さっきの戦闘中、俺とお前がやった通信みたいな感覚だと思う」
「……ほう。だけど陸、もしかしたら今まで一度も連絡するようなことが無かったんじゃないか?」
「それはないだろ旭。お前は俺に何度連絡してきた?」
「……そうだったなぁ」
楽しそうに、呟く。馬鹿にしてんのか。
「白夜が初めて俺の家に来たとき、お前は俺に電話で連絡してきた。それから俺とお前がチームを組むときは「総司令」からの連絡であると言っていただろ? それにわざわざ俺の家まで来て話した」
「それがなんだよ」
「だっておかしいだろ?精霊で通信できるなら、旭が、俺に連絡するはずない。ナイトホークの上のほうにいる人たちから全員に連絡できるんだから、俺にだってそうするだろ」
旭が不敵な笑みを崩さないまま、うなずく。
「……あぁ、そうだな」
「さらにもう一つ、今の話にも出てきたけど、お前は上の人間のことを「総司令」と呼んでいた、だが、アイツはさっき「党首」としっかり言っていたぞ? どちらもトップレベルの階級を指す言葉だが、二つが同時に存在する組織なんて、そうそう無いと思う」
「……ふふ」
「まだあるぞ、あの男は俺達の存在を知らなかった。俺が最近入隊したことをな。アイツの話では新規入隊した隊員の事はスグに連絡がくるらしいが、俺達のことはまったく連絡が無かったらしい。これも変だ」
「情報が遅れただけじゃないのか?」
旭が言う、確かにそれもありそうだ。
が、
「けどな旭、そこのまたあの男の発言が、そしてお前の発言が絡むんだよ」
「………」
「俺は聞きそびれてないぞ、あの男、俺の名を知った瞬間かなり驚いたようだった。理由はよく分からないが、「俺が存在すること」に驚愕したように俺には見えた」
リクという名前に、それに反応したのだ。
だとすれば、俺の存在自体は知らなかったが、少なくとも「りく」という発言の名を持つ人間に対しての驚愕。
そこに、何かある気がする。今はまだどうでもいいところだけどね。
「そしてお前の発言だ、ずっと会いたがっていただろうって、どういう意味だ」
「…………」
「会いたいなら会わせれば良かった。けどお前は決してそんなそぶりは無かったな。そして尚且つ、あの男とお前は過去に面識があるわけでもなかったらしい。つまりお前はナイトホークの総員が、「りく」と呼ばれる「何か」に会いたがっていると知っていて、あえて俺を会わせなかった」
「………それで?」
「話をさっきとつなげるぞ? ……そしてナイトホークの総意として、「りく」という存在を欲しているのであれば、おそらくそれが入隊してくれば重要情報として全員に流されるだろ。「確実に」、「その日のうちに」な」
旭は黙っている。しかしその目はまだ楽しそうに、その口は余裕を保ったままである。
おそらく、言い当てられるのを待っている。自分から話す手間が省けたくらいの気概なんだろうな。
「……ところで陸」
「なんだ」
「お前はさっきから、俺の撃ち殺したあの男が「本当の事」を言っている前提で話しているが。あいつが本当の事を話しているという証拠がどこにあるんだ?」
「あ、うん、そうだね」
存在を消したかの様に黙り込んでいた花梨も賛同する。お前らなぁ。
「考えてみろよ。あいつはナイトホークだぞ? そしてこっちもナイトホークを名乗っているんだ。嘘をつく理由がどこにある? 同胞に嘘をついたって、内容からしてバレバレだろう。だからこそ、あの言葉は真実であると言えるし……」
俺は旭を見る。そして、言う。
「仮に嘘をつかれたとするなら、メンバー相手に言ってもすぐにバレる嘘を俺達についたとするならば、相手が俺達に言えばバレないと思ったから、じゃないのか?」
「………」
「……それは、つまり?」
花梨が訊ねてきた。旭は表情を変えぬまま、ずっと俺の話を聞いている。
「つまり、相手は疑っていた。俺達が本当にナイトホークか。旭が隊員であることに対してさえも「相手は確信を持てなかった」ことになる」
「………あぁ、そうだな」
「結局のところ、アイツが嘘をついていたとしても、そうでなかったとしても、結論は同じなんだよ」
「……」
俺は軽く息を吐いて、
「……島田旭、お前はナイトホークではない可能性が高い。しかしそうだとすればナイトホークを名乗る理由が不明瞭だ。そこから考えて、おそらくお前はミニコトのようにナイトホークに楯突く「別グループ」の隊員で、いわばスパイだと、俺は思う」
「えっ?」
花梨が、花梨だけが驚いた。
旭は鼻で笑うように視線をそむけ、白夜は唖然として突っ立っている。
「………おまえはすりーそうせつのしゅじんこうか?」
「…推理小説、だろ?」
朱音が俺の腕をつかんで言ってきたので、返す。
直後に花梨が、俺の方を向いて言った。
「でも、私は確かにナイトホークの基地というか、施設てきな場所に運ばれたんだよ? それっておかしくない?」
「何がだ?」
「だって、島田君が本当にナイトホークじゃないなら……あ」
「そうだよ。そこはそもそも「ナイトホーク」の施設じゃなかったんだ」
旭の「本意」から所属するチームの研究施設か何かだったんだろう。
「そこの人たちは、自分がナイトホークだなんて名乗ったりしてないよな?」
「…あ、うん…」
「そういうことだ」
俺は旭に視線を戻した。
「…さぁ、答えろ。○か、×か」
「………全て、全てにおいて○だ」
旭が、楽しそうに、とっても楽しそうに言った。
「まさかそこまで言い当てられるとは思ってもみなかったな。それだけ俺の計画性がずさんだってワケか…」
「答えろ、何故こんな事をするんだ」
自分がスパイであるなら、そう俺らに伝えればいいのに。
「お前なら分かるだろ? 俺はナイトホークの奴らに正体がバレるワケにはいかないんだ。仮に素人であるお前らに話したら、ボロが出て見抜かれるかも知れないだろ? そうすると、今後の活動に支障が出るんだ」
「……なるほどな」
騙されていた感はぬぐえないが、一理あるのも確かか。
「それより、陸」
「あん?」
「安心したか、実際にはナイトホークに入ってなくて」
「……ん、まぁ少しは」
「…くくく」
「……だが全部安心しきったわけじゃない。まだ分からないことだらけなんだ」
「………ほう?」
「例えば、そう、ミニコト。全滅したって言ってたな?」
「あぁ、そうだな」
「……もとから弱小だったのか?」
「簡単に言えば、ナイトホークとミニコトが戦っていたのは本当だが、それは過去の話だったってことだ」
「……は?」
「すでに終戦してるんだよ。ナイトホークの圧倒的勝利でな。ミニコトを名乗るのこり数十名の残党が、ナイトホークに抗っていた。その最終手段となりえるのが、花梨さんだ」
「わ、私?」
「あぁ、あなたに「クリーチャー」が寄生すると、かなり膨大な力を持ったバケモノが生まれることが判明してる。ミニコトはそれを切り札にナイトホークと決戦しようとしていた」
「そのとおりだ。われわれはそこの眼鏡をてにいれればかてた」
「……なるほどな」
「が、急ぎすぎたな。ナイトホークたちに全員やられたようだ。さてと」
旭は首を捻って後ろを、俺達が向かう旭の家に続く道の先を見た。
「とりあえず行こうか、答え合わせは満足だろう? 今度は俺がアレコレ説明する番だろ」
「……まったくだ、いつになったらナゾが全部解けるんだろうな?」
「………さぁな」
旭に続いて、白夜と花梨、俺、朱音の順番で歩き出す。
「りく……」
と、前から声が。
「白夜? どうしたんだよ」
「………ごめんなさい」
「何が?」
「騙したりして」
車道を、車が走り抜けた。そのライトが暗がりを消して、彼女の顔を一瞬だけ照らす。
悲しそうに、蒼い目が俺を見ていた。
「…そっか」
コイツもグルだったな。間違いなく。
ナイトホークの基礎情報は、こいつからのものだったし。そのことを謝っているのか。
普段の俺ならばおそらく「ふざけやがって、謝るくらいなら元からするんじゃねぇこのダァボ」(一部脚色)とか言うだろうケド。
まぁ、結局ナイトホークに入ってないことになれたんだし…。
「……今更、別に構わないよ。別にこんな事だけでお前を嫌いになったりせんから気にするな」
「でも……」
「いいって言ってるんだから素直に受け取れ。それともキレてほしいのか?」
「そ、そんなわけ……」
「だったら良いだろ。むしろ、俺の為にそんな顔しないでくれ。俺が自分で自分を責めたくなる」
「…わかった…」
「うん、それで良い」
わしゃわしゃ、頭を撫でてやった。まったく、そんな顔されたら怒るもんも怒れんじゃないか。
「へへ……へへへ」
嬉しそうに笑う白夜。うーむ、ここだけ見たらまさに小学生である。いったら怒られそうだから言わないけど。
「……お二人さん、イチャつくのは良いけど早くしてくれんかね?」
旭が半ば呆れ顔でこちらを見る。イチャつくて。
「……分かってる。今行くって」
俺は彼女の頭から手を離すと、旭のあとに続く。
…と、
「?」
「……なんで俺の横に?」
白夜が、ぴったりついてきた。
「え?」
「いや、え? じゃなくてさ」
「………パートナーだから」
「…花梨は?」
「後ろでちびっ子と話してるよ?」
チラ、と見ると、朱音と花梨が楽しそうに話しているのが見えた。
「……花梨って意外とコミュニケーション能力高いな」
「聞き上手だからね。花梨は」
「……一日で随分仲良くなったんだな」
「えへへ~」
臆面のない、満面の笑みで笑いかける白夜。さっきまでの暗さはどこへ消えた? あんまり立ち直り早いとさっきのは演技かとかんぐってしまうな。
「…やれやれ」
「どうしたの?」
「いや、別に」
「?」
前に歩く旭の背中を、ただ追う。
「……はぁ」
これからどうなるんだろうか。
うぅむ、考えつかないな。
「着いたぞ、遠慮なく上がれや」
「多少遠慮はするがな」
「要らんと言っている」
「……へいへい」
旭の家は割と豪勢だった。というのも俺の家の二倍はあるかという敷地に、うちの五割増の建物が建っているんだから圧巻である。のこりの五割?庭だよ庭。
「「「おじゃましまーす」」」
「じゃまするぞ」
家に入りこんで、三人そろって(俺、白夜、花梨、朱音は何か発言そもそもが違った)定例の挨拶をする。中から声は……ない?
「いま親はいないぞ。海外に行ってるからな」
「…お前は何者だ」
「曲者」
「自分で言うか普通。たしかに間違っちゃいないがな」
「くっくっく、そうだな」
旭の促すまま、階段を上がり、彼の部屋だという場所に案内された。
「おわ」
勉強机と、本棚、そしてテレビとゲーム機か。それ以外何も無い部屋で、カーテンも白と青の落ち着いた雰囲気だった。
何か、想像してたのと違う。
「意外か? 俺は自室に入ったら結構大人しめなんでね……あ、そこの座布団使ってくれ」
勉強机のキャスター椅子に座って、背もたれに寄りかかる旭。俺と朱音は促されるままに座るが、白夜と花梨はすでに本棚の前にかじりついている。自由だなァ…。
「そうなのか?」
「家じゃ話す相手もいないからな、あ、まぁ黒夜は別だが、もちろんあんまりリンク解除しない」
今もそのままだもんな。
「ああ、いつ敵が来るかも分からんし」
心配しすぎじゃないのか?
「こしたことは無いだろ? ……さて、何から話すかな?」
話を打ち切り、旭が本題に持ち込んだ。もちろん、そのために来たんだからな。
「…まずは、そうだな……。お前の所属している場所についてかな」
「いきなり突っ込んでくるな」
「知りたい順に優先順位をつけた。答えろ」
「……ああ、俺がいる場所は、「ホワイトオウル」という」
「…白い梟?」
なんとなく、俺は朱音のほうを向いた。
「どうした、なにかようか?」
朱音の手に抱かれている小さな梟がくるる、と鳴く…。
「偶然だな。実に偶然だ」
旭が興味無さそうに呟いた。
「思想は現状維持、かつ世界平和。世界の悪いことを正すのに、戦いを起してどうするんだという反戦主義」
本当に、俺が言ったのと同じだったんだな。
……今度こそ騙してないだろうな?
「疑いすぎだ馬鹿。これ以上嘘つくメリットはどこにも無いだろう」
「……まぁ、そうか」
ここで旭が俺達を騙す理由はない。いくら何でもこれ以上スパイ行動をしているとも思えないしな。
「俺はそこの戦闘員であり、諜報員でもある。目的はもちろんナイトホークの作戦内容を漏洩させること、そしてもう一つ大事な目標がある」
「…なんだ?」
「単刀直入に言おう。「鍵」を手に入れるためだ」
「……「鍵」?」
旭は体を起して、俺の方に身を乗り出す。
「正直な話、ナイトホークの戦闘力はケタ違いで、それを止める術が俺らホワイトオウルにはなかった。だからこそ、全てをかけてでも手に入れなければ成らないものがあったんだ」
「……それが、「鍵」?」
「そうだ」
…随分ぶっ飛んだ話だが……。
「まぁ今はとりあえず話を聞け、「鍵」と言うのは、精霊の女王が行った「予言」よる「勝利の為」の2単語のことだ。コレを手にいれし者がこの戦いに勝利するだろうというものだった」
「予言? ……精霊の女王?」
まてまて、ワケ分からなくなってきたぞ?
「精霊は分かるよな? こいつらは不思議なことに全部が女の姿をしていて、また俺らが暮らす世界、SAとはまた別の次元に自分達の国を持っている」
「……いつか言っていた精霊界って奴か?」
「そう、その場所を統治しているのが女王だ」
「……予言っていうのは?」
俺が尋ねると、旭は身を元に戻して、腕を組んだ。
「説明が難しいが……、精霊女王が任期を終えるか、死んでしまった場合に次の女王を立てる。その時に行う儀式中、不思議な現象が確実に起こる」
「不思議な現象?」
「そう、次期女王の戴冠時、冠の宝石が光り輝き、大理石の床に緑色の文字で言葉を映しだす」
「それが予言か」
「そういうことだな。大体意味不明なニュアンスだったり、かなり遠まわしの意味になるんだがな、そしてそれは現在の女王任期中に確実に起こる。過去の戴冠式では全てがそうなった」
つまり、それを元にしてお前は「鍵」とやらを探していると
「そういうことだ。今回の予言はこうだった」
旭が机のほうに向いて、引き出しから紙とペンを取り出した。
「口頭で言えば良いじゃないか」
「ダメだ、分かりにくすぎる」
旭は素早い動きで文字を書くと俺に手渡した。
いまのいきのこりをかけたこうぼうは、かみにたいするはんぎゃくであり、それはすなわちすべてとめなくてはならなくぞんずる。
われらはすべてをとめるべき「かぎ」をそなたたちにてわたすものとする。しかし、だれにちょくせつわたすものではない。そなたたちははんぎゃくしゃである。すべてはかみのいしにそらなければならないにもかかわらず、そなたたちはあくである。よってわれら、そなたのだれにもつくことはない。すべてはちじょうのふたりのかぎにまかせるものとす。
かぎは、ひとつはそなたたちすべてをささえるははなるちからをかんするなをもつもの。
かぎは、ふたつはただひたすらひとつのおもいをとげるじゅんけつのはなのなをもつもの。
そなたたちみつけねばならぬ、かれをかのじょを、そしてすべてをささげねばならぬ、かれにかのじょに、さもなくばそなたたちすべてたましいをぬかれ、そしてしすべきものとなろうぞ。
「……なんだこれ」
「だから言っただろ、口頭じゃ説明できねぇと」
旭はせもたれに寄りかかり、手をふらふら振った。
「最後に書いてあるのが「鍵」ってことだよな? そなた達全てを支える母なる力を冠する名を持つもの? ただひたすら一つの思いを遂げる純潔の花の名を持つもの? …なんだこりゃ?」
「分からないか?」
旭がニヤニヤした笑みで言う。なんだよ。
「母なる力、全てを下から支えているものだ」
「下から支えているもの?」
俺は思考をめぐらせる。下から、下から……地面? いや、大地、地球、じゃなくて…。
「惜しい、行き過ぎだな」
「……行き過ぎ?」
大地、だろ? ……だから。
「アメリカ……」
大陸? ……あ。
「気付いたか?」
「……冗談だよな?」
「本気だ」
大陸、つまり、陸。
俺の名前? ……いやいやまてまて。
「そんな馬鹿な。俺はまだ完全なド素人だぞ? なんでそんな…!」
「いや、それはそれを映し出した王冠にでも聞いてくれ」
旭は肩をすくめた。
「俺だって何故そうなったのかは分からん。もちろんだが、百パーセントお前だと決まったわけでもないしな。……だが、今のところ可能性が高いのはお前だ」
そんなこと言われても。
「けど、確定していないんなら地上の同じニュアンスの名前を持ってる人は全員候補に入るだろ? どうしてわざわざ俺なんだ?」
旭はうーんと唸ってから、言う。
「一応理由はあるが、その前に二つ目の「鍵」が何だか分かるか?」
「ただひたすら一つの思いを遂げる純潔の花の名を持つもの?」
「そう」
「……花に思いなんてあるのか?」
意志があるかも疑わしいが。
「俺らも最初は悩んだ、けど、しばらく考えて誰かが言った」
指をぴんと立てて、
「花言葉じゃないか、ってな」
「花言葉…?」
「そう」
旭は椅子から立ちあがって、代わりに俺の隣の座布団に座り込んだ。落ち着きねえな。
「全ての花には、大概花言葉っていって、贈り物になるときに送り主からのメッセージの役割を担ったりする」
「存在は知ってるが、あんまり知らんな」
妹に四葉のクローバーを貰って、「はなことば~」とだけ言われた記憶はあるけど、結局どんな意味だったんだろうか。
「俺達も同じさ。だから必死になって花言葉の辞典を引いた」
「そうかよ」
人殺し集団が花言葉だと。何のギャグだ。
「そして、一つの花を見つけた」
「ほう?」
「花言葉は、《唯一の恋》」
唯一の恋、か。
「ほう、かっこいいな」
ずっとだんまりだった朱音が言う。いや、カッコいいかな?
「うむ、かっくいーぞ」
「あぁ、かっくいーな。俺もそれくらい愛されてみたいな」
旭が何か言ってるが、無視。
「それで?それは一体なんて花だったんだ?」
「知りたいか?」
当たり前だろ。
「じゃあ教えてやろう。その花の名は」
「《花梨》だよね」
突然の横槍。
「……って、花梨?」
「私の、名前」
本を抱えて、花梨がこちらを向いていた。
「……そうなのか?」
旭に確認を取る。彼はにやりと、
「いえす。水月どの、正解」
そう言って、話し始めた。
「それが理由だ陸。花梨と陸。同じ学校に、同じ学年で、しっかりと男女でかつ《鍵》の条件を満たす人間が二人同時にSAに居たんだ。これが果たして偶然だろうか?」
「……」
「捜してみろ、多分一生かかってもそんな名前ないぜ? 花梨も、陸も、比較的珍しい名前であることは否定できないからな」
「……そりゃ、そうかも知れないが…」
俺が、戦いを収束する鍵?
「…俺らは、使徒って呼んでる。「鍵」って言うのは予言での言い方だから、仮にナイトホークの奴らに聞かれると面倒だ」
使徒、か。
「そ、それは大仰すぎるんじゃないかな?」
花梨が控えめに言った。
「過去に予言は外れたことが無い。おそらく今回もそうだろう。なら、お前ら二人が揃って俺達「ホワイトオウル」に付いてくれれば、勝利は俺達のものだ」
旭は、立ち上がった。ずかずかと、部屋の隅まで移動する。
「説明は以上、他に疑問点は?」
「……なぜ花梨と俺が揃った時点で、俺達をその「ホワイトオウル」とやらに連れて行かなかった? なぜ、高倉やミニコトと戦わせた?」
「…人殺しに耐性を持たせるためだ」
「……は?」
「へ…?」
旭は床に敷いてあるカーペットの角をめくった。
「俺達の予想では、おそらくお前らの「予言」による強さは、戦闘に関連するものだ。間違いなく話術で説得とか、そんなんじゃないとは予想されてきた。そしてその為には、全てを知らせ戦いに巻き込む前に、ある程度慣れが必要だと判断した」
カーペットに隠れていた、床から飛び出ている緑色の紐に、旭の指が掛かる。そのまま旭はこちらを向いた。
「そしてそれは間違ってなかった。お前らの戦績信じられないものだ。俺がいなくとも、陸はミニコト3人に対して勝利した。そして傷ついて腕を行使しての攻撃を行った花梨は、普通の中学生とは思えないほどの忍耐力を持っていた」
「……あのときは必死だっただけだ」
「それでいい、必死になれるだけで充分だ」
旭はくっくっくと笑って、紐を引っ張った。つられて床の一部が持ち上がる。
そこには……。
「さて、行くぞ」
白と黄色の光が渦巻く、不思議な丸い板があった。……なんだコレ。
「ワープポータル。だいぶ前にホワイトオウルの代表から頂いたもんだ」
「…わ、ワープ?」
花梨が引いた。
「どこに連れて行く気だ?」
「もち、ホワイトオウルの本拠地だ」
「……マジで言ってんの?」
「大マジだが?」
旭は何のためらいもなく、板の上に立った。
「あぁ、家族のことは心配しなくていい。連絡はいつも通り…」
「魔法、か」
「そういうこと。怒られたりはしないからよ」
旭の体を、光が包み始めた。
「んじゃ、ハートの準備が出来た奴からついて来いよな。待ってるからな」
それだけ言うと、
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるっ。
旭の体が回転し始めた。
「うわあぁ!?旭大丈夫か!?」
「問題ないぞー。外からそう見えるだけだk」
しゅんっ
「あ…」
旭は消えた。
いや、正確にはワープしたのか。
「……陸くん、どうしよう?」
「…どうしようもこうしようも…行くしか無いんじゃないのか?」
だが、足を出す気にはなれん。
一体どんな感じになるのか、想像も出来ないからな。
「…この本もってっちゃおーっと……あれ、花梨ちゃん、陸、朱音ちゃんも何してるの?」
「…おう、白夜」
どうやらずっと本に熱中していたらしい白夜がこちらに来た。しかしすげえ集中力だな尊敬しちゃうぜ。
彼女は俺達の目の前にあるものを見て、
「ん? あーワープポータルだ懐かしー」
と、感想を漏らした。
「……旭は行っちまったんだけど?」
この少女に状況説明をする。
「そーなの?」
白夜はうーんと首をかしげて。
「だとするなら本拠地だろうなぁ……あんまりあの人には会いたくないんだけど…」
あの人? 一体誰のことだろうか。
「仕方ないか、じゃあ私も行くとしようかな」
何のためらいも無く。ぴょんと…。
「ちょ、まて白夜」
「ん?」
本を抱えたまま、ワープポータルに飛び乗った白夜を呼び止める。
直後、
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるっ。
高速回転が開始した。
「そ、それ、問題ないのか!? 体に…っ」
「ないない、なんの問題もないよ? だから怯まずに……」
しゅんっ
「あ」
行ってしまった。
「………行っちゃったね」
「あぁ」
花梨と俺が顔を見合わせる。
その横を…
「ふむ、体にはなんのもんだいもないらしいから、わたしはいくぞ」
朱音が、すたこらと載った。
「ほれりく、ためらうことなど無いぞ。終ってしまえばたのしいかもしれん」
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるっ。
「いやいや、一番ためらうのはお前のはずだろ!?」
「そんなことでは戦場でいきていけぬ~」
しゅんっ
「……」
「…どうしよう?」
花梨が俺の顔をみて、言った。
「行くしかねーみたいだな」
「………」
ぎゅっ。
「?」
「……ごめん」
手を、握られた。
「……大丈夫だろ、あいつらも余裕そうだし」
「…そ、そうだね。でも、ごめん」
「ん?」
「ジェットコースターとか、そういうの苦手で」
「……あぁ、そうか」
逆にお化け屋敷とか大丈夫なタイプだなきっと。
「あの、目瞑ってるから、引っ張ってもらえると、助かるかも」
「…はいはい」
花梨を守るのが俺の役目ですからね。
とん、とポータルの上に立つ、ゆっくりと、二人の体を光が包む。
そして
周りの景色が凄い勢いで回転し始めた。
「うおっ?」
「えっ!? 何っ!?」
しまった。
花梨の手に力が入った。驚かせてしまったようだ。
「なんでもない。大丈夫だ」
感覚的には、自分が回っているというより周りが回っている感覚。
だが、ずっと見ていると目が回りそうだ。
と、
しゅんっ。
物凄い勢いで上に引っ張られる感覚に襲われた。
「ひあっ!」
花梨が驚きの声を上げる。
確かにこれはジェットコースターの様な感覚。いつぞや旭に連れらて空を飛んだときの様な、もっと上位版のような…。
「陸くんっ!」
「いっ?」
ぎゅって……、抱きつき!?
いやいやいやいや、いくら怖いっていってもそれは無いでしょちょっと花梨さん!?
「…ッ!」
「……うう」
とりあえず、手をまわすしか無かった。
……て、手持ち無沙汰だっただけだからな!
それから、二、三秒その状況が続き、その後、俺の意識は消失した。
「……起きろ」
「…うー……」
「起きろッ! 陸ッ!」
何かが足に当たる衝撃、痛い。
…地面、ここは、あれ?
「っ…あれ?」
「起きたか」
声に上を向くと、旭がいた。足を俺の方へ向けて…って。
「てめっ、俺を蹴りやがったな!?」
「起きないもんだからよ」
旭がかったるそうに言う。起こし方ってもんがあるだろうが。
「白夜がゆすって起こそうとして、そのあの朱音に関してはお目覚めのキスだとかなんとか言っていたが?」
「………」
まともな起し方を知っている奴が居なかったか。
「そうだ、花梨は!?」
はっとして、周りを見渡す。
花梨は、すぐ見つかった。朱音の横で、何か分からないが木箱の上に座っていた。
「……ん?」
木箱?
「気付いたか?」
周囲の状況を見渡すと、何かおかしい。
森の中に作られた広場と言った雰囲気の場所。そこに、沢山の木箱がつまれていた。そしてそれを開けたり、運んだりしている沢山の人。
そしてその背後に、とてつもなく巨大なテント…。
ここは?
「言った通りだ、ホワイトオウルの拠点だよ」
旭が言った。
そうか、俺、ワープポータルとやらで飛ばされて、此処に…。
「って、ちょっとまて、拠点て…」
俺は目の前の大きなテントを指差す。
……あれ?
「おう」
「……」
「何か変か?」
いやいやいや。
仮にも銃器で戦う奴らの集団だぞ?
……あんなしょぼいもんとは…。
「喧嘩売ってるのか?」
「そういう訳じゃないけどさ…」
もうちょっとこう、ね?
カッコいいもんかと思っていたから……。
「別に良いだろ。減るものじゃないんだし」
減るわけねえだろ。てか、今その例えはおかしくない?
「ぐだぐだ言ってねえで行くぞ。これから会いに行かなきゃいけない相手がいるんだからな」
「…へ?」
旭が、俺に言った。
「ん? 精霊女王様に興味は無いか?」
にやりとした笑みを絶やさぬまま。
テントの中にはまたテントがあった。
「部隊別、階級別、男女別、種族別……まぁ色々な理由で分かれて入っている」
「…はぁ、そうか」
「なんだ、なんか乗り気じゃなさそうだな」
「ちょっと、俺が何でこんなところに居るのか考えてた」
ちょっと前まで、ただの中学生だったはずなのに……。
「気にするな。考え出したらキリが無いぞ」
「……はぁ」
旭は先頭を切ってガンガン進んでいく。俺たちは遅れを取らないようについていく。
「…私はついさっきまでてきだたった。因果いえば、私こそそうだ」
「……まぁ、そうだな」
朱音が俺手を掴んでいった。励ましてくれてるのだろうか?
「だ、だいじょぶ、私もいっしょ」
「はは、そうだな」
花梨も言った。励ましてるんだな。
「死んだらお葬式は豪華にするから!」
「お前は何が言いたいんだ」
ほえ、と首をかしげる白夜。精霊は何かずれてる。
何故俺がこの状況で死後のことを心配せねばならぬのか。
「そこを気にしてるんじゃないの?」
それを言ったらそもそも死にたくなんざねぇ。
「いーや、ただ単に、俺もけっこう奇想天外な人生を送ってるなとね」
「ほーん、でも、平凡より良いと思うけど?」
「……どうだろうな」
確かに、何も無い人生より、どうせなら激しくて、退屈なんて言葉を吐くことのないほうが楽しい……かもしれない。
けど、平凡も平凡で良いとも思う。
……中学生の分際で人生語ったって仕方ないけどさ。
「まぁ、やるだけやることにする。今更拒んだって仕方ないもんな」
半ば諦め。それで俺は進む。
「ここだ。皆入れ」
旭に促され、ひときわ大きなテントの中に入る。
「…静かにな」
「…静かに?」
とりあえず、したがったほうがいいだろう。俺は口をつぐんで、中に入る。
そこには…。
「…こんばんは」
一人の女性が、つつましく座っていた。
「……こんばんは?」
少し詰まったが、挨拶を返す。彼女は白く長い髪と、青い瞳を持った女性だった。
「ふふふ、久しぶりですわね」
「?」
「いえ、何でもありません。どうぞ、そこにお座りください」
俺は指示された場所に腰を下ろす。
しかし……。久しぶり?
……過去に出会ったことがあっただろうか。俺は考えたが、一向に思いつかない。
「こんばんは」
「はい、こんばんは」
花梨が入ってきた。俺が座っている隣に座る。
「……」
「……」
目が、合った。
「…あ、あの」
「…?」
「さっきは、ごめんね」
「…?」
何のことだ?
俺が疑問符を浮かべていると、それを察して、花梨もなんでもない。と前に向き直った。
「おじゃまするぞ」
「こんばんは、どうぞ」
朱音か。
花梨の隣にちょこんと座る。そういえば、クローはどこに行ったんだ?
と思ったら、彼女の背中にくっ付いていた。
そして、
「………」
無言で白夜が入った。
「…」
女性も無言で通す。
…なんだ?
この二人、面識があるんだろうか?
そういえば、髪の色、目の色共にそっくりだけど……。
「これで全員ですよ。女王」
最後に旭が、そういいながら入ってきた。そして入り口の所で見張るように立った。
「そうですか……」
女王と呼ばれた女性。だから多分、この人が精霊女王なんだろう。
「それでは改めまして、こんばんは皆さん。私が女王の美夜と言います」
やはり、そうか。
精霊女王、美夜は、一度丁寧に礼をした。
なんとなく、つられて俺も礼をする。
だが横目で見た感じ、礼をしたのは花梨と俺だけだったようだ。旭は立ったままだし。
「さっそくですけれど、陸さん、花梨さん。あなたがたが私達にとって重要な人物であることは既に島田から聞いているでしょうか?」
「はい。なんとなく、ですけど」
「はい、きいてます」
二人して答える。「はい」の部分が被った。
女王は頷いて、
残り二人に顔を向ける。
「あなたは確か、朱音さんと言いましたね」
「うむ。そうだ」
「あなたは、ミニコトのメンバーだと聞いています」
「今はちがうぞ、ほんの二時間ていどまえにミニコトは脱退した。いまは、りくのなかまだ」
そこで俺にこだわる意味は分からんがな。と心でツッコミを入れる。
「それを信用できる証拠はありますか?」
「私の目をみれば、わかる」
いや、そりゃ無理だろ。
花梨、笑うなよ。
「…それでは証拠になりません。ちょっと前まで敵だった人を、簡単には信用できません」
「……じゃあどうすれば良いか?」
「そうですね、陸さんとずっと行動を共にできると約束できますか?」
「むろんだ」
「では、それを証明できますか?」
「?」
「キスとかできます?」
「ちょっと待てィっ!!!」
どういう話の流れだ!?
思わず叫んでしまった。女王さんはニコニコしてるし…いやいやいや。
「りく」
朱音が、こちらを向いた。
「いや、まて落ち着け…」
何を考えているんだこらおい!
「わたしのはじめてをささげるのだ、にげるなよ」
「捧げなくてよろしい! ストップ!!」
朱音がこっちに這いよってくる。いや、だからね?
「り、く…」
「ダメだっての!」
肩を掴んで、押しとめる。
「……なぜ拒否するのだー。むー…」
「色々おかしいから、女王さんも考え直してくださいよ!
「ええ、まぁ冗談ですし」
………おい。
「そうか、ならば後にとっておくとしよう」
朱音は元の席に戻って、再びちょこんと座った。
「うふふふ、そこまで拒否されなくても良いのでは?」
「………女王さん?」
「はいっ、ごめんなさい」
笑顔で、実に楽しそうに言った女王さん。
……この人…。
「でも、先ほどの感じでは全然嫌ではなさそうですね」
「むろんである。りくはわたしのおもいびとぞ」
ビシッと、指を女王に突きつけて宣言する朱音。
将来後悔するぞ。君ぐらいの年の子は年上への憧れと恋を勘違いするんだから。
「なら、問題なさそうですね。陸さん、しっかりコントロールしてくださいね」
「航空支援だ」
「はい…、分かりました…」
あぁ、しかし無駄なところで疲れた…。
「それでは最後に……白夜」
「…何?」
「フキゲンそうね。何があったのかしら」
「………何よそれっ!!」
女王に向かい、白夜が牙をむいて叫んだ。
「…まさか、忘れたわけじゃ……ッ!」
そこまで言いかけて、白夜は黙ってうつむく。
一体何があったって言うんだ?
「……白夜、あなたは引き続き陸さんのパートナーとしてサポートするのです。良いですね?」
「………分かってる」
不服そうに、そう呟いた。
「……それでは皆さん。今日はもう遅いですから、此処までにしましょう」
「……じゃあ、家に帰っても?」
俺が尋ねると、女王はワケが分からないといった風に首をかしげた。
「はい? 何を言っているんですか?」
「………と、言いますと?」
「明日からスグ作戦に参加してもらいますよ。だから、今夜はこのキャンプでお泊りです♪」
女王が、そんなことを言いやがった。
「………は?」
「………へ?」
あっけに取られる俺と花梨。
旭は当然といった感じで頷いているし、白夜は全然動じる様子もなく、朱音は家に帰ろうがここに居ようが結局今までと違うのだから関係ない。
「…あぁ、そうなるのね」
俺は盛大にため息をついた。
……今度家に帰れるのはいつになるのやら。
「ベッドは全員分用意しています。もちろんお風呂や夕食もございますので所定の場所へお越しくださいませ」
「あ、はい」
案内役の人に連れられて、俺達は沢山あるテントのうちの一つに入った。
「単純にベッドが五個並んでるだけか」
「でもふかふかだから許す!」
白夜が早速飛び跳ねだした。埃が舞うだろ止めろ。
「突然来たのに、ベッドが空いていて幸運だったな陸」
旭が一つに腰掛けて、俺に言った。
「どういうことだ?」
「此処は一応戦術的拠点だ。いろんな奴が居たり居なかったりする。だから運が悪いと何人も地面で寝る羽目になる」
「…なるほどな。つまり今日は人が少ない日だったってワケか」
「ああ、もちろん花梨と陸に関しては重要人物だから、他の奴を追い出してもベッドを明け渡すだろうけど……」
俺に目配せする旭。そうだよお前の思う通りだ。
「そんなことはしねぇよ。家ではもう硬い床で寝るのが定番になってきてるからな。誰かさんのせいで」
「だ、誰かさんて誰のことだ!」
お前以外誰が居るんだこのちんちくりん。
「ベッドで一緒に寝ればいいじゃんて」
旭に俺のパンチがめり込んだ。
「酷い、酷すぎる…」
「えっちえっちえっちえっち」
倒れた旭に白夜が追い討ちをかけた。ぐおおおおとダメージを受ける旭。このロリコンめが。
「花梨ちゃん! 手伝って!」
「え?え?え?」
「早く!」
「あ、えっと……このろくでなし?」
「ぐはぁぁぁぁぁ!」
なにやってんだか。
女子二人に罵詈雑言を吐かれ続けている男一人という傍からは目を背けられるような光景を俺はベッドに腰掛けて眺める。
「にぎやかだな」
そんな様子をみて、朱音が言った。
「前の仲間と比べて、どうだ?」
「今日一日では分からぬ」
そんな調子で、幼女はベッドにねっころがった。
……なんで俺の座っているベッドなんだ?
「む、なにか問題があるだろうか? 単純に話すのに近いほうが楽だからな」
ああ、そういうこと。
さっきのことがあるから、どうも身構えてしまう。
…うーむ。
「りくは、戦うのか?」
「……どうした、急に」
朱音が真剣な表情で伺ってきた。
「詳しくは分からぬが、今日の戦いを見る限り、お前はとても真剣に戦いに望んでいる。そこまで出来るのかと、思うほどに頭が切れるし、動きも早かった」
「そりゃ、精霊、白夜がリンクしているからだ」
俺個人の能力なんてたかが知れてる。それよりも白夜の体力強化と、単純に運が良かっただけの話だろう。
「しかし、いくら能力が上がっても、戦う意志が無ければ弱い」
「…まぁ」
「なぜお前は戦う意志を持つのか。疑問だ」
「私は、世話してくれたなかまのために戦ってきた。これからも、そうだ。おまえはどうだ? なんのために戦う」
……俺は。
「さぁ、分からんな」
「分からん?」
「なんてか……ちょっと前まで、要は初めて巻き込まれたときは、もちろん抵抗したし、嫌だった。だけど、今日も戦って、人を殺したりしたら、もうどうでも良くなった」
自分でも良く分からない。
「今日、花梨が腕を焼かれた。そのときは自分の力不足を嘆いた。俺がもっとしっかりやれば、傷つけるはず無かった。旭が君に撃たれたときも、絶対助けなきゃって思った。もう無我夢中で追いかけてくる敵を倒して……」
「……その敵は、私の仲間だがな」
「…それを言わないでくれよ」
「冗談だ。気にするな。……それで?」
「それから旭と花梨を助けるためにSAを閉じようと奮闘して、途中で君とも戦ったな」
「うん。そうだった。まさかあの位置で避けるとは思いもしなかったぞ」
「そうだな。俺も君みたいなちびっ子だとは思わなかった」
「だれがちびか、こら」
「おっと悪い。可愛い女の子とは思わなかった」
「……っ」
「だから、殺せなかった。敵だとしても絶対に」
「そうか……」
甘いんだろうか? いや、それでいいはずだ。
俺がどうしようと、俺の勝手のはずだから。
「だから、これからまだ戦いがあるとしたら、俺は引かない。旭も花梨も、ほんのちょっとの間に大事な仲間になってるからな。もちろん、お前も」
「…私が?」
「そう。せっかく助けたのに、ほかの奴にやられちまったら意味ないし、それに一度でも話した相手が、次会ったら死体だったら気分悪いだろ?」
「…そうだな。たしかに、そうだ」
「だから、俺に出来るなら、やるだけのことはやる。それでダメだったらそこまでってこと。出来ることは最大限やって、やるだけやって終ってやる。どうせこのまま「ホワイトオウル」とやらが負けたら世界はナイトホークの強行思想に塗りつぶされるんだからな」
「…そんなものだろうか?」
「そんなもんだろ」
一応、予言では俺達が勝つらしいし。命の保障はついたからな。
「だからさ、朱音」
「む?」
「頼りにしてるぜ」
ただ飯分は働くんだよな?
「任せておくがよい。りくにはゆびいっぽんふれさせぬぞ」
「うん、頼んだ」
ついさっきまで敵同士だった少女と、奇妙な結託ができた。
「みなさ~ん、食事の用意が出来ました~……」
テントの垂れ幕を押しのけて、先ほどの案内役の人が入ってきた。
そして
「うわぁぁぁあ!?」
「な、なによ」
「なんですかぁ…?」
「………(満身創痍)」
ボロボロにされた旭と、息を荒げる白夜と花梨にとてつもなく驚いた。
「……はためーわくなれんちゅうだな」
「…やれやれ」
俺は軽くため息をついた。
「だ、大丈夫ですか?」
案内役の人(女性)が旭を抱き起こした。ベッドからずり落ちた形で倒れていれば、そりゃ驚くだろうな。
「だ、大丈夫です…ちょっとメンタル的にダメージ受けて、別の世界に目覚めそうになっただけですから…」
「え、え? あ、そ、そうですか? ?」
困ってるだろ、やめろ変態が。
「放っておいて良いですよ。すぐ回復しますから。それでご飯でしたっけ?」
「え、ああ、はい」
白夜が旭に見向きもせずテントから出て行った。
「そ、それでは」
「え?」
白夜を追いかける形で花梨も出て行った。
「………ふむ」
「俺らも行くか」
「そうするとしよう」
朱音と俺もベッドから立ち上がる。
「ベッドに横にしておけば、後から来ます。心配要りません」
「しかし……」
「大丈夫です。背中から7.62弾丸で3発撃たれても死なない男ですから」
「…分かりました…」
「めしはどこだー!」
「はい、こちらです」
そして俺達は、旭をおいてテントから出た。
「こちらでございます」
「おお…」
「ふむ」
案内されたのは、広場の中央、長テーブルと長イスが並べられ、テーブルの上には巨大なオードブルが乗っかっていた。
「豪勢ですね」
「えぇ、皆さんよく食べますから」
「りく、にく!りくにく!」
朱音が興奮して訳分からんことになってる!?
「俺は肉じゃない。とにかく、落ち着け」
「ふあっ、落ち着け私…落ち着け……」
俺は朱音を引っ張って、あいている席…つまりは白夜と花梨の隣に座った。
「あ、陸くん」
「いらっしゃい陸」
花梨は細々と、白夜はなだれのように食べていた。
「……お前、食うの速過ぎだろ…」
「今日は一段とおなかが空いたからね!」
「…さいですか」
俺はとりあえず鶏肉に手を伸ばそうとして……。
「そういや、フォークとかスプーンとか、その類のものが無いな…」
周りを見ても、皆素手で食べている。まぁ素手で食べられそうなものばかりだけど。
「そういう習慣なんじゃないかな…?」
花梨が言った。うーん、ていうか此処国何処だ?
「日本語で話していたから日本だと思うけど……。言われてみれば日本にこんな大きな森があったっけ…?」
「どうだろ……まぁ良いか、頂きます」
「は、いただきますをわすれた!わたしとしたことが!」
「朱音、もう気にしなくていいからな」
「……そうか、ふむ」
では、一口。……ああ、美味い。
ちら、と辺りを見渡す。
みな、楽しそうだった。おいおい、ここは戦闘員の集まる場所じゃなかったのか?こんなに平和な雰囲気で良いのか。
なんて、愚問であった。
こういうときに楽しまなければ、むしろ損なのかも知れない。白夜も、花梨も、朱音も笑顔だしな。
今日は、何か色々あったなぁ……。
しみじみと、過去を振り返るにはまだ俺は若いはずなのにな。
まぁ良い、問題は明日からだ。
絶対に生き残るし、絶対に誰も殺させない。
「お前ら! 俺を置いておくとは一体どういうつもりだ!?」
「あ、旭。おはよう」