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その4「計画の第一歩」

目の前の男はホモではないと言っていた。

ならばそういう意味ではない。それが嘘じゃなければ、ほぼ間違いなく。

だから、俺の一言目は既に決定されている。

「お前、何言ってんだ?」

 これ以上ないってほどの、疑問。

 旭の放った一言は、どう考えても正気の沙汰ではない。この既に正気の沙汰ではない空間の中ですら、異常であると認識できるレベル。

 だが旭は全く動じない。

「どうやら陸、てめぇの頭の中ではとんでも無い大騒ぎになっているようだな」

「いや、だって、俺を手に入れるためって…」

 頭沸いちまったんじゃないだろうな。

 俺がそういうと、旭はいやーな顔で馬鹿かと呟いた。

「実を言うとな、お前には俺のことを何一つ教えてない」

 旭のことを?

「いや、色々知ってると思うぞ、お前は近接戦闘が強くて、人の脳内を読んだり、ストーカーしたり人のうちに勝手に入ったり、そういう犯罪に応用できそうなスキルが飛んでもなく卓越した人間で。尚且つとんでもない変態って」

「……あのなぁ」

旭は呆れた。ゆっくりとため息をついて首を横にふる。

「間違ってないだろうに」

「間違ってないかも知れないけどな。多少自覚あるし」

ならやめやがれ。

「教えてないって言うのは、何もおれ自身ではなく」

 ああ。分かっているよ。

 俺もそろそろ予想がついてきた頃だ。

「つまりは、お前が本当は何者なのかってか」

 その意志に賛同せず、だがナイトホークに所属し続ける理由。

 そのことだ。

「そうだ。それをお前に語っておかなきゃ、お前は納得しないだろう」

当たり前だ。

下手な言い逃れは許さんからな。

旭は、はいはいと面倒そうに言った。

「わーってるよ。だが、それより先にすべきことがある」

 旭は、空を指差す。そして、下を指差す。

「まずは、SAを止めなきゃならん。喧嘩と仲直り、それと説明はその後だ」

 旭は俺の見て言う。多少の不満はあるが、その言葉は間違いない。無駄は被害が出る前に、とりあえずこのエリアを平和にしよう。

俺はうなずいて、G18の安全装置をはずした。




「奴の表皮は薄い。だがそれゆえに内部の人間にダメージがいきやすい」

 それはさっき聞いた。白夜から。

「つまりは、貫通性のない弾丸でダメージを与えるべきって訳だ。そこまで分かるだろう」

「だからさっき聞いた。だから俺は花梨の魔法でトドメを刺すことにしたんだ」

 ふっと、ベッドに寝ている花梨を見る。

場所は保健室。教室棟二階に存在するそのこぎれいな部屋は、沢山の医療道具と3つのベッドでだいたいが構成されている。あとは、健康増進のポスターとか歯磨きを促進するポスターとか、そんなの。

 花梨の右肩に被弾した今は亡き高倉の魔法は、彼女の二の腕辺りに痛々しい傷を残した。 火傷か、しかしそれにしてはおぞましい傷口だ。

「人間に容赦はしないんだな」

 ミニコトって奴は、たとえ後輩だろうと、元彼女だろうと関係ないらしい。人間はただの道具にしか見ていないんだろう。ナイトホークで良かった。まだ少し。

「話を聞けよ。花梨さんがそんなに大事か」

 はっとして振り返る。旭は呆れ口調だった。

「頼むぜ?あんまり油断してっと狩られるぞ? 空中の奴は結構厄介だからな」

「どれくらい?」

「いつだかのライオンを同時に3匹相手するくらい」

ガラガラ、

 保健室のドアが開いた。

「陸!」

「お帰り白夜」

白い少女はダッシュで近づき、俺に飛びついてきた。ちょ、あぶねぇ。

「敵状視察完了だよ。やっぱりミニコトが何人か居るね」

「そうか、どうもな」

 旭が言う。その声にはかなりダークな響きがこもっていた。

「奴ら、動いたな」

「ミニコトが、か?」

 俺の質問に、旭がうなずく。

「狙いは、おそらく水月花梨」

「花梨が?」

「そうだ。言ったろ、彼女は研究対象としてかなり価値が高い。こっちにも、あっちにもな」

 そうか。そうだった。

 俺が防衛を命じられたそういうことだ。ミニコトのやつらが花梨を付け狙うから、俺は彼女を守れといわれたのか。今更、ナイトホークの奴に従うつもりはないが、花梨をミニコトに渡したらバラバラ死体にされかねない。それだけは俺の意志として許さない。止める力があるのだから、努力する意味はある。

だからとりあえず今は、旭と事態を収束させよう。話はそれからだ。

 旭には、聞きたいことがある。俺が必要だと言った、その意味を。

「俺達は死力を尽くして花梨を防衛する。良いな?」

「…俺はナイトホークの命令には従わない。あくまで自分の意思だ」

「それでいい。俺だって同じだ」

「……どこまで本当だ?」

「何処までだろうな。だが、少なくとも俺はお前と戦うつもりでいるんだぜ? そういう観点で敵ではないと思ってもらいたいとこなんだが?」

「………少なくとも、お前は俺に何かをさせようとしているのがなんとなく感じられる。そういう観点で、完全に信用する事は出来なさそうだ」

「…ぁあそうかい」

旭は諦めたように、それでもニヤニヤ笑みで言った。

「さて陸、とりあえずはまずこのふざけた世界を元に戻す。ミニコトの馬鹿をぶっ飛ばす」

「ああ、分かってるよ」

「ついでに陸、お前が言ったことにも興味があるな」

「あぁ?」

「新しい団体を作る…だっけ?」

「…現状維持主義?」

「それだ。どうするつもりだ?」

「…どうするって」

 俺は、あの時とっさに呟いただけだ。ただ単に高倉に対していった口からでまかせ。その程度のことだ。

「なんでそこまで気にするんだ?」

「別に。良いじゃんか。俺はお前に賛同したい」

 信用できるのかよ。

「間違いなく、大丈夫だ。俺は嘘はあんまりつかない。だいぶ嘘をついていたんだから、これ以上はつかない。発する言葉の嘘率をこれ以上上げる気はないしな」

「そういう言い回しが、どうも嘘臭いんだよ」

 俺は振り返って校庭の方をみる。

「さて、と」

 旭が言った。ゆっくりと、俺の横に並ぶ。

「始めるか? どういう立ち回りにするよ? 経験はともかく、知識はあるんだろう?安倉さん」

 軽く俺の肩に手を乗せる旭。

「白夜」

「へ? …あ、はい?」

 俺は白夜に声をかけ、訊ねた。

「敵の数を教えろ」

 武装と、優秀な兵士が横に一人。

 有効な戦術など、いくらでも組める。旭風に言おう。「俺の戦術構成舐めんなよ」

特に、変な宗教におぼれた自然派なんて簡単だ。

 



 「行動開始の合図を待て」

 『おーけー』

 旭の声が空から響くように聞こえた。丁度白夜と同じような感じで。

 精霊って言うのはかなり便利だ。例えるなら何でも出来るスーパーコンピューターみたいに、様々なことが出来るらしい。飛行とか武器製作はオマケレベルの能力なのかもしれない。

 現在使用しているのは、精霊同士が通信端末となる力だ。原理はよく分からないが、精霊リンクしている人間どうしの遠距離会話を可能にする、いわば携帯電話か無線機みたいなことが出来る。

 何がすごいって、どんなに小声でも確実に相手に届くところ。そして他人には絶対聞こえないところ。米軍の最新無線機より圧倒的に性能が良い。

 俺は体育館の屋根の上にうつ伏せになって、狙撃銃M40A1を構えている。これはボルトアクション方式で撃つたびに手動での装填が必要だが、7.62NATO弾を使用し、性能と信頼性が高い。もちろん俺チョイス。

 と、今はそんな事はどうでも良い。俺はM40のスコープを覗いた。

 自分のいる体育館。そこから校庭の校舎側に沿ってずーっと行くと、校門が見える。

 そこに、四人の人影。

『ターゲット発見』

 白夜が俺の頭の中に告げた。

「…あいつらか」

ぼそっと、呟く。

 俺達より明らかに年上の男が四人。一人は白いワイシャツにスラックス。おそらく高校生くらいだろうか。だがタバコを吸っていて、右手には装飾のついた棒が一本。二人目はラフな格好でだぼだぼのズボンをはいている。間違いなく不良だ。手はポケットの中だが、ふくらみが明らかな兵器の存在を予感させる。三人目はブーツに良く分からないちゃらちゃらした服装をした男。武装はなんだろう? 確認できないが腰に何かを装着しているのは分かった。

 そして最後の一人、彼は背中に巨大なライフル銃を背負った大柄な男。目はぎらぎらとしていて自己アピールの多い派手な服を着ているが…。

「関係ねぇな」

出来るだけ、恐ろしげに言ってみた。

「旭、こちら対象を確認した」

「了解。そっちのタイミングでどうぞ」

 旭に一報入れて、即座に狙いを定める。対象はきまっている。

 一人は金属棒、もう一人はポケットに納まる程度。もう一人は分からないが、おそらくそれほど大型ではないから遠距離系の武器じゃない。

 だとするならば。

 十字の赤い照準がライフルを持った男に定まる。SAに風はない。そもそも、微調整が必要な距離ではない。

「さようなら、名前も知らないひと」

『ぐっばい!』

俺は引き金を絞った。

ぱしゅっ、と気の抜けたような音が俺の耳に入り、反動で銃が少し跳ね上がる。消音装置によって打ち消された銃声は確実に相手の耳に届かない。届いたところで、音より弾丸のほうが速度は上だ。すなわち。

ライフルを持った男の首から上が爆ぜた。脳を失ったからだがゆっくりと背中側に倒れる。

周りの男達がそれを目撃し、その場から散る前に、

ミサイルでも落ちたんじゃないかと思うくらいの大爆発が、彼らの足元で起きた。ミニコト連中の体は空へと打ち上げられ、爆発による地上の穴の周りに落ちた。

C4爆弾の威力は本などで知っていたが、なるほどこれは凄い。

「成功したぞ。奴ら生きているか?」

 C4を起爆させた本人から通信が入った。 俺はスコープを覗いて確認する。

 三人の爆破犠牲者を順番に見つける。「一人目。棒の奴、四肢が散乱しているのでおそらく死亡。もしくはその寸前。二人目。不良みたいな奴。あ、腰から下だけ見つけた。あとは何処かへ消えたみたいだな。よって死亡。三人目…。動いている」

「殺れ」

「OK」

俺は狙いを定めて、引き金を引く。 動いていた人間が停止した。

「エリアクリア」

「了解」

 旭が楽しそうに言った。こっちは死体で吐き気が…うぷ。

 スナイパーライフルを背中に背負う。右腰についたホルスターからグロック18Cを抜いて、通常弾倉を抜き、多弾倉に差し替えた。

「次だ陸」

「はいはい」

俺はその場から立ち上がって、屋上からジャンプした。体が風を物凄い勢いで切る。だが、いつぞやの空中飛行に比べれば全然マシだし、リンクしているとその程度のことでは体が拒否反応を起さない。

 難なく、俺は校舎の前に、職員玄関の前に着地した。

「ナイスキルだったな陸」

 振り向くと旭が居た。職員玄関の影に隠れていたらしい。左手に持っていたC4起爆スイッチを放りなげて鯉のいる池に落とした。

「そっちこそ…。あと二人か」

「あぁ、さっき裏門から入って来てた。多分今の爆音であの起爆地点まで移動するだろうよ」

 なるほどな。相手の力量がわからない以上、正面からの戦闘は避けたいところだ。


 旭が俺の肩を叩く。

「こっちだ」

俺はうなづいて、旭の後につづいた。




校舎の中に入り、一階を走り抜ける。一階には特に何もない。いつ使うか分からない空き教室ばかりだ。

そんな教室たちには目もくれず、俺達はただ廊下を走りつづける。

「裏に回りこむ?」

「そうするべきだと俺は思う」

旭は自信たっぷりに言った。

今判明している残りの敵は計二人。先ほど校門から真っ直ぐ入ってきた奴らとは別行動していたグループだ。

 俺の手元には、白夜によって制作された熱探知レーダーのモニターがある。こいつに映っている限りでは、どうやら校舎裏から侵入し、C4の爆発によってそちらに状況確認すべく移動中らしい。確実な情報ではないが、おそらく相手はまだこちらの位置を把握していないようだ。

「校舎の中を抜けて裏門に回ればバックアタックは余裕だ。そうすりゃ反撃の暇を与えずに相手を全滅させられる。その後、花梨さんの回復を待ってからこのSAの発生源を叩けばいい」

旭は珍しく真面目な声でそう言った。

背後をとるのはかなり有効だ。相手の視界に入る前に攻撃できるし、先に攻撃できれば、相手が反撃する前に全滅させることも不可能ではない。

が、そんなに上手くいくだろうか。

「信用しろ。 俺の勘じゃ間違いなくうまくいく」

「個人的には、ずっと狙撃で張り込んでいたいんだけど…」

 俺は愚痴る。狙撃は俺の性に合ってるのかも。走らなくて済むし。それにもし奇襲に失敗した場合、クリーチャー共を従えている奴らが圧倒的に有利だ。

 メリットもあるが、それを否定するくらいのデメリットは十分に存在している。

 それに、だ。

「あくまでまだ『気付かれていないと思われる』だけで、気付かれてないと確信は出来ないんだぞ? 裏打ちしようとして逆に待ち伏せされたら蜂の巣はこっちだ」

 相手の裏をとる戦法は、速度を求めるが故に警戒がおろそかになりやすい。いくら精霊とリンクした俺達だとしても、体が壊されれば生きてはいけない。

「任せとけよ。問題なく仕事を終らせてやるからさ」

 旭は自信満々に言って、両手にMk23を構えた。大丈夫だろうか。

「分かったよ。じゃあお前に任せる。 俺はお前の後ろで待機するから、もし裏打ちを見抜かれてたらスグにもどれ」

「あいあい…。くくくっ」

旭が笑った。なんだ急に。

俺が言うと、ゆっくりと手を俺の肩にぶつける。は?へ?

「なんてか、お前が積極的に戦闘に参加してるのがおかしくてな」

「……なんだそりゃ」

 俺だってやるときゃやるんだよ。

「いや、否定的だったじゃんか。戦いたくねぇとか、命を無駄にするようなもんだとか思ってたんじゃなかったのか?」

 …。

 それは、そうだ。

 だけど、なんというか。事情が変わった。ナイトホークってやつも、キチガイ連中らしいし、ミニコトもミニコトで馬鹿にしたこと考えてやがるし。

 そんなことはどうでもいいって、思えないんだ。

 キチガイ同士が争ってて、どちらもバケモノみたいな力を持ってて、それでいてそのどちらかが気付かないうちに世界を変えることになるんだぜ?

 俺はどっちも認めたくないんだ。人間だけも自然だけも、どっちも間違いだろ? 普通に考えれば分かるはずだろうが。極論過ぎるんだよ。

 俺に、それを止めるチャンスがあるなら、弟や妹、伯父さん伯母さんのためにもやってみようとは思えるようになってきたんだ。

 俺は生き残るために戦うしかない。じゃないと死ぬとまで言われたらやるしかない。そして、同じような境遇の花梨。彼女は他人の気がしない。いきなりヘンテコ世界に入門して、そのまま元彼に撃たれるとか、可哀相とかそんなレベルじゃない。

 確かに無理矢理巻き込まれたわけだけども。

 でも…。

 ……あー。

「なんてか…」

 そこまで言っておいて、なんなんだけど。

「自分でもこんがらがってきた。なんだろ俺何が言いたいんだ?」

 自分でも理解が追いつかない。けどなぜか、なぜかやらなきゃいけない気がしてならない。変な感じだ。

くくくっと耳に障る笑い声が耳に入った。

「良いね。そういう戦士は見ていて気味が良い」

 旭が言った。そんな感想かよ。てか戦士て。

「良いんだよそれで、こっちとしては、お前がやる気になってくれればなんでもいいし。それに少なくとも、やる気になった原因が何か存在しているってことだ。分からなくても、納得できてるならそれで良いんじゃないか?」

 それは、そう……。なのか?

 俺は頭を抱えて今すぐ唸って唸って結論というか纏めた答えを出してみたかったが、今は、そんな状況じゃないんだ。

「てか、話している暇あったのかよ?」

 俺がそう尋ねると、旭はにやりと、

「ああ、丁度今目の前あたりに接近してる。あっちも警戒はしてゆっくり動いているみたいだからな」

 旭が指を刺す。俺達の目の前にあるドア。すなわち裏門に続く勝手口みたいな扉。その窓から見える校舎の外壁の角から、二人の男が現れた。

 両方が両方とも、黒ずくめの男二人。両手には、サブマシンガン(イングラムM10)が握られている。サングラスがあったらマトリックスとか連想できるような男達だった。こちら側を注視するようなそぶりはない。まだ気付かれていないようだ。

 旭がMK23の安全装置を、カチリ、はずした。

「……。万が一失敗したらサポートを頼む」

 ニヤリとした笑みで言う。随分勝手じゃないか。

 まぁ、コイツが失敗する姿なんて想像も出来ないから問題ないとは思うけど。

「………期待してるぞ」

「俺のセリフだ」

旭が、静かに行動を開始した。俺は窓際に寄って体勢を低くし、旭の行動を見守る。

敵さんが移動中。現在曇りガラスごしに動きが見える。旭はそれに合わせてゆっくりと動く。少しづつ、距離を詰めていく。

そして、

ミニコトの二人が、ドアに完全に背を向けた。

「今だ」

 誰にでもなく、俺は呟いた。精霊のリンクシステム(?)により、その音声が旭の耳に放送される。

 旭がドアから飛び出す。音に気付いた男二人が慌てて後ろに振り向く。

が、遅い。確実に遅い。

 旭の両手の拳銃がミニコトの頭を捕らえて、

 引き金を引き絞っ旭の体から鮮血が噴出した。


「は?」

思わず、そんな声が漏れる。旭の表情も凍り付いている。

何が起きたのか、まったく理解できなかった。

情景が、スローモーションのように流れていく。散った鮮血が、空中に浮いたような錯覚を覚える。

旭の体の影から、見える人間が二人、こちらを振り向いて、

その口元が静かに。


笑った。


旭の体がゆっくりと傾いて、

地面に、たお、

「旭!」

咄嗟に、俺は叫んだ。

目の前で旭はやられた。それだけで理由には十分すぎる。

だが、俺は直後に後悔する。

歩いていた二人組みの目線が、俺に向いた。その腕に握られた銃口が、俺を指した。

まずい。

その感覚だけだった。俺はとっさに体を曲げて、ばねみたいに相手の死角へ、ドアから離れて飛び込んだ。

直後。

ダラララララララララララララッ!

遠慮容赦ない銃声が見慣れた校舎に響いた。ミニコトの手元から放たれた45口径がさきほどまで俺がいた辺りの床、壁、天井をえぐってゆく。

間一髪。精霊リンクによる身体能力の向上が無ければ不可能だっただろう。おそらく考えるまでもなく蜂の巣だったはずだ。

「白夜ッ!」

『はいひっ!?』

「放心してる場合じゃないっ!」

 予想通り、唖然としていたらしい白夜に声をかける(精神の中だが)。目の前で仲間が血まみれにされたんだから無理も無いけど。

 ぶっちゃけ俺だって気が動転しそうだが、そんなことしてたら俺も同じ目に遭いかねない。高倉のときは旭が助けてくれた。今度は俺の番だ。

 俺は右腰から円筒形の閃光手榴弾をレバーごと掴み、ピンを抜いた。

「旭!」

『…う?』

 精霊の通信、旭の小さな声が聞こえた。どう考えても、浅い傷じゃない。すぐに助けださなければ死も近いだろう。

 手段を選んでいる場合ではない。多少旭に負担がかかるが、

「目を閉じろ!耳を塞げ!」

 それを行う程度のガッツと体力が旭に残っていることを祈りつつ、

「フラッシュバン!」

 右手に握る手榴弾を隠れている角から放り投げ、自身も目を閉じて耳を塞いだ。

耳鳴りの音量を2000倍以上大きくしたような高音が響いた。耳を塞いでも隙間から漏れる音だけでそうとう煩い。

 閃光手榴弾は超高音の破裂音と超高光度の閃光を撒き散らす、攻撃ではなく相手の行動を阻害する目的の武器だ。撤退する時の時間稼ぎや室内に居る敵の制圧(ダイナミックエントリー)などに使うのがほとんど。

 今回は、旭を逃がす時間稼ぎ。

俺は目を開けて角から飛び出す。まだ少し耳に音が残っているが構ってられるか。

ミニコトは分かりやすく物陰に隠れている。効果あり、俺に気付いていないようだ。至近距離であれば、目を閉じたり耳を塞いだりしても効果を受ける。

本当は撃ち殺してやりたいが…。生憎今は銃を握れん。

倒れている旭を少し強引に担ぎ上げて、一気に駆ける。来た道を戻り、廊下から階段を登って二階まで走りぬけた。

「…り、く」

「大丈夫だ。気をしっかり持てッ!」

適当な教室に入り、床に旭を寝かせて傷を見る。

そして、驚いた。

右肩から胴体にかけて傷跡が続いている…?

俺は白夜が作った応急処置セットで手当てをしながら、思考をめぐらす。

どうやら、あの一瞬で少なくとも5発以上の弾丸を喰らったらしい。つまり、狙撃じゃない? 反動制御のことを考えれば、遠距離からそれほどの弾数を撃ち込めるわけが…。

「りく…」

旭が、弱弱しく、手を動かした。

ん?

指先が、天井を指差した。

「うえ…だ」

 うえ? 上?

 といっても、天井には何もない。つまり、空か?

俺は旭の傍を離れて、窓から外を見た。

直後、

ひゅん。

目の前を、黒い何かが掠めた。左から俺の鼻先をえぐるかのように、そしてそれが窓のふちに当たって、止まった。

「狙撃!?」

あともう少し体を乗り出していたら喰らっていただろう。俺は体を引っ込めて、左の空を見上げる。

「!」

空を飛ぶ大鴉。

それが旋回する上に、

 見えた。小さく黒い影。

「お前かッ!!」

 ホルスターからG18を抜いて撃った。ピストル弾では意味が無いのは分かっているが、取り合えず怒りを表現する。

 梟だった。

 発生源である大鴉の上に、それよりふた周りほど小さな梟が隠れて飛んでいた。その背に人間が一人乗って、二脚のついた機関銃を持っていた。

 独特のフラッシュハイダー形状から予想して、おそらくMG3。チェーンソーという異名がつく大型のマシンガン。異名の由来は連射が早すぎて発砲音がつながって聞こえ、それが布を引き裂くような音を連想させるから。

 アレなら、一瞬で5発の弾丸が命中したのもうなずける。僅かの時間だけ照準が合えば、 それだけで致死量の攻撃を与えられる。

 それに、梟だ。

高倉が言ったセリフ。動物の持つ能力を最大まで引き上げる。

 梟は音もなく滑空するという話を聞いたことがある。それがクリーチャー化されて強化されているとすれば、おそらく。

 無音飛行としか考えられない。

 だとすると、旭が突撃したとき、背後にアイツが居て、旭は撃たれた。

 なんてこった。一人見えない位置に隠れていたんだ。それで俺達は、人数計算を誤った。

 しかし、考えても見ろ。もし俺の姿がアイツに確認されていたら? ドアに隠れていたとはいえ、MG3の使用弾薬は7.62m。アルミのドアなんざ突き破って俺の命を奪うなんて朝飯前だ。

 つまり…。

「なんてこった…」

 この状況ですら、まだ幸運らしい。俺は命拾いした。そういうこと。

『陸…。大丈夫?』

「平気。気分だけは」

 精神的にはかなり参っているけど。

俺は旭の方を見る。

「…なん、だよ?」

「平気そうだな。割と」

 嘘言った。止血はしたが、それでも急がなければ危険だ。だが、相手は三人。こっちは俺一人だ。焦ってやられたら元も子もあるまい。

 こういうときに冷静になれるかなれないかが、勝敗と生死を別つ。何かのミリタリーブックで読んだぞ。信じてやる感謝しろ。

「…俺の…、精神力、舐めんなよって…」

「…あぁ。だから、死ぬなよな」

 こっ、こっ。

「…!」

 足音?

「きたか?」

 旭が、言った。

「…おれは、いい。お前だけでも生きろ」

「何カッコつけてんだか。花梨だって守らなきゃならないのにさ」

 花梨はまだ見つかってないハズだ。彼女のいる保健室は俺たちの部屋の先。まずここの前を通らなきゃ、窓ガラスを突き破ったりでもしない限り入れない。

 やるしかないな。

 面倒なことに巻き込みやがってよ。

「旭、一つ聞かせてくれ」

「あ?」

「SAを閉じたら、俺達やミニコトはどうなる?」

 旭の傷は、まともに考えて助からない。たとえ今すぐSAを閉じたとしても、病院で処置を受けるには、精霊とのリンクがあっても不可能に近いし、処理を受けたところで助かるものでも無さそうだ。

 だが、旭の目には絶望の影がない。

 すると、また俺の憶測だが。

「SAでの死は現実では消滅だった。つまりSAと現実での状態には何らかの齟齬がある…いや、齟齬ではなく、SA 内で重要なのは生きているのか死んでいるのか」

「…なにが、聞きたい?」

旭が搾り出すような声を出した。

「…こっちでいくら怪我をしても、生存している限り向こうでは問題ないんじゃないのか? さっきミニコトをC4で 吹っ飛ばしたとき、どう考えても助かるはずのない相手を、はっきり殺せといったのはそのせいだろ? お前なら、弾の無駄だとか言って止めそうなのに」

「…良い勘、してるじゃねーか…」

旭が笑った。力なく。つまりそういうことか。

 俺がSAを閉じることが出来れば、旭も、花梨も助かる。 だが、ミニコトを残したままSAを閉じれば、現実世界であいつらとやりあうことになる。もちろん相手も手が出せないだろうが、銃器無しで花梨を守れるかといえばNOだろう。そして、あいつ等がSAを閉じさせてくれるとは思えない。

 つまり。

「俺にミニコトを殲滅して、それからSAを閉じろと?」

 だとすると、かなり無理ゲーだ。

「…そういうことになる。もちろん、俺と花梨を見捨てるなら…べつ、だが?」

『陸ッ!』

「やらねーようるせーな」

 そこまで非道でも冷酷でも恩知らずでもねーよ。

「やるだけやってやる。逃げるなら後でも良い」

 そもそも、俺が苦労してるのは寄生された子供を殺したくないって理由で此処まで来たからだ。

 それで最後に自分勝手になったらただの馬鹿だろ?

がらがらがら。

「ッ!」

 隣の教室のドアが開けられたらしい。おそらく順番に探っているから、次は此処だ。

「…来るぞ陸」

旭が言った。俺は旭の目を見て、笑う。

「変な顔…」

「お前の得意げなにやけを真似したんだよ」

 俺にはそんな顔似合わないか?

『陸は普段からイケてるから大丈夫』

 ちんちくりんに言われてもな。

『な、なにおー!』

「さぁて、白夜。時間が無い。あるものを作ってもらいたいんだが」

右手を前に出して、出現したP90を構えた。





がらがらがら。

 ドアが開いた。

「……」

ミニコトの二人が、教室に入ってくる。

 まずあいつ等の目に飛び込んでくるのは、

「…う」

「…!」

旭だ。教卓の脇に横になった旭が呻いているのが見えたはず。

無論。生きている。

だとすれば?

「…」

ミニコトが両手に持ったサブマシンガンが、ゆっくりと上げられて、

 その照準が、旭に重なる。

「死ね」

 その引き金が、引かれ…。

ぽんっ

気の抜ける音が、ミニコトの耳の入った。

 とっさに、そちらを向く、が。

 時すでに遅し。

 旭に目を取られ、警戒を失うのは計算済みだ。

 ましてやただでさえ暗いSA。その中の教室であればなおのこと。

 教室の後方に設置されているものに一瞬でも気がつかなければ。

 それは襲いかかる。

 ミニコトの足元で爆発が起きた。

 射出されたグレネードが爆ぜたのだ。その辺りには、赤い光点。

 グレネードランチャーが装備されたセントリーガンから発射されたレーザーサイトの光がゆっくり動き、

 倒れて呻くミニコトの体に合わさる。

 ぽん。

 二発目。再び爆発。その後も三、四と連射されて確実に相手の息の根を止めていく。

「……よく思いつくよな」

 旭はその様子をみて、呟いた。




『セントリーガンは上手く働いてくれたよ!』

「ああ、そうだな」

 俺は旭の寝ている教室の端、丁度ミニコトが入ってきたドアから対角線上の角に伏せていた。緊急時用にP90を構えていたのだが、杞憂だったようだ。

 あくまで妄想で作った武器が機能してくれた。信用はしてたけど、上手く行ったのは喜ばしい。

とりあえず落ち着いたところで、セントリーガンの解説でもしようか。

セントリーガン。固定式無人射撃装置とでも書けばなんとなく分かってもらえるかな?敵と識別した相手に対して自動で照準合わせと射撃を行ってくれる機械だ。まだ開発段階の兵器で、アメリカとかが拠点防衛装置として検討しているらしい話を聞く。いうなれば未来の武器だったんだけどね。

『だから言ったでしょ? 私はイメージさえしてくれればある程度否現実的な兵器でも作れるんだよ。死角はない!』

 ある程度?

『うるさいなぁ』

ぶーぶーと分かり易く非難する白夜。まぁあんまりふざけた武器でも困るしね。

「さて」

 セントリーガンが機能している限り、旭の元に辿りつくものは居ないだろう。俺と旭本人。それと花梨、白夜、黒夜の顔はインプットされているから味方と判断(白夜談)するらしいから誤射の危険性はあるまいて。

 それより、だ。

 俺は窓際に寄り、ゆっくりと空を見上げる。

 例の発生源。大鴉は我が物顔で空をゆっくり旋回している。見れば見るほど腹立つ。

そして、その脇に小さな影。

「……やれやれ」

 梟はまだそこにいた。上に乗っている敵さんもまだ健在だろう。

「さて、どうするかな」

『狙撃しかないんじゃ?』

 俺もそれは考えたが…。

 冷静に冷静に。

 俺は手に持つP‐90を見た。

「正直さ」

『うむ?』

「当てられる気がしないんだよな」

 下にいる敵は全員殲滅したはず。狙撃に意識を集中することは容易いだろう。

 が、狙撃だ。

 空中に飛んでいる大鴉や梟まで何メートルあるだろうか? 先ほど俺が行った歩く人間に対する狙撃とはわけが違うのだ。そうそう簡単に行くとは考えられない。 そして空に羽ばたく大きな怪鳥が起す風はどれほどのもの? つまりは、狙いを定めても、着弾前に相手が動いてしまう上に風のせいで弾丸が流されてしまうかも知れない。

 プロのスナイパーだって外すことがあるらしい。いくら身体能力を上げても、狙いをつけ引き金を引くのは俺に変わりない。

 当てられるのか?

 俺の頭にはそれだけ残っている。それにもう一つ。常に下を狙っている鳥の目から逃れて空を狙う隙があるかどうかも妖しいのだ。

 狙撃で終らすのは、かなりきっつい。

 うーむ。

『何か浮かんだ?』

「全然」

 窓際から離れる。

『陸?』

「旭の様子見と、長い間相手に見える可能性のある位置にいる利点が今のところない」

そう言って、旭の傍にいってしゃがむ。

「作戦は、上手くいったな」

「ああ。後は上の奴。おまえの敵だけだ」

 今のところ攻略の道筋がたたないけどな。

 俺はため息をついて、P‐90を床に置いた。

「早くしないと、俺も死ぬぞ?」

「分かってる」

 そうは言っても、旭氏全然元気やん。とか言わない。

 声は聞こえないが、間違いなくリンクしているだろう黒夜のお陰で旭がなんとか平静を装っていられるのだろうからな。

 実際、応急処置をして少量になったとはいえ、出血が完全に止まっているわけではない。

 あれこれ考えている暇はないが、あれこれ考えなければ勝てない。

 あぁ、まったく。参ったもんだ。

『陸』

「あん?」

 白夜の声に、俺は反応する。

『ずっと違和感があったんだけどさ』

「なんだよ」

『相手の狙いってなんなんだろう?』

「は?」

 それは、さっき話をしたはずだ。

「花梨、だろ? あいつらにとって研究対象だから、バラバラ死体にでもしてじっくり観察したいってことじゃないのか?」

 少なくとも、俺はさっき旭からもそう聞いたんだが。

 旭は、軽く、うなずく。また少し顔色が悪くなってきている気がする。

『でもさ、変なんだよ』

「何が」

『だって、花梨さんは保健室にいるんだよ?』

「そうだけど」

『なんで上にいる奴は窓から中を確認しないんだろう?』

 ん?

『私達は、少なくとも旭は敵に発見されて、襲撃を受けた。私達は花梨を守るわけだから、攻撃に出た旭と共に花梨がいるわけがないってことは相手だって理解しているよね? だったら、普通は教室中を回るもんでしょ? 教室は全部大きく窓がついているんだから、上空から少し高度を落せばすぐ見つかるって気付かない?』

 そう…だけど。

 言われてみれば、という感じだ。重要な者である花梨が少年兵二人に守られている状況なんて相手からすればベリーベリーラッキーに違いないのに。

「違う、確認できないんだ」

 旭が口を挟んだ。どういうことだ?

「俺が出る時、保健室のカーテンは閉めた。空中からじゃ中の様子は確認できないはずだ」

 なるほどな。

 やはり、旭は手が早い。SAに入るとなんでこうもキレが出て……。

 …。

 ちょっと待てよ。

「カーテンを閉めた?」

「…あ、ああ」

『陸、どうしたの?』

「…おい」

「あ?」

 待てよ。

待 っ て く れ 。

カ ー テ ン を、閉 め た ?

 俺の頭にゆっくりと、帰りのホームルームの情景が浮かび上がった。

 そうだ。そうだよ。

防犯の都合で、カーテンは帰りに、全て開け放たれて、いる。

 内部の様子が見えないと何か起きても分からない。らしいから。

 理由には少し合点が行かないが、今はそんなことどうでもいい。

 その中で、カーテンを閉めている部屋があったら?

 部屋の中を隠している部屋があったとしたら?

「……な、に?」

旭が、ゆっくりと口を開いて、悟ったらしい。

「今回のお前。冴えてなかったな」

 そんな部屋、わざわざ高度を下げるまでもなく発見できる。

 それに、敵だってチームで動いている。仲間が戦死したということはすぐさま分かるはずだ。

それなら、いつまでも空中をくるくるしている意味が無い。今すぐにでもおりてきて花梨奪取に向かうべきだ。

考えるのが先か、硝子の割れる音が、響いた。

「ッ!」

「陸ッ!」

 俺はその場から飛び出した。床に置いたP‐90を掴みあげて教室を飛び出す。

 セントリーに焼肉化されたミニコト二人を飛び越えて、保健室へと全速力で。

 考えるまでもなく、廊下を突っ走って保健室のドアを蹴りあけ、

 俺はその勢いのまま前のめりに伏せだらららららららららっ。

 扉を開けた先には、紫色の巨大梟が一匹睨みを利かせ、ついで彼の畳んだ羽を二脚代わりにしてミニコトが機関銃をこちらに向け発砲した。俺の頭の上を7、62mmの弾丸が、上手くやれば一発、下手でも3発で人間の命を奪う代物が秒間何十発という回数かつ超音速で通過する。待ち伏せなんてもちろん考慮済み、対策を打っておいて良かった。間に合うか間に合わないかは兎に角としてだけど、今回は間に合った。とりあえず。

だが、その成功を喜ぶにはまだちょっと早い。

俺の背後にあった廊下の壁を敵の放った弾丸がえぐる音がするより早く、俺は手にもった銃を、敵に向け、引き金を引き絞る。精霊の力で底上げされた能力はバカにならない。が、手先の器用さまではコントロールできないらしい。俺の感覚では上の人間を狙ったつもりだが、弾丸はバラバラに放たれ、数発が梟の胴体に当たるだけにとどまってしまった。

 が、それで問題ない。

「……動くなッ!」

 こっちの射撃にひるんだ相手は銃を引っ込めて梟の背後に隠れた。MG3という重量級の銃を瞬発的かつ的確に相手に向けるのは相当な技術と筋力が必要だ。それに対して、こちらのSMGは軽くて小さい。光学照準機をくっつけているから瞬間の照準も容易い。

 明らかに弾丸一発が保有する運動エネルギーは相手のほうがでかく、距離を置けば相手が有利。しかし至近距離なら軽くて速いほうが強いからな。

 紫の梟は、首をくるりと回して背後に隠れたであろうミニコトを見ている。俺に興味を向けないところを見るとそれほど凶暴ではないのか? いつぞやのライオンとはえらい違いだな。

 狙いを外さぬまま、おれはゆっくりと梟の後ろに回りこもうとする。そのたび、ミニコトも回って逃げる。つまりは俺とミニコトの間に常に梟が存在する状態。

「………」

 今の状況的には、有利。 が何しろ装弾無限のベルトリンクマシンガンだ。少し隙を見せて弾丸を叩きこまれたら一瞬でアウト。油断は出来ない。

 慎重に、慎重に。相手の動きをよく見て、反撃の機会を与えないようにすることを心がけつつ、回る。梟ごと撃ちぬくべきだろうか? いや、弾丸が通用しない可能性もあるし、それに半透明の弾倉から見る限り手元の武器はあと数発しか撃てない。この状況でリロードなんてバカなことしている暇がどこにあるのか。

 しかし、さっきのばら撒き撃ち(ノンエイムシューティング)でそんなに撃ったかな?軽く40発近く撃った計算になるのだが。

 と。

「ッ!」

「しまッ!」

 梟の影からミニコトがふらりと身をさらした。自分の銃の空薬莢でも踏んだか、転んだような動きだったが、とにかく姿が見えた、と俺は即座に銃をそっちに向け、

「え?」

 即座の疑問符を発した。主に驚きからくるその処理は、俺の運動能力を一瞬麻痺させる。

「ッ!」

 ミニコトが、両手で重々しい殺人用道具を俺の方に向け、と、そこで俺の麻痺解除。

 その場で前に飛んで大きな銃身を踏みつけつつ「痛ッ!」、着地。ガンと金属が床を叩く音が響いて、MG3は地に伏せた。

 ミニコトは踏みつけたときに痛めたらしい右手を押さえながら梟の影に戻ろうとして、俺の右腕につかまった。

「……お前…」

「畜生!放せ!」

俺の腕を振りほどこうとあがき、わめきたてる。が、精霊リンクの握力にかなうはずもあるまいて。

「………なんてこったよ」

 ゆっくりと、俺は首を振る。信じられんと。言いたい。

 その人間、いや少女は小学校中学年がいいところの、いわば完全な子供だった。

 少しの間少女は暴れて、抵抗の無意味に気付いたらしく大人しくなる。が、その両目は姿に似合わぬ、明確な殺意を俺に向けていた。

『なんなのこの子…』

 そんな白夜の感想はごもっともで、そもそもこの体躯でMG3を駆ることが出来るのは正直まともではない。改造人間か何かだろうか?

「何のつもりだ!」

 少女が声を荒げて、叫んだ。可愛らしい声、普通に歩いていたら無垢で純粋なただの子供にしか見えないだろう。

 だからこそ、逆に利用しやすいという考え方もあるのだろうか。言うまでもなく、既に俺の脳内からはナイトホーク=ミニコト=悪という客観性皆無の方程式が出来上がっているために、起こること全てに非人道的な裏づけ理由を脳内で捏造してしまう。

「何って、行動を封じているだけだけど、敵が目の前に居る時に君は野放しにしたりする?」と、疑問を提示。

ぐるる、と唸って、少女は再び言葉をつむぐ。

「だったら、もっと堅い紐でがんじがらめに縛るとか!何手だけで掴んでそれで捕まえたつもりなんだばーかばーか!」

 わめきたてる。ぎゃあぎゃあという形容詞が似合いすぎて面白い。というか、ただの女の子だ。わがまま放題っていう属性つきの。

「生憎そっちの趣味は無いんだよ。君と対して年も変わらないし」

「じゃあ殺せばよかろう!」

 なぜそうなる。

「敵にはずかめしられるなら死んだほうがましだって!」

「辱められる?」

「それだ!」

語彙の無さは女の子。つかもうほとんど普通の子だよ。

 俺は右足でMG3を蹴っ飛ばし、彼女の手の届かない位置まで動かす。反撃の目を潰す。そして、一連の様子をまじまじと観察していた梟と目がバッチリ合った。

「………」

「………くるる~」

敵意は、無い。

 むしろ人間慣れしているペットみたいな従順さである。

「くろーに触るなよ貴様!うすぎたないてをどけろバカやろー!」

 少女が叫んだ。くろー? クロー。それがコイツの名前? いつだかの旭がクリーチャーをコードネーム的なもので呼んでいたのを思い出す。

 この梟だけ、それではなくてクローって名称だってワケがないな。

 おそらくは、このこの独断命名だろう。どんな理由があるのかは知らないけれど。

 俺は視線を再び少女に戻す。

「なんだなにみておるのだじろじろすんなばかもの!」

「…黙らないと撃ち殺すぞ」

 既に俺にはこの子を殺す意思は消えた。ミニコトであるし、旭を撃った敵でもあるんだけど、なんというか。自分より年下は撃ちたくない。が、少女には言葉だけが伝わる。そもそも子供なんて相手の意思の裏を読むことなんてあるまい。

「……こ、殺せるものならころせばいいだろうが……!」

 明らかに驚きと恐怖の色に顔が染まった。この年齢で死の概念を理解しているか、流石人殺し経験者(想像)だな。精神レベルの発達度が違うぜ。

 良心的方面の嘘で敵勢力を静かにした俺は、無抵抗のその子供の腕に。

「ほい」

「っ!」

 がちゃり、と。

金属製の手錠(白夜作)を後ろでにはめ込んだ。

そういう趣味ではない。 …一応確認。

「コレでもう銃は撃てないな」

 その場に座らせて、頭を撫でてやる。

 名前も知らぬが。

「…大人しくしてろよ」

「……撃つんじゃないのか」

「年下は殺さない。君はまだこれからだろ?」

 それは俺にも言えることな気がする。受験もまだ経験してない甘ちゃんだし。でもそれより、彼女はとっても色々未経験すぎる。もっとこれから経験してもらわなくては。

 敵に甘いかな。旭も撃たれているのに。

 ……まぁ、このままSAを閉じれば無事に終るだろうし。やつもそこまで小さな人間じゃないと思う。多分。

 少女はじっと俺の目を見ている。殺意は薄れた気がするが、疑惑はつきてないらしい。そういえば、この子は何でミニコトになって戦っているんだろう。

 理由があってしかるべきだが、今は関係ないし、首突っ込むことでもないかな。

「…クローはころすのか?」

突如、少女が俺に訴えた。え?

「くろーは。しぬのか?」

くろー。

「…くるる?」

「こいつのことだな?」

「くるー」

梟は首をかしげた。100度に到達するレベルの回転運動。首折れないのか。

「…まぁ、俺達の邪魔しないって約束できるなら、べつに。お友達みたいだしさ」

人の言葉をよく聞く賢い奴みたいだし。いつぞやのライオンとは大違いだな。

「…よかった」

少女がほっと息をはく。そんなに大事なのか、こいつが。

「そのかわり、ここでおとなしくしててくれよな」

俺は、落ちている少女のMG3を担ぎ上げる。俺の勘が正しければ、ミニコトに精霊と言うやつは居ない。旭が今かろうじて生きているのは黒夜とのリンクによる影響が強そうだが、仮にミニコトが精霊とリンクしているのであれば、地中のC4爆弾の爆発程度で死ぬはずがない。胴体がちぎれるなんてこと、ありえない。さらに言えばこの少女が自らの薬莢で転ぶようなヘマをするとは考えにくい。どうやら、クリーチャーと精霊っていうのは対になる存在のようだ。

 少女はぱちくりと目を瞬かせ、大きく二回、頷いた。あわせて梟も頷いたように見えたが、ただ首を捻っただけかも。

 MG3を少女から少し離れたところで分解する。といっても機関部とバレルの結合を解いて、ベルトリンクでつながった弾丸を数個に分断するだけだ。だが、コレだけでもだいぶ違うはず、装備までに時間がかかれば、それだけこっちに有利だし。

 分解終了したそれらを保健室中にバラバラ配置して、それから、カーテンで仕切られたベッドの一つに歩み寄る。

「花梨」

「…陸くん」

 花梨は目を開けていた。既に状態異常の気絶は解除されて、けど見つからないようにと動かないで居てくれたらしい。状況判断に優れているなぁ、SA内で一人にも関わらず生き残った実績はそこらへんから来るんだろうか。

「歩ける?」

「大丈夫。足とかは全然痛くないから」

 足とかは、ね。

ちらと見ると、彼女の右の二の腕から肩にかけて、赤い水風船の様なおぞましいモノが出来上がっていた。さっき見たときよりも酷くなってる。

SA内での怪我であるから、SAを閉じることが出来れば治るのだろうけど、見ているだけでこっちが痛い。時々花梨本人も喉を詰めるような声を出すから、相当な苦痛なんだろう。

 それでも、彼女は何も言わない。大丈夫としか言わない。…力強いねまったくさ。呆れるとか、感動するとかじゃない。もう、何と言うか。

「無理するなよ」

「大丈夫だよ? 心配しなくッ…ても」

動かすと激痛が走るのか、あんまり急いで移動は出来ないな。彼女の肩を、もちろん傷に触れないように優しく、支えながらゆっくりと歩く。

 途中、もちろんアレにも声をかけておくとする。優しさのおすそわけだ。…何言ってんだ俺。

「じゃあ、SAが閉じたら助けにくるからさ」

「…べつにいい。ほおっておけばいいだろ」

「せっかく人が親切してやってるんだから、こういうときは受け取るもんだぞ」

「………む」

「…まぁ、どちらにしろちょっと酷い扱いだけど、一応敵だし。我慢してくれよ?」

「…さっさといけばか」

罵詈雑言悪態暴言は、ちょっとだけになった。……。一応聞き分けは、良い方なのかな? でも目が潤んでいるあたり、やっぱり敗北感は感じているのか。

 …っと思ったが、自分が殺されなかったことと梟の無事を喜ぶ涙だったようだ。梟に「良かったな、良かったなっ」と呼びかける声が、ドアから出る俺の耳に入った。

「あの子は…?」

 花梨が、俺に問いかける。

「敵だよ。君の命を狙う集団の一人」

「…あんな小さいのに……」

「…まったく、どいつも狂ってる」

俺は悪態をついた。P‐90の弾倉を外して、新たなものと交換する。

「でも、ナイトホークの人たちはいい人だよ」

花梨がそういう。一瞬、何を言ってんだと言いかけて、やめた。

 そうか、君はまだ何も知らないんだよな。

「花梨、実はさ」

「え?」

 伝えたほうがいいよな。ショックだろうけど。

 結局、誰もそんな奴ばっかだったっていう現実。

「ナイトホークっていうのは…」

『りくっ!!』

 突然入った白夜の声に、妨害された。

「…なんだよ」

『来た』

「へ?」

『ナイトホークの、他の隊員』

「へ?」

他の…そうか。

そういえば、俺は旭以外のナイトホーク隊員を知らない。まぁ正直この世界を知ってから何日も経ってないから仕方ないけど。

しかし、なぜこのタイミングで。

「なんか、花梨を守る名目で戦闘介入してきたみたい。ミニコトの増援は全部彼らにやられたみたいだよ」

「やっぱりいたんだ、増援」

手間が省けて助かった。が、正直こっちは特に問題も残ってないことだし、さっさとあのカラスを倒してしまうとしよう。

「花梨」

「ん、なに?」

「また、屋上」

魔法攻撃を当てなければならない。中の子供を助けるためには、そうじゃなければ助けられない。というか、旭が瀕死の重傷を負っているのも、花梨が怪我をしたのも、あの時引き金をためらった俺の責任だ。実際は花梨に頼むのは筋違いなのかも知れないが、だけど……。

「…わかった」

 花梨がうなずいた。多少こわばった笑顔で。あの男が死んだ場所であり、おそらくまだ死体が存在するであろう場所だし、またあの現場に戻るのは俺も気が進まないが、行くしかない。

 旭のダメージの具合からして、時間はそれほどない。今すぐに走ってでも屋上に向かい、奴を落とさなけりゃ。

「よし、じゃあ行くよ!」

「…うん!」

『ごーごー』

白夜の声と共に、俺達は早足で動き出した。旭のいる教室を素通りして、そのまま階段を駆け上る。

 旭のことだから死んだりすることはないだろうけど、それでも急がなきゃな。

「陸くん」

「ん?」

俺と並んで走る花梨が声を掛けてきた。

「やることが終わったら、ちょっとだけ付き合ってくれる?」

「いいけど、何に?」

「…秘密」

「?」

花梨はうつむきがちに言うと、それきり黙ってしまった。

 …なんだというのか。

『む』

 何でお前が不満そうなんだよ。

『しーらない!!』

「…なんだよ」

 俺、何かしたかな?そんなことを考えているうちに、屋上への扉の前に俺達は立っていた。銃を持たない左手で扉を押し開け……。

「…右は見るなよ」

「……分かった」

 元人間の脇を通り、屋上のど真ん中に立つ。顔を上げて天を悠々と飛ぶ大鴉を見上げる。こちらに気付いてはいないようだ。

「届くか?」

「…どうだろうね」

 花梨は、自信なさげに言う。

『為せば成る!為さねば成らぬ!ナセルはアラブの大統領!』

「白夜、それ違う」

『へ?』

 花梨が、右手を上げた。しゅん、と。空気が俺の耳をかすめて彼女の右手に吸い込まれるような力が働き、始めは弱く、だんだんと強くそれが発光しだす。

「……私が試した中で一番射程が長いやつなんだけど、どこまで行くかは分からない」

 右手の光を見ながら、花梨が言った。

「…試したって」

「前に、この変な場所から出た時」

「…ああ」

花梨は俺の顔を見て、軽く笑った。

「前は、必死だったのに。話せる人がいるって、とっても気が楽になるね」

「俺より旭のほうが数倍良かっただろうけど」

 戦力的に、と言おうとして、

「ううん、全然そんなことない」

 花梨の言葉に、遮られた。

「…けど、俺は花梨を守りきれなかった」

 そうだ、俺がもっと強ければ、あの高倉って男に傷を負わされることなかったし、そもそも学校に連れてくることだって判断ミスだったかも知れないのに。

「…それでも、島田君は怖いから、私はちょっと」

「……否定はしない。俺も初対面はそうだったから」

そうなんだ、と小さな笑顔のままに、花梨は再び空に向き直る。彼女の右手がさらに強く輝きだす。

「私、陸くんの必死な姿がとってもカッコ良いなっておもう」

 空を向いたまま、彼女がそういった。急な言葉に、少したじろぐ。

「…何を言い出すんだよ」

 いきなり女の子にそんなことを言われる耐性が俺には無い。ついでに、突然すぎたことも俺の動揺を加速させた。花梨が俺の顔を見ていなかったのが救いだ。

「本当だよ? 陸くんだってSAに入るのはコレで二回目のはずなのに、もうすっかり立ち向かえているから」

「…やるしかなかっただけで、別に自分の意思じゃない」

 人間は、追い詰められれば誰だって何だって出来るものだ。俺もそれに乗っかっているだけに過ぎない。

だが花梨は、そんな俺の考えを簡単に否定する。

「やるしかないことでも、それをやりきれるかどうかって別じゃない。それに、貴方は私も島田君も見捨てなかったでしょ。自分の身の安全を考えるなら、今すぐ逃げ出したっていいはずなのに」

「……そんな非人道的なことできっかよ…」

「それだよ。そうやって正しいことを見つけて進めるから。陸君、今日だけだって何度も殺されかけてたはずなのに、全然臆さなかった」

「……」

「保健室の窓が突き破られて、あの梟が入ってきたとき、私も死ぬんだなって思った。でも、その時に陸君が来てくれて、なんか、その………」

 俺の視線に気付いたらしい、逃げるように、ぷいとそっぽを向く。

「…お前を守るのが任務だったから、怖い島田からの。それじゃ理由として不足か?」

「…不足かな。えっと……」

「…あのさ、何が言いたいんだよ」

「んと、……もっと自信持って良いよ……ってことかな…?」

きゅいいいいいいん。

 花梨の右手の光がいよいよ強くなる。輝かしいけどまぶしくないという不思議な感覚の光。それが一瞬、キラリと瞬いて。

「ッ!」

花梨の右手から飛び跳ねた。瞬間、紫色の空に一筋のラインを引きながら、上空を旋回する生命体(?)に向かって吸い込まれるように飛んでいった。

「上手く、いったのか?」

「…どうだろ、へへ…」

それを目で追いながら、俺は花梨に問いかける。彼女は、はぁ、とため息をつきながら、ぺたりとその場にへたりこんだ。

「お、おい! 大丈夫か?」

 慌てて駆け寄って、声をかける。

「…ん、へーきへーき…。疲れただけだよ」

 本人はそういうが、それだけじゃないはずだ。攻撃に使用したのは右腕、それは大きな傷を負っている腕でもある。

激痛は必至であり、その様は見ているだけの俺にとっても痛々しい。

……左手では撃てないのか、無理をさせてしまったかも知れない。

「……花梨、ごめんな」

『花梨……』

俺と白夜が声がほぼ同時にいった。

「…気にしないでいいよ。私は大丈夫」

 彼女は俺達にそう言って、笑った。




 紫色の空の上で、何かが爆ぜる光が見えた。

「…あ」

「……当たった?」

花梨の体を支えつつ、俺は空を見上げる。紫色の空。その一角に、小さく赤い点が浮かびあがる。

『SAが開いた!』

白夜の声が、頭に響いた。

「……上手くいったな花梨」

「…うん、良かった」

 周囲が赤い夕日に再び染まっていく。SAに入ったときよりはるかに暗い色になっているから、おそらくもう部活も終了して全ての生徒が下校したあとだろう。教師はまだ数名残っている可能性があるが…。

「…まぁ、見られても問題ないか」

服装は制服だしな。と、俺はあることに気付いた。

「……花梨、腕が…」

「あ」

彼女の右腕の傷がゆっくりと塞がっていき、もとの綺麗な腕に戻っていくところだった。

 …いや、過去に見た事はないけど、彼女のことだからきっと綺麗だったろうという想像に基づくセリフだ。深い意味は全然ない。

「もう痛くない?」

「…うん、ありがと」

 花梨が言い終わるか終らないかのタイミングで、俺の体を光が取り囲み、それが離れて人の形に変化する。リンク解除。

「お疲れ、陸!」

 白夜はそういって俺に飛びついてきた。ってあぶないっての!

「…おいおい」

取り合えず受け止めてやる。昨日辺りの俺だったら避けたりするところだが…。まぁ、今回は助かった面が多いし、多少の暴れは許容してやるか。リンク中は動けないから退屈だったのかも。そこまで子供とは思えないが。

 べしべし、俺の肩を叩く。ほぼ抱きついた状態でやるな背中が痛い。骨の位置を殴られたらマッサージ代わりにもなりゃせんぞ。

「なんだよ? どうかしたのか?」

あんまり度が過ぎると間接が変に痛みそうなので、白夜を引き剥がして問いかける。

「べっつにー…」

 その質問にふいと顔を逸らす白い少女。なんだその態度。怒るぞ?

「なんでもない!」

白夜は花梨のほうに走りより、耳元で何かを呟く。俺の耳では何を言ったのか伺い知れないが、花梨が驚いた表情をしている。なんだなんだ?

「…り、陸君」

「ん?」

「えーっと、その、今日はありがと」

「…別にいいよ」

 どっちかっていうと、俺の意思だった。

「花梨を守ったのは、君の為でもあったけど俺のためでもあったかも知れないし、そもそも男として同学年の女の子を守るのは当然っていうか、それに結局怪我させちゃったし、むしろお礼を言いたいのは俺の方で…」

「あ。いや、ううん。いいの。全然!」

 いや、そんなに慌てて言わなくても大丈夫だろう。

 顔を赤くして両手をじたばたと振る花梨さん。なんかイメージ違うなー。で、白夜はなんでフキゲンそうなの? え、ちょっとなんで俺を睨むんだ?

「ふんだ!」

 白夜になんか八つ当たり気味に当たられ、しばらくぎゃあぎゃあ言っていたが、その間に花梨が暗い表情になっていることに気付いた。

「花梨、どうした?」

といいかけて、やめた。

「…高倉のことか?」

「…うん。ちょっと、ね」

 雰囲気を察して、白夜も暴れるのをやめた。

 屋上に、高倉の遺体は無かった。彼は存在を抹消されたのだ。SAで死に、そもそもこの世で存在しなかったことになった。

 SAに入った俺達の記憶にはもちろん残るが、この世で高倉の存在を決定するものはどこにもなくなった。

 彼は、消えたのだ。

「………最初はいい人だったのに、急に怖くなって、私を殴るようになった」

「…うん」

「でも、それでも私にとっては大事な人だったの」

 俺からすれば、ただのクズだった。だがそれは彼の一端を見た感想に過ぎない。もっと多くの時を過ごしたであろう花梨には、彼のいい面が沢山見えていたんだろう。

 裏切られて、酷い傷を負わされたとしても、切り捨てられないほどに。

「花梨?」

「ん、なに、白夜ちゃん」

「耳を貸して」

「?」

またもや俺を蚊帳の外にしたがる女子二人。

どうしたんだ?

「え?」

 花梨が、驚きの声を上げる。

「……ね」

「…で、でも」

「いいの!」

 ????

 俺が疑問符を発しながらことの成り行きを見守っていると、花梨は俺を見、すぐ目を逸らして背を向けて、ちょっと遠くに離れていってしまった。

 ……何なんだよ?

「陸には教えない」

 なんでやねん。

 白夜はにへへ~っと笑って俺のほっぺをぺしりと叩いた。え?

「ちゃんと守るんだよ陸?」

「花梨を? 言われなくてもやったじゃんか」

「それだけじゃないでしょ?」

「…はい?」

「精神的外傷を与える敵から守るのも、役目だよ」

 指を口元でぴんと立てて、ウィンクをする白夜。

 ……あぁ、なんとなく、分かるような分からないような。俺は少し考えてから、白夜に問いてみる。

「……それは銃で倒せるか?」

「無理でーす!」

 あっさりと否定。そっか、それは管轄外! …って言いたかったけど、

 ちょっとだけ、挑戦してみようかな?

「じゃあマシンガントークで」

「つまんない」

「うっせ」

 さてさて?

「あー、花梨?」

「…は、はい」

 ちょっと驚いて、体を強張らせて、振り向く彼女。

なんでそんなに動揺してるんだよ…。

「あー、その、なんだ? 高倉の事は、そのー」

「…え?」

「え?」

 何か変なこと言ったか?

「あ、ああ、その話ね?」

「…え? 逆に何の話だと思ってましたんです?」

咄嗟に変な敬語が出る。緊張するとこうなるのは中高生の職業病といえる。

「あ、いや、ううん何でもないの」

「…あー? あ、そうか。分かった」

「う、うん」

 ちらとこちらを見て、また逸らすという行動を繰り返す。背後で白夜がにへらにへら笑っているのがどうも気になる。あとで肩パンの刑に処す。

「高倉は、いなかったことになっちまった。花梨にとっては少しショックかも知れないけどさ、多分、もっといい人が見つかると思うんだ」

「…あの人、いい人だったのかなぁ?」

「俺にはそうは思えない」

「……だよ、ね。うん」

 フクザツな心境なんだろうなぁ。

 俺は唾を飲み込んでから、ゆっくりと言った。

「花梨がさ、どれだけアイツのことを考えたか、俺には分からない。最初はどれだけいい奴だったのかも分からない。だけどさ、それでも、花梨の気持ちに応えられないのは、やっぱり違うよ」

「……」

「俺はそういう経験ないし、何か言える立場でもないけど、、恋人とかって、そういうんじゃないのか? もっと、お互い信じあえて、楽しくって、幸せで…。なんか上手く表現できないんだけどさ、気持ちのせいで苦しくなったりするのは、変だと思うんだ」

「………そう?」

「あ、いや! ごめん。なんも知らない俺がこんな事言うのは変だよな」

 あー全然ダメだぁ。

 励ますつもりが、傷つけてしまったか?

「…ううん、ありがと。気遣ってくれたんだよね?」

「……あ、えっと、まぁ、うん」

「大丈夫、私はもう平気だから」

花梨が俺を見ていった。にこりと、笑う。

「…そっか、それなら……、うん。良いんだ」

頭をかいて、俺は言う。自分でも恥ずかしいセリフ言ったかなと、今更ながら感じた。

「さぁ、お二人さん!」

白夜が、俺達の肩を叩いた。逆に肩パンの刑に処されただと、こいつまで俺の心を読むようになったか?

 なんて冗談は置いといて。

「なんだ?」

「ほらほら、誰か忘れてない?」

「え?」

あ、そういや……。

「あ……、旭!」

すっかり忘れてた。

「ほっとくわけにはいかないでしょ? あの傷だし、もしかしたら間に合わなかったかもって考えると……。」

 あの重症だ、もしかしたらSAが閉じる前に息絶えているかも知れない可能性はある。が、あいつに限って…。

「けど、万が一ってこともあるもんな」

 あいつに限って大丈夫だろうという考えは、空中からの攻撃によって打ち砕かれた。そのことを忘れてはならない。油断は禁物。勝って兜の尾をしめろとは良く言ったもんだ。

「行こう」

「うん」

 俺は腰のマグポーチ、ホルスター、それからP90とG18を白夜に返す。それらは一瞬にして消えた。今更驚くことのほどでもない。

 屋上のドアを開けて、階段を下りる。高倉の攻撃によって削られた痕や、狼共の爪痕も全て消えていた。

 やはり、SAと現実は別世界なのだ。




「旭?」

 旭を寝かせた教室は、こっちでは机が整然と並ぶ静かな教室だった。ミニコト二人の死体も、セントリーガンも消えていた。

 ついでに、旭も。

「…旭?」

 どくん、心臓が高鳴った。

「島田くんがいないの?」

 花梨が俺に声をかける、俺はそれに答えない、いや、答えられなかった。もし、本当に旭がこっちにいないと、SAから現実世界に戻ってこれなかったと考えると、旭は…?

「…お、おぉ…」

「!」

教室の隅から、そんな声が聞こえた。俺達はそちらを向く。

「これが、三年の、教科書……」

 旭だった、怪我はなく、大量に出たはずの血も、体のどこにもついていない。

「…一瞬ビビったぞ…」

 本当に死んじまったのかと…。俺はそう呟きながら旭に近づいて…。

 びぎり、とキレた。

「…旭」

「…なんだよ今いいところ…お、陸お帰り」

 何でもないように俺に手を振る旭。だが、俺の視覚は旭そのものよりも、その手元に注目していた。

「お前、何してんだ」

「…何って……」

 旭が俺の方に手を、そして手に持ったものを示す。横で花梨と白夜が怪訝そうな顔をしたのが視界の端に映った。

「保健体育の、教科書」


直後、俺の右足と花梨の右腕により、旭は吹っ飛んだ。





「……いや、すまなかった。本当に」

 謝る旭を見下ろす俺と白夜と花梨。まぁ、当然。

 人が自分の怪我を心配して戻ってきてやったのに、本人はそれを忘れて教科書の合法エロ画像(?)に酔いしれたとかもうね。

 ……俺達が旭の存在をちょいとばかし失念していたのはひとまず棚に上げる。

「すまなかったじゃねえわ」

「いや、だって、何か傷が治ったらムラムラしてきたというかー?」

「死ね変態」

「あー? 死ねとか言うんじゃねえよさっきまで死に掛けてたんだから。傷口が開くだろ?」

「全部治癒してんだろうが!!」

 ああもう、なんでコイツはSAが消えると同時に変態になるんだ!?

「…島田くんって、こういう人だったんだね…」

 花梨が引くと同時になんかがっかりしていた。多分怖いけど頼れる人ってイメージだったんじゃないかと思う。俺もそんな感じだったのが崩壊したときのことが思い出されるな。

「さいてーい」

 白夜の言葉に、旭がうぐっとうろたえた。ロリコンめが。

 俺はそんな旭の様子を眺めていた。するとその変態がこちらをきっと睨んだ。

 なんだよ。

「くそう、陸。俺はお前を恨むぞ」

 脈絡がまったくない。一体全体。

「何の話だ」

「……さっきの、ミニコトの女の子」

「…あぁ」

 旭がふざけた口調から、急に真面目に変わる。

 あの子のことか。

 上空から重火器で旭を撃ち殺そうとした、あの少女。もとい幼女。

「…俺の敵はとってくれるんじゃなかったのか?」

「あー、その件はとっくに解決しております。はい」

ガンガン嘘だけどな。でも殺すだけが仇討ちじゃないだろう?

「あぁ?」

「…怒るなよ」

 首をかしげて、にやりと笑った。

「怒ってない」

「は?」

手をふらふら揺らして、首を横に振る旭。

「怒ってねぇよ。俺だって、あんなの撃てるわけ無い」

「…旭」

「子供はこの世の将来を担って行くんだからな、殺すべきは、まず爺と婆だ」

それもどうかと思うけどな。

「あぁ、でもあの子を撃たなかったのは正解だと思うぜ?」

 旭がいう言葉に、俺は違和感を感じる。

 こいつは、こんなことを言うやつだったのか?

 SAでは冷酷で、現実ではただの変態だったはずなのに…。

「……ところであの子、まだ繋ぎっぱなし?」

 白夜が俺の顔をのぞき込みながら訊いてきた。

「…縛ったままかもな」

 手錠で後ろでに縛ったままだから、まだ保健室なのかもしれない。

「そいつは大変だぁ!!」

「きゃっ」

旭が立ちあがり、叫んだ。

「……なんだよ」

「幼女が大ピンチとあって俺が黙っていられるか!!」

「黙ってろ変態」

「おまえこそだまらっしゃい!!」

 訂正しよう。やっぱり旭は旭だった。

「ねぇ、でもまだ保健室にいるかなぁ?」

 ぎゃあぎゃあ叫ぶ旭をほっといて、話を進めよう。

「さぁな。もうとっくに助け出されているかもしれない。一度見に行くけど…」

ぱらららららっ。

「!」

「なっ!?」

 突然の銃声が響いた。

俺達はとっさに周りを見渡す。

「旭…」

「……なんだ?」

旭も警戒を強める。いつの間にやら、右手にMK23。

「どっちから聞こえた?」

「……右側のの教室のどこかだな。今のところ一番可能性が高いのは…」

ッ!

「急ぐぞ!」

それを聞いた俺はスグに走りだす。

旭が俺を追いかける形で走りだし、あっけにとられる花梨と白夜に声を発した。

「確認しにいってくる。お前らはそこで待ってろ!!」

幸い、保健室はすぐ傍だ。何かがあっても対処できるはず。

「…どうする気だ?」

「SAはもう閉じてるんだ。誰かが傷つけられてたらシャレにならない!」

もちろんSAでもシャレにならんが、旭の例のように助けだせる可能性が存在しているからマシだ。

 だが、現実ではそうは行かない。銃創(弾丸による傷)は本当に酷い有様になる。

「誰かと言うより、撃たれているとしたら一人だろうがな?」

それは……。

「……あの子って言いたいのか?」

「それ以外誰がいる」

旭が俺を追い抜いた。その先には、SAで蹴り飛ばしたハズの保健室のドア…。

「どうせなら助け出そうぜ。お前がせっかく見逃してやったのに、死なれちゃ悲しいもんな」

「まったくだ」

俺が言うと、旭はにやりとわらう。

「そうと決まれば、こいつは邪魔だッ!」

 旭は走る勢いのまま、右足で保健室のドアをけり飛ばした。SAでも保健室でも蹴り飛ばされるこのドア。たいそう不憫だ。

旭がそのまま保健室に突入、それに続いて、俺がすぐさま走りこむ。そして、見た。

「……お前らは…」

「あ、ぅう」

黒いカーディガンを着た男と、俺が見逃したミニコトの少女だった。男の手には短機関銃が握られ、その銃口は…。

「…ッ」

羽を撃ち抜かれた一匹の小さな梟に、向いていた。

「く、ろー…ぐすっ」

少女が泣きじゃくる声が響く。男はこちらを睨んだまま、銃は梟から離さない。

「……なんだお前らは」

男が口を開いた。口調に明らかなとげがあり、俺達を威嚇する雰囲気も合わせて持っていた。

「…ナイトホークだ」

旭が、ゆっくりと返す。旭も相手を睨み、そしてそれを決して外さない。

カチリ、という音に俺が目線を旭の手元に移す。MK23の安全装置が、外された。

戦闘か。

咄嗟にそう思い、続いて俺が完全な丸腰であることに気がつく。白夜はリンクを解除しているし、このままだと俺は完全な足手まといじゃないか。

「ナイトホーク? お前らみたいなガキがか?」

男が怪訝そうに言った。そして俺と旭を交互に見て、再び首を傾げる。

「いや、お前らみたいなチビは見たこと無い。会合に来たことがあるのか?」

「…まったく無い」

「……不真面目だな。そんなこと、党首が許すはずないと思うが」

…党首?

さて、また新しいワードが出てきたぞ。そいつは一体何者だ? いや、そういえば旭は俺には全てのことを説明していないんだったか。

うむ、と一度心でうなずく。俺が知らないことのほうがまだ多いらしい。

「………」

此処は旭に任せて、俺はだんまりを決め込むべきだと自力で結論付けて、顎にぐっと力を込めた。

「……あぁ、許さないだろうね。……で、許さなかったら何?」

旭が半ば喧嘩越しに相手に突っかかる。あんまり敵を増やすような事はしてほしくないんだけど。味方同士で撃ちあうのは気が引けるものな。

「…お前、俺の馬鹿にしているんじゃなかろうな?

「まさか、そんなわけ無いだろ」

「……年上には敬意を払うって、習わなかったのか?」

「俺は学が無いんだ。失礼があったなら悪かったな」

「………」

男と旭が、益々険悪な雰囲気を増大させていく。ナイトホークのやつらって皆こんな感じなのか? だとすると相当嫌な集団だこと。

 男が一度、大きく舌打ちをした。旭の態度にイラついたことからの行動であることはスグに判断がつく。

「…で、お前ら何故ここに来た? まさか銃声に驚いてきたわけでもあるまい?」

「……おっとその通りだ。何故分かったんだ?」

 旭が飄々と言う。その行動に、男が眉根を寄せる。

「………ガキかよ」

「ガキだ」

……それ以上ふざけた言動はよしたほうが良いんじゃないだろうか? 俺は心で呟く。旭は俺の心をやたら読むが、今回は無視されたようである。

「……腹立つ野朗だ、ところでこいつはお前らの食べ残しか? 何故無傷なのか説明してもらおうか?」 

男が、手に握った短機関銃で梟を小突いた。ククーと、梟が鳴く。

「……それは横の馬鹿に聞いてくれ」

「は?」

いきなり振られた。ナンテコッタイ。

「…お前がやったのか?」

「……あぁ」

「何故?コイツを殺せばミニコトは全滅するんだぞ? 何故今更ためらうんだ。SAに散らばっていたミニコトの死体は全部お前等がやったんだろうに」

「……今、ナンテいった?」

「あ?」

ミニコトが全滅?

「なんだ。まだ情報が行っていなかったのか。立花花梨を付け狙っていたミニコトの本隊は、さっきナイトホークの主力部隊が壊滅させた。この学校に四方から迫っていたんで、全部狙撃で片付けた。なに、いまさら弱小グループの残党なんて楽勝だ」

「残党?」

「……何か根本的な何かが抜けてるな?」

男が益々訝しそうに俺達を伺う。

根本的な何かが…。

俺は旭を見る。いや、睨む。

旭は俺の視線に気付き、目だけでこちらを見、

ニヤリ、笑った。

「―――――!」

……お前。

「………ミニコトを殺さないのは何故だ」

男が、俺達に問う。

「まさかと思うが、お前ら俺達の思想を忘れたわけではあるまい? 俺達は周りで歯向かってくる敵を全滅させなきゃならないんだぞ? 何故今更ためらうんだ? まさか年下だからとか、そんな理由で…」

「それは、間違いか?」

俺が、口を開いた。

「…なんだと?」

「そんな簡単に人が殺せていいはずがあるものか。俺は、お前等がどんな思想を持っていようと知ったことじゃない」

ただ、口からでまかせに言葉を吐く。

これは、本当に俺だろうか。

今はリンクしていない。仮にアイツが俺に銃を向けたら、死ぬしかないというのに。

「……貴様、ナイトホーク隊員じゃないな…」

男が、短機関銃を俺に向けようとして、

その銃が、はじけた。

「…!」

「穏やかじゃないな。味方に銃を向けるのか」

旭だった。彼の手に握られているMK23の銃口から小さく煙が漏れている。

カラン、カラン。空になって銃から弾き出された薬莢が、2、3個地面に落ちて音を立てた。

瞬間に3発の射撃。旭が、それを全弾、男の武器に当て、彼の手からはじいた。

「………貴様が言えた口か」

男が飛ばされた自分の武器をチラとみて、それから旭に対して愚痴った。

「そうだな。悪かった。だが動くな」

旭は不敵な笑みで男の脳天に銃を向ける。

「悪い。横にいるこいつはまだ入隊したばかりでな。いまいち洗脳、もとい教育が身についていないんだよ。それゆえに今みたいな偽善を吐くのさ」

「……なん、だと?」

男が俺を睨んだ。

「まて、最近入隊したばかりだと? 俺はそんな話聞いていないぞ」

「へぇ? そうなのか? まだ情報が行っていないのかな?」

「そんなハズはない! 新規入隊があったらそれは全て精霊を通じて全隊員に通達される!普段の情報も一日たりとも遅れたりしない!今日入隊したばかりでもなければ、俺が知らないはずがないだろうが!」

男が口角泡を飛ばして、叫ぶ。入隊情報なんてものが通達されるのか。精霊を通じて…。

普段の情報も精霊を通じて……ん?

俺もそんな情報を受け取ったことが無いぞ。全部旭から電話で……。

「そうか。そうか。おつむが弱いなお前は」

旭が男に言った。まて、俺もなんか整理がつかない情報が……。

「……おつむが弱いだと? 貴様俺を馬鹿にするのもいい加減に…」

「しない。馬鹿だよお前は。なぁ、そう思うだろ陸?」

旭の問いかけ。いや、待て。

今の話になんか違和感が…。

「……りく? Rikuと言ったのか?」

な、なんだ?

男が急に俺に向けて驚愕の表情を向けた。どうしたというのだ。

「そうだよ。ほら、お前らだって会いたがっていただろう?とっても、とってもな」

旭が言う。俺に会いたがったってどういうことだ?

「……貴様、貴様ら!!!」

男が、右手を振り上げた。空から拳銃が現れる。

コイツも、精霊とリンクしているんだ! 何もない場所から武器を作りだす。

だが、そんなのは浅はかな行動だ。

「動くなって、言ったろうが」

男が銃を俺に向けようとして、頭を撃ちぬかれた。

「がっ…」

膝を突いて、ゆっくりと崩れ落ちる。

って。

「旭! 何してんだよ!」

仮にも、ナイトホークのメンバーだろう!?

「お前、これ裏切り行為じゃないか!」

すぐさま駆け寄るが、もはや生きているとは思えない。即死だ。

「もう一つグループ作るとか言っていたのは誰だっけ?」

「それとこれとは別問題だろ!」

それに、SA内でもない。

完全な殺人じゃないか。

「…あーまぁ、そうだな」

「……まさか、お前。俺がグループ作ると言ったからやったんじゃないだろうな…」

もしそうなら、俺は今すぐ自殺するレベルだぞ?

口は災いの元とか、そんな次元の話じゃなくなる。

「それはねーよ」

旭はつまらなそうにいって、歩きだした。

「……とりあえず、助かってよかったな」

後ろでに縛られた少女の元へ、そしてその手錠を壊した。

「…あ、ありがと……なんていってやるもんか!!」

「…言ってるじゃねーか」

「ぜんぜん助けてほしくなんてなかったんだから!」

少女はそれだけ言うと、すぐに梟のもとに走り寄った。

「くろーくろー…。大丈夫?」

「くー…」

梟は羽の一部を撃たれていたが、おそらく死ぬほどの怪我では無さそうだ。

「……旭」

「ん? 戦いが終ったら全部説明するって言ったろ? 約束は護る」

「そうでもなけりゃ、俺はお前を今の男と同じ目にあわせるぞ」

まだ、俺はお前を許していないんだ。

 完全には。

「………はぁ、さっきの男のせいで、また言うべきことが増えてしまったなぁ」

「…なんだよ」

「長い話になる。とりあえず、今はここから出よう」

旭は男の死体を見た。

「……黒夜」

『はいはーい。何よ』

 久々に聞く声が、俺の耳にも入った。

「人間一人の死体くらい、武器ストックの要領に詰め込めるよな?」

『…出来なくないけど…。貴方の武器が血で汚れるかもしれないわよ?』

「とりあえず、今はそれで良い」

『分かった』

そこで黒夜の声が切れる。直後、風を切るような音がして、死体の周りを黒い霧の様なものが覆った。そして、それらが消えると同時に死体も消えてなくなった。

「よし。有難うよ」

『はいな』

「……武器ストックって、やっぱり別の空間なのか?」

「ん、まぁそんなとこだが、俺にもよく分からんな」

そんなとこに死体を詰め込む気によくなるよな。

「まぁ、流石に隠さないと不味いからな…。と、話がそれた。さぁ行くぞ」

「…あぁ、ってまてまて」

さっさか歩き去ろうとする旭を止め、俺は出口とは反対方向へ向かう。すなわち、梟を撫でている少女の下へ。

「……なんだよ。このへんたい」

即刻物凄く睨まれた。

「……いきなり変態呼ばわりか」

「おんなのこを手錠とかでしばるのはへんたいのすることだって誰かがいってたぞ!」

その法則でいくと、女性の犯人を検挙したことのある警官は大概変態になってしまう。国の秩序を護るのが変態であったら、その国はおしまいだ。

「それは間違いだ。これから気をつけなよ?」

「分かった!」

素直だ。実に。

だがまだ睨みを解いてはくれない。仕方ないことだけどな。

俺はところで、と話に一度区切りをつける。

「なぁ、君はどうする? これから」

「……どうする? 仲間のところにもどるに決まっている」

「…仲間、か」

「なんかもんだいあるのか?」

さっきの男の言葉を反復すれば、ミニコトはおそらく全滅した。ついでに残党とも言っていたことから考えて、おそらくナイトホークの本当の敵はミニコトでは無かったようだ。

そこらへんは、あとで旭に全て語ってもらうとして。

とりあえず今は、彼女に全てを話すこと。

「…実はな、君の仲間は、全滅したんだ」

下手に隠すのは、逆に大変だし、危険だ。俺は多少彼女にダメージを与える覚悟で、本当のことを話す。

「……みんな、死んだのか?」

少女はこちらを振り向いて、俺に再確認を求めた。その目が少し潤んだ。

「…ああ」

「…そっか。そうなのか」

彼女はそれだけ言って、再び梟のほうへ向き直ってしまった。

「すまない」

敵とはいえ、俺もそれに少し加担している。 狙撃したり、C4で吹き飛ばしたりした相手が、彼女にとっては仲間なんだ。

そうだと考えると、とても申し訳なくて、心が痛む。

「なぜおまえが謝る?」

彼女が、言った。

「え?」

「…お前、悪いこと何もしてない。敵だから、戦っただけ」

再び俺の目をみて、はっきりと言う。

「おまえがあのとき殺さなかったら、お前は仲間にころされてた」

「……それは、そうだけど」

「なかまがお前ころしてたら、なかまお前のこと謝ったりしない」

彼女はにぱっと笑った。笑顔で言うには深すぎるだろ。そのセリフ。

「………相手がやらなくても、俺はやっちまう性質なんだよ」

なんか、こっちが余計辛いだろ。そんなこと言われるとさ。

彼女は首をかしげて、へんなやつと言った。俺が変なんだろうか?

違うな。俺じゃない。周り皆がおかしいんだ。

今日だけで、何人の人が死んだんだよ。

そして何人の人がそれを行ったんだよ。

本当に、皆おかしい。彼女はその中で生きたから、常識が狂ってるんだ。

俺もこんなことを続けてたら、何も思わなくなるんだろうか。

「……ごめんな」

「…だから謝るな。謝られたら、わたしも謝らなきゃダメなる」

「……?」

少女が俺の肩ごしに、指をさした。ドアの所で俺達をまつ、旭を。

「…私、あいつ撃った。殺すつもりで撃った。あいつは運が良かっただけ。普通なら死んでた」

「……」

「おまえは私の仲間のこと気にしなくていい。私はお前の仲間のこと気にしないから。おあいこだ。それでいい」

「……あぁ。そうか」

「あぁ、そうだ」

彼女は、SAでクリーチャーに変化していたらしい梟を抱きかかえて、立ち上がった。彼の小さな羽にあった傷口はとっくに塞がっているようだ。野生の力は素晴らしいな。

「…どこへ行くんだ? 仲間のもとには帰れないぞ?」

俺は声をかける。少女は顔だけこちらに向けていう。

「しんだなら、しかたない。新しいなかまのところで戦う」

恐ろしく前向きだ。しかし、戦うという言葉から、彼女はすでにこの世界に身をおくべき存在になってしまっているのだろう。

それに関しては、俺が干渉すべきではないポイントだが、

一つだけ、良いか?……新しい仲間って?

「私はまだこどもだぞ。ひとりでどうやっていきるのだ?」

「……あぁ」

そういうことか。

「君は、居候でもしてたのか」

「いそーろーってなんだ?」

「あー、えっとだな。知り合いのうちで暮らすってことだ」

 ただ飯ぐらいと言っても良かったが、自分を批判してるようだから止めた。

「ふむ、それは良く分からないが。私はただ飯ぐらいをしていた」

「…さいですか」

打ち砕かれた気分である。

「だから、あたらしいなかまと生きるしかない。うむ、私は航空支援担当だ」

「難しいことばを知ってるんだな」

「ばかにするでない!」

右手でべしっ、と叩かれた。地味に痛い。

「人を殴っちゃいけません」

「なら撃ってよかったのか?」

「銃持ってないだろうが」

「そうだった!」

「…はぁ…それで?新しい仲間って誰なんだよ?」

まだ答えを聞いていないぞ。

「それなのだが、私はあまり行くあてが思いつかなかったのだ」

「ふむ?」

 過去形か。

「何かいい考えがあるの?」

「うむ。いまのはなしで、わたしは、おまえがすきになった」

「……はい?」

 いきなり幼女に告白されたんだけど、これ一体。

つかその話の流れで俺にくるってことは、まさか…。

「じぶんを殺しにきたあいてに情けをかけるとは、お前はなかなか優男のようだ。わたしはお前についていくことにした。おそらくひどい扱いをうけないとみた」

「………は?」

俺についてくるって……俺が新しい仲間って?

少女が俺をじっと睨む。俺の表情から何を読み取ろうとしているんだ。

「お前はまだまだ戦うのだろう?ならば私のちからも、くろーの力もきっとやくに立つだろう。 私はおまえをいのちがけでまもるぞ? たべもののうらみはおそろしいからな!」

盛大に日本語を間違えていると思うが、おそらくただ飯ぐらいをする分は働くという意味だろうな。

…ってただ飯ぐらい…。って俺の家に居候する気かこの幼女は!

「ふむ。わたしの名は時藤朱音(ときとうあかね)という。これからよろしくたのむぞ。りく」

何で俺の名前を知っているんだというツッコミはなしにして

俺の沈黙を了解ととったらしい朱音はそう言って、勝手に話を進めおった。

かくして、少女、もとい幼女あらため、朱音が仲間に加わった。

……いやはや。

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