その2「ミニコトとナイトホーク」
その二「ミニコトとナイトホーク」
『お父さん……お母さん……』
僕が
泣いてる。
足元には真っ赤な液体。それが僕のズボンをぬらし、黒いシミを作っている。
リビングの窓は割られ、ガラスの破片が散り、テーブルの上におかれた食器類はすべて床に落ちている。家具はボロボロ、カーテンは破れ、窓から入る風に揺らいでいる。
その中に横たわる人間が二人。
僕が一番尊敬していたたくましい男性と、いつもやさしかった小柄な女性。
服は赤く染められ、呼吸はせず、目は永遠に光を通さない。
『何が……あったの?』
僕は泣いている。状況は理解できている。だが、あえて言葉にすると、それが事実になってしまうような気がして、事実であるのに、それを認めてしまうような気がして、僕は涙を流す。
空が紫色に染められていて、暗い。
家の外からは狂気に身を任せる魔物の声が聞こえる。
そんな中で、涙を流し続ける。
ふと、僕の肩に何かが触れた。
『何……?』
僕がゆっくりと後ろを振り返る。
『男の子でしょう?泣かないの』
一人の女性が、そこには立っていた。
ゆっくりと僕の頭に手を置いて、その人はいう。
『大丈夫よ、君は私が守るわ。大丈夫、絶対に――――』
じりりりりりりりりりりりりり!
「!」
俺は飛び起きた。
反射的にいつも目覚ましが置いてある方向に手を伸ばして、自分が床に布団を敷いて寝ていることに気がついた。
「ああ、そういえば……」
昨日来たあの少女。白夜にベッドを占領されて、俺は仕方なく床で寝たんだった。―――――畜生、なんだかいやな夢を見た気がするぜ。ぜってえ床で寝たせいだ。ストレスで胃潰瘍にでもなったらどうしてくれんだ?
しかし、どんな夢だったか………。
夢は起きると大体思い出せなくなる。基本的に、どんな夢だったかが抽象的に分かる程度にしか思い出せないのだ。
ただ、なにか凄く嫌な夢だった。
俺はベッドの目覚まし時計に手を伸ばし、それを止めた。
……まだ眠い……。
いつもこんな感じだ、俺は出発時間の約二時間前には起きるようにしているので、まだまだ睡眠を滂沱する余裕は十分にある。
ってなわけで、ほとんど毎日二度寝をしているのだ。
俺は布団にもぐりこみ、二度寝を始めようとした。
その時だった。
「……う……」
布団の中に何かいるのに気がついた。
俺の腰辺りに、今突然何かが巻きついてきたのだ。
俺の頭に、昨日見たパラサイドのうねうねが思い浮かぶ。
「ま、まさかありえないよ……な」
恐る恐る、布団をめくり、覗き込んだ。
「…………」
俺は絶句した。
白夜がいる。体を丸めて静かに寝息を立てているが、腕が俺の腰に回って、頭が俺のおなか辺りに当てられている。
「ふ……ん……」
体を動かす白夜。俺が動いたから体勢が変わったのだろうか……って、そんなことはどうでもいいんだった。
「お前ッ!何してんだそこで!」
俺は白夜の頭部にチョップを食らわせた。
「ふぐっ……! な、何?ああ、陸」
「ああ、じゃねーよ!なんで俺の布団にいるんだよ!」
「駄目かしら?」
「駄目だろ!」
何なんだろう、こいつ。常識がないというか。いや精霊とか言ってたし、もしかしたらあっちではコレが全然問題行動じゃないかもしれないけど、俺的にはすげ―嫌だ。
「まったく、いつの間に…………とりあえずここから出ろ」
「ふえい……」
もそもそと布団からはい出し、眠そうに眼をこする白夜。
俺は自分が出来る限り最高の嫌味顔で白夜に言った。
「人の布団にもぐりこむって、神経大丈夫か?」
「失礼な!誰が布団にもぐりこんだんだよ!」
お前だ!
「あれ?陸が私の布団に入ってたんじゃないの?」
そんな趣味はございません。
「じゃあ、私の夢遊病です」
ニコッと笑って、俺の布団の上で倒れこむ白夜。
見るとすでに寝息を立てていた。
「……………はあ、チビは寝つきが良くていいですね」
クソ、目が覚めちまったよ。
俺は白夜を残し、自分の部屋から出ると、階段を下りてリビングに向かった。
「もう一度訊こうか」
「ああ?」
「なんでお前がここに居る」
俺がまだ誰も居ないはずである早朝のリビングのドアを開けると、何故か、本当に何故か旭が居て、普通にコーヒーを飲んでいた。
「だから、俺の情報収集能力をなめんなよって」
「いや、情報収集とかそういう類でどうにかなるもんじゃないだろ。そもそも不法侵入だ。追い出すぞ? 警察呼ぶぞ?」
「っふ、警察ごとき、すべて俺の45口径で脳天ぶち抜いてやるさ」
どうして腰に拳銃を持ってるんだこの男は。
「…………もういいや。親が起きる前には帰れよ?」
「もちろん、面倒なことになるからね」
旭はずずーとコーヒーをすすり、目だけを俺のほうに向けた。
「で、なぜ俺がここにいるかというとだな」
「ああ、なんだよ」
「ナイトホークの総司令殿から直々に命令があってだな」
司令て、そんなやついるのか。つか、そんなの電話で済ませよ。電話番号知ってんだろ?
「俺と陸でチームを組めと」
「は? なんだそりゃ」
「簡単に言えば、ほとんど行動を共にし、任務以外でも常に情報交換及び援護ができる状態にしとけと言うわけでござんす」
「つまり、アレか。俺はお前と一緒にいろと、しかも常に? どういう状況においても?」
「そういうことだな。だから、俺はお前をストーキングしてだな」
「きもいきもいきもいきもいきもい」
「うっせ、俺だって男なんかとチームなんか組みたくねえわ。どうせなら背丈150cmあるかないかくらいの女の子か、同学年くらいのツンデレな子かもしくは………」
「黙れ変態」
「だれがロリコンだ!」
「言ってねえっつうの!」
なんなんだコイツは。SAでの真面目かつ危険なイメージは何処に消えたんだ!?ブラジルにでも旅行に行ったか? 今すぐ帰って来い。
「ふっ、だが、大丈夫だ」
「何が…」
旭は俺をジッとみて。
「俺はホモではない。普通に純情な一中学生だよ」
何カッコいいこと言ったぜ俺的な感じになってんだ変態が。
「そこの面だけは心配してねーよ」
とりあえず、俺はそう言っておいた。
旭は「そうか」と言って、何かを考えるようにあごに手を当てた。
「ほかに言うことはないな……じゃあ、それだけだから」
「そのためだけに家に不法侵入したわけ!?」
思考回路ぶっ飛びすぎだろ!?
「そういうことになるね。あ!そうだ」
旭は何かを思いついたらしく、俺に輝かせた目を向けた。
「お前の妹の寝顔観察していいか?」
今度ロケットランチャー打ち込もう。こいつに。
「話し終わったならさっさと出てけ!」
「ぐほ!」
俺は旭を出窓から蹴りだした。
「ひでぇな……一応命の恩人だぜ?」
「不法侵入を許したんだからチャラだよ。妹に変なことさせてたまるか!」
旭は残念そうに首を振ると、手を振って帰っていった。
「何なんだよ……マジで」
俺は朝からかなりの倦怠感に包まれていた。
「忘れ物はないね?」
「大丈夫だよ。行ってきます」
俺は家から出て、学校への道を歩き出す。昨日色々ありすぎたせいで、どうもこの日常がありがたく感じてならない。
家の前の階段を上ると、すぐ大通りにでる。
車の行き来が激しい場所だが、まだ朝早いので、そこまで沢山走っているわけではない。
俺はいつも脇の歩道をあるていく。
実はこの道、地味に坂道になっていて、夏場なんかはかなり汗だくになる。
まあ、ここはまだいいんだけど、
問題は次だ。
大通りをしばらく行き、途中横に曲がり小さな路地に入っていくのだが、ここが凄い坂になっている。誰だって、角度45に限りなく近いんじゃないかとおもうし、自転車で上から走り降りたら凄い速度になりそうな予感がする。そんな場所だ。正直、疲れている時はこの場所が地獄の大砦に思える。
そこに、ちょっと倦怠感を感じながら差し掛かったときだった。
「ん……?」
俺が視線を向けた先に、例の変態がいた。
「旭……?」
俺は呟いた。あれ?俺と同じ中学の制服?
「あいつ、俺と同じ場所に通ってたのか?」
俺は多少疑問に思ったが、しばらくそいつを観察した。
「あ……?」
すると、突然旭がしゃがんだ。
「どうしたんだ?」
俺はまたあのバケモノが出てくるのかと思い、周りを見渡す。
だが、周りにはいつもの朝の風景があるばかりだ。
「何してんだ?あいつ……」
俺は疑問に思い、ふと坂の上を見ると、
女子高校生が、数人固まって歩いているのが見えた。
今流行りなのか知らないが、スカートが短い。
「………」
読めた気がする。
俺はゆっくりと旭の後ろに近づき、明らかに目が高校生を追っている変態の頭をサッカーのPKよろしく思い切り蹴り飛ばした。
「むぼほぉ!!」
旭は前に吹っ飛び、仰向けに倒れた。
「誰だ……この俺がナイトホーク14番隊隊長、島田旭様と知っての狼藉か……?」
唸るように、絞りだしたかのように、旭が言った。
「どちらかというと、お前がど変態だと知っての狼藉だ」
「ん?その声は安倉陸!」
旭は立ち上がると、ニヤニヤ笑顔で近寄ってきた。
「よー。挨拶代わりに一発か?なかなか粋じゃないか」
「挨拶代わりって……お前が変な行動してるからだろ。何してたんだ?」
大体分かってるけど。
「知的好奇心の探究」
「馬鹿だろお前」
昨日会ったばかりだが、不思議と話が弾む、というか、単純に俺がこいつにツッコミ入れているだけだが。まあ、それでも、誰かと話していると多少気がまぎれて、この坂も楽になるな。
俺はさっき思ったことを旭にいう。
「そういえばお前、俺と同じ学校だったんだな」
「昨日初めてあったばっかりの云々」
「へいへい……旭」
「ああ、まぁな。多分クラスが違うから判らなかったんだろう」
「そうか……てか、旭二年?」
「そうだぞ?どう見たってタメだろうが」
いや、旭は俺より多少身長がでかいんだよね。ほんとに多少。だけど、ちょっと年上に見えなくも無い。
「そういえば年齢聞いてなかったな。まあ、俺の大人っぽい雰囲気に三年と間違えても仕方ないけど」
そういわれるとなんかむかつく。
「子供っぽいから一年かと思ってた」
「あんだと?」
「冗談だよ。で、旭は何組なんだ?」
「俺は2組だ」
「そか、俺は2組なんだ」
…………。
「は?」
「へ?」
俺と旭は顔を見合わせた。
「同じクラス?」
「お前、いたっけ?」
…………。
俺と旭は、同時に叫んだ。
「お前影薄ッ!」
学校に着くと、案の定誰も居なかった。
「一番のりぃ!」
旭は教室のドアを思いっきり開けると、自分の机にかばんを放り投げて、教卓に座った。
「子供かよ……」
俺は小声で言い、ため息をついた。
自分の席、廊下側の一番前の席にバックを引っ掛け、椅子を引いて座る。
「俺の定位置だし。先生来るまでなら問題ないだろ?」
「そういう問題なのか?まあ、いいけど」
俺には関係ないしな。バックからノートと筆箱を出し、机の中にしまう。
「……そういや、そうか。お前、アレだろ?」
「なんだ?」
旭は何か思い出したようにニヤニヤ笑みを浮かべ、俺に言った。
「去年の自己紹介で、ふざけて変なこと言った奴。お前だったよな?」
う……。
嫌な事思い出しちまった。俺の黒歴史なのに。
「あれ?気にしてたのか?」
旭は面白そうに言って。手をひらひらと振った。
「結構。忘れてくれ」
「無理。あれはインパクトあり過ぎだし」
なんてこった。
もう一年経ったし、みんな忘れていると思ったんだけどなあ。
「俺の記憶能力舐めんなよ?」
情報収集能力の次は記憶能力か?
「あって損はない」
だろうねえ。
がらら…
その時、教室のドアが開いて、担任の村田が現れた。
「おや?安倉に島田……早いな」
「おはようございます」
「おはよーざっす」
「島田。教卓から降りなさい」
「へーい」
旭は教卓から飛び降りて、俺のほうにやってきた。
「安倉は朝から結構いるが、島田。お前は遅刻常習犯では無かったか?去年は……」
「今年から更正したんですよ」
ニヤニヤ笑みを浮かべながら、旭は言った。去年旭がどんなだったか知らんが、うそくせえ。
「そうか、何時までも続くといいな」
先生もそう思ってるっぽいな。
「今学期中は続くと思いますよ?」
「……期待しておく。……あ、そうだ安倉に島田」
「はい?」
「実は今日、転校してくる生徒がいるんだが、結構朝早くから来るらしいから、一足先に学校を案内してやってくれないか? 特にやることがないのであればでいいのだが」
転校生?この時期に?
俺は旭のほうを見た。
旭はニヤニヤを絶やさない。それは営業スマイルか何かか?
「いいですけど、どこかで待ってればいいんですかね?」
「そうだな……」
村田は時計を一瞥した。
「いや、この時間ならもう来ていると思うぞ? 職員室の前にいるはずだし、ちょっとついて来い」
俺は机から立ち上がって、旭、村田と共に職員室に向かった。
そこで待っていた人物は意外な人だった。
「この二人が学校を見せてくれるそうだ」
「はい……って陸?」
「あ?」
「(クスクス)」
「陸じゃん」
「白夜ぁ?」
昨日あった現在俺のパートナーとかいう精霊。白夜がそこにはいた。
「なんだ?安倉と知り合いなのか? ならちょうどいい。案内してあげなさい。安倉」
「え、ああ、はい」
村田はそういうと、職員室に入っていった。
「来るとは思ってたが、次の日にとはね。なかなか手が早いな」
旭が感心したように言った。
「旭がお姉ちゃんとパートナーだからね。ここの制服とかは割と簡単に手に入ったよ」
「なるほどな。確かにそれなら納得できる」
「いやいや、ちょっと待て」
俺は話に取り残されそうだったので、そこで突っ込みを入れた。
「何?陸」
「お前って、何歳だよ?」
俺より遥かに年下だと思っていたが。
「失礼だな!私は陸と同い年よ」
え、えええええええええEEEE??
この、チビが、同い年?
「チビって言うなぁ!」
あごに軽いパンチが飛んできた。
「ああ、ごめん……でも、なんで学校に?」
俺が訊くと、白夜は笑顔で答えた。
「だっていつどこでSAが発生するかわかったものじゃないでしょ?だったらいつでも精霊とリンクできないと危ないじゃない」
「それは、そうかもしれないけど」
「だから、パートナー同士は出来るだけ近くにいた方がいいの」
そんなにバンバン現れるもんなのか、あれ。
それに、そんないつも一緒じゃなくてもと言おうとした時だった。
「ちなみに俺は常にリンクしてるがね」
旭がボソッと言った。
まさか……。
「もしかして今、銃持ってる?」
旭がブレザーの中を見せた。
ワイシャツの胸辺りの位置にホルスターがあり、リボルバーが収まっていた。
「銃刀法違反だぞ?」
「ばれなきゃ大丈夫」
「……体育は?」
「ああ、実は靴下の中にも小型のナイフと、それから……」
「いや、いい。言わなくて」
俺は白夜に向き直り、話を続けた。
「だから、お前は俺と同じクラスに入ると」
「そういうこと。よろしくね」
マジかよ。なんだかメチャメチャになってきたな。一日でここまで物事って進展するもんなのか?
「気にするな。すぐに慣れる」
旭がニヤリと笑う。
「慣れるって、これから毎日ずっとコンくらい濃度の高い生活を送らなきゃならんのか? まさか毎日SAは発生しますとか言い出すんじゃ?」
「どうかな? お前の腕と、実力次第?」
それはつまり、SAが発生してもさっさと片付ければ少ない拘束時間で済むぞと言いたいのか?
「常に受身で戦う部隊か。嫌だねぇ」
先手を取ったほうが有利であるのは、いつの時代も変わらないと思う。
俺がそういうと、旭は返す。
「常に受身ってだけで常に不利って訳じゃないぞ? 昨日はただの偵察のつもりが随分と人を発見したんで、強行的に発生源を叩いただけの話だ」
旭は言う。発生源を叩いたというのは、即ち人を殺したんだな。
お陰で、沢山助かった人間も居たのかもしれないけど、なんかこう、アレだよ。
白夜は首をかしげて俺の顔を覗きこんだ。
「どーかした?」
「いや、なんも」
なんでもない。本当に。
人を旭が撃ち殺したとしても、俺の命はそれであるんだ。
文句言う筋合いなんて、無い。
旭はふっと笑った。なにがおかしいといいかけて、旭に先をとられた。
「ところで、お前も一応靴下の中にナイフでも仕込んどくか?四本くらい余ってるんだが?」
いつの時代も先をとったやつが勝つ。
俺は、心の中を吐き出すその準備を一蹴されてしまった。
代わりに文句っぽく旭に言う。
危なっかしいな。まったく。
その後、白夜、旭と学校中を巡り歩き、簡単に説明した。
場所の説明をするたび、白夜は「へぇー」とか驚きの声を発していた。やはり、人間界のものは珍しいのかな?
「だろうな。こいつらが元々いた世界ってのは魔法が普通に存在する世界だったろうし」
ファンタジーとか、メルヘンだとかの世界を俺は思い描く。白夜のほわほわした感じに見事にマッチングする。
「まあ、SAで空中から銃が出てきた時に大体予想はついたけどさ」
「便利だよな。あれ」
旭は笑って言った。 ほぼ武器庫を背負ってるようなレベルだ。便利じゃないわけない。
学校を一通り周ると、もう朝自習の時間になっていた。
「じゃあ陸。私はホームルームでクラスに紹介されるから、職員室に戻るね」
「あいよ、じゃあな」
いったん白夜と別れる。白夜は廊下を走って、階段から階下に消えた。
「お別れのキスは?」
「死ね変態」
ふざける旭を連れて、俺は教室へと向かう。時刻は8:25。この時間には着席していないと、普段は一応遅刻扱いになる。
「早く行かないと不味いんじゃないか?」
旭が俺に尋ねてきた。
「別に大丈夫だろ。こっちには正当な理由があるわけだし、頼んできたのも村田だし」
とりあえず、急いでいる雰囲気を出すため軽く小走りで教室に向かう。途中で別の教師に見つかると面倒だからな。
「どっちが早くつくか勝負するか?」
「は?」
「なんとなく」
旭がそんなことを言い出す。何の意味があると言うのだ。
「なんとなくだって言ってんじゃんか。今なら、負ける気がしない」
「いや、だって、お前さっきリンクしてるって」
「……バレたか」
何がしたいんだよ。
そんなことをしている間に、俺達は教室へと辿りついた。俺達を除いた全員がそろった教室にはいり、残った自分達の席についてホームルームが始まるのをまつ。
すると、後ろの井上が、突然話かけてきた。
「何処行ってたんだ?バック置いてあるから遅刻じゃないとは思ってたけど」
お調子者の井上は、めんどくさい時と面白い時との二面性を持った男子だ。割と前者が多いのだが。
無論だが、一対一の会話で相手する気分にはなれない。
「野暮用」
と軽く返し、俺は前に向き直る。
すると、今度は横の女子、相原が俺の肩を叩いて振り向かせた。なんだよ。
「やっぱり転校生関連なんでしょ?」
俺はその言葉を聞き、はっとしてクラス内を見渡す。
どことなく、皆、そわそわしている感がある。まさか。
「……みんな知ってるのか?」
「うん。誰かがうわさみたいな感じで流したんだって。朝、担任と知らない二年生が職員室前にいたって」
すごい情報連絡網だな。女子は口が軽いのか、仲がいいのか……。
「それで、その後、島田と安倉がその子と歩いてたって言うから、何か知ってるかと思って」
それでいて、すげえ情報量だな。感心するぜ。
「知ってるも何も、そいつ知り合いだし」
「え?そうなの?」
「ああ、昨日知り合ったばっかだけどな」
どこで会ったかは伏せる。言ったら精神病院送りにされる可能性を孕んでいるので。多分。
「へぇ…知り合いだったとはねぇ…」
相原は俺の言葉にうなずいた。すると、今度は後ろの井上が、
「その子可愛いのか? どうなんだ?」
とか訊いてきた。なんだこいつ。
「お前に言う筋合いないだろ?」
「いいじゃないか。友達のよしみ」
井上は目を輝かせて俺を見ている。お前は何を期待してんだ。
「いや、だってこのクラスの女子連中はみな美人とは程遠いからさ」
「失礼ね。みんな結構いけてるわよ。アンタの目が腐ってるだけ」
相原が噛み付くように言った。
「それはこっちのセリフだ。お前みたいな奴に可愛いって誉められたって嬉しくもなんともないだろうよ」
「なんだと?アンタ黙って聞いてりゃいい気になりやがって」
「ああ?文句あっかよ?」
相原と井上が本気の喧嘩モードに入った。斜めの席位置で悪口を言い合ってる状態はうるさいが、ま、色々聞かれるよりはマシだな。
「もうそろそろかな」
俺は時計を見つつ、後ろのBGMを無視しつつ呟いた。
がらがら
「あ」
「おーい、静かにしろー」
決まり文句と共に、村田が教室に入ってきた。
「今日は転校生がいるんだ。悪い印象与えたらどうする?」
「待ってました!」
誰かが叫んだ。
俺は、先生の後ろにいる白夜を見た。
白夜もすぐに気がついたようで、俺にウインクしてきた。
……大丈夫か?自己紹介。
俺の無言のメッセージに、白夜は笑顔で返した。
余裕よ、といわんばかりに。
「…………と、言うわけで、皆さん宜しくお願いします」
ホームルームが終わり、先生が教室から出て行く。
「ほー、なんとか終わったぁ……」
黒板の前には、安堵のため息をつく白夜がいた。
「やっぱり緊張するものなのか?」
俺は白夜に歩み寄り、声をかけた。
「ああ、陸……それなりよ。やっぱり沢山の人の前に立つのは初めてだし、ちょっとドキドキするよ」
白夜はへへへっと笑った。
「ところで白夜」
「はい?」
「さっきの苗字、アレってアドリブ?」
「へ?」
先ほどのこと。
白夜が前で名前を言う時、苗字が「菊池」となっていた。
俺は「白夜」という名前であることしか知らなかったので、その苗字が本名であるのか、それともアドリブなのか判断できなかったのである。
「ああ、うん。その場で思いついたから、書いた。本当は「安倉」って書くのが妥当なんだけどね、それだと色々困るでしょう?なんか……あの、色々と」
「ああ、困る」
そこの配慮はさすがです。
俺達が談笑していると、横から井上が顔を出した。
「始めまして、俺、井上正樹っていいます。菊池さん」
「は、はい?ああ……はい」
白夜は突然かけられた声に少し戸惑ったようだが、何とか返すことが出来た。
俺は井上が何か粗相の無いように見守ることにする。人間がみんなこの井上バカみたいな奴らだと思われるのは困るからな。
「今回、転校してきたと言う事で、色々不安もあるでしょうし、何かあったら俺に相談してくれればなんとかしますよ」
……ッ!こいつ、何こんな優しいオーラかもし出してんだよ!
俺はふき出しそうになるのを必死で抑えた。
井上はおそらく気づいただろうが、位置的に俺は白夜の後ろにたっているので、白夜本人は気付くよしもないだろう。
「ああ、ありがとうございます」
白夜は笑顔でそう答えた。
井上は顔のがほころび、ちょっとしたり顔をしていたが、
「でも、陸がいますし、大丈夫ですよ。ねっ陸?」
と白夜が俺のほうを向いた瞬間、一気にWhatマークが浮かび上がった。
ちなみに俺も、なぜそこで俺に話が来るのか判らなかったが、次の瞬間には、俺は井上によって教室の隅まで引っ張られていた。
「おい……」
「なんだよ?」
「お前、あの子とどういう関係だ?」
はあ?
「まさかのカレカノ!?」
「ねえよ。何考えてんだてめーは」
俺は井上の頭をぶったたいた。
「いてえな……」
「普通にただの友達の解釈してくれ。それもまだ昨日初めて会ったばっかりのな」
「じゃあ何故!お前はあの子に名前で呼ばれてんだぁあああああ!!」
あーうるせえこいつ。
「名前で呼ばれてるから何なんだよ? それとうるせえな、ボリュームを下げろ馬鹿」
「いや、普通大抵、友達同士は苗字で呼び合うもんだろ? なぁ?そうだろ!?」
名前で呼んでも問題ないと思うのだが。ていうかそんなに悲壮に満ちた声で同意を求められても。
「そんなルールはねえよ。周りが皆そうだからそれに合わせてるだけだろ? 大体俺以外にもいるだろ。そういう奴が」
「いや、しかしだな……」
井上は何かぶつぶつ話し始めた。そういえば、こいつの変態度と旭の変態度はどっちが上なんだろうか?なんて疑問を浮かべる。
「呼んだか?」
何処からとも無く現れたるは旭。
「うわあっ!あ、旭!心の声に反応すんじゃねえ!」
「俺の読心能力を舐めんなよ? ところでそこの井上。何をぶつぶつ言ってんだ?」
「いや、今思ったんだが、男女はどれくらいの仲の良さになると名前で呼び合うようになるのだろうか……?」
「そうだな……おそらくだが――――」
話に乗るんじゃねえよ!
俺はそんな事を思ったが、おそらく言っても無駄なので、あきらめて放っておくことにした。
俺が白夜の前に戻ると、白夜は他の女子連中と話していた。
「あら、そうなの白夜ちゃんは安倉君の家に?へえ……」
「そうそう、それでね、昨日晩御飯が……」
ってお前は何の話をしてるんだぁ!
「え?いや、私の家を聞かれたから、陸の家に住んでるって言っただけだよ?」
すんでるっていっただけ?
「うんうん。そうよ?安倉君と白夜ちゃんがとっても仲がいいって事はよーくわかったわ」
…………マジかよ。
「うん。仲良しだもんね!陸?」
待て、白夜。俺の予想がただしければ、向こうの女子連中はおそらく物凄い誤解をしていると思うぞ?
「え?何が」
白夜はきょとんとしている。本気で判ってないらしい。
「いいのよ白夜ちゃん。あなたは何も知らなくていい」
「余計なこというなぁあ!!」
くそ、視線が痛い。
なんだ、このカップルを見るような視線は。
「おうおう。なんだ陸? 昨日の間にもうそんな関係に発展したのか?」
旭が突然こちらにやってきて、言った。発展してない!発展してない!
「まあ、いいんじゃないかしら?お似合いよ?」
「だからちげぇっての!」
俺の叫びも空しく、一時間目の開始を知らせるチャイムがなった。
授業なんか聞いてる余裕無かったよ。
周りの友達からうわさの真偽を聞かれ続けていた俺は、もう午前中の授業は早鐘のように過ぎていったからな。で、給食を食って……昼休みだ。
――――今日は本当に時間が早い――――。
おそらく白夜による気苦労が多いせいだ。苗字を同じにしたら不味いって判るのに、どうして同居の話を持ち出したんだよ……。白夜は白夜で、なぜかその話の時上機嫌だし、何か根本的に違うのだろうか。
昼休みは皆が暴れまわり、校舎中が震えるかの様に話し声、笑い声が耐えない。その間を狙って、俺は本を読んでいた白夜を連れ出し、図書室に連れて行った。
そこで先ほどの話の意味を教えてやると、かなり申し訳なさそうに謝っていた。
「ご、ごめん。そんなになるなんて思いもしなかったから……」
まあ、悪気が無かったなら仕方ないけどな。
昔俺も悪気は無しに……いや、なんでもない。
とりあえず、皆の誤解を解かなくてはならないだろう。
さてさて、どれくらいかかかるかね?
「人のうわさも七十五日っていうから、二ヶ月半くらいだろ」
…………。
俺は後ろを振り返る。そこには、案の定旭が立っていた。
「何故居る」
「いや、教室でてくのが見えたから。ちょいと後をつけただけさ。何、ちょろいもんだぜ」
「そのストーキングスキルはいつ身につけたんだ?」
「ところで白夜。ここで何の話をしていたんだ?」
「スルーかよ」
「ん、さっきの噂話のやつ。私が考えもなしに話しちゃったから、陸に迷惑かかっちゃったの。はあ……」
「気にするな。こいつは何気に優しい奴だ。きっと許してくれるさ。もう二度としなければな?」
「何勝手に言ってやがる。俺はお前とも昨日始めて話したんだz……」
といおうとした所で、旭が俺の口を塞いだ。
「いや、白夜。こいつは素直に優しさを表に出さないだけだから。だからこういう言動をとるけど、実際はそんなに気にしてないからな?」
そう、口早に、優しげな目で言った旭は、俺を引っ張り本棚の影に隠れた。今日はよく人に引っ張られるぜ。まったく。
「ここは黙っとけ陸。彼女はまだこっちに来て一日だ。知らないことだらけで不安だらけだろうから、これ以上苦労を増やさないでやってくれ。誤解を解くのは俺も手伝うからな。一応、俺にも責任あるし」
「何が昨日の間にもうそんな関係に発展した、だよ馬鹿」
「悪い」
顔の前で両手を合わせる旭。それでもニヤニヤ笑っているが、多少反省の色が見えるのは確かだ。
俺はうぅ、と唸って、仕方なしに首を縦に振る。
「……はあ、判ったよ。我慢すりゃいいんだろ?」
「やっぱり優しいとこあるじゃん?」
「はいはい」
「じゃあ、今すぐそれを彼女に伝えて安心してもらおう!」
「お前誰なんだよ。マジで」
「善は急げ、だ! 陸!」
「ちょい、まてまて。まてってオイ!!」
俺は再び旭に引っ張られ、きょとんとしている白夜の前に戻った。
「……?」
「あーいやその、なんだ」
俺がどう口を開こうと悩んでいると、
「こいつもう気にしてないから、これから気をつけてくれればいいってよ」
旭が全部喋っちゃてるんだよね。俺は一言も言ってないんだよね。
だが、そんなことはこの少女には関係ないらしい。
「……そう? ごめんね。これから気をつけるから」
白夜は普通に納得しちゃった。
こんなに人を信じる奴は珍しいな。本人から聞いてないのに……。そもそも、本人が目の前に居るのに第三者が代弁するのはおかしいとか、思わないのかな?
俺の心境を察したのか、旭が俺の耳元で囁いた。
(この子、超純粋で可愛いな)
(何言ってんだ旭?)
白夜は嬉しそうに笑って、立ち上がった。
「じゃあ、せっかく図書室だし、本を借りてくるね」
白夜は、足早に去って行った。
「あーあー……俺の今日一日のストレスは何処に発散すればいいんだろ?」
「銃でも撃つか?」
日本は銃国家ではない。
「やめとく、警察沙汰になりかねないし」
「そうか」
「…………」
「…………」
人がいない図書室はあまりにも静かだ。
ちょっとはなれたところで、白夜は本を捲っているのだろう。時々、紙が刷れる音が聞こえる。それ以外は、下の階で人が走る音が小さく聞こえる。
「平和だ。これはとても美しい言葉だよ」
突然旭が口を開いた。さて何を言ってるんだろうねこいつは。詩人でも目指してんのか? 向いてない止めておけ。
「日本は戦争に巻き込まれてるわけじゃない。平和に決まってんだろ」
俺は軽く言って、旭の方を見た。
「……いや、ねえ?………・・普段あんな化けもんと毎日のように戦ってるから」
そうなのか?
「そうだよ。何所にいてもあの紫色は現れるし、ほとんど週一、多いと週三日とかあったりするぞ?」
っていうかそれ、コレ以降の俺にも当てはまるってことじゃねえか。
「……ずいぶんめんどくさいものに巻き込んでくれたね?」
「あそこで俺に会わなきゃ死んでたくせに」
そりゃそうだが。
旭は背伸びをして、あくびをした。
「まあ、どうせ暇だろ? まず死んだりしないから付き合ってくれよ。頼りにしてるぜ?」
頼りにされても、実戦経験なんてあれが初だぜ? エアガンで撃ち合ったりはしたことあるけどさ。
「それで十分」
旭はにやりと笑った。十分なのか?
「おう」
「ねえ!みて陸!」
ゴッ
後頭部に衝撃が走った。
みると白夜が俺に本を突きだしているが、その角、今俺の頭に直撃しただろ?
「あ、ごめん。って、そんなことより見てよこれ!」
そんなこと?そんなことっていったかお前コラ。そろそろキレていいかな?
「押さえろ陸」
旭がくくくっと笑って言った。心を読むな。
「で? なんだよ?」
「これ!ふとさいなおすって人の本!すごいよ!」
「ふ……ふとさいなおす? …………」
「うん!これ借りてくるね!」
そう言って貸出カウンターの方に向かう。一人物静かな少女が椅子に座っているのに、今気づいた。
「図書委員居たんだ……」
「失礼な奴だな陸」
旭は真面目な顔でそう言った。変態に言われたくないと思うんだが、いかがだろう?
「太宰治……だろ?それ」
「へ?」
学校からの帰り道、隣を歩く白夜の手の中の本を見て、俺は言った。
「ああ?……あーそうか!なるほど!」
今さらって感じだが、やっぱコイツのいた世界では太宰治も知られてないんだな。
「ある意味、こっちではすごい読み間違えだ」
「そうかな?私、凄い?」
「あーすごいすごい」
「わーい!」
なんだろうこの扱い易さ。
(純粋無垢で可愛いな)
耳元で突然声が聞こえる。
恐る恐る振り返ると…………!
「またお前か」
「よう陸」
旭がいつの間にか後ろに立っている。
「わっ!旭!」
白夜も驚いたらしい。後ろを振り返ってそう驚嘆したんだから間違いあるまい。
「やあ白夜ちゃん。うちの妹にならないか?」
とりあえず旭の頭を思い切り殴った。
「酷い……仮にも命の恩人!」
「いつぞやの不法侵入でパーだよ」
「今殴ったのはグーだった」
「そういう意味じゃねえ!」
あーもうなぜこいつはココまで腹が立つのだろうか……。
「まあ、陸のパートナーだし、旭の妹になるのはちょっと無理かな……」
いや、真面目に返さなくてもいいんじゃないか?
「そうか……残念だ」
なんでお前まで真面目に返してんだ。
「でも、あきらめないぜ白夜ちゃん!俺はいつの日か、君を手に入れてみせる!」
「う、うん!分かった。もしその時はよろしくねっ」
二人してどうしてこうまでノリノリなのか?
俺は付き合ってられないので、一言置いて足早に家へと歩を進めた。
「ちょ、陸待ってよ!」
白夜が追いかけてくる。
「なんだよ?」
「冷たいなぁ……。もう少し仲良くしてくれてもいいんじゃない?」
冷たいって言われてもな……。
「そうだぜ?少しは俺の冗談に乗ってくれてもいいじゃないか?」
旭が再びひょっこりと現れる。
「お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ変態」
「へ、へんたいだってー!?」
「……それ驚くところか? ていうか、お前が元からこのちんちくりんを妹にしたいなら、元からお前がこいつのパートナーになればよかったんだよ」
「ち、ちんちくりんって……」
白夜が口を尖らせた。構うもんか。
「そうだなぁ……でも、俺は黒夜はいい奴だと思うし、大体、白夜ちゃんがパートナーだったら、俺はリンクのたびに妄想で鼻血まみれになっちまうぞ・・・?」
やっぱ変態だな。
「うっさい。それに、パートナーは基本的に一人の人間に対して適任は一人しか居ないんだよ」
「何?」
「陸には白夜しか合わない。逆に、陸は白夜とぴったり合うってこと」
「俺はもっと大人の女性が好きなんだけどな」
俺が素直な感想をもらすと、下からパンチが飛んできた。
「むー失礼ね!」
「まったく失礼な奴だな陸」
「本当、失礼な殿方ね」
うぐ……。
「さすがに三人に言われると傷つくぞ?」
ま、少し言い過ぎた感もあるけどさ。
「なら謝って」
「ごめんなさい」
く、どうしてこうなるんだ。
視線を少し逸らす、旭は俺を見ながら笑いを堪えている。
すっげーむかつく。
そんな俺の心情を察したのか。
「陸、パートナーは大事にしろよ?」
旭はにやりと笑い、言った。
「なんだ、戦いに必要だとか言うのか?」
「それもそうだし、適任はお互いに一人しか居ない。陸には白夜ちゃんしかいないし、それに」
旭は片方の唇を吊り上げ、意地悪く言った。
「これから一生付き合うことになるんだろうしさ」
へ?
「たっだいまーっ!!」
白夜が元気いっぱいと言った感じにドアを開けて叫んだ。
「あらお帰りなさい白夜ちゃん。それと陸もね」
なぜ本来の家族であるはずの俺がおまけみたいな扱いなんだろうか? 誠に遺憾である。
「まー白夜ちゃんは今日始めての学校だったからねー」
「楽しかった!」
「そう?良かったわ」
そう言って、夕食作りにキッチンへ戻る。
伯母さんは楽しそうでいいな。全く。
こっちは色々と散々だったというのに。
俺の気持ちを知ってか知らずか、白夜がこっちを向いた。
少し申し訳なさそうに、それでいてちょっと嬉しそうな微妙な表情を浮かべている。
「今日はごめん陸」
「……あー、んまぁ気にすんな」
謝られるのは慣れていない。
誉められたり、怒られることは多々あれど、俺は人のために何かをすることはない。
そもそも人と深く接しない。
だから、感謝や、謝られるということが無い。
人に迷惑を掛けられたこともほとんど無いし、人のために何かをしてやるなんてもってのほかだからな。
「陸?」
「いや、なんでもない」
俺はやんわりと返し、自分の部屋に向かうために階段に足を掛けた。
と、そこで振り返り、
「白夜、制服は着替えろよ?」
「ふえ?」
いきなりキャンディーに手を伸ばした白夜に告げた。
「一生、ねぇ………」
「どうかしたの?哲学?」
俺の部屋に常時他の人がいると、今までとなんだか勝手が違うな。
「独り言だから気にするな」
「えー?独り言って心の中で言うもんじゃないの?」
「無理、声に出ちゃうタイプだからな」
「てことは、ババ抜きとかポーカーしてる時も自分の手札を明かしちゃったりするの?」
さすがにそこまで愚かじゃねえよ。
「そっか、でも試験中に頭の中で考えてる言葉が知らず知らずに声に出ちゃうとかはありそうだね」
うっせえ。あってたまるか。
白夜はにこりと笑うと、図書室で借りた「人間失格」をパラパラと捲り始めた。
「……文学小説か」
「そうよ。……こういう本は嫌い?」
「あんまり読まないかな………」
ふーんという声を残して白夜はまた黙った。
俺は軽くため息を付いて、また旭の言葉について考え始めた。
一生って事は、俺は死ぬまであの戦いをするって事なんだろうか?
………うーむ、めんどくさい。
たしかに子供の頃は銃を撃って撃って、正義のために戦うっ……て言うのはカッコいいと思ってたが……。
今じゃ、単純に命を粗末にするようなもんだしなぁ……。
「また難しい顔してるよ?」
「難しいこと考えてるんだよ」
「自分が被っている道化の仮面をどうやって隠そうとか?」
「小説の登場人物を俺に当てはめるのは止めような?」
俺の言葉にきょとんとしている白夜。
俺は人間失格ではない。たぶん。
「……結果的に言うと、お前と白夜は確かに一生の付き合いになる」
旭が電波越しにそう俺に告げた。
「それはどういった意味だ?」
携帯電話を当てる耳を変えつつ、俺は訊いた。
場所は俺の部屋。俺は学習机の椅子に座りながら、旭と通話中だ。
白夜はさっき一階に降りた。おそらく伯母さんの手伝いでもしているのだろう。
「どうもこうも……言葉通りとしか言いようが無いけどな?」
「……なんだ?結婚とかそういうことじゃないことを祈るが」
「したいのか」
「まさか」
「だよな。お前みたいな奴に限ってそれは無いと思った」
くすくすと耳障りに笑う旭。
「いや、でもさ」
「何だよ?」
「やっぱり、俺は死ぬまであの世界を止めることを続けなければならないのか?」
「いまさら拒否する気か?抜けたいなら抜けても構わないぜ?」
「いいのかよ?」
「いいけど、一度リンクした時点でお前はある程度の感覚でSAに入らなければ生きることは叶わないし、俺達の存在をしっている無関係者ということになれば抹殺指令もでると思うがな?」
「結局死ねってことかよ」
「そういうこと。抜けるなら、だが」
結局俺に自由は無いんじゃないか。
「そうなる。ていうか、そこらへんは俺とて同じさ。こっちは小学生からやってんだ。それに比べりゃマシだと思えよ」
どうりであそこまで冷静な訳だぜ。
「慣れたよ。色々な。もう5年くらいになるが、仲間も結構死んだし、俺の上だった人も殺された」
「……やっぱり死ぬ危険性もあるわけか」
「そりゃあ、な」
「……あのバケモノにってことだろ?」
俺は確認するという意味で訊ねた。
が、旭は少し黙る。
「……え?どうした?」
「…………実際、ちょっと違うんだよなーこれが」
旭は真面目な声で話し始めた。
「お前にはもっと先になってから話そうかと思ってたんだけどさ」
「な、何だ?」
「俺らの目的はクリーチャーを倒すだけじゃないんだ」
「へ?」
だって、昨日そうだって説明受けたぞ?
「違うんだって。実際には、それはオマケでさ」
「……もっと強大な敵が居るんだ!とかアニメ的なノリじゃないだろうな?」
「ところがどっこいその通り。その名は「ミニコト」」
「みにこと?」
「そう、俺らと同じく、精霊とリンクした人間達の集団」
「は?」
あのバケモノの集団とかかと思ったら、人間?
「そう。 人間」
………って事はだ。
「俺らはその……人と殺しあうわけ?」
「そうだ」
旭は軽く言った。だが、俺にとってはかなりの衝撃だった。
なにその戦争。
「仕方ないだろ、あいつらはガチで全人類を滅ぼそうとしてるし、クリーチャーってのはあいつ等が人類を抹殺するために作り出した、いわば生物兵器だし……」
ちょ、まてまてまて
「何だよ……」
あのー……全人類をなんて言いました?
「滅ぼすって言った」
……マジで?
旭の説明によると、こういうことらしい。
「良いか陸。奴らは自然保護をモットーとする急進派の団体だ」
旭は壱から、すべてを話すと言って説明を始めた。
「あいつらは自然を、地球を守るためにはどうすればいいかについて討論した結果、全人類を滅ぼせば良いという結論に至った。奴らはそれを実行するために、自然界から戦闘兵器を作り出した。それがクリーチャーだ」
「アレって人工のものだったのか?」
「ああ」
「SAは?」
「そいつは自然発生だろうけどな。やつらからすれば、「利用している」ってことになってる筈だ。特徴的なSAの性質をな」
「どういうことだよ?」
旭は電話の向こうでため息をついたようだ。
「至極簡単。SAの中では完全犯罪が可能ってことだ」
「?」
俺が疑問符を浮かべると、実にかったるそうな口調で旭は言った。
「SAの中に入った普通の人間を、銃を持った奴が殺して誰が気付く?発砲音も聞かれない。現実の世界とは基本的に別空間だから死体や血痕も残らない。どうやって誰かが死んだって気付く奴がいるよ?」
「待てよ、死んだかどうかは分からないけど、少なくとも現実世界からは消える訳だし、家族とか気付く気もするんだけど」
俺が言うと、旭はくくっと笑った。
「そうか、その考えがあったな。お前には・・・まだ説明してなかったっけか?」
「?」
「SAの特性だ。心情の世界を体現するあの世界では、こちらに生きる人の記憶とあちらに行ってる物の状態は等しくなる」
「難解だな、つまりどういうことだ?」
「要は、あっちで死んだ奴はこちらでは忘れ去られる、ってことだ」
「はい?」
「同じ事を二度も言わせるな。あっちで死んだ奴は――」
「そこは分かった。で、でもなんで?」
旭は何を言ってるのか分からない、とでもいいたげにため息を付いた。
「その説明も二度目になるが?」
「ああ、ごめん」
さっきの意味か………。
「ってことはだぞ旭、殺したい奴とかを向こうに送り込んで、そいつをクリーチャーに食わせれば……」
「うん、完全なアリバイを持ったまま人を殺せることになるな。あくまで普通の人間からみて、だけど」
………どういうことなの……。
「あいつらからすると、非常に追い風な特性だろ? 目をつけないわけない」
「………それが敵」
「そ」
「じゃあ、俺が巻き込まれたのはほとんど……」
旭は、ははっと、楽しそうに声をだした。
「お前が言ったとおり、戦争かな?だいたい」
簡単に言ってくれるよね。ほんっとうに。
お前は、どうしてそうも簡単に考えられるんだ。
「はーん……。殺し合い?」
「殺し合い」
「サバイバルゲーム?」
「同じ様なもんだ。当たったら死ぬだけで」
どこが「同じ様」なのか説明して欲しいんだけどな。当たったら死ぬとか、そんなのサバイバルゲームでもなんでもない。字面はあってるけど。
「いいだろ別に、殺られる前に殺ればいいだけなんだからさ。ほら、お得意のp-90で」
化け物を撃つのと、人間を撃つのだとだいぶ違うと思うんだけどなぁ?
いつも俺の心理を読む旭だが、この時は無視しているのか、それとも自分に都合の悪いことは聞こえないのか、俺の不満など無い物のように話を続ける。
「まぁまぁ、あのまま俺が助けなかったらお前は死んでたんだし、恩人に報いるためにも力を貸そうぜ?」
中学生に人殺しを薦める中学生……。
「ぶっちゃけ、どうかと思うが」
「気にしたら負けだよ。大丈夫、俺が隊長として、お前の命は保障してやる」
「………ああ、頼りにしとくよ。お前、腕だけはよさそうだしな」
「……どういう意味だ」
旭がぼそっと呟いたときだった。
ガタン!という音と共に、俺の部屋のドアが勢い良く開いた。
「陸!ご飯!」
「びゃ、白夜か………驚かすなよ」
てか、お前ドア蹴っただろ。
「くくく、精霊はこっちの常識に関しては酷く欠如しているからな。
しっかりと教育してやれよ?」
……ほんと、厄介なものを連れ込んでくれたよな。
「はいはい、じゃ切るな」
「おうよ」
携帯電話の通話終了ボタンを押す。
「早く!陸!冷めちゃうよ!」
「そんな早く冷めるわけが無いだろ?」
俺は白夜に続いて、部屋を後にした。
「今は同時行動してもらわないと困るんだよ、陸」
「その白い精霊と共にな………」
「……うーん」
深夜2時
俺の枕元においてあるデジタル時計はそう告げていた。
「…眠れん……」
何度も何度も寝返りをうつ。今晩何度目なんだか。
「駄目だ」
俺は観念して布団から起き上がった。
ベッドはもちろん白夜に占領されている。困ったもんだ。
もしかして、ベッドで寝ていないから寝付けないのか……?
ちょっと復讐でもしてやろうかと思い、俺は白夜のほうを見た。
小さな白い少女は、小さく寝息を立てて眠っている。
……まぁ、今日のところは見逃してやろう。
まるで主人公に倒された雑魚敵の様なセリフを思い浮かべて、俺は音が立たぬよう、ドアをゆっくりと開け、部屋から出た。
「はぁ……」
ため息をつきながら階段を下り、家から出た。
「……」
「眠れなくなったら一度外に出てみる」というのは俺の一番ポピュラーな睡眠欲促進法だ。
今回も、それを実践してみたのだが……。
「結局駄目なのかねぇ………?」
夜中は静かで好きな時間だ。
割と賑やかなところに居るのが苦手な俺は、孤独、とか思ったりしない事が多い。
一人のほうが好きだから。
いつから、そんなことを思うようになったんだろう。考えてみても何も思い出せない。
「……………」
こうしているうちに眠くなるだろう。+
多分。
「夜はお化けの時間だよ?」
「!」
背後から声がして、俺は驚き振り返った。
「白夜」
「おはよう………じゃないよねこの時間的に」
妹の寝巻きを着たまま目をこすり玄関先にたつ白夜は、どうみても自然に目が覚めたようには見えない。
「おこしちゃったかな……?」
「いや、分かんないけど急に不安になったから目が覚めた」
どういうことだよ。
「わかんない」
白夜は俺の横まで歩いてきた。
「そっちこそどうしたのよ。こんな時間に」
「たまにあるんだよ。眠れなかったりな」
「ふーん……」
二人並んで空を見る。
夜中でも星はほとんど見えない。都会の汚れた空気と人間の道具が発する光のせいで打ち消されてしまう。
「……一等星がやっとかな」
白夜が口を開いた。
「ああ、やっとだ」
「完全な星空って見たことある?」
「……無いかも」
プラネタリウムって言っても分からないだろうな…。
「人間界は悲しいね。あんなに綺麗なものを」
「悲しいか?」
「悲しいよ。人は科学を発展させる代わりに、沢山綺麗なものを犠牲にしてる」
「……」
「ミニコトがそう言ってるの。だから人を殺すって」
「でも、それは…」
間違っている。そう言おうとして、口をつぐむ。
「間違いじゃないの。人間は、やりすぎたかも知れない。そう思っても、間違いじゃないかもしれない。自然界に生きる生物の仲間なのに、それを自ら壊してる」
白夜の言葉にだんだん熱が篭っていく。
「でも、私達はそれじゃ駄目だって言ってる。仮に人がとても残虐な事をしたとしても、勝ったものが上に立つのは当然だって。科学が生まれたのは人が優れていたから。負けたものは下に這うしかないって」
「………」
「どう思う……?」
「どう思うって言われても………」
どっちも間違ってるとは言えないだろ………。
「自然保護は大切だってのは分かってる。だけど、人を全滅させるのはやり過ぎだ」
「人が、自然を喰らい尽くすとしても?」
「それは極論だろ。そうなる前に手を討とうとしてる人だって沢山いる」
「間に合うなんて保障はないわ」
「それは……そうだけど……」
「じゃあどうするのよ」
「……人を滅ぼすのが、自然にとって一番いいのは分かる」
間違いじゃないとは思うけれど。
でも、それじゃ、俺達はどうすればいいんだ?
動物達に生きる権利がある。だが、いくら自然を破壊したからと言って、人間に生きる権利は無いのだろうか?
そんなハズない。あくまで、俺の勝手な創造と考えだけど。
「……でも、俺はそんな理由で殺されたくない」
「え?」
「自然保護のため、人間を滅ぼすっていうのさ……。間違ってるって言い切れないけど、俺はまだ死にたくない」
白夜はぽかんとしている。
「いや、難しいことは分かんないから。俺に双方の意見、どちらが正しいとか、そんな判別は出来ない。こういう話は旭のほうが絶対面白い意見をだしてくれるさ」
「………いや、陸の意見、とってもいいと思うよ」
「……そうか?」
「うん。自分のことを優先するって、あまり無い発想かなって。第一、今は全世界の話してたし」
つまり、それって『論点から外れた答え』ってことじゃん。
「そうなるね」
「一番駄目なパターンじゃないか?」
俺が言うと、白夜は首を横に振った。
「生き物は、自由に暮らすべきなのよ。もちろん人間も。型にはまったら、楽しくないじゃない? そういう意味じゃ、陸の回答は的を得ているのかも知れないよ? みんな、すべていわれたとおりに行動することなんて出来ないんだから」
白夜はそういうと、俺に微笑みかける。
「………ああ、そうかもな」
駄目って言われたことって、やりたくなるしな。ちょっと違うか?
俺は空を見上げる。
自然保護、か……。
結局、俺にはどちらが正しいのか、分かりそうもないな。