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「プロローグ」&その1「宵闇の銃弾」

「プロローグ」



中学に入学してから早くも一年たつんだなぁ…としみじみ感じてしまうのは、なにも俺が去年一年間を無意味に無駄に過ごしてしまったと感じている訳ではなく、ただ単に、去年別クラスの担任だった教師が、机に頬杖ついてボーっとしていた俺のクラスに何のためらいもなく入ってきたのを見てそう思っただけである。

実際のところ、俺の去年は小学生が単純に制服を着て、ただ単に今までと違う校舎で今までと少しばっかり違うことをしているだけのような感じで終わったように思う。

しかしながら、皆の顔つきや態度、もしくは性格といったところで見たとき、それはこの一年で大きく変わったといえるだろう。何故かと言われれば中学生になったという理由付けで少しはっちゃけた事をし始めるからだろうし、もしくは部活動で今まで体験したことのない経験を重ねていくからだろうし、もっと言えば、中学からイメージチェンジなんて輩もいないとは言い切れないだろう。

そんな中、俺が何を変えたかといえば何も変えてるつもりは無い。

あえて言うとすれば趣味の銃に関する雑誌を始めて買ったり、小遣いが多少増えたりしたが、変化と呼べるものではないだろう。別に何かを変える必要はないと思うし、そもそも自分で変えよーたってそう上手くいかないのが世の常人の常だと思うからだ。

とは言ったものの、俺も何か変わってるのかも知れないけどな。自分で気がつかないうちに、周りに影響されているなんて事も十分考えられるとは思わないか?

そして人は俺がわからないそれを分かっていて、けど口には出さないのかも知れない。そしてそいつも自分は何一つ同じだと思っていて、けどやっぱり他から見ると変わっているのかもしれない。

ほら、あれだよ。自分の飼っているペットとかそんな感じだ。

自分は毎日見てるから判らないけれど、たまに来る友達なんかが「うわー、こいつ大きくなったなー」なんて感想漏らして。え?みたいになったこと無いか?

そんなもんかも知れない。俺が変わってないなんてのは個人意見で、実は他の奴らは違いに気がついてるかもしれないな。

アンケートとかな。一人だけに聞いてYESと答えたからって百パーセントだなんて言い切れないよな。プラス九人聞いたら全員NOと答えるかもしれない。そしたら比率は1:9だ。俺がその少数意見の可能性だってあるんだよ。他人とコンタクトできないから確かめようがないことだし。

さて、どうでもいいことを長々とかたってしまったな。すまない。どーも俺はこういう癖が抜けないんだな。これは変わらないなと誰が見ても思うんじゃないかい?

無変化ってのは、非常に難しいものなんだろう。毎年、いや毎日でも人間は少しづつ変わっていくんだと思う。精神的にも肉体的にも、その他もろもろの面でも。

ただ、思うんだ。

去年の俺は、フツーの中学生だったんだぜ?

特別モテるわけでもない。スポーツ万能でもないし、勉強だってたいしたことはない。そういうどこにでもいるごく普通の中学生だったんだ。

それが中二になって早々何故…。

一体全体なぜこんなことになってんだ?


その一「宵闇の銃弾」



普通に暮らしている身分の方々は絶対にお目にかかれるわけのない身の毛もよだつ光景だった。

真っ暗で、夜の闇に覆われた町で、俺は建物の影に隠れている。

ほんの少し前まで全速力で走っていたので、もう息も絶え絶え、呼吸も激しく、息を殺すことなんて出来っこない。静まり返った世界での呼吸音は、下手をすれば相手に自分の位置を感ずかれてしまう可能性を孕んでいるのはよく分かっているが、生憎俺は特殊部隊所属のエリートでもなんでもないのでどうしようもない。

何に気付かれるかって? なんでしょう? なんて無理矢理に平静を装ってみるものの、体の口元の震えを抑えるので精一杯だ。

影から頭だけ出し、向こうの、あのバケモノの姿をうかがう。

奴は、その紫を主体とした毛並みを持つライオンは、個人経営のラーメン店の駐車場を練り歩いていた。首をゆったりゆったりと振り、何かを探しているようなそぶり(おそらく俺)をしていた。時々開く口から粘性の高いよだれが垂れて焼肉を焼いているかの様な音と共にアスファルトを焼いている。消化能力高すぎだぞ。胃液はどれほどのレベルなんでしょうねぇ?

なんて、ふざけている場合ではないのだ。

あのバケモノ、間違いなく俺を狙っている。現在見失ってくれているんだから、コレを有効利用しない手はない。

「ふー…」

軽くため息をついて、俺は慎重に、慎重に移動を開始した。動物の耳とか鼻っていうのはとんでもなく鋭敏らしい話を聞く。もしかするとちょっとした音(ちょっと小石が摺れたジャリっという音とか)で気付かれる可能性だってある。そして今気付かれたら間違いなく死である。

結論。音出したら死ぬ。

…なんで俺こんなに冷静なんだか。

実は災害の時とかに生き残るタイプかも知れないぞ、俺。

とか何とか思いながら、俺は隠れていた建物(看板には、シュタージュ有明と書いてあった。何のこっちゃ)を離れ、ライオンがいる駐車場から反対の方向へと移動する。

もちろんこの位置はライオンの居る場所から死角。相手の視界に移ることによる発覚は間違いなくないハズだ。

 よし、俺天才だな。いけるぜ。なんて心の中で思ってもないことを無理矢理思っていることにした。こういうとき、あわてたほうが負けだ。誰のセリフかは忘れた。

一歩、また一歩。ゆっくりと距離が離れていく。が、仮に奴が駐車場からでて、この位置が死角じゃなくなったらアウトである事は忘れてはならない。自然で生きる百獣の王が、文明におぼれた人間風情と鬼ごっこして捕まえられないはずが無い。

だから、次のチェックポイントは考えておく。人間が勝るのは知能だけだからな。

俺はちらと目線を変えて、少し先を見る。

曲がり角。

俺の住む町は住宅街と言ったイメージだから、ちょっと小道に入れば塀が多い。その隙間を上手く使えば最悪奴に追われたとしても撒けるだろう。

隠れる時間を稼げるだけの距離があればの話だけど。

音を立てないように足を進める。今はまだ気付かれていないのだから、出来るだけ距離を稼ごう。生き残るために。

この齢で、世界的には治安がいい日本で命の危機とかどういうことなんだ。

いや、つっこみは後にしよう。まずはこの状況どうにかすることが第一だ。

俺はまだライオンのいる(と思われる)駐車場のほうを向いた。奴がこちらに出てきたら足音が立とうとダッシュで駆け込むために。

と、そのタイミングは神がかり的だったようだ。

奴が、姿を現して、

そして、ゆっくりと。

「ッ!」

こちらを見た。

「グオォォォ!」

ライオンの、そうそう生で聞けない咆哮が俺の耳に届いた。

見つかった。

奴が再び物凄い速さで駆けてくるの視界に捕らえた俺は計画通り即刻走り出した。

さっきまでゆったり移動していたお陰で、随分と息は整った。もう一度走っても差し支えないレベルだ。俺は出来る限りの全速力で駆け出す。

もちろん奴もすぐに俺の後を追い始めた。咆哮していたときは立ち止まっていた為、その分だけスタートが出遅れているのも、俺の命が明日まで続く確立に貢献してくれている。

あとは、俺が頑張れるか頑張れないかの差だ。

走るときにこぼれる、奴の荒い息使いが少しづつ背後に迫る。だが、それと同時にさっきの曲がり角も近づいてくる。

行けるか!?

俺は半ば滑り込むようにして角に曲がり込む。

後は、隠れることが出来れば………。

「うっ!」

そこで、思わずそう声にだす展開。

行き止まり。

 おそらく、昔誰かが車を置くためか何かのために作られたスペース。明らかなデットスペースに俺はすべり込んだらしい。

「ちくそッ!」

チクショウが訛った。だがそんなことを気にしてる暇は無い。背後から聞こえる荒い息が近づく、あと二秒も猶予は無い。

「!」

そこで咄嗟の思いつきが頭をよぎった。

危険な賭けだけど、ええい、悩んでいる暇はない。

「グオオオ!」

俺は化け物が角から現れるタイミングを見計らい…。

「てぇぇぇい!」

「キャウン!」

奴に向かって体当たりを食らわせた。

ライオンの腹部に真横から俺の肩がめり込み、そのまま向こう側へと倒れる。

ゴッ、という音が響く。電柱がライオンの頭部に激突する。そして、地面に俺の下敷きになる形で倒れた。

俺は出来るだけすぐさま立ち上がり、警戒しつつ、相手の様子を伺う。

が、

「……ああ」

ライオンは動きを止めていた。俺の肩が衝突した位置に変色したものが見えるし、ついで頭部には紫色の血が流れ出ている。それほど多量ではないが、打撃により出血している場合、激突ダメージとしては相当なものを喰らっているに違いない。

「はぁ…」

 結果オーライ。 捨て身の行動は何とか俺の寿命を繋いでくれたらしい。これほど命が大事に思える日が来るとはね。 今日は素晴らしい。 二度と経験したくは無いけれど。

俺はライオンが動き出さないか警戒しながらゆっくりと距離をとり、その後、全速力でその場から離れた。




「はー、はー、はー……」

近くのデパート施設に逃げ込んだ俺は、暗がりの自動販売機の近くにあるベンチに座りこんで息を整えていた。今になって考えればそんなダッシュする必要があったかどうか分からないけれど、それでも無駄ではあるまい。いつ目を覚ますか分からない血に飢えた猛獣の傍なんぞ、誰が長居したがるだろうか、いや、誰もしたがるまい。

「なんだってんだよ…」

生まれて初めて紫色のライオンに追いかけられた…………。っていうか、紫色のライオンに追いかけられるってこと事体、人類初だと思う。こんな経験をしたとかいう記述は、世界中の人間の日記帳をあるだけ閲覧したとしても見つけられるとは到底思えん。

逆転の発想をすれば、こんな経験をして生き残った人間がいないという可能性だが……。何か自慢みたいで嫌だからやめよ。

そういえば、と俺は逃げ込んだ建物の中を見回す。

デパートだよな? 必死で走っているうちにあんまり来ない方角まで来てしまったようで、この建物には見覚えがない。間違いなく俺の住んでいる町の何処かであることは間違いないハズだが。夜中、勝手に侵入したのにお咎めなし、ていうか、こんな簡単に侵入できるものなのか……。普通商業施設っていうのは、なにかしらの警備会社にお金を払っているものだと思っていたのだが。ここはそういう事をしないのだろうか。

「さすがに、変だよな」

そう呟いて俺は窓から外を見た。さっきまで全然気付かなかったが、そもそも気にする余裕が無かったが、腕時計がまだ七時を指しているにも関わらず、車道に車が走っていない。それどころか人っ子一人見かけない。

それだけじゃない。夜だから暗いと思っていたが、実際、空は黒ではなく紫色に覆われていて、なんだかゲームで見た魔界の空のようだった。

町並みや道などはどう見たって俺の住んでいた町の筈なのになあ。もしかして、俺色彩感覚なくなったのか?

なんて冗談を考えてみてもラチが空かない。ふざけて逃避するより考えるべきだ。

明らかに普通ではない事はたしか。何かあったに違いないだろう。それに、俺が一人で他に誰もいないことから考えて、世界がおかしくなったと考えるより、俺が一人でこのおかしな体験をしていると考えるべきだろうな。

もしかして、と考える。例えば俺は交通事故で死んで、これは死後の世界という考えも捨てがたいかも。いや、ネガティブだけどさ。

呼吸が整ってきたところで、俺は呟いた

「ここは何なんだろう?」

素朴な疑問を声にだした。

その時だった。

「がうっ!」

「!」

施設のおくから化け物の声がした。

先ほどよりも多少高い声だったが、同類の奴だとみてまず間違いなかろう。

「っち!一匹じゃねえのかよ!」

俺は悪態をつき、急いで立ち上がる。商品棚やレジの陰の何処かに潜んでいるようだ。複数の四速歩行生物の足がリズミカルに床を叩く音が聞こえた。

「ぐおう!」

叫び声、見つかったか? なんで動物って奴は暗くても目が利くのかね?

俺は弾かれたように走り出す。この階の何処かに居るとわかっているなら、上に逃げるしかない。幸い、近場に階段があった。

後ろから肉食獣の獰猛な声が聞こえるが、無視、俺は階段を駆け上がることに専念する。

そして上の階に辿りついたタイミングで、階段の手すりの隙間からそいつが階段の下に現れたのが見えた。

先ほどのライオンと同じ色、いや多少メタリックがかかったような紫っぽい色合いの体に、大きな牙が二対生えた狼だろうか。

それが、三匹ほど鼻をひくつかせていた。

俺を見る目は獲物を狙う獣そのもので、殺意が殺意がひしひしとおおおおおおおおおおおおお!

奴らが動く前に、と俺は上階へと駆けあがる。二段飛ばしで、疲れるのも忘れてただひたすらに上る。音で感づかれる可能性もあるが、そんなことに気をつけたところで狼が持ってる鋭敏な嗅覚ですぐ見つかるにきまっているのだから、まずは離れなければ。

「がうう!」

気づかれたか。後ろのほうで階段を上る音が聞こえた。飛ぶように、実に器用に階段を乗ってくる。その速度は、やはり俺のそれを明らかにしのぐ。

「畜生!」

俺はひたすら階段を上った。少しペースが上がった気がしたのはおそらく錯覚。まだこんな所で死にたくない俺は、兎に角必死で……。

「!」

突然、目の前に扉が現れる。

「ッ」

俺は考えるまもなく、その扉を開けた。その瞬間、風が、舞い込んできた。

「屋上か…」

いつの間にかデパートの屋上まで上がってしまっていた。何階立てだったのか、もはや覚えていないが、どれほど走っていたのか。

「不味い……」

屋上に追い込まれては、万が一にも逃げ切れない。狼どもから逃げ切るために飛び降り自殺なんてのは本末転等どころの騒ぎではない。

後ろを振り返り、しまった扉に耳を当てる。足音はまだ聞こえない。ということは、とりあえず見失ってくれたのかもしれない。だが、目が無くても鼻がある。耳がある。野生のハンターの前に、科学を失った万物の霊長は何にも対抗できない。人間とは実に脆いものだな。なんて、この極限状態で悟ったところで何の武器にもなりゃしない。仏は無情だ。

「くそ………」

せめてもの抵抗だ。扉の前に座り込み、簡単に開かないようにする。

といっても、無駄なんだろうなぁ、と肩を落とす。あの跳躍を見たあとでは、この程度の防衛策がどれほどの効果をもたらすかなんて考えるまでもない。無駄だ。

食い殺されるのか?俺は?

まだ生まれてから14年。まだまだこれから楽しめる時期だってのにさ。

そんな風に、自分の運命を呪っていた時だった。

「………C地区に簡易型のSAが発生した。現場に急行し、原因解明に向かう。要素バランスは良好。緊急度ゼロ。繰り返す。C地区に簡易型の―――」

「なっ!?」

人間の声に、俺はかなり驚いた。俺以外に誰かいたという孤独感からの解放、とでも言うべき感情が、ゆっくりと湧き出た。

と、

「調査を開始する、通信おわ……」

 階段の裏から、右手にトランシーバーをもち、左手をズボンのポケットにつっこんだ、それも俺と変わらない年齢の少年一人が、現れた。

 短い黒髪に、少しだけ目つきが攻撃的な。そんな…。

……って、え?

「………あー」

そいつは俺を見て、酷くかったるそうに目を細め、一度舌打ち。

「すまん。追加要素を発見。おそらく敵ではない。年齢13,4と見られる男子。武装無し、怪我無し。不審点はなし、一般人と思われる」

そいつは俺をまじまじと見ながらトランシーバーにそう話しかけると、突然背中にすばやい動きで左手を回した。

戻されたその手には、拳銃が握られている。

「!」

俺は向けられた銃に驚き、後ずさる。

 まさかの人に殺されるエンドなのか!? 

「何をびびってんだよ……まあ、こんなんでびびるようじゃ、やっぱりあいつらのお仲間じゃないんだな」

そいつはトランシーバーを肩掛けの中に押し込むと、空いたほうの手でもう一丁同じ銃を取り出した。

――やっと分かった。あれはソーコムMK23。45口径の大口径弾を使用する高威力の拳銃だ――。

って、こんな所でミリタリー知識を暴露したところで何にもなりゃしない。

「ここで何してんだ?」

声をかけられて、少し驚いた。 銃を持った赤の他人相手なら誰でもそうなるだろうという、想像を浮かべ、だが答えなかったら撃たれるという一方的な被害妄想で何とか答えをつむぐ。

「何……って。気づいたらこのへんなところにいて、紫の化け物から逃げてたらここにたどり着いただけだ」

出来る限り簡略したセリフを俺は吐いた。こっちは必死だ。ついさっきまで生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだからな。

だが、そんな俺の心情をよそに、そいつは言った。

「知ってるよ。大体そんなもんだ」

腹の立つ、小ばかにしたようなニヤニヤ笑いを携えながら。

俺は少しイラッとした。ていうか、させてるようにしか思えないからしてやった。

「お前こそこんな所で何してんだよ!」

俺は柄でもなく叫ぶ。叫びながら、自分の言ったセリフの答えを、自分の頭で導き出せた。考えてみろ、簡単だろう? 人を食い殺そうとする狼や獅子と、鉄砲持った人間が一人。

こいつは、もしかするとマジでアニメの世界か何かに迷い込んだかな。

そいつは怒るでもなく、冷静に銃のセイフティをはずして、こう言った。

「何してるって?見て分からないか?」

よくわかった。愚かな質問だったみたいだな。

かんかんかん……。

階段を上る音が聞こえた。あいつらだ!気づかれたか。

「下がってな、丸腰じゃあ餌になるぞ?」

そいつが冷静に言う。そうさせてもらおう。流れ弾っていうもう一つの危険性も増えたことだしな。

俺がダッシュでソイツと扉から離れ、屋上端のフェンスに手が届く位置まで移動したころあいに。

下の階への扉が、衝撃音と共に弾けとんだ。

化け物が三匹飛び出し、一息つくことも無くそいつに向かって飛び掛った。

一発貰えば死に至るであろう巨大な牙が、襲い掛かる。

「危ない!」

俺は叫んだ。が、当の少年が聞いていないらしい。

「なんだ? 暇なのか狼」

そいつは微笑をたたえながらそう言うと、両手を交差させ、高い殺傷能力を持つ銃を狼に向けた。

パパンッ!

火薬がはじける乾いた発砲音が二つ繋がって聞こえた。

一番真ん中に居たオオカミの化け物の頭が消し飛び、右に居た化け物の腹に穴が開いた。

撃たれたオオカミは軌道を外れ、少年の右と左、それぞれ1メートル程度はなれた位置に叩きつけられる。そして弱弱しい叫び声をあげ息絶えた。

そいつは地面に転がり、残り一匹の化け物の攻撃をかわす。空を切った牙がアスファルトを小さく削る。

最後の一匹は体勢を立て直し、いざ再び襲い掛かろうとしたところを撃ち抜かれた。

首から上を消し飛ばされたオオカミは、その場に倒れて動かなくなった。

カランカラン。

「す……すごい」

俺は素直に感嘆した。目の前で銃が発砲されるなんて、銃器が好きな俺にとっては一大事で、少しの間自分が置かれている状況を忘れていた。馬鹿みたいに。馬鹿だけど。

「おい!」

なので目の前で叫ばれ、はっと我に返った時はたいそう驚いた。

「何ボーっとしてんだよ?死にたくなけりゃついて来い」

そいつは乱暴に俺の手を引いた。ちょちょちょ。

「何しやがる!」

無理矢理に手を解き、一歩下がってそいつと距離を置いた。そいつの睨みつけるような目にめんどくさいという感情が表れる。

「助けてやろうとしてんだろうが。何しやがるとはご挨拶だな。それとも死にたい性分か? 確かに自殺には持ってこいだよな。骨の髄まで食い尽くしてもらえるし」

 フンと鼻で笑い、ホルスターに銃を戻す。目線は俺の眉間から一回も離れない。

「…助ける? お前……。一体…」

突然、そいつは俺の襟首をガッと掴み、にらみを利かせた。

「お前って呼ぶな。貴様なんぞにお前呼ばわりされる筋合いはねぇ。しっかりと俺の名を呼ばせてやりたいがその前に、お前、なんて名前だ? この先、お前だお前だと呼ぶのは面倒だし、第一親が付けてくれた大切な名前を俺は無下にしたくないしな」

それ以前に俺自身が無下にされてるんだが……。なんて抗議の声が相手に届くわけでもなかった。マジで絞まってるって!

「ぐ……ぐびが…」

「早く言えよ。死ぬぞ?」

殺す気なのかよ。

俺は死ぬのはごめんなので、大声で叫んだ。出来る限り。

「り・・陸!安倉陸!」

そういった瞬間。そいつは唐突に俺を離した。

地面に崩れ落ちた俺は、「突然離す奴があるか!」と叫んで、そいつの顔を見上げた。

そいつは俺を睨んでいた。

疑うように、眉をひそめて。

「陸だと?」

「あ……ああ」

不気味な目だったが、さっきまでの殺気が消えた気がした。

「…?」

なんだってんだよ。

「安倉、陸か…。なぁるほど」

そいつはニヤリと笑うと俺の襟首を再び掴んだ。今度は前ではなく後ろから。

「ぐほっ」

俺は再び首が絞められる状態になる。先ほどよりしっかり絞まってはいないからギリギリ呼吸は可能だが、苦しい。

「黒夜!」

そいつは空に向かって叫んだ。

すると、はいはーいと何処からか声がして、そいつの体が浮き上がり始める。

「なっ?」

「いいから掴まってろ」

俺はそいつの腕に手を伸ばした。指先が触れた瞬間。俺の体も浮き上がり始めた。

「わ、わ、わ!」

「うるさい奴だ。マジで殺しとけばよかったかも」

そいつは実にうざったそうに言った。って、殺す?

「お前、さっきから何なんだよ! 俺と同い年くらいのくせに、銃持って、しかもこれはなんなんだ!?」

俺は訳が分からない状況と、そいつの行動にイラッとして怒鳴った。こっちはそこそこキレているにも関わらず、そいつはニヤニヤと腹のたつ笑みを浮かべて、言った。

「お前じゃない。俺は島田旭。アキラだ。ついさっき会ったばっかの奴にお前呼ばわりされる筋合いねーんだよ」

「こっちだって同意見だ。お前みたいな―――」

俺の言葉は途中で途絶えた。

アキラと俺の体がものすごい勢いで飛行し始めたのだ。

「うわあああああああああ!!!!」

「だから、うるせえっての」

アキラは余裕そうに振舞っているが、俺は完全にヤバイ。ジェットコースターなんかより明らかに早い。しかも揺れるから、目が回りそうだ。空を切る音が耳に響く。今どこら辺を飛んでいるのかを見る余裕もない。馬鹿じゃないかこいつ!

俺が吐き気を催し始めてきた時、突然飛行の速度が落ちた。

直後、先ほどとは違うビルの上に叩きつけられた。

「もぶっ!」

「しっかり着地しろよ、みっとも無い」

そうはいうけどね、あんたコレは初心者にはきついっすよ。

俺の言い分をまったく聞かず、アキラは銃の弾倉を交換し始めた。

「……はあ」

俺はため息をついてその場にへたり込んだ。

「お前さー…」

「ついさっき会った奴に以下略」

「はいはい……アキラ」

「あ?」

露骨に嫌な顔でこっちを見てくる。

「アキラって、何なの?」

「知りたいか・・・? ふん・・・まあ言ったところで無駄だろうけど」

アキラはマガジン交換を終えて、銃をホルスターに戻すと、背中に背負っていたバックから何か出した。

「え?それって」

銃だった。知ってるぞ。MK23より明らか低威力である22LR弾の拳銃、コルトウッズマンだ。だが、低威力であるが故に射撃時の反動も小さいので、誰でも扱いやすい。

「ほらよ」

アキラは俺にそいつを乱暴に放り投げた。

「あぶねえな。暴発したらどうすんだよ」

俺はあえて空中でキャッチしない。もし下手に掴んで引き金に触れてしまったら大惨事を引き起こしかねないからな。まあ、まだ薬室に弾丸が装填されているとは思えないけど。

アキラは俺の言葉を聞いて、行動を見て、驚いたようだ。

「マジかよ。お前、銃のこと結構詳しい?」

地面に落ちたウッズマンを拾いながら、俺は答えた。

「趣味だよ。前々から」

人差し指をまだ引き金にはかけないっと。これ常識な。

「へえ……ちょうどいいなお前」

何がちょうどいいんだ?

「いや、別に」

アキラはニヤニヤ笑いを浮かべながら、ボソッと言った。

そうだ、他にも聞きたいことが山ほど……

「俺はな、ここの世界を守るための組織の一員なんだ」

はい?

突然、電波的なこといいはじめたぞ?

俺が目を細めているのに気づいたアキラは睨みを利かせ言った。

「お前がさっき聞いたんだろうが」

そうだったな、そういや。

「ああ、悪い…ってお前が俺の話の腰を折ったんだろうが!」

「よく聞けよ、ここはSA。Sentiment Area(センチメントエリア)

無視すんじゃねぇっ…って。

「せ・・・せんちめん? なんだそりゃなんてった?」

「センチメントエリア。心情域だ」

アキラは真面目な顔で続ける。

「ある種の人間が心に抱いた負の感情で出来上がる世界。その人間が負の感情を強く抱けばそれだけエリアも拡大する」

「はあ?そんなものがあるわけ……」

言いかけて自分で思う。今居るこの変な世界。コレだ。コレがそうなのだ。

「俺はそこに入って、その発生現を突き止め叩く戦闘員。「ナイトホーク」だ」

「ないとほーく?」

「そう、それで銃を持ってるし、色々出来たりする」

空飛んだりか。

「そう」

アキラはそういって、立ち上がった。

「まだ、やっぱり信じられないところもあるけど、嘘じゃなさそうだな」

俺もそれに続いて立ち上がる。手にウッズマンを持って。

「で、この銃は何?俺にも戦えってのか?」

俺が問いかけると、アキラはニヤリと笑って、

「後ろ見てみ」

と言った。

先ほどのオオカミの姿が頭をよぎり、俺は速攻後ろを向いた。

「はあ………」

オオカミは居なかった。びっくりした。後ろに居るのかと―――。

そう思った瞬間、俺の目が何かを捕らえた。

少しはなれたところにあるビルの上に人が立っている。

が、その人は普通とは何かが違った。

「パラサイド……」

アキラがぼそっとそう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

パラサイド、寄生虫。確かにそういうとしっくりくるかもしれない。

紫色で半透明の触手がその人の体に巻きついている。ここからでもはっきり見えるくらい大きく。

「アレが原因だよ。バカみたいに悩みすぎたせいで化け物に取り付かれちまった哀れな人間。ふん、とんだお笑い種だな」

あの人間が原因?それでこの世界が出来上がってるというのか?

「そうだ。それを見つけて周りについてる紫色の虫とか動物とかその他もろもろを殺せばこの世界は元に戻る」

「……もし、この世界を放っておいたら?」

「ドンドンでかくなって、そのうち地球を丸々飲み込む。そしたら元の地球は幻になり、こちらが正しい世界になってしまうよ」

触手が男の体に巻きつき、うねうねとうねる姿に、俺は鳥肌が立った。

「アレをたおすのか…」

俺は独り言を言って、銃を握り締めた。

「……残念……巻きつかれているのが女だったら良かったのに」

アキラがまた何か言ったが聞き流す。てか、こいつこういうキャラなの?

「助けるんだろ?どうすんだよ?」

俺はアキラに声をかけた。

「あーまあ、そうだな」

かったるそうにそういうと、バックからアタッシュケースを取り出す。

バックの容量すげえ、と思えるほど大きいケースを。

アキラはそれをあけた。

「あ……」

中には、分解されたスナイパーライフル。SVDが入っていた。

……って。

「撃ち殺すの?」

「駄目なんか?」

いや、駄目というかなんと言うか…。いや、駄目だろ。

「もし人に当たったらどうすんだよ?それに兆弾とかもありえるだろうし」

「いや、大丈夫。ハナから人間を殺すつもりだから」

もっと駄目だろ。

「だってさーあの周りについてる奴はまだ倒し方が見つかってないんだぜぇー?」

アキラはそういいながらSVDを手早く組み立て、初弾を装填した。

「まてまて!マジで、撃つな」

俺が必死で抵抗すると、アキラは呆れたように言った。

「あそこに居るバカのせいでこのエリアに飲まれた何人もの人間が死ぬかも知れないんだぞ?」

へ?

「お前もその一人で、運よく助かったが、他にも何人巻き込まれていてもおかしくないんだ。化け物はあの人間が居る限り生まれ続ける。あのパラサイド、KT3は倒し方が分からないが、基本あーゆータイプは宿主が死ぬと死ぬからな。一体多の命、どちらが大切だよ?」

うぐ……。

俺は押し黙る。そういう生命倫理をここで俺に突きつけるか。

たしかに、そうだったら一人を犠牲にした方がいいかもしれない。あくまで俺の一意見だ。

「いいな」

アキラはSVDを構えて、スコープを覗き込む。

そして彼が、息を止めて照準を合わせ始めたときだった。

ばごっ!

「!」

屋上の周りに転落防止の為に置いてあるのだろうフェンスが歪んでいた。

そして、そこには

「あ……あいつッ!」

先ほどの奴らとは一回りも二回りもちがう巨体を持つライオンがいた。

間違いない。俺が体当たりで倒した、アイツだ。

「RО―X……!」

アキラが叫んだ。

その直後、ライオンがその巨体を持ち上げた。

凄い早さだ、アレだけあった距離が一瞬にして縮まり、あっという間に俺はライオンの攻撃範囲に入った。

「やべっ!」

反射的にウッズマンを持ち上げ、俺は引き金を引いた。

パンッと軽い発砲音がして、弾丸が飛び出す。

弾はライオンに当たったが、軽傷だ。やはり22LRの威力ではダメージが薄い。

「ごおう!」

ライオンが爪を振り上げ、俺に襲い掛か…。

ダァァァァンッ

銃声。ライオンが横に吹っ飛んだ。

見ると、横腹から紫色の血が流れだしている。

「間一髪!リク逃げろ!」

アキラが両手で銃口から白い煙の出ているSVDを持っていた。

「助かった。まじで感謝」

俺はアキラの傍に急いで駆け寄る。

「安心するにはまだ早い」

俺はアキラの目線を追った。

「げ」

ライオンの怪我が、みるみるうちに治っていく。

「ま、マジかよ」

「コイツの特徴は高い運動能力と超再生能力だ。普通の弾丸じゃ致命傷になりえないから倒すのはほぼ不可能。方法があるとすれば一撃でばらばらにするレベルの武器が必要だ」

「それってなんだよ」

「簡単。ロケット弾とかC4とか……、まぁ大爆発する物で消し飛ばすしかないってこと」

俺は、自分の顔が青ざめるのを感じた。

「そんなもの、あるのか!?」

旭は平然としているが、狼を相手にするときの様な余裕が有り余っているという様子ではなさそうだった。

「…馬鹿だな。もちろん」

ライオンの怪我が治った。

「持ってないっての」

「ごおお!!」

ライオンが再び襲い掛かってくる。俺とアキラは反対方向に逃げながら銃を撃った。

俺の弾丸はほとんど無力だ。この弾丸の有効性がありえるとすれば……。

ライオンが、ギロリとこちらを睨んだ。

目を潰す。もちろん、両目。

俺はレーザーサイトのスイッチを入れた。こいつはレーザーポインタを銃に固定し、素早い狙いを付けやすくする光学照準機。日中ではかき消されて見えないが、この暗さならば十分効果がある。

銃を持ち直し、化け物に向ける。

刹那、ライオンがこっちに走ってくるのが見えた。

俺は目の少し下あたりを狙う。

……くそ

さすがにこの激しい運動のさなか小さな目に当てるのは難しい。それに、銃が好きでも実際戦闘したことがあるわけじゃないのだ。百聞は一見にしかずってやつだ。

 だが…。

「ごおおっ!」

「っと!!」

俺は横にとび、ライオンの攻撃をよけた。俺、やれば出来るじゃん。

出来る出来ないではない。とりあえず、今はやる。手に小型の拳銃があるだけでも、さっきより幾らかマシだ。

しかし安心は出来なかった。ライオンはフェンスに足を引っ掛けるとスーパーボールのように跳ね返ってきたのだ。

俺は今の横っ飛びで倒れた体を起き上がらせたばかり…っ。

「うぐっ」

体をめいいっぱい、出来る限りそらしてそれもギリギリ回避できた。

だが、そのせいで、俺は地面に思いっきり背中を打った。

「いってえ……」

痛む背中を抑えながら、体を起こす。

ドォォォォォンッ

アキラのSVDが再び火を噴いた。

見ると、化け物がまた吹っ飛ばされていた。ナイトホークだっけか? 言うだけの事はある。走り回りながらあのサイズのライフルを取り回すのは、易いことじゃない。

だがその傷も寸刻と待たず治り始めていく。

「リク!」

アキラが走り寄ってきて、俺を支えた。なるほどな、あのライオン。大きなダメージを与えれば動きを止められるようだ。

「大丈夫……怪我はない」

俺はそれを断り体勢を直した。まだ息が苦しいが、問題ない。

「それより、どうするんだ?この状況」

俺はアキラに尋ねた。

アキラはふっと笑い言った。

「大丈夫だ」

……それ、根拠はあるのか?

 コイツは、何の根拠も無く大丈夫とかいいそうだから、なんとなく俺は警戒していた。

俺がそう言うと、アキラはああ、と言ってから

「今、呼んだ」

「へ?何を?」

俺が目を丸くすると、アキラはニヤリと笑った。

「今日からお前を「ナイトホーク」に入れてやる」

「な、何を言って……」

ナイトホークって、俺は何の関係もないんだぞ!

と、俺は反論しようとして、

その直後、気を失った。






「う……」

気がつくと、俺は固い地面に寝転がっていた。

「な?」

 はっとして起き上がる。俺は一体どうしたんだ!? みたいに映画俳優気取りでもしてみてやろうか? 絶対にいやだけど。

俺は、何かヒントになるようなものが無いか、あたりを見渡す。だがしかし、ただただ、真っ白い空間の中に俺は居た。それだけだ。

てかここ、先程まで居た場所とは別の場所なのか?

「………」

何も言わずに、ただ考える、結論なんて出るわけないけど。

とりあえず、歩いてみるかな?

そう思った俺は、立ち上がり、歩き出した。

やけに、体が軽くなった気がした。




「何なんだ、ここ」

行けども行けども出口が見えない。それどころか、人一人見当たらない。

どれくらい歩いたか、もう自分でも分からないくらい歩いたはずだ。とりあえずあるいてりゃなんか見つかるだろう作戦。失敗。

もしかしてこれ、アキラの仕業だろうか。ナイトホークに入れるというのと何か関係が?

「はあ~「ナイトホーク」に入れてやるって言われてもなぁ……。入りたいとも言ってないし、そもそも何で入れられるんだか」

「そうねぇ、基本的に、理由なしで入れられるわよ?例えば、ここから出してやる代わりに入りなさいとか」

「そうなんだ。へぇ、………ってことは、俺に断る権利はない訳だ」

「まあ、そうなるかな」

「う~ん」

参ったな。あんな銃振り回して化け物と戦う奴らなんか、俺には合わないと思うんだけどなぁ………。

「大丈夫よ。そのうち慣れるだろうし、それに一度SAに入った人はまた入っちゃう可能性は高いの。だから、自分を守る術が手に入ったほうが特だと思わない?」

まあ、そうかもしれんけど……。

「って……」

あれ?俺誰と話してんだ?

恐る恐る、ゆっくりと首を回して後ろを見る。

「どうしたの?」

白い髪の少女が立っていた。

「うわぁっ!」

「きゃあっ!……な、なによ!突然叫んだらびっくりするでしょ!」

いや、驚かされたのはこっちだ。全然普通に話してたし……。

「君、だれ?」

「私は、私よ。知らない人に名前教えちゃいけないってお母さんから言われてるし」

お母さんからって…、ん?

よくよく見ると、少女の背丈は小さく、見た目小学生。高~中学年くらいか……かなりミニマム。

白い髪に、青い瞳を持っている様は外人のようだが、わりかし綺麗に整った顔は日本人のものに見える。だがそこにも幼さが含まれているようで、うん、確かに、実際母親に注意されててもおかしくなさそうだ。

「ごめん。で、ここで何してんのさ?」

俺は子供に接する先生のように、腰を折って彼女に目線を合わせる。

「さーわかんない。でも、お母さんがここで面白い人と会えるって言うから来たの。ていうか、無理矢理入れられたの」

この変な世界にか。酷い母親だな。

「うん。ここどこなんだろうねー?」

「本当に、何なんだろうな」

「ところで、貴方は何をしているの?」

「俺は、変な奴に変なところに入れられてここに居る」

「へえ、そうなんだ。私と似てるねっ」

へへーっと笑う少女。俺は頷いた。

「そうだね。境遇が似てるって事は、俺もここで面白い人を探せばいいのかな?」

「じゃないかな?」

「そうか……」

俺は、自分で確かめるように頷いた。

アキラは俺に説明できなかったのかもな。あまりに急すぎて。

ってことは、この子も多分……。

俺は、この子を一人にさせるのは危ないと思った。

「じゃあ、一緒に探すとしようか。その人を」

「そうだね」

俺は少女と肩を並べて歩き始めた。

一体ここは何処なんだろう?

…………あ、そういえば。

「さっき何でSAとかナイトホークって言葉知ってたの?」

やっぱり、他のナイトホークのメンバーから聞いたのかな?俺の予想では彼女のお母さんっぽいが。

「ん?前に教えてもらったからよ。確か……誰だっけ?お母さんだっけ?お父さんだっけ?それともおねえちゃん?」

「おいおい……」

「ま、まあ、いいじゃない。さがそーよーはやくー」

「分かったよ」




「…………行けども行けども同じ景色だな」

「そう…………だね」

俺の目の前にはまだ白い空間が広がっている。

地面はまっ平らで、依然純白の白に染まっている。空も白いままだ。

「大分歩いたけどな……」

俺はその場に座り込んだ。

「疲れたの?」

少女は俺の横に据わりながら訊ねてくる。

「結構こたえた。中学校では運動部に入ってないから。体力落ちたのかもしれない」

それにライオンに追いかけられた件も、俺には結構重圧になっていたのだ。

少女は首をかしげた。

「どうしたの?」

俺が訊くと、少女は不思議そうに言った。

「中学校って、何?」

…………え?

「知らないの?」

俺は驚いた。これくらいなら知ってて当然じゃないのか?

「知らない。私、聞いたこともないよ」

目をぱちくりさせて俺の顔を見上げる少女。嘘を言ってるようには見えない。

「そ……なのか」

珍しいこともあるもんだな、多分コレくらいの年齢って、中学校に憧れというか、そういうものを感じる年齢だと思っていたが、少なくとも俺はそうだったように。

「えっと、ね。中学校ってのは、小学校の上の学校で、もっと難しいことを勉強するところだよ。君も小学校を卒業したら、きっと入ると思うよ」

俺は簡単に少女に中学のことを教えてあげた。

俺はわかってくれたかどうか少女の顔をうかがう。すると少女は、益々信じられないことを言った。

「小学校ってのもあるの?」

………………。

なん……だと……。

「か、通ってないの?」

「うん。通ってない」

「あ、あれぇえ?」

いくらなんでも幼稚園とか保育所に居る子供の年齢じゃないよな。

小さいとはいえ。

「嘘、じゃないよね?」

そんな事を言ってるようには見えないが、一応訊ねる。

「違うよっ!嘘はついちゃいけないんだよ!」

そりゃあそうだ。

「うん……いや、でも、君くらいの子で小学校に行ってない子なんて初めてみたもんで…………」

「うーー……ん?」

少女は悩んで、それから急に晴れた顔になった。

「あっ!もしかして、祈祷舎のこと?」

「き……?」

「うん。魔法とか、思念波のことを習う場所よ」

ま、魔法だって?

「見てて!」

少女は突然立ち上がり、手を空にかざした。

すると、手の上に光が集まりだした。

「なっ……?」

驚く俺をよそに、少女は叫んだ。

「ヘリオスタット!」

光が光線となり、少女の目の前に進んでいく。

ものすごい勢いで放たれたそれは、すぐに見えなくなった。

「どう?」

くるりと振り返り、俺の顔をのぞきこむ少女。

「……え?」

「……ん?」

お互いに何か気がついた。

一つ解説を加えるとするならば、俺はこの子が人間じゃないことを把握した。

そして、やはり俺の予想だが、この子は俺が人間であることを把握したのではないかと思われる。

導き出される答えは…。

「も……もしかして、俺がここに来た理由って…」

この子に、会うため?

「ま、まさか。貴方、人間なの?」

少女は驚いたように目を見開き、俺に問いかける。

「ああ、人間だよ。で多分君はそうじゃないんだね」

「うん……私は、精霊。人間の、ナイトホークのパートナーになるための……」

その時、突然辺りが急激な光に包まれた。

「うわっ…!」

俺は手で目を覆う。

「何なの?」

光がしばらく光り、少しづつ収縮していく。

すると、そこには。

「げ……」

ライオンだ。さっきアキラと一緒に対峙した、紫色のおぞましい奴。

「クリーチャーだ!」

それを見た少女が叫んだ。

「くりーちゃー?」

「あいつらみたいな紫の化け物のことよ!どうしよう。私はまだ誰とも契約してないから……攻撃らしい攻撃なんて――――」

ふと、お互いに見合った。

「あ、なるほどね」

少女は何か納得した。

「貴方が、私のパートナーになるってことか」

え?

「貴方も今からナイトホークね」

少女はそういうと、右手を俺の胸に当てた。

「彼と命を共有し、我に新たな体と力を与えよ。夜の鷹は、世界を守るために……」

「っちょ!状況が読み込めない!」

俺は焦ってそういった。何か起きる気がする。止めたいけど、畜生からだがうごかねえ!どうなってんだよ!

「いいから黙って。それと、私の名前は白夜だから、何かあったら呼んで。じゃあ、これからよろしくね。えーっと……」

少女の体が光に包まれていく。そしてゆっくりと色を失って……。

「俺は、陸だ」

「じゃあ、陸。がんばって、あいつをぶっ飛ばしてやってね」

え?

俺は目だけでライオンの姿を捉えた。

……あいつのことでっしゃろか?

「ファイト!」

白夜の体が粒子になり、ゆっくりと俺の体を包み込んでいく。

そして、光が消え、明るさがゆっくりと元に戻った。

「今のは……?」

あまりに突然すぎて、俺はまだ理解が及んでいなかった。

えーっとゆっくり考えよう、まず白夜が俺と契約して……俺がナイトホークって奴に……。

と、俺は後ろに殺気を感じ、振り返った。

ライオンがこっちに向かって走ってくる。

「うわあああああ!?」

俺はあわてて走り出した。

「がうう!がうっ!」

ちょ、ちょちょちょちょちょちょちょ!

俺は必死に走る。

と、ここでおかしなことに気がついた。


体が、軽い。


異様に足も速くなってる。体が感じる風が、普段走ったときの感覚とはまるで違う。

「なんだ、コレ!?」

はっと思い、後ろを見る。

ライオンが追いつけてない。少しづつ距離が離れていく。

「がううう!!」

悔しがるような声がこだまする。

「どうして、こんなに俺……」

『あったりまえじゃない!』

「うわっ!」

俺はまた驚いた。白夜の声が何処からともなく聞こえたのだ。

「ど、どこにいるんだ? 白夜?」

『見えないと思うよ。貴方の心の中』

「こ、こころぉ?」

なんとなく、俺は自分の胸をさすってみた。

『そこは心臓だよ陸! 心ってのは精神のものだから、何処にあるとも言えないのよ!』

「そ、そうなのか……ってそうじゃなくて、これは一体どういうわけ?」

後ろを振り返ると、ライオンは、まるでカブトムシと同じくらいのサイズまで縮んでいた。あのバケモノが俺の脚に追いつけないなんてありえない。

『それは、私と契約して、精神結合(リンク)した結果飛躍的に上がった身体能力の賜物よ。私たち精霊にはそういうことが出来る』

白夜は得意げにそう言った。

「……ちょっと信じがたいけど……で俺は白夜と契約したってことになるんだな?」

『そういうこと!』

えっへんって聞こえてきそうだ。どうしてこんなに得意げなんだか。

『どうして得意げかって?そりゃあ、人間にそんなこと出来ないから、自慢したいじゃん!』

「あれ?」

心で考えたことに今受け答えされた? 

まさか、と俺の頭を嫌な想像が駆け巡る。ココロにハイるってことは、つまり…。

『ああ、そうよ。だって私は今貴方の心の中に居るんだもの。考えたことは丸わかりよ』

「げ…………」

なんてこった。下手に考えると、この子に全部見透かされるってことか!?

でもそれって、プライベートもへったくれも……。

『無いわよ?』 

「くそ…俺の心だ!覗くな!」

『えー?』

チクショウ。ダメだ。何処からとも無く口笛が聞こえた。こころの中からそんなことも出来るのか。 馬鹿にすんな。

だが、白夜はぜんぜん相手にしない。ひたすら口笛。

やれやれ、と。俺はあきらめて、白夜に訊いた。

「あいつを倒さなきゃいけないみたいなんだが、武器とかあるのか?」

『武器?』

「そう。魔法とか、そういう類の。お前がさっきやってたから」

『うーん……』

「なんでもいい」

『って言われてもねえ……。あ、じゃあコレは?』

「?」

『手、出して』

俺は前に両手を出した。

どしん、っと両手に重みを感じる。ひんやりとした感覚が俺の手に伝わる。

コイツは。

「P‐90……!」

独特の形をしたサブマシンガン。厳密にはPDWと呼ばれる類のものだが、今は何でもいい。兎に角、アイツを倒せれば。

『これでいいかな?』

白夜が申し訳なさそうに言う。

「十分!」

俺はそれを構えて、後ろを振り向く。

大分離れたライオンの影。

「食らえ!」

俺はその影に光学照準機の光点を合わせると、引き金を引きしぼった。

ダダダダダダダダッ!

連続する射撃音が響き渡る。

普通の中学生は反動のせいでフルオート射撃なんか出来るはずもないのに、白夜と精神結合(?)とかなんとかするとここまで力がつくのか。走った時うすうす感じてはいたけど。

狙い通り、放たれた弾丸はすべてライオンの体に吸い込まれていった。

「ぎゃおおおおん!」

叫び声をあげて前のめりに倒れるライオンに俺は追撃を加えるのを止めた。

『陸!さっさと息の根を止めちゃいなよ!』

「無駄らしい。あいつ、すぐ傷が治っちゃうから」

言うまでも無かった。倒れていたライオンがゆっくりと起き上がり始める。

少し遠くなのでよく見えないが、傷も少しづつ直っているようだ。

『えーっ?じゃあどうすんのさー』

俺の脳裏に、先ほどの旭の言葉がよぎった。

――コイツの特徴は高い運動能力と超再生能力だ。普通の弾丸じゃ致命傷になりえないから倒すのはほぼ不可能。方法があるとすれば一撃でばらばらにするレベルの武器が必要だ――

「……ロケットランチャー……RPG‐7か、もしくはジャベリンだ! 白夜!」

『は、はえ?』

思わず叫んだが、白夜の声からして分かってない。おそらく、武器の名称等にはかなり疎いらしいな。無理もないか。

「…仕方が無い」

俺は振り返り、走り出す。またライオンが追いかけてくる。さっき走ったときの事を思い出せば、追いつかれる心配はないが、この何にも無い世界の中では振り切ることはできない。

さて、どうするか。

俺は思考をめぐらす、そのときだった。

『どんなの?』

白夜だ。

「どんなの?」

俺は即座に聞き返す。いきなりどんなのって言われても。

『さっき言ってたの。必要なんでしょ?』

「そりゃ、そうだけどさ。無いんじゃ仕方がないだろうに。他に策を考えるしか…」

『無いって言い切れるわけじゃないよ』

「…はい?」

白夜は、再び自信満々に語りだした。

『私の力は創造。形状とか、用途とか詳しく分かれば、もしかしたら創れるかも!』

「すげえなそりゃ」

イメージすればで創れるって、やっぱり普通じゃないな、色々。

「君も大概バケモノ染みてるな」

『うるさいなー。今必要なんでしょ?』

フキゲンになってもらっちゃ困るので、ここらで止めよう。

「で、どうすんだ?」

『だから、イメージして、そうすれば分かるから』

本当にそれだけで良いんだ。俺は頭でRPG‐7の形状を思い浮かべる。

『ほーう……なるほど……ふんふん』

「……早めに頼むよ」

俺はP‐90のマガジンを見た。半透明で中に残っている弾丸が見える。……ざっとみて後10発強。

俺は脚を止めて、ライオンのほうを見た。

――――これだけ離れていれば――――。

俺は銃を構える。照準機を覗き込んで、近づいてくるライオンに狙いを定めた。

「ぐおう!」

叫び声が少しづつ大きくなっていく。 まだだ。

 残り少ない弾丸。無駄にするわけにはいかない。出来るだけ、ひきつけて。

ライオンの歩幅にして、俺のもとまであと10歩程度の距離。

俺は引き金を引いた。

一発だけ放たれた弾丸が、照準機の凹凸によって示された位置を。

ライオンの目をぶち抜いた。

ライオンが大声で叫ぶ。そしてそのままバランスを崩した。

視覚っていうのは重要だ。ためしに暗闇とかを真っ直ぐ歩いてみれば分かる。なぜかバランスが取れないぜ?

目の前のライオンは、今よく学習しているんじゃないだろうか。

明らかに、自分が高揚しているのが分かる。 無力じゃなくなったってだけなのに、どうしてこうも。

『多分こんなんでいいんだと思うけど?』

そんな時、白夜の声が聞こえた。

いわれたとおり、両手を前に出す。上から映画や写真でよく見たRPG‐7そのもの。俺の手の中に落下した。普段の俺なら両手で抱えでもしなきゃキャッチできるはずのない重さであるはずだが、ちょっと重いな、という感想だけでそれを受け取る。

ホントに作っちまったよ。とんでもねぇ

「感謝してよね?」

分かった分かった。

「ありがとよ」

俺はそれを構えてライオンに向ける。その目が、畜生とばかりにこちらを睨んだように見えたのは目の錯覚かねぇ?

「こいつで消し飛べ!」

そんなことは気にせず、躊躇せず、俺は引き金を引いた。







「う……?」

俺は目を覚ました。

空を見上げると、また紫色に戻っている。あれ?

「よ、目が覚めたか?」

アキラが居た。見ると、目の前にはSVDによる怪我を負ったライオンも倒れている。傷が少しづつ直り始めていた……ってあれ?

その光景は、俺が気絶、いや、あの白い世界に送り込まれる直前とまったく同じだ。

「あれ? でも俺は…」

結構長い時間白い世界に行っていたはずなのに、こっちではほとんど時間が進んでいない? どういうことだ?

「意識の世界にいったからだよ。お前は信じられないほどの短い時間、精霊界と人間界の中間に居た。たぶんそこでお前は――――」

『私にあったんだよね!り、く!』

白夜の声が響いた。さっきの経験は嘘ではないみたいだ。ココロから話しかけられる感覚は同じのまま。覗かれているという不快感もそのままだ。

『そうね、上手くいったみたいでよかったわ』

聞いたことがあるような無いような声が聞こえた。ほとんど白夜と同じ感覚で聞こえるってことは……。

「アキラの……精霊?」

「おう。俺の精霊。黒夜だ」

『はい、よろしくね陸君』

「ああ、はい」

『黒夜……黒夜?黒夜!?』

白夜が突然名前を叫んだ。うるさいな。

『あんた、白夜じゃない! まあ!こんな偶然もあるものなのね!』

……知り合いなのか?

『知り合いも何も、黒夜は私のお姉ちゃんよ!』

『知り合いも何も、白夜はあたしの妹よ!』

姉妹だったのかよ!

ていうか、冷静に考えれば名前が似すぎだ。DQNネームに聞こえなくもないが、しかしまぁ精霊とか不可解な存在だし、名前負けしないな。

「ほー珍しいな。結構奇跡的確率だ」

アキラは興味薄そうに感嘆した。 場に合わせただけ感がただよう。

『まったくよ。出来の悪い姉とまた会うなんて、いやだわ~』

『こっちのセリフよ愚妹め!アンタなんかにこの子のパートナーが務まるのかしら?』

なんか喧嘩みたいになってるけど……?

「って」

俺はふと思い出した。いや、ふと、なんてレベルで思い出していいものでは、いやそもそも忘れるものでもないよな。

「そんなことしてる場合じゃないんだった」

ライオンの傷が治った。

「がおおおお!!」

ライオンがほえる。俺は「勝負はまだこれからだガキどもめ! と言ったのだと勝手に解釈してみた。落ち着くために。

「リク!そこだ」

アキラが指差したほうを俺は見た。

P‐90が落ちている。

それと、マガジンも二つほど…。白い世界で使ったのと同一のものか?

「今からあいつを引き付ける。その隙に拾え」

そう言うなり、アキラは飛び出した。

SVDをスリングベルトで背中に背負い、両手のMK23でライオンに飛び掛った。

「ぐおお!!」

ライオンの爪がアキラを襲う。アキラはそれを蹴りつけ、体を後ろに戻した。

『今よ!陸!』

俺は走り出した。P‐90を拾いあげて、長いマガジンを無理矢理ポケットに押し込んむ。かなり大きく飛び出す形になっているが、ぎゅうぎゅうに押し込んでいるお陰で逆に落っことしにくいだろうから問題ないはず。

すぐに照準をライオンに合わせ、引き金を絞る。

ぱららららららッ!

暗いビルの屋上に火薬の乾いた破裂音が響いた。

走りながらだった為、弾丸はライオンの背中を数発えぐる程度だったが、効果がないわけではなさそうだ。

「ぐるう……!」

 どうやら、傷が治っても痛みが無いわけではないらしい。被弾するたびに体勢を崩したり、再生するまで起き上がれないのはその影響だろう。

俺の撃ちだした弾丸による傷を一瞥し、ライオンは俺のほうを睨む。

攻撃対象を変えたらしい。

きびすを返し、俺に向かって飛び掛ってきた。

俺は狙いをつけず、ただ単にライオンに向けて弾丸をばら撒いた。

数発だが、命中。ライオンの体に赤い点が浮かぶ。血が屋上を塗らした。

だが、その傷もすぐに癒えてしまう。時間稼ぎは出来るが、決め手にかける。

「白夜、またRPG‐7だ!」

俺は白夜に頼む、だが……

『あーごめん。もう無理っぽい。なんか力でない』

マジか。

俺は舌打ちをしながら傷の癒えつつあるライオンを見た。

「陸」

アキラが俺の名前を呼んだ。

「なんだ?」

「俺はここから脱出する」

「はあ?あいつを倒すんじゃないのか?」

アキラは俺を真剣な目で見る。

「俺はあいつを殺って来る」

親指でさした方向には……。

「あ…」

例のパラサイド。触手p……ゲフンゲフン!寄生虫の化け物だ。

そいつが一段と大きくなっていた。

「アレを止めれば、このエリアごとライオンも消えちまう。それまで粘ってて欲しいんだ」

「……俺に出来ると思う?」

何しろ初戦なんでね。

「いけるだろうよ。ミスらなきゃ、銃も使えるし」

『大丈夫よ陸。私がついてる!』

ちょっと不安だ。

『な、なにおー!』

白夜が怒ったような声を出す。

アキラは強気に笑みを浮かべた。

「頼むぜ」

そして、空へ浮き上がり、パラサイドのほうへと飛んでいった。

俺はそれを見送り、ライオンに身を向けた。

「ぐおおおお!!」

叫び声をあげるライオン。

『さっきと同じようにやれば大丈夫よ。陸』

今度は狭い屋上だからな。さっきは一方向に無限に走れたけど。

『陸ならできる』

今日会ったやつにそんなに信じられてもなー……。

俺はP‐90を握りなおす。人間工学に基づいて作られたそのグリップはかなり手に馴染んだ。

ライオンが走り出した。

「がううう!!」

「なんとかするっきゃないね」

俺は銃をそいつに向けた。刹那、ライオンの爪が空を切る。

俺は横にとび、ライオンの攻撃を避けた。

そして、そのままライオンの腹に弾丸をぶち込む。攻撃の反動で動きが止まっているタイミングは最適だった。ほぼ全弾が奴の腹部をえぐり、突き刺した。

だが、やはりダメ。

傷は深いはずだが、次から次に治ってしまう。これじゃあまさに焼け石に水だな。

『……別の武器を使ってみるとか』

俺が手を模索していると、白夜が言った。

「何?もう何も創れないって言ってたろ?」

『創れないけど、ストックはあるもん』

「何がある?」

ライオンの傷が治った。

『そうねえ……。ハンドガンが二丁と、ナイフが一本、それとレバーみたいなのがついた狙撃銃に、あと……』

俺は体を地面に転がして、ライオンの攻撃を避けた。

「あと、何!?」

ギリギリの回避直後で、語感が強くなってしまうが、白夜は気にしていない。

『あと、銃口がでっかいライフルみたいなのがあるよ? そんなに大きくない奴ね』

「それって……」

ライオンが再び襲い掛かってくる。 銃口が大きいライフルみたいなやつだって?

即座に、一つピンと来た。銃口がでかいだけで、ライフルに見えるかどうかは微妙だが。

ライオンに銃を撃った。5,6発。

今度はライオンの肩に当たった。動きが少し鈍くなった気がするが、それでも俺の目には十分早い。すれすれの動きで、爪を避ける。

悩んでいても、しょうがあるまい。

「それ!送ってみて!」

『了解!』

白夜の声が聞こえた瞬間。ライオンが口を大きく開くのが見えた。

なんだ?

すぐに分かった。

口に紫色の光が収縮されたと思うと、俺に向けて放たれた。

「うおっう!!」

俺はとっさに身をかわした。

紫色のレーザーは俺の横を通過し、紫色の空に消えた。

「……そんなのありかよ」

驚きと、イラつきに身をまかせる暇はない。ライオンがまた紫色の光を貯め始める。

俺は、回避の姿勢をと…。

『陸、行くよ!』

ってえぇ?このタイミングで!?

『うん!』

うんじゃねぇ!! ちくしょーッ!!

俺はライオンに向かって走り出した。半分やけくそ半分計算で。

俺の憶測が間違ってなければ、送られてくるのは……。

レーザーが放たれた。

俺は飛び上がり、それを避ける。ジャンプ力も向上しているな。

空に浮き上がり、P‐90を投げ捨て、すぐに両手を前に出す。

即座に、その銃が現れた。

M79グレネードランチャー。単発の榴弾を発射する武器だ。別名「チャーリーキラー」

「食らえ!」

俺はそいつをライオンに向けると、容赦なく引き金を絞った。

放たれた小さな爆弾ともいえる榴弾は、吸い寄せられるように進んで、ライオンの頭部で炸裂した。

激しい爆発音と共に、赤色の何かが飛び散り、屋上に落ちてはバケツの水を一気にたたきつけたみたいな水音がする。

『陸、見ないほうがいいかも』

「……助言ありがと、でも手遅れ」

ライオンは頭部が無くなっていた。

生々しい紫色とか、流れ出る血とか駄目な人が見たらきっとヤバイだろうな……。

『陸は平気なの?』

「……わりと」

まあ、多少の吐き気はするけど……おえ。

頭を失ったライオンは、再生はしなかった。ただ、黒い霧のようなものに変化して、空に吸い込まれていった。致命傷を与えたらしい。

『やったみたいだね!やったよ陸!』

「ああ、後は……」

俺はアキラが向かったビルを見た。

『大丈夫よきっと。もう、そろそろ……』

ん?

ビルの上の空が、丸く紫から黒に変わった。

「おお?」

『開いた。SAが閉じるよ!』

白夜が嬉しそうに叫ぶ。

空は次第に広がっていく。

街中の少ない星が輝いているのが、俺には少し安心材料になる。

「終わったー…」

『おつかれ、陸』

俺はその場にへたり込んだ。

その直後、俺の体を再び粒子が包む。

それはゆっくりと俺の体から離れ、目の前で人の形になった。

「突然戦いに巻き込まれたのに、すごいね陸」

「自分でも思う」

俺は茶化してそう言うと、百夜はふふっと笑った。

「お疲れ様」

本当にお疲れです。

俺は心の中でそう思い、白夜に笑みを返した。


   ※   ※   ※


結局、俺が家に着いたのは八時半過ぎになった。

伯父さん伯母さんには少し怒られたが、本当のことをいっても駄目だろうし、適当な理由を述べて、俺は素早くお小言を終わらせると、二階の自分の部屋に上がった。

「ハア……」

軽くため息をつく。

先程までに起きた出来事について、俺はかなりの倦怠感を感じていた。つかれというか、ある意味変な事に巻き込まれた事について、これからについての不安感プラス期待感って感じかな。

旭の言っていたことはまずウソには思えないから、たぶんこれから色々苦労があると思うし――――。


   ※   ※   ※


「じゃあ、これから定期的に俺とSA殲滅に行くことになるから」

空を飛んで戻ってきた旭は、俺に笑顔でそう言った。

「……本気で言ってんのか?」

俺は聞き返す。いや、まず何の同意があって契約したんだよ。命を助けるからコレにサインしてって、ある意味極悪だろ。

旭は、うーんと唸ってから、俺を見て言った。

「だって、その子と陸はもうパートナーだろ? だったら、俺の仕事手伝って欲しいし…」

「お前が楽したいだけじゃんか……」

「今日初めて会った奴に以下略」

「あー……(しつけえ)旭が楽したいだけだろ?たぶん」

「バレたか」

「バレバレだよ」

旭は楽しそうに笑みを浮かべ、頭を掻いた。 戦闘が終ったら、さっきまでの怖い雰囲気が消滅してやがる。

「お前の能力には結構おどろいたよ。初戦でここまでやってくれるなんて期待以上の右肩上がりでインフレーションだ」

「…………そりゃ、命がけだからねえ、ミスったら死ぬだろうし、どう見ても殺気立ってたろあいつら」

俺はため息交じりに言った。殺す気満々の動物どもに追いかけられて頑張って殺してね?とか言われたら頑張るにきまってるし、いつも以上の力が出て当然だろう。火事場の馬鹿力ってやつだ。

旭はふふっと、静かに笑う。

「要は、生き延びるのに必死だったって? お疲れ様だぜ」

「ああ、だから、こんなのは結構マジでもう十分。「ナイトホーク」加入は辞退するよ」

俺がそういうと、楽しそうだった旭の笑顔が、したり顔とも言えるような凶悪な笑みに変わった。え?え?

「残念ながらもう遅い」

「何?」

 俺が戸惑っているのを分かった上だろう。さらにしたり顔をレベルを増長させて俺に驚愕のセリフを浴びせた。

「精霊と契約すると、倒したクリーチャ―から放出される魔力がどうしても必要になる。それは倒しただけで勝手に吸収するものなんだが、それがないと普通に死ぬ。もがき苦しんで死ぬ」

「はい?」

 何を言っているんでそーか?

「要は、ナイトホークとして仕事しないと、絶対死ぬ。すぐに死ぬ」

旭はにこりとして、口を開いて呆然とする俺の肩に手を置いた。

「残念だったな。陸。これからよろしく頼むぜ?」

俺は盛大な溜息をついた。

「……まあ、この力がなきゃ死んでたろうしな」

思いっきり自分に言い訳して、俺は全てを受け入れ(るしかなかっ)た。




「で、だ」

場面は俺の家に戻る。

先程の回想中に、俺の携帯電話に着信があった。

誰からかって?言うまでもないだろ?

「お前はなぜ俺の番号を知っている?」

「調べた」

「……何処で?」

「俺の情報収集能力をなめんなよ」

電話の相手。旭はくっくっくと耳障りな笑い声を出した。

「能力とかそういうレベルで調べられるもんじゃないだろ!」

俺は思わず叫んだ。こいつストーカー?

「調べられるもんだよ。大丈夫だぜ?悪用とかしないから。別に目についた小学生の電話番号とかメアドとか調べたりしないぜ?クラスで気になった女子の番号とかメアドとか調べたりしないぜ?大丈夫。安心しろ」

「聞いてねえし、何一人で喋ってんだよ……。つか、なんで小学生に目をつけんの?」

「誰がロリコンだ!」

「言ってねえよ!」

俺が大声で叫んだせいだろう。

「おにーちゃん、どうしたの?」

妹の美海が、俺の部屋にきて言った。

いつも俺は家では静かなので、たぶん驚いたんだろう。

「ああ、ごめんよ美海。今電話の相手がちょっと変なこt――――」

『妹?お前、妹がいるのか!?話させろ、会わせろ!』

電話の相手がなんか暴走してる。ああ、今この時点で俺は旭に対する印象を変えた。

「怖いやつ」から、「変態」へと。しかも重度の。

とりあえず俺は妹を部屋から出して、再び携帯を耳にあてた。

「黙れ変態。妹が驚いてるじゃないか。謝れ、ちなみに俺に」

「な、なんでお前なんだよ!普通妹本人に―――」

「まだ純粋な妹にお前みたいな汚れた奴を近づけさせるか!」

「いいじゃないかお義兄さん」

「まだ妹とは会ってもねえだろ!何結婚した後みたいな感じになってんだよ!」

「結婚を前提に結婚させて下さい」

「断固拒否する」

「ちぇー……」

旭はつまんなそうに口をつぐんだ。

いや、何がつまんないのか俺には全然さっぱりこれっぽっちも理解できないけどね? うん。

「で、なんで電話してきたんだよ? もし俺の妹に手を出すのが目的だったらお前の首をチェーンソーで叩き斬ってやる」

「いや、当初の目的は違ったが、今はそうかな……」

「よろしい。ならば戦争だ」

「それはかんべんな」

旭は電話の向こうでわざとらしく咳払いした。電話だとノイズになって耳に痛いんだよね。それ。

「本日ナイトホークに加盟した少年兵どのにお話があるんだよ」

ふざけて丁寧口調にしてやがる。俺は出来るだけぶっきらぼうに答えた。

「へーそうかい。それで、どんな話だよ?」

「よく聞けよ」

電話の向こうで紙がこすれる様な音が聞こえた。読み上げるのかよ。

「お前が契約した精霊。白夜は、あなたと行動を共にすることになります」

ふんふん。それで?

「であるので、今後あなたのお家に居候します」

ほうほう……って、はい?

「おそらく夜の九時くらいには貴方のうちにいる事でしょう。

追記:あなたの家族については心配しないように、魔法でむりやり認めさせるので、だそうだ」

「まて、九時だって?今もう九時二十分まわってるんだぞ?」

「じゃあ、家のなか探してみれば?押入れの中にはいってたりするかもよ?」

何ですと?

「じゃあ、それだけだから、じゃあな」

旭はそういうと、失礼な感じで電話を切った。

俺は自分の部屋から飛び出し、階段を駆け降り、すぐ目の前にある押入れを開いた。

中には今は使っていない家具や折り畳んだ案ボールが積み重なっているだけで、人の姿はなかった。

「ふう、なんだよー驚かせんなよな」

俺は悪態をついて、押入れの扉を閉じた。

次はどこを探そうかな……てか、本当に来てるのか?旭の狂言じゃないだろうな。

俺が再び二階に上がろうとすると、リビングの方から笑い声が聞こえた。なんだろう? と思い、俺はリビングのドアを開けた。

そして、絶句した。

「あらあら、そんなことがあったの?へえー」

「そうなんですよ~きっとこれからも面白いことになると思うんですけどね?」

「そーかそーか。――――お、陸。来たか。この子お前の知り合いらしいな」

伯父さん、伯母さんが仲良く話している少女は、

「あ、陸。来たよ、私」

俺が今日出会った少女。白夜だった。




「で、なんでお前が俺の家に来てんだよ?」

俺のベッドにうつ伏せで寝転がりながら、宇宙図鑑を読んでいる白夜に俺は言った。

「へ? 駄目なの?」

白夜は私はここにいて当然とのごとく聞き返してくる。

「いきなり知らない女の子が家に来たら家族が皆驚くだろ?」

「陸の伯父さん小母さんは暖かく歓迎してくれたよ?」

アキラが言ってた魔法がなんちゃらって奴だろうか? ご都合主義にもほどがあるんじゃないか?

「ああ、そうだろうけどな」

「問題はあの妹ちゃんと弟くんだよ。どーも心理変換の魔法が効かないんだよね。もしかして陸の家系ってみんな魔法効かないの?」

「知らん」

「えーっ?」

白夜は不満そうに口を尖らせて、ベッドから体を起こすと、胡坐を組んで言った。

「とにかくね、契約したもの同士、仲良くしましょ? 私は陸は面白いから結構好きなんだけど?」

「面白いって……、俺はどっちかって言えば旭とかの方が明らかおかしいような気もするがね?」

「おかしいと面白いは違うよ」

「……そんなもんかね?」

「そんなもん!」

白夜は今度は仰向けで寝っころがった。

「凄いねー、低反発マット……」

「……そこで寝るなよ?俺の寝場所が――――」

そこまで言いかけて止めた。

白夜が何かを訴えるような目でこちらを見ている。

「…………。はあ…………」

俺は盛大にため息をついた。

「分かったよ、俺が下で寝るよ。ベッド明け渡すよ……」

「わーい! ありがとぉー」

喜ぶ白夜を尻目に、俺は心の中で呟いた。


女ってズルイ。


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