恋の試練 八話
長い間 沈黙していた父親が
「おまえのしたいようにしたらいい。」そう言って居間を離れて言った。
投げ出されたのか 認めてくれたのか わからない言葉だったけど
俺の思うように生きていいっていうことだと
そう考えるようにした。
千夏の両親に挨拶に行く前の日は一睡もできなかった。
朝 千夏の家の近くのコンビニで待ち合わせをした。
「こんた…大丈夫?」
「すげー緊張してる……。ほら…。」
ダウンのチャックを下ろして千夏の手を心臓に持って行った。
ドクンドクン
「うわ…ほんとだ……」
千夏も不安げな表情だった。
「許してくれるなんて思ってないから…ひどいこと言われたら……こんたが
可哀そう……。挨拶やめよう……?」千夏が言った。
「え?そんなわけには……」いきなりの千夏の言葉に驚いた。
「ずっとずっと考えてたの……。どうせ許してくれるわけないんだし
それなら二人で逃げた方がいいって……
こんたを傷つけるわ。きっと…私はいいんだ。
情けないとかバカ娘とか…何言われてもいいから…
こんたを傷つけたくないんだ…。」
俺はレジで温かいコーンスープを買った。
「行こうか…」千夏の冷たい手を握った。
「こんたと付き合ってんのがばれて…ずいぶん嫌がらせされた……。
散々 めぐのお守とかさせてたくせに…
何百回出て行こうって思ったか……私の行動を監視させるのに
お手伝いさんに報告させてたり 学校に会社の人が迎えにきてたり
こんたにはそんなことされてるの言えなかった…。だってこんたはきっと
自分を責めるから……なんとか乗り切らないとって……
だから勉強した…成績さえよければあの人たちはニコニコだから……。
こんたを隠すために親の前で
『もう終わってるし~あんな人と真面目に付き合うわけない』とか
親がこんたの存在を切るように 嘘八百言いまくって……
ごめんね…辛かったけど…こんたを守るためには
仕方ない嘘を一杯ついて 親の気をそらしたんだ。」
俺は温かい缶を千夏の赤くなった頬に静かに押し当てた。
「あったかい~」千夏は目を閉じた。
「ありがとうな~俺がもっとしっかりしてたら
なっちにこんな苦労はさせなかったのに……。
ありがと…俺を守るために…一杯つらい嘘つかせてたんだな…」
「うん……。辛かった…。
世界で一番愛してる人を悪く言うの……。」
「大丈夫だよ…。
ここの本当の気持ちは俺が一番知ってるから。」
千夏の胸に手をあてた。
「もし…許してもらえなくても…ここから逃げても
俺は千夏と子供を守るから……
なっちの好きな本をたくさん買ってやれる夫になって
子供をめちゃめちゃ愛してやる……
大丈夫…安心して…絶対に迎えに行くから……」
「ひどいこと・・・言われたらごめんね・・・・」
「ほんとの親に散々言われてるから
慣れてるよ・・・。心配するな。」
千夏の不安そうな表情が痛々しかった。
「笑って…
ママの笑顔がパパの勇気になるんだよ・・・・。
ほら・・・」
俺は千夏のお腹を撫ぜた。
「ここにいるヤツも心配してるぞ。」
千夏はやっといつものような笑顔になった。
千夏が笑顔でいること…それが俺のやるべきこと……
深呼吸をして二人でしっかりと手をつないで…
新築の豪邸に向かって歩き出した。
見えてきた豪邸に 黒い雲がかかって見えた………。