欠けた心 三話
初音さんと連絡を取り合って 恵美の様子を聞いていた。
さらに心の状態が不安定になっていると……
俺に会ったことできっと
恵美を不安定にしてしまったことはわかっていた。
あの時 恵美から逃げたことを
きちんと伝えなければ行けないと思っていた。
しかしその前に俺にはやることがあった。
インターフォンを鳴らす。
緊張感で一杯になっていた。
「はい・・・・」
「溝端と言います・・・・。」
相手の声が一気に固くなったのがわかった。
しばらくして玄関のドアが開いて
「どうぞ」と恵美の母親が立っていた。
俺を上から下まで一瞬でとらえた視線がさらに緊張させる。
リビングでは恵美の父親が新聞を読んでいた。
俺が
「失礼します。」と言うと
父親は目がねを外して座りなおした。
「どうぞ。」父親は自分の向かい側に俺を座らせて
お茶を運んできた母親が隣に座るまで
息苦しい静けさの糸の張った時間だった。
「すみません……。突然……。」俺は深呼吸をしてからそう言った。
「どういう御用件かしら?」相変わらず冷たい瞳の母親
「もっと早く来なければいけませんでした。
だけど…俺自身も避けたかった だけど…恵美さんに会って
恵美さんを愛してることに気がついていたのに……
ここに来ることや千夏を裏切るんじゃないかとか
そんなことを考えて…俺は三年前 逃げました。」
「何言ってるの?あなた千夏だけじゃなくて恵美にも?」
母親はとうとう甲高い声になって俺を睨みつけた。
何度この声に傷つけられただろう……
そんなころを思い出していた。
「千夏と出会ったのは恵美が飛ばしてしまった
風船をとってくれと泣いていたのがきっかけでした。
三人の出会いは…時を超えて運命だったのではないかと思ってます。」
「運命って勝手なこと言わないでよ。
千夏を奪って…恵美まで…どうしてあなたみたいな男に
ひっかかってしまうのかしら……」
母親は立ちあがって千夏の仏壇のある和室に消えた。
しばらくして線香の匂いがしてきた。
「恵美に会ったのかな…」父親が言葉を発した。
「千夏の墓参りを終わらせて…そこで恵美に会いました。」
「どう思った?」
「正直驚きました・・・・。何があったのか……
病気なのか事故なのか・・・・。」
「君は娘のことをどう想っているんだ?」
「今回 こっちに帰ってきて…恵美に会うつもりでいました。
だけど…恵美をどうしようとかどうしたいとか…それを
決めかねていたのは正直なところです。
あの時 恵美の前から逃げたのは……恵美を愛してることに
気づいたからです。
ただ俺の中で あの時はまたあなたたちに壊されるだろう恐怖や
千夏を裏切るのかと問うもう一人の自分の間で
悩み抜きました。
俺なんかより恵美にはもっと似合いの男ができて
きっと幸せになれるんじゃないかとも思いました。
だけどそれは…ただ逃げるためのいいわけだったんです。」
「恵美が反抗し始めて俺たちは本当に困った。
今までいい子で俺たちの前で笑ってた恵美の心の底にあったものを
知った時 俺たちは戸惑ったんだ。
愛されたことなんかない 自分を見ながら千夏を思い出していたことも
あの子にはお見通しだったんだな・・・。
そんなつもりもなかった……。
ただ恵美がいつも素直で明るくて…わがまま一つ言わなかったから
あたりまえになって傷つけてしまっていたんだ……。」
恵美の父がうつむいた。
「僕も…恵美に千夏を重ねていました。
何度もそれを指摘されて……最初のうちは…千夏の変わりにするつもりでした。」
「親でも戸惑うくらい恵美は千夏にソックリだからな…。
千夏の年を追うごとに…俺たちは千夏との思い出ばかり思いだして
恵美には何もしてやってなかった……
卒業して恵美が出て行っても 責められるのがつらくて放置していたんだ。
親として何もしてやってなかったっていう現実を……」
父親はそう言うと立ちあがって
大きな窓の外を眺めた。