彼の存在 十話
私は磁石に吸いつけられるようにクリスと接近していった。
クリスとの時間は 彼との辛い別れを
少しだけ忘れて思いっきり笑えて
心が癒されていった。
軽い恋がしたい
クリスはうちの近くのアパートで一人暮らしをしていた。
家具だって布団と洋服くらいしかない
貧しい暮らしだった。
大した温かくならないストーブ
それでもクリスといたら笑ってばかりいれた。
その夜はめちゃめちゃ寒かった。
「ストーブ温かくならないね~」
「こいつに期待かけたらいけないぞ~
過度な期待はこいつらをダメにする。」
「ブッ……」私は飲んでいたコーヒーを吹き出した。
「こら娘っ子」そう言うとぞ―きんを持ってきて飛び散った
コーヒーをふいてくれた。
「寒いか?」 クリスが私を見た。
「うん……体も心も寒いんだ……。」
「心もか?じゃあストーブでなんか温かくならねーよ。」
そう言うと私を抱きしめた。
「心が寒い時は抱き合うのが一番だって……」
クリスの言葉に反論はしなかった。
もしかしたら…クリスなら忘れさせてくれる?
一瞬でいいの
この辛いここが……少しでも解放されるなら
もう彼以外愛さないけど
寂しくて仕方がない 満たされなくて震えてる。
「言っとくけどボランティアだぞ。
俺に惚れるなよ。わかってんな?」
「わかってるよ~」クリスは仕事柄彼女は作らない主義だと言っていた。
「だけど…おまえは特別だ……。
なんでそんなに悲しい顔してんだ?」
抱きしめられて…私はクリスに
「愛する人がどこかに行ってしまったの。
私の心が半分彼を探しに出て行ってるから……悲しくなるのかな……。
私も彼しか愛さない……。」
クリスの手が私の髪の毛を撫ぜた。
「だけど…寂しくて虚しくて切ないんだ……」
「うん……彼のこと考えてるのが辛くなる時があるの。」
「忘れたいって…思ってるんだ?」
「忘れる?違うんだよね……。
彼を想っている自分が好きなの。だけど一瞬だけでいいから
その辛さから解放されたいとも思ってる。
その瞬間だけでいいの……。
クリスと一緒にいると…笑ってる時だけ
彼を忘れている………。」
「お役にたってるんだ。
指名料いただきますか・・・・・。」
そう言うと私の耳たぶを優しく噛んだ。
「ア…」思わず甘い声で体をよじった。
クリスはしばらく私の耳を攻撃して私はその何とも言えない
くすぐったさに身をよじっていた。
彼以外の男にこうされても…私は感じてる…
淫乱な女……耳たぶだけじゃ……
そう考えているとクリスの唇が私の唇に触れた。
熱い唇だった。
彼の冷たい唇とは真逆で熱くて燃えるようだった。
「俺が忘れさせてやるから……おまえの心ん中俺だけにしてやる。」
寒い部屋で温かいところは
クリスのベットの中だった。
裸で抱き合えば クリスの熱い体温に私の冷えた体はすぐに熱くなった。
陽之介……
興奮の中で私は混乱した。
彼の名前を心の中で 何度も呼んだ……。
彼を呼ぶほど 快感が押し寄せてきて……私を酔わせる。
「俺の名前を…呼べ……」 吐息が私の耳を刺激した。
「ン…?……」
「俺の名前は…すすむ…進だ……。
じゃねーとおまえ……解放されねーぞ……。
目を開けろ……今…おまえを抱いてんのは俺だからな……。」
私は薄目を開けて そして大きく目を開いた。
「進……?」彼じゃない男を そう呼んでみた。
「これからは俺の名前を呼べ……
じゃねーとおまえ……余計悲しくなるんだぞ……。」
進の体が私を引っ張って高いところに連れていく…
「一緒に・・・おちるぞ……」
そう言うとまた私に大きな波が押し寄せて
その波の中で私は彼じゃない男の名前を呼んだ。
「すす…ア……進………」
何度も何度も 違う名前を呼んで
解放されていく・・・・・・。
陽之介を……愛してる……
その心が 一瞬だけ……進に入れ替わっていく……残された半分の心が…
違う男を受け入れていく……。
そして私は……堕ちていった・・・・・・・・。