春の雪 七話
恵美と俺が特別になるまでに時間はかからなかった。
恵美の記憶の中には
俺とあの時のおにいちゃんとは
まったく繋がらないようだった。
あの幼い天使のような恵美は
今は
俺が愛した千夏とよく似ていた。
俺のことを こんた と呼んだ時は驚いた。
まるで千夏にそう呼ばれているようで
恵美の肉体を借りて
もしかしたら千夏が宿っているのかと
思うくらい
二人はよく似ていた。
キスしてはにかむ顔も……
素直に表現する様子も……
俺に唇の冷たさに喘ぐ顔も・・・・
勢いに任せて全て奪ってしまうはずだった……。
だけど…それ以上は
進んではいけないような気がして
俺は今まで 思い描いていた復讐を果たせずにいた。
「抱いて…」
すがる恵美を抱けばいいのに
手がすくむ……。
抱いてしまえば…千夏として愛したら終わるはずの
恵美との仲……
恵美を俺に夢中にさせて
またあの高慢ちきな親を悩ませてやるんだ…
そう誓ったはずなのに……
恵美は俺が全部奪うのを心待ちにしている。
奪えば簡単なのに
俺はそれ以上は手を出せずにいた。
なんで………
千夏の復讐を遂行するうえに俺は
教師でいるとかそんなことはどうでもよかった。
それがくだらないことであっても…
人がどう言おうと
恵美を千夏にして抱きしめ
そして
全て俺のものにしてやる……。
あの親の怒り狂う顔
そして何より 恵美と千夏を重ね合わせて
それで報われる情けない俺の執着心
恵美はそんな俺の企みなんぞ知らずに
純真な笑顔で
俺にキスを求める………。
いつしかその純真さに 俺の心の罪悪感が後退りを始めて行った。
「ね…誰を見てるの?」
「恵美を見てるよ……。」
「うそつき……。」
とうとう恵美も他の女と同じ台詞を言いだした。