子供が出来ないからと、夫に無視され続けるので
「リード様、本日のデザートはいかがですか?南国より取り寄せた貴重な物だそうです――匂いは異様にくさいのですけど、代わりに味がとても美味しいと。巷では『ドリアン』なんて呼ばれているそうですわ」
「……」
目の前の夫は、私の発言が聞こえてないかのように、黙ったまま食事を続ける。使用人を除いては、この部屋には私とリード以外誰もいないのに。毎度の事ながら嫌な沈黙だ。
昔は無視されるなんて事はなかった。でも長い間子供を身ごもらない私に、いつしか彼は見切りをつけ始めた。本当なら離婚したいのかも知れないが、彼は我が公爵家に婿入りしている身。勝手に他の妻を持つことも許されない彼の選択は、ただ黙る事だった。リードの中で私はいないものとして扱われている。
「そういえば最近夫人の間で流行っている本がありまして、最近読ませていただきましたの。これがなかなか面白くて」
「……」
「ある夫婦の話です。その夫婦の間は冷え切っていて、夫は妻に隠れて毎晩別の女性と会っているのですわ」
「……」
「ですが、実は妻はそれに気が付いていて、夫に復讐するらしいのです」
「……」
何を思って聞いているのだろうか。リードは黙ったままだ。
「夫が浮気を始めた原因は、長い間子供が出来ないからだそうで」
「……」
「初めは妻の責任だと思っていた夫なのですが、だんだんと別の女性と体を重ねるごとに気が付くんです――実は自分の問題だったのだと。彼がどんなに体を重ねても、誰一人子供を身ごもらないので」
「……何が言いたい?」
久しぶりに聞いたリードの声は、昔聞いたときよりも低く、怪訝な声だった。
「最近の流行のお話をしたいだけですわ――それで夫は、社交界でひたすら妻の悪いところを吹聴して回るのです。多くの男と体を重ねている淫売だの、使用人に暴力を振るっているだの、それはそれは大変酷いものです」
「――俺はそんな事しておらんわ!いい加減その話を止めろ!」
「ただの小説のお話ですよ?――妻にはたくさんの嫌がらせも行われるのです。変な貴族から夜の誘いがあったり、よく分からない女性から罵声を浴びせられたり」
「もううんざりだ!俺は寝室に戻る!」
私の話を遮るようにリードは立ち上がる。机の上のドリアンは綺麗に平らげられていた。
彼は使用人に「度数の強い酒を部屋に持ってこい」と言うと、ドシドシ音を立てながら食卓を後にした。
「人の話は最後まで聞いた方がよろしいですわよ――だってそこから妻の復讐が始まって、最終的に夫は事故で亡くなるのですから」
******
明らかに浮気がばれていた。しかも俺がある事ない事悪口を言いふらしていることも知っていた。
クソッ!あいつに婿入りしている立場じゃなければすぐにでも離婚してやるのに!
扉がノックされる音。使用人が入ってくる。
「度数の高いお酒、持って参りました」
「よこせ!」
使用人が持ってきたグラスを奪い、俺は酒をグビグビと煽る。
こんなの飲まなきゃやってられない。しかもあいつ、子供が出来ない原因を俺のせいにしやがった!クソッ!絶対にあいつが悪いのだ。この俺が原因なわけがあるはずがない!
「もう一杯飲ませろ!」
使用人がグラスに酒を注ぐとすぐに、俺は一瞬にしてグラスを空にする。それを何度か繰り返し、用済みになった使用人を部屋から追い出す。「誰も部屋に入れるな!」と指示を出した後、部屋の椅子に深く座る。
「クソ女が。別の女と子供を作って、あいつが原因だって分からせてやる!」
俺はそう意志を固める。
うん?なんだか胃がいたい。焼けるような熱を放っている。冷や汗が止まらない。汗の量が尋常じゃない。
何だ?心臓が急激に唸り、脳が震える。頭が痛い。苦しい。苦しい。体が悲鳴を上げている。俺は地面にへなへなと横たわることしか出来ない。
毒でも盛られたか!?だが毒であれば魔法の刻まれた食器が反応しないわけがない。あのデザートにも酒にも毒などなかったはずだ。
「おい、誰か……」
痛みのあまり、声に力が入らない。クソッ!さっき誰も部屋に入れるなと言ったばかりに……呼ばなくては。使用人をよば、なくて、は……
******
次の日、リードがあまりにも部屋から出ないので、心配して乗り込むと、そこには地面で横たわっている夫がいた。
小便をまき散らしながら、顔を地面にこすりつけ、グチャグチャな顔で死んでいた。無様な姿だった。
死因究明が行われ、原因はドリアンとお酒である事が分かった。それぞれ単体では何も問題ないが、食べ合わせが悪かったらしい。
リードはたまたま事故で亡くなってしまった。
私は彼の葬儀に参列した。初めてみる女性がたくさん涙を流していた。
「こんなに手を出していたのね――子供が出来なくて本当に良かったわ」
私はポツリとつぶやいた。
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