before the parting
アリスの故郷であるイリト村は、大陸中央から見て東南に位置している。
特産物は麦などの穀物類、観光名所は麦をひくための巨大な風車といった具合で、大陸各所に点在する寂れた農村の典型的なものであった。
五年前、この村にとある政策が施行されたという知らせが届いた。
その政策の名は冒険者制度。もともと冒険者という者達は存在していたが、今回の制度はその冒険者達に国からの補助を与えるというものであった。
無論、無条件でというわけではない。
偉大なる予言者が死に際に遺した、七年後に世界が崩壊するという預言。
この原因を突き止めるのに、冒険者を使うつもりなのだ。
冒険者というのは、基本的に一つの街に留まらず、世界中を廻り歩く人種である。
それゆえ、全く原因が予測できない今回の預言を調査させるには、うってつけの人材と言えるだろう。
この政策がイリト村に触れまわられたとき、ほとんどの村人は関心を示さなかった。
こんな辺鄙な村でも先祖代々守ってきた土地があるし、安全に生活できている現在を捨ててまで、危険に飛び込もうと思う者は少なかったからだ。
ただ、一部の若者は違った。この村のあまりの平和さと、世界の狭さに飽き飽きとしていたからだ。
世界の崩壊を防ぐという大義名分ができたなら、家族の反対を押し切るための材料にもなるだろう、そう考えて制度の存在を聞いたその日から、訓練を始める者もいた。
アリスもその中の一人である。
アリスの家族は村の中でも特に冒険者になることに否定的であり、とりわけ彼女の祖父は激しく反対した。
それでもアリスがしつこく頼みこむと、祖父は条件を提示してきた。
それは、十五歳までに祖父が認める技量を得ること。
祖父の提示した条件の内容は厳しく、剣技、魔法、旅をするのに必要な知識、薬草の知識、魔物の知識など多岐に渡った。
しかしアリスは当時十歳であったにも関わらず、祖父のしごきに耐えた。
彼女は生来頑固な気質であったし、それだけ外の世界を見てみたいという気持ちが強かったのだろう。
そして今日、いよいよアリスは旅立ちの日を迎える。
祖父のもとを去ったアリスは、両親に挨拶をするために実家へと向かっていた。
実家には、両親以外にもアリスと親しくしていた者が集まっていた。
母がアリスを抱きしめ、優しく言葉をかける。
「御父さんからの許可は、もらってきたの?」
「うん、いつでも帰って来いって言われた。」
「これからどうするかは、決めてるの?」
「うん、まずは王都に向かおうと思う。」
「お金は十分に持っているの?」
「うん。」
「必要なものは全部持った?忘れ物はない?」
「うん。」
「本当に、いつでも帰ってきていいのよ。」
「うん、お母さん。」
アリスはそっと母の腕から抜け出した。これ以上腕の中にいると、また涙がこぼれてきそうだったから。
「もう、行かなくちゃ。」
振り返ると、父が立っていた。アリスが成長したとはいえ、まだ父の顔は見上げなければ見ることはできない。
父は農具を握りしめてきたせいで、皮膚が硬くなってしまった手で、アリスの頭を撫でた。
平生から寡黙だった父がかけた言葉は、一言だけ。
「がんばってこい、どうせなら有名になってから帰ってこい。」
「うん、ありがとうお父さん。」
アリスは静かに人の輪を抜けると、不意に駆けだした。しばらく走ったところで振り返り、両手を大きく振る。
「みんな、行ってきます。」
跳ねる金髪が、陽光を受けて輝いていた。