before the departure
三作目となります、腐れ大学生です。
今回は一度やってみたかった正統派ファンタジーをやってみたと思います。
二作目とは平行してやっていこうと思うので、執筆は遅れがちになるかもしれません。
狭い部屋の中で、一人の老人と一人の少女が円卓を挟んで相対していた。
円卓には奇妙な形状の器具が乱雑に配置されている。また部屋を見ると、壁に沿うようにして棚が設置されており、その全てが錬金術に使うための薬品と鉱石で満たされていた。
「おじいちゃん。」
少女がこの部屋の主と思われる老人に呼びかける。少女の歳の頃は十五前後といったところだろうか、身体は女性として発達してきているものの、未だその瞳には幼さが垣間見える。
長いブロンドヘアを後頭部で一つにまとめており、服装は旅装だろうか、上半身は飛竜製の革鎧、下半身はシルク製のズボンに、同じく飛竜製の革靴を身につけており、その上からローブをまとっている。
背に携えたショートソードは、女性ゆえの非力を考慮したものだろうか。しかしその鞘からは年季が伺え、長年使いこんでいることがわかる。
老人は少女の呼びかけに対して、その厳めしい顔をしかめるだけだった。
老人は黒色のローブをまとっており、その白髪は肩まで達している。
白い口髭を胸の高さまで伸ばしたその姿は、まさしく賢者然としていた。
「おじいちゃんが言った、冒険者として身につけておくべきことと、学んでおくべきこと、全てこの身に納めました。どうか、旅立ちの許可を。」
少女は老人に無視されたことなど気にせずに、話の続きを紡ぐ。
今度の発言は老人にとって無視するわけにはいかないらしく、一度深いため息をついた後、たっぷりと時間を置いてから言葉を返す。
「本当に、行くのか。」
「うん、行く。」
老人の問いかけに対して、少女は寸分の間もおかずに返答する。必要最低限の言葉しか返さないところから、少女の意思の固さが読み取れる。
老人は二度三度と首を横に振るった。この動作の意味は否定ではなく諦観であることを、少女は知っていた。
やがて老人が口を開く。
「わかった、好きにするがいい。十つの頃から言い続けてきたことだ、今更その決意が変わるべくもあるまい。」
少女の顔に華のような笑みが浮かんだ。対して老人はしかめ面をしている。
少女が旅立つことが余程気に入らないらしい。
「ありがとうございます。」
少女は老人に対して素早く背を向ける。これ以上ここにいたら、面倒なことになりかねないからだ。
部屋の出口に向かい、扉に手をかける。
「アリス。」
少女の企みは結局不発に終わる。老人の言葉はアリスの肩に重々しくのしかかってきたので、アリスは振り向かざるを得なかった。
「まだ何か御用でしょうか。」
できるだけ皮肉に聞こえるようにして返答する。まるで厄介者と思われたいかのように。
それに対して老人は一転、先ほどからは想像もつかないほどの柔和な笑みを浮かべて、アリスに言葉をかけた。
「疲れたら、いつでも帰って来なさい。故郷はいつでもお前を迎え入れるぞ。」
アリスは言葉を返すことができず、その場で老人に背を向ける。
ああ、やはり面倒なことになった。これがあるから、早いところこの場を離れたかったのに。
アリスの両の瞳には、真珠のような涙が溜まっていた。
故郷を離れる覚悟は決めていたはずなのに、別れは爽やかにと決めていたはずなのに、結局泣かされてしまった。
背後では老人が優しく微笑むばかりだった。