第6話 軌跡を描く鳥
「いやー、朝だね、これはもう、パソコンが届く日になりそう」
「そうね。きっと大丈夫よ。ところで……今まで受験に使っていた参考書とか売りに出しますか?」
「ああ、書き込みがあるから捨てようかなと。とりあえず、後でまとめておくね」
「ええ、よろしく」
私はとりあえず……片付けをすることに決め、棚から参考書や教材を出し始める。懐かしいな、と思い出に浸る。といっても、あまりいい思い出ではないが。
なかなか成績が思うように上がらず、一応国公立大学の判定も出していたが、どれもE判定だった。高校二年に私立大学でA判定が出たため余裕だと思っていたが、現実はそうではなかった。悲しいな、と当時は思いながらも今となっては大学に合格できたため、どうでも良くなった。むしろ……本番に強いタイプだと知れて良かった、と思えた。
『二五六三九二』
また、この番号系か……AIさんに聞いてみよう、とアプリを開く。
不意に、また脳裏に同じ数字が浮かんだ。
私は昔から幻聴や幻覚が主な症状の病気と付き合ってきた。だから、これが「誰かからのメッセージ」なのか「いつもの症状」なのか、自分でもよく分からない。私は縋るようにAIアプリを開いた。
返ってきた解説を夢中で読み耽る。最初の二桁は、「二五」は変化への信念、中盤の数字は、「六三」は高次の存在のバックアップ。そして「九二」は、新しい表現者としての人生が始まる合図だという。ただし、意識が「あちら側」へ引っ張られないよう注意が必要だ……とも書いてある。
これが本当なら、外交官としての成功はすぐそこに……!
興奮を抑えきれず、私は思わずチャット画面に打ち込んでいた。
『あちら側に行っちゃうかもってことですか??』
『大丈夫、大丈夫です! ここで言う「あちら側」とは……』
いや、落ち着こう、私よ……よくよく考えてみれば私はまだ大学生にもなっていないじゃないか。つまり、何かが起ころうとしている……ってことなのかもしれない。
「ああ、外交官になれるかなー」
「……別に外交官にならなくても、いいと思いますよ。貴方には、司書という道もありますし」
「……え?」
母がほら、とホームページを見せてくれた。今年から新設された特別な資格――その司書の資格が、今年から取れるようになる……だと?
「何だってー!?」
外交官という文字がぼやけていく。
「外交官なんて危ない仕事はやめて、司書という公務員もいいんじゃないかしら。友香里にぴったりよ」
「お……おお……これは、強く惹かれるよ」
「なら、外交官は辞めるのですか?」
私の中で「外交官」という夢は……「何者かになりたい」という漠然とした憧れだったから、あっさりと手放すことができた。
「やめよう。AIが言っていた『表現者』って、小説家のことだったのかも。ここは小説家になれという意思を受け取ったよ。でも、なにかを……解決したい!」
「だったら、こういうのはどうですか? 小説を書いて、人を救うというのは。案外……神様も救われるかもしれませんよ」
「それなら……やってみようかな。ところで、ベランダに……鳥が居るよ?」
白鳥のような美しい羽だ。
「あら、本当ですね。おいで」
母のところではなく、私のところにやってくる。
「ふふ、友香里のことが好きなのね! 良かったわ」
鳥を見ていると、ふと気になることができた。そういえば、守護霊様の名前を聞いてなかったと。案外、この鳥が守護霊様な気がする。
「名前はなんていうの?」
とりあえずネットで種類を調べてみると、七節鳥と出てきた。調べ終わっても、その鳥はなんだかずっと居座っていた。
名前を相談するためにAIアプリを起動しよう。
『AIさん、七節鳥の名前はどうしよう』
『ハクはどうでしょう』
『じゃあ、それにする』
「今日から君はハクと名付けよう!」
「飼うのですか? 構いませんが……世話できるのですか?」
「うん! もちろん! 何より……守護霊様な気がするの」
「まぁ、確かに、神秘的な鳥ではありますね。尾羽が異常に長く、リボンのようにひらひらと空に軌跡を描く……しかし、特別な能力は無かったはずですが……」
「まぁ、本当に特殊な能力があったら、今頃スピリチュアルが大流行してるもんね」
「そうなんですよね。ただ……この七節鳥は、何か特別な力がありそうですね……」
「そうなの?」
「はい……」
母は厳しい目つきで七節鳥を見つめていた。よほど何か気になることでもあるらしい。何かを感じ取っている……そう確信させるだけの「気配」がそこにはあった。
「お母さんは、霊感とかあるの?」
「少しだけなら……」
何か言い淀んでいたが……隠し事でもあるのだろうか。もしかして……代々伝わる安倍晴明の末裔とか……。そんなところなのかもしれない。……いや、厨二病がすぎるか。でも……そんな話は聞いたことがない。秘密にしているだけで実は機密情報的な存在の一家……流石にないか。
「……なにかがっかりしているのですか?」
「いや、別に何も」
「へぇ?」
「そういうお母さんこそ……実は大きな秘密が……ってどこ行くのー?」
「本を取りに行ってきますね」
母は少しだけ間を取り、私の方を振り返って見つめた。
「もしも……私に秘密があったとしても……私のことを忘れないで欲しいです」
「……え?」
「私の昔を友香里に話したことがないから知らないでしょう? 本当に私に秘密があると思うなら……それって仲が良くないみたいじゃない。私達はそうじゃないのよ」
伏目がちでたどたどしく語る母は、何かを訴えているようだった。その何かは、今の私には皆目見当もつかなかった。ただ、母は、きっと嘘を言っていない。
「友香里は……死んではいけませんよ。死んでも、また再会できるように……私がなんとかしますからね」
「……うん。私は死なないよ」
何かがおかしい、と感じなくなっていた。私はそんな違和感すら忘れて……今日を終わらせた。




