第5話 孤独な代弁者
「……公安ねぇ。どうして私なのかしら」
と、夜の冷たい空気に吐き出した。
自分には神の力がある。だから、あまり心配はしていなかった。小学校の頃の明日香は、自信がなく、いつも俯いているような人だった。自分で言うのも変だけれど、当時の私はどこか人を寄せ付けないオーラがあったらしい。周囲からも、妙に一目置かれていた記憶がある。ある日……男に声をかけられた。
「きみぃ、宗教に興味はないかい」
「え? いや、結構ですけど……」
「そうかなぁ? 是非とも神の力を……ああ、待てぇ!」
走って逃げている最中、視界が激しく歪んだ。外にいたはずなのに、瞬きをした次の瞬間には……見知らぬ家の中に立っていた。まるで劣化した映像データのように景色がノイズを立て、目の前には見知らぬ女が立っている。
「……全部、消えればいいのに」
震える声でそう願った瞬間、私は自分の部屋のベッドの上にいた。
次の日には、不審者情報が出ていたが、あの時私が見た“景色”については誰も触れていなかった。宗教団体には気をつけなさいと先生は言っていた。私はこの時から徐々に様子が変わっていった。オシャレに気を使うようになったし、前を向くようになった。無意識にミステリアスな雰囲気を纏うようになっていたのかもしれない。クラスメイトは「なんかあったのかな」と思うぐらいだった。
――現在。
夜の道を歩きながら、ふと足を止める。
「……懐かしい。なんで今更思い出したのかしら」
私は……まだやり直せると思っているのか、と感情を拭う。娘のために、この泥沼の道を進むしかない。何を選んでも失敗ばかりな自分が嫌いだった。
あの人のためにここまでやってきたのだ。「ここで負けたら、私の娘に迷惑よ」と、宗教団体のところへ向かっている。家からはそこまで離れていない。本当は……この力をいい方向に使うべきなのかもしれない。いや、使っている。
目的地に着くと、声をかけられた。
「こんばんは。ミスちゃん。私……貴方のことを待ってたの……今日も」
「その呼び方は、やめてほしいです。私の名前は明日香です」
「ええ? 可愛い名前だと思うのに」
ああ、厚かましい、とつくづく面倒な子だと思う。
「……ホスト行かないのー?」
「行きません。大体、貴方には神がいるのでは?」
「えー、硬いこと言わなーいの。私、キャバ嬢だよ。お客さんがたくさんいるのは当たり前でしょー?」
嘘を言っている。本当はキャバ嬢としては、そこまで売れてないと聞いているが。
「そうかもしれませんね。貴方は凄いです」
「明日にゃんに褒められた! ってか、ここもいずれ解散命令とか来るかもだし、そんなに詰め詰めでお勤めしなくても良くない?」
「そうですね……」
しれっと呼び方を変えたこの娘は、善意百パーセントで他人を堕落させる、ある種もっとも恐ろしい人種だ。
「ウエーい! 盛り上がってるかー!?」
やたらとテンポの速い、いかにもなパリピだ。パリピは怖い。笑顔で半殺しにしてきそうで。とにかく、地下に急ごう。
「あれれれれ、明日香ちゃんじゃーん?」
ぐぬぬぬ、パリピに捕まった!
「……何でしょう?」
「そんな警戒しないでよ〜俺たちの仲っしょ!」
「まさか。そんなわけないでしょう。私、地下に急がないとだから、私はこれで失礼します」
「よ! 神の代弁者!」
神を語る場所に、なぜこうも騒がしい人種が集まるのか。
私は溜息を飲み込み、厚い鉄の扉の先にある地下階段へと急いだ。
地下に行くと、スイッチを押す。そこには、たくさんの資料や、大きな像が三体あった。大きな像に向かって、祈りを込める。
娘のことをお守りください……この宗教団体がもっと拡大しますように……。
唯一、神が宿っている真ん中の像から声が響いた。
『ほっほっほっ。貢物は?』
「……はい。こちらの信者達の災いです」
『それ、何でわしに??』
「……以前に食べたい、と言っていたので」
『ああ、そんなことも言ったかのぉ』
主は満足げに、差し出されたドロリと黒光りする「災い」を音もなく啜り上げた。
「主君のいうことは絶対ですからね。それに……貴方はもっとやるべきことがあるのでしょう? 私は止めませんよ」
『そうか……この日本を任せられる相手がいなくてのぉ。誰に教えようかなとも思うし……君には向いてないだろうからのぉ』
「……そうですか。そういうのは、政治家ではダメなのですか?」
『うむ。いい質問だ。やはり、有能な人に任せたいだろう?』
「主君は、理想が高すぎるのでは? もしくは、育てる、とか」
『そんな暇はない』
「そうですよね。失礼しました」
以前までは三体にそれぞれの神が宿っていたという。私が来た時には、もう三体中二体はどこかへいってしまっていた。依代となる神が抜けて、ただの冷たい石塊に戻っていた。
「それで……何か私に伝えたいことはありますか?」
『そうだなぁ……もっと信者の数を集めろ、と言いたいところだが、大事なのは苦しんでいる人を助けることだ。そういう意味では、我々と縁がある者は、できる限り助けたいと思っている。だからこそ、君を任命したのだ。こう……着いて行きたくなりそうで』
「そうでしたか。分かりました」
地下から出て、急いでこの宗教団体である三船連合を離れた。私は帰宅後しばらくしてから眠りについた。
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