第2章 二度目の断罪 第1節
第2章 二度目の断罪
「――エリザベート・ハインツヘルン公爵令嬢。
これ以上、君の振る舞いを見過ごすことが、できない」
……あら。
今、殿下はなんとおっしゃいましたの?
視線を向けると、そこには見慣れたはずの婚約者――この国の第一王子である殿下が、壇上に立っていらっしゃいました
けれど、そのお顔は
あの、夢から目覚めたあの日に見せた、柔らかな笑みとは程遠い…
……あれ?
以前にも、
同じことを思った気がいたします。
どこか硬く、そして……妙に、感情が薄いように見え
……こんなふうに、感じましたかしら
胸の奥に、
小さな違和感が、ひっかかりました。
「よって、ここに宣言する。
君との婚約は――破棄、だ」
……ああ。
思考が、
ほんの一瞬だけ、遅れます。
……前にも
いえ。
……気のせい、ですわね
胸の奥が、すうっと冷えていく感覚。
それも――
覚えが、あるような。
驚いていないわけではありません。
けれど、
どこか、初めて聞く話でもないような。
胸に残る小さな記憶、そのおかげでしょうか
あの時の夢…夢だったのかわかりませんが
あの時よりは冷静でいられます
「おい、聞いているのか?」
声がする方に意識を向けます、
ああ、以前は誰のお声かわかりませんでしたけど殿下の護衛の方でしたのね、
相変わらずの眼鏡を直すしぐさでこちらを厳しげに見つめておられます
…サイズが合っていないのではないのかしら
そうして改めて周囲を眺めてみると
殿下のお隣には、
見覚えのある男爵令嬢が…確か半年ほど前に転入されてこられたのだったかしら
そういえば何度か殿下と御一緒の所をお見かけしたことはありましたけれど…
珍しいピンクの髪が鮮やかな人好きのするようなかわいい感じのお方ですわね
ご自身の髪とお揃いにされたのでしょうか淡いピンク色のドレスに
胸元には…碧い宝石を飾ったペンダント…
今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、
けれどしっかりと、殿下の腕に縋っています。
……親切ですのね殿下
その感想まで、
なぜか
自然に、浮かびました。
そう思ったのも、きっと私だけだったのでしょう
少なくとも、殿下の周囲におられる皆さまは、すでに筋書きを知っているかのような顔をしていらっしゃいましたから。
「エリザベート。君はこれまで、この者に対し数々の嫌がらせを行ってきた」
「学園内での中傷、孤立化、器物破損、階段から突き落とそうとした件……」
……あら?
そんなこと……いたしましたかしら
罪状を聞きながら、
わたくしは、
また、首を傾げそうになっていました。
そんなことと…前にも、同じことを考えましたかしら
一瞬、
そんな考えが、頭をよぎります。
いえ、
断言できるほど記憶が明瞭というわけではありません。
ですが、少なくとも――
誰かを階段から突き落とすような真似をした覚えは、
ありませんでした。
「何か言い分はあるか」
そう問われ、わたくしは、一瞬、言葉に詰まります。
……あれ?
この“間”も。
なぜか、
…とても
覚えが、あるような。
「……いえ……覚えは、まったく……」
なぜか、そう口にしかけた瞬間。
「もういい。これ以上の弁明は不要だ」
殿下の声が、わたくしの言葉を切り捨てました。
……ええ。
そうですわね。
……ここも……同じ…どういうことなのかしら
それ以上、
わたくしは、何も言いませんでした。
声を荒げることも、
涙を見せることもなく。
ただ、
静かに、その場に立っていました。
けれど――
……不思議ですわ
ここはそういう場なのですもの。
その思いが、なぜか強く
わたくしをこの場に立ち止まらせるのです
どうして……
答えは、
まだ、出ません。
――そして。
殿下の護衛の方々が、
わたくしの背後に立ちます。
その手が、
そっと、けれど有無を言わせぬ力で、
わたくしの腕を取ったとき。
……ああ
この流れも。
……覚えが、ありますわ
会場を後にする途中、
視界の端で、
皆さまの表情が流れていきます。
同情。
困惑。
納得。
……そして、
見て見ぬふり。
そうして会場を出て扉が閉まろうかと言うときに
「ちょっと――!!」
甲高く、
よく通る声が、
会場の奥から響きました。
ああ…この声は
「どういうことですの!?
いくらなんでも、
それはやりすぎではありませんこと!?」
……ふふ。
やはりあの方でしたのね
あの、
少し騒がしくて、
少し尊大で。
……相変わらず、お騒がしい方ですわ
でも、その声を聞いた途端、胸の奥が、
ほんの少しだけ
温かくなりました。
……大丈夫ですわ
理由は、分かりません。
……きっと
扉が完全に締まります
声は、
次第に遠くなり。
やがて、
何も聞こえなくなりました。
その後のことは、
あまり、よく覚えておりません。
薄暗い廊下。
重たい扉。
鍵の音。
与えられた部屋は、
質素で、
けれど不自由はなく。
…しっている…少し懐かしい気もする
……幽閉、ですわね
そう、
ぼんやりと思いました。
誰とも会わず。
何も知らされず。
時間だけが、
静かに、
過ぎていきます。
恐怖が、
なかったわけではありません。
けれど今は、不思議と
あの夢の中より少しだけ、
ほんの少しだけですけど落ちついて過ごすことが出来ました
理由は、
やはり、
分かりません。
ただ
あの方のお声のおかげでしょうか…変わらぬものもあるんだと…そう
――そして。
わたしの意識は、ふっと途切れたのです。




