諦めてしまえば
入学式の帰り。
その日は確か、雨が降っていたと思う。
さきほどの喧騒とは別世界のような静けさの中に、一つの小さな背中を見つけた。
同じ制服で、リボンの色は1年生。
もしかして陰キャ脱退のチャンスなのでは!?という浅はかな考えのもと、私は勇気を振り絞って女の子に話しかけた。
降りやまない花びらの薄化粧に彩られた景色の中、公園のベンチに座っていた女の子は傘をさしていたもののスカートはずぶ濡れで上のシャツ服もところどころ透けていた。
「あの、えと、こんなところに居たら、風邪ひいちゃいますよ!」
始めて放ったのはありきたりな言葉。
ほんとうに、私じゃなくてもよかった言葉。
けれど少女は虚ろな目どころか、鬱陶しいと言わんばかりの目を向けてきて。
「じゃあ、貴方が代わりに濡れてくれるの?」
その言葉がよく分からなかった。
この人は何を言っているのだろうと。
どう返答すればよいのか分からず困っていると、さらなる一手かのように再び女の子は口を開く。
「なら、どっか行って」
「―――――」
これが彼女――桜凪由奈との初めての会話。
私はあのときなんて言ったんだっけ?
夢のおぼろげな記憶は溶けて消えていく。
そんな中で、彼女は幼女のような泣きそうな顔をしていた。
※
「っ……」
夢を、見ていた気がする。
精神的HPが残り0になった私は、もう詰みだとか言って7限の授業を寝始めたんだっけ……
外からは部活の喧騒が聞こえる。
そういえば仮入部の期間だからとかなんとか、美人教師が言っていた。
「ふぁー……」
まだシャキッとしていない脳みそをぽんぽんたたきながら窓を眺めていると誰かが入ってくる。
だ、だれ?!
まさか、お豆腐メンタルぐっちゃぐちゃの私にオーバーキル!?
新手のいじめか!
せんせー、このがっこーにはいじめがありまーす。。。
お豆腐界隈を虐めて楽しいか!
そんな界隈聞いたことねぇよ……。ぐすん。
「それで柚ちゃんがケーキ好きで―――」
あ、一ノ瀬さんだった……。
友だちと思しき人たちに囲まれて天真爛漫に話す彼女――一ノ瀬七海さんは、金髪碧眼の陽キャカーストトップにして、超がつくほどの美少女である。その美貌はクラス中の皆が見惚れてしまうほど。私?一度その姿を目に入れたら壊れたPCのように固まって熱を帯びてしまうくらいだよ?凝固人間?お前が見ているのは一ノ瀬さんの残像だぞあかね!
そんなわけで私とは、てんてんちっち!くらい天地の差がある一ノ瀬さんは、ここ紗耶高校の天使ちゃんという別名がある。本人は否定しているがその名の通り、彼女は誘惑的なほどの美貌を持ち、純粋な愛と深い慈悲の心を持っているからだ。あれ?なら私は、紗耶高のゴミみたいな別名がつけられてるのか?脳内の一ノ瀬さんが語り掛ける。
『お前はこの翼が生えそうな天使のわたしとは違って、月曜廃棄の粗大ゴミにぶち込まれそうだもんねwww』
違う!一ノ瀬さんはそんな人じゃない!一ノ瀬さん、ごめんなさいぃぃぃ……
〈へぇ、月曜ゴミなんだー。一ノ瀬サンの住所特定の手がかりになるね♪〉
おい張り合うなゴミあかね!
脳内は、大悪魔一ノ瀬さんとレスバしようとするあかねちゃん5歳で占領されました。
カ・オ・ス!
混ぜるな危険ってこのことかもね。。。
ときどき思う。高校デビューに成功していたら、あの華やかなグループに入っていたのかなって。
大勢で輪になって会話に花を咲かせて、帰りは喫茶店に寄って恋バナとかして。あそこには私がずっと求めてたすべてが詰まってるんじゃないかと思う時がある。今この人たちに歩み寄ったら――いや、歩み寄れたら。どれほどよかっただろう。私にはその度胸も資格もない。私はただ欲しいものを遠くから眺めておくことしか、できなかったんだ。
教室の隅っこから眺めてる私と、眩しいくらい輝いてる彼女たち。
私たちの間には、一体どれくらいの距離があるんだろう。
あと、どのくらい歩けばいいですか。
あと、どのくらい頑張ったら、いいんですか……。
傍観者。
ふと、そんな単語が頭に浮かぶ。
話し方を変えて、猫背をやめて、髪型も変えた。
ちょっとはあの頃よりも、変われたと思う自分がどこかにはいて。
――変われて、なかったんだ……
取り繕っただけじゃ、理想の陽キャになんてなれてなかった。
私は何をしているのだろう。
周りにはイタイ奴に見えているのだろうか。
始めは陽キャの人たちと対等な関係になろうと思って、自分から話しかけた。この時の私はまだ諦めてなかったよ。陽キャになることに熱があった。そうして彼女たちと話していって、高速パスまわしみたいな会話についていけなくなって、次第に他人が怖くなって。今度は他人にペコペコし始めた。媚びを売ることを手段として、陽キャに近づこうとした。
なに、やってんだよあかね。
あの頃と何にも、変わってないじゃん……
その先に待っているのが何か、お前は知っているはずなのに。
「……っ」
唇をかみしめる。ほんのり血の味がした。
ああ、惨めだ。
今同じ教室にいる女の子たちは私を見て嘲笑ってるのかな。
もしかしたら蔑んでいるのかもしれない。
弱い人間が上に上がろうとして失敗した。
その負債は大きい。
無様でみっともなくて。
でもどうしようもないじゃんそんなの。
私だって、頑張ったじゃん。
頑張ったら報われるんじゃ、ないの?
努力した人間が成功することは駄目なことなの?
私が上を見ちゃ、いけなかった?
幸せになろうとするから不幸になった?
無数の問いが答え合わせの暇もなく、どんどん反芻される。
さっきまで楽しそうに話していた彼女たちは、かばんを取りに来ただけなのか、教室を立ち去ろうとしていた。
「―――ふしみさん?」
誰かに呼ばれた気がするけれど、この際どうでもよかった。
もう、頑張らない。
上も見ない。
一生陰キャのままでいよう。
もう、どうでもいいんだ。
溢れてきそうな涙を袖口でふき取る。
そろそろ約束の時間だ。
桜凪さんに会いに行かなきゃ。




