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教室の秘密(後編)

翌朝、ユウナは早めに学校に到着し、美術室に向かった。昨夜考えた仮説を確認するため、もう一度現場を詳しく調べたかった。


美術室に入ると、意外にも既に一人の人影があった。


「あ、ユウナさん……」


振り返ったのは絵美里だった。暗い表情で、麻衣の空になったイーゼルの前に立っている。


「絵美里ちゃん、どうしたの?こんなに早く」


「眠れなくて……麻衣先輩のこと、心配で」


絵美里の目は赤く、泣いていたようだった。


「大丈夫、必ず犯人を見つけるから」


ユウナは絵美里を慰めながら、美術室を観察した。昨日気づかなかった細かい部分を確認していく。


「絵美里ちゃん、美術部に入ったきっかけは?」


「中学の時から絵を描くのが好きで……でも、上手じゃないんです」


「そんなことないよ」


「いえ、本当に。特に麻衣先輩と比べると……」


絵美里は自嘲するように笑った。


「先輩は天才なんです。何を描いても素晴らしくて。私なんか、どんなに頑張っても先輩の足元にも及ばない」


ユウナは絵美里の言葉に引っかかりを感じた。


「でも、絵美里ちゃんも頑張ってるじゃない」


「頑張っても、才能には敵わないんです……」


その時、美術室のドアが開いた。田中先生が入ってきた。


「おや、早いですね。二人とも」


「先生、おはようございます」


「昨夜、考えたんですが……やはり警察に相談した方がいいかもしれません」


田中先生は深刻な表情を見せた。


「このままでは部活動を続けられません」


「先生、もう少しだけ時間をください」ユウナが頼んだ。「今日中に必ず解決します」


放課後、美術部の部員全員が美術室に集まった。田中先生の聞き取り調査が行われる予定だったが、ユウナが割って入った。


「すみません、その前に少しお時間をいただけませんか?」


部員たちは困惑した顔を見せた。


「皆瀬さん、でも……」田中先生が言いかけた時、ユウナが口を開いた。


「犯人が分かりました」


美術室が静まり返った。


「本当ですか?」麻衣が身を乗り出した。


「はい。でも、その前に確認したいことがあります」


ユウナは部員たちを見回した。


「この事件は、単純な窃盗ではありません。真の目的は別にあったんです」


「別の目的?」


「美術部を壊すことです」


部員たちがざわめいた。


「でも、どうして美術部を……」山田くんが震え声で聞いた。


「それは……犯人にしか分からない理由があったからです」


ユウナは一呼吸置いてから続けた。


「犯人は、この部活動に深い劣等感を抱いていました。特に、才能のある人に対する嫉妬が……」


「まさか……」麻衣が青ざめた。


「最初の被害者は麻衣先輩でした。高価な画材を盗まれた。次に山田くん、そして中村さん、絵美里ちゃん……でも、よく考えてみると、おかしなことがあります」


ユウナは歩きながら話した。


「山田くんは自分のスケッチブックを盗まれた被害者のはずなのに、中村さんに目撃されるような不審な行動を取っていた。でも、山田くんの動機は純粋な憧れでした」


山田くんがホッとした表情を見せた。


「そして昨日、最も重要な麻衣先輩のコンクール作品が盗まれました。これで美術部は致命的なダメージを受けた」


「それで、犯人は誰なんですか?」中村さんが焦れったそうに聞いた。


ユウナは振り返った。


「犯人は……」


一同が息を呑んで見守る中、ユウナは静かに言った。


「絵美里ちゃん、あなたです」


絵美里の顔が真っ青になった。


「え……私?何を言ってるんですか、ユウナさん」


「最初から疑問だったんです。なぜ絵美里ちゃんが私に依頼したのか。普通なら先生に相談するか、部員同士で話し合うはずです」


ユウナは続けた。


「でも、絵美里ちゃんは外部の探偵に依頼した。それは、自分が犯人だとバレないようにするためです」


「そんな……証拠はあるんですか?」絵美里は必死に否定した。


「証拠はあります」ユウナは麻衣の方を向いた。「麻衣先輩、予備キーをいつも持ち歩いていると言いましたが、実際はロッカーに入れていることが多かったんじゃないですか?」


麻衣は頷いた。


「はい……実は、カバンが重くなるので、よくロッカーに入れていました」


「その事実を知っていたのは、親しい部員だけです。絵美里ちゃんは麻衣先輩と仲が良く、その情報を知っていた」


ユウナは絵美里を見つめた。


「そして決定的な証拠があります。昨日、絵美里ちゃんは『麻衣先輩のコンクール作品』と言いました」


「え?」


「でも、その絵がコンクール用だということは、麻衣先輩も田中先生も部員の前では言っていませんでした。なぜ絵美里ちゃんがそれを知っていたのか?」


絵美里の顔が青ざめていく。


「それは……」


「麻衣先輩の絵を盗む時に、コンクール用だということを確認したからです。つまり、犯人だからこそ知り得た情報だったんです」


美術室が静まり返った。絵美里は震えながら俯いていた。


「絵美里……まさか本当に?」麻衣が信じられないという顔をした。


長い沈黙の後、絵美里は小さく頷いた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


涙があふれ出した。


「どうして?」麻衣が聞いた。


「私……麻衣先輩のことが好きでした。でも、それと同時に……嫉妬していたんです」


絵美里は涙ながらに話し始めた。


「先輩は何を描いても素晴らしくて、みんなから褒められて……私はどんなに頑張っても、全然上達しなくて」


「でも、それは……」


「最初は先輩の画材を盗んで、少しでも先輩の実力を削ごうと思ったんです。でも、それでも先輩は素晴らしい絵を描き続けて……」


絵美里の声が震えた。


「それで、もっと大きな妨害をしようと思って……他の部員の物も盗んで、部全体を混乱させようと……」


「絵美里……」


「でも、一番ひどかったのは、ユウナさんを巻き込んだことです。私が犯人なのに、探偵に依頼して……」


絵美里は床に崩れ落ちた。


「本当にごめんなさい……もう、どうしていいか分からなくて……」


麻衣は絵美里の前にしゃがみ込んだ。


「絵美里、どうして相談してくれなかったの?」


「相談なんて……先輩に嫉妬してるなんて、言えるわけないじゃないですか」


「でも……」麻衣は優しく言った。「私、絵美里の絵、好きだよ」


「え?」


「絵美里の風景画、すごく心が温かくなる。技術だけじゃない、絵美里にしか描けない優しさがある」


絵美里は驚いて顔を上げた。


「私なんて、技術ばかり追い求めて……絵美里みたいに、見る人の心を動かす絵が描けない」


「そんな……先輩の絵は素晴らしいじゃないですか」


「それぞれに良さがあるのよ」田中先生が口を開いた。「絵に正解はありません。大切なのは、自分らしさを表現することです」


先生は続けた。


「絵美里さん、あなたの絵には独特の温かさがある。それは技術では身につかない、あなただけの才能です」


絵美里の目に新たな涙があふれた。でも今度は、嬉しさの涙だった。


「盗んだ物は、全部返します」絵美里は立ち上がった。「家に隠してあります」


「絵美里ちゃん」ユウナが口を開いた。「大切なのは、これからどうするかよ」


「はい……」


「みんなに正直に謝って、一からやり直そう」


山田くんが前に出た。


「僕、絵美里先輩の絵、好きです。一緒に頑張りましょう」


中村さんも頷いた。


「私たち、仲間でしょ?」


麻衣が絵美里の手を握った。


「一緒に、もっと素敵な絵を描きましょう」


その日の夕方、盗まれた全ての物品が美術室に戻ってきた。絵美里は一つ一つ丁寧に謝罪し、部員たちもそれを受け入れた。


「ユウナさん、本当にありがとうございました」


絵美里は深く頭を下げた。


「事件は解決したけど、これからが大切よ」ユウナは微笑んだ。「絵美里ちゃんの絵、私も見てみたい」


一週間後、美術部では「友情展」と題した部内展示会が開催された。各部員の作品が展示され、お互いの良さを認め合う機会となった。


絵美里の風景画の前には、多くの見学者が足を止めていた。


「すごく心が和む絵ね」


「技術もさることながら、見ている人のことを考えて描いているのが伝わってくる」


絵美里は照れながらも、嬉しそうに微笑んでいた。


「ユウナさん、本当にありがとうございました」


展示会の後、絵美里がユウナの元にやってきた。


「お陰で、本当の仲間ができました」


「良かった。でも、一番頑張ったのは絵美里ちゃんよ」


「これからは、嫉妬じゃなくて、お互いを高め合える関係を築いていきたいです」


その夜、ユウナは探偵事務所で事件をファイルにまとめた。


『美術部盗難事件 解決』

『真相:部員による嫉妬が原因の内部犯行』

『結果:部員間の真の絆が深まり、お互いを認め合う関係を構築』


「お兄ちゃん、また一つ事件を解決できたよ」


ユウナは窓の外を見た。学校では美術部の明かりがまだ点いている。きっと、今頃は楽しく創作活動に励んでいることだろう。


クロベエが膝の上に飛び乗り、満足そうに鳴いた。


「そうだね、クロベエ。人の心って複雑だけど、理解し合えれば素晴らしい関係が築けるよね」


この事件を通じて、ユウナは同世代の心の複雑さと、それを乗り越える友情の力を学んだ。そして、探偵として、人と人を繋ぐお手伝いができることの喜びを改めて感じていた。


皆瀬探偵事務所には、今日も温かい夜が訪れていた。そして、次の事件解決に向けて、ユウナの心は既に新たな決意で満ちていた。

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