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教室の秘密(前編)

「ユウナさん、お忙しいところすみません……」


桜ヶ丘高校の図書室で、佐藤絵美里がユウナに声をかけた。2年A組の図書委員で、ユウナとは委員会活動で何度か話したことがある大人しい女の子だった。


「絵美里ちゃん、どうしたの?」


ユウナは読んでいた本を閉じた。絵美里の表情は暗く、何かに悩んでいるようだった。


「実は……相談したいことがあるんです。ユウナさんって、探偵をされてるって聞いたんですが……」


「うん、少しだけ。お兄ちゃんの探偵事務所を手伝ってるの」


絵美里は辺りを見回してから、小声で話し始めた。


「美術部で変なことが起きてるんです。最近、部員の私物がなくなったり……」


「私物?」


「高い画材とか、コンクール用の作品とか……誰かが盗んでるみたいなんです」


ユウナは興味深く聞いた。


「絵美里ちゃんは美術部だったの?」


「はい、1年の時から。でも最近、部の雰囲気がすごく悪くて……みんなお互いを疑ってるんです」


絵美里の目に涙が浮かんだ。


「このままじゃ部活が続けられなくなってしまいます。ユウナさん、お願いします。真相を調べてもらえませんか?」


ユウナは少し迷った。これまでの依頼は大人からのものばかりで、同級生から頼まれるのは初めてだった。


「分かった。詳しく話を聞かせて」


放課後、ユウナは絵美里と一緒に美術室に向かった。美術室は校舎の3階にあり、普段はあまり人が通らない静かな場所だった。


「最初に被害があったのは、いつ頃?」


「2週間ほど前です。3年生の田沢先輩の油絵の具セットがなくなって……」


美術室に入ると、数人の部員が作品制作に取り組んでいた。しかし、どことなく緊張した雰囲気が漂っている。


「絵美里、お疲れ様」


声をかけてきたのは、長い髪を束ねた美しい3年生だった。


「田沢先輩、こちらユウナさんです。2年B組の……」


「皆瀬ユウナです。絵美里ちゃんから美術部のことを聞いて……」


田沢先輩は少し警戒したような表情を見せた。


「田沢麻衣です。でも、部外者に話すような内容じゃ……」


「麻衣先輩」絵美里が割って入った。「ユウナさんは探偵をされてるんです。きっと犯人を見つけてくれます」


「探偵?」麻衣は驚いた顔をした。「高校生なのに?」


「お兄ちゃんの探偵事務所を手伝ってるんです。もしよろしければ、お話を聞かせてください」


麻衣は少し考えてから頷いた。


「分かりました。でも、ここじゃ話しにくいから……準備室で話しましょう」


美術準備室は画材や作品が整理されている小さな部屋だった。麻衣は重い口を開いた。


「最初は私の油絵の具セットがなくなりました。プロ用の高級なもので、5万円くらいするんです」


「5万円……それは高価ですね」


「コンクール用に両親に買ってもらったものでした。でも、ある朝来てみたら、ロッカーからなくなっていて……」


「ロッカーに鍵はかけていましたか?」


「はい。でも、鍵を壊された形跡はありませんでした」


ユウナはメモを取りながら聞いた。


「他にも被害があったんですよね?」


「その後、1年生の山田くんのスケッチブックや、2年生の中村さんの水彩絵の具セットも……」


絵美里が補足した。


「私も先週、デッサン用の鉛筆セットを盗まれました」


「みんな、ロッカーから?」


「はい。でも、どれも鍵を壊された様子はないんです」


ユウナは不思議に思った。鍵を壊さずにロッカーを開けるということは、合鍵を持っているか、開錠技術を持っているかのどちらかだ。


「部員以外で、美術室に出入りできる人はいますか?」


「美術の先生と、掃除当番の生徒くらいですが……」


「美術の先生は?」


「田中先生です。とても優しい方で、そんなことをするはずが……」


その時、美術室のドアが開いた。


「おや、お客さんですか?」


50代前半の男性教師が入ってきた。田中先生だった。


「先生、こちらは皆瀬さんです。最近の盗難について相談に乗ってもらってるんです」


田中先生は困ったような表情を見せた。


「そうですか……確かに最近、部員たちの様子がおかしくて心配していました」


「先生から見て、何か気になることはありませんか?」


「そうですね……部員同士の信頼関係が崩れてしまって。お互いを疑うような雰囲気になってしまいました」


田中先生は続けた。


「美術は心を表現するものです。疑心暗鬼の中では、良い作品は生まれません」


ユウナは美術室全体を見回した。ロッカーは20個ほどあり、それぞれに部員の名前が書かれている。どれも同じタイプの鍵で、特に頑丈なものではない。


「先生、美術室の鍵の管理はどうなっていますか?」


「私が持っているマスターキーと、部長の麻衣さんが持っている予備キーがあります」


「予備キー?」


麻衣が説明した。


「部活動で遅くなることがあるので、部長が予備キーを持って最後の施錠をすることになってるんです」


「その予備キーは普段、どこに?」


「私のロッカーに入れています」


ユウナは新たな疑問を抱いた。


「麻衣先輩のロッカーの鍵は?」


「いつも持ち歩いています。でも……」


麻衣は不安そうな顔をした。


「時々、カバンを教室に置いたまま体育の授業に行ったりすることもあります」


つまり、その間に誰かが麻衣のロッカーから予備キーを取り出し、他の部員のロッカーを開けることは可能だった。


「麻衣先輩のクラスの人も犯人の可能性があるということですね」


「そんな……」麻衣は顔を青くした。


その日の調査はそこで終了し、ユウナは家に帰ってから情報を整理した。


『美術部盗難事件』

- 被害:高価な画材、作品(総額10万円以上)

- 期間:2週間前から継続

- 場所:美術室のロッカー

- 特徴:鍵を壊さずに開錠

- 容疑者:部員、または予備キーにアクセス可能な人物


翌日、ユウナは美術部の活動時間に再び美術室を訪れた。今度は部員たちの人間関係を詳しく観察するためだった。


「皆瀬さん、昨日はありがとうございました」


1年生の山田くんが声をかけてきた。小柄で内気そうな男子生徒だった。


「山田くんのスケッチブックがなくなった時のこと、詳しく教えてもらえる?」


「はい。僕、風景画が好きで、放課後によく校内をスケッチしてるんです。そのスケッチブックには、コンクールに出品予定の作品も描いてあって……」


山田くんの目に涙が浮かんだ。


「あれがなくなってから、やる気が出なくて……」


ユウナは山田くんの机を見た。新しいスケッチブックがあるが、ページはほとんど白紙のままだった。


「他の部員との関係はどう?」


「みんな優しい人たちです。でも最近は……」


山田くんは辺りを見回してから小声で言った。


「みんな僕のことを疑ってるみたいなんです。1年生だから、先輩に迷惑をかけてるんじゃないかって」


「どうしてそう思うの?」


「この前、中村先輩が『1年生は信用できない』って言ってるのを聞いちゃって……」


ユウナは中村さんという2年生を見た。短い髪の活発そうな女の子で、現在水彩画を描いている。


「中村さんとお話しできるかな?」


ユウナは中村さんに声をかけた。


「中村さん、お疲れ様。私、皆瀬ユウナです」


「ああ、噂の探偵さんね。中村早苗です」


早苗は少し棘のある口調で答えた。


「盗難事件について、何かお気づきのことはありませんか?」


「特にないけど……ただ、最近入ってきた1年生の行動が怪しいのよ」


「山田くんのこと?」


「そう。あの子、いつも一人でコソコソしてるし、他の部員のロッカーの前をウロウロしてることもあるのよ」


ユウナは興味深く聞いた。


「具体的には?」


「先週の木曜日、私が忘れ物を取りに戻った時、山田くんが麻衣先輩のロッカーの前に立ってたの。何してるのか聞いたら、慌てて逃げちゃって」


これは重要な情報だった。山田くんが麻衣のロッカーから予備キーを盗んだ可能性がある。


しかし、ユウナには疑問があった。山田くん自身も被害者なのに、なぜ自分のスケッチブックを盗む必要があるのだろうか?


その日の放課後、ユウナは山田くんに直接話を聞くことにした。


「山田くん、先週の木曜日のことを覚えてる?」


山田くんは顔を青くした。


「木曜日……ですか?」


「中村さんが忘れ物を取りに来た時、田沢先輩のロッカーの前にいたって聞いたんだけど……」


山田くんは俯いてしまった。


「あの……実は……」


「何でもいいから、正直に話して」


山田くんは涙ぐみながら話し始めた。


「僕……田沢先輩のことが好きなんです」


「好き?」


「恋愛的な意味じゃなくて……憧れてるんです。先輩の描く絵がすごく上手で、いつか僕もあんな風に描けるようになりたくて」


山田くんは続けた。


「それで、先輩がどんな画材を使ってるのか気になって……ロッカーを見てたんです。でも、のぞき見してるみたいで恥ずかしくて、中村先輩に見つかった時に逃げちゃいました」


ユウナは山田くんの純粋な気持ちを理解した。しかし、それでも犯人の可能性を完全に排除することはできない。


その時、美術室のドアが開いた。田中先生が慌てた様子で入ってきた。


「大変です!また盗難が起きました」


「え?」


「今度は麻衣さんのコンクール作品が……」


麻衣が青ざめた顔で立っていた。


「私の絵が……消えてる」


ユウナは急いで麻衣のイーゼルを確認した。確かに、そこにあるはずの油絵がなくなっている。


「いつ気づいたんですか?」


「さっき、最後の仕上げをしようと思って来てみたら……」


麻衣の声が震えていた。


「あの絵は来月のコンクールに出品予定だったんです。もう締切まで時間がない……」


田中先生も困り果てていた。


「これで4件目です。もう看過できません。明日、全部員に聞き取り調査をします」


ユウナは事件の緊急性を感じた。このままでは美術部が崩壊してしまうかもしれない。


「先生、もう少し時間をください。必ず犯人を見つけます」


その夜、ユウナは探偵事務所で事件について考え込んだ。


「クロベエ、どう思う?」


黒猫は机の上で丸くなりながら、知らん顔をしている。


ユウナは改めて事件を整理した。


1. 高価な画材や作品が連続して盗まれている

2. ロッカーの鍵は壊されていない

3. 犯人は予備キーにアクセス可能な人物

4. 部員同士の疑心暗鬼が深刻化


そして今日、最も重要な作品が盗まれた。これは単なる金銭目的の犯行ではないかもしれない。


「もしかして……」


ユウナは新たな仮説を思いついた。この事件の真の目的は、美術部を混乱させることなのかもしれない。


だとすれば、犯人は部員の中にいる。そして、その動機は……


明日、真相を確かめよう。ユウナは決意を新たにした。


窓の外では、桜ヶ丘市の夜景が静かに広がっていた。美術部の平和を取り戻すため、ユウナの推理が始まろうとしていた。

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