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地獄でも相棒

作者: 泉紫織

「明日死ぬって言ったらどうする?」


「何言ってんだ、俺たちもう死んでるじゃないか」


 そう、僕たちはすでに死んでいる——。


 死んだら地獄に行くと思っていた。僕もこいつも。でも実際死んでみると、生活はほとんど変わらなかった。死んで起きた時にいた場所からあまり遠くへはいけないし、食欲も物欲も何もないが、灼熱に焼かれることもなく、平穏に暮らしている。2人で何気ない会話をしながら。


 この世界は生前のそれと変わらず、天候が移り変わるらしい。周りに同じように生活している人間もいる。家屋やビルなども建っているが、きっと死んだ人間の中でも階級が高いやつが暮らしているんだろう。あの中が天国なのかもしれない。あいにく僕たちは建物には入れないようだ。


 ということは、ここ(屋外)が地獄なのかもしれない。僕たちはそう思い始めていた。


 死んでから、どれくらいの時が経っただろうか。同じような毎日の繰り返し。しかも娯楽もない。文化的意義のあるものなど何一つないのだ。飽きた。やはりここは地獄だ。


 ある日、退屈しのぎに生活拠点の近くを彷徨いていると、向かい側から子どもがやってきた。すると、なんということだろう、目が合うと、その子はガタガタと震え出して、一目散に逃げ出してしまったのだ。今までただの通行人である僕にそのような反応を見せた人などいなかった。僕の死に様が怖いということはないはずだ。なぜだろうか。


 しばらくして、また歩き回っていると、今度は向かい側から怪しい男が近づいてきた。そいつはだいぶ距離がある段階から僕のことをニヤニヤしながら見ていた。風貌もいかにもという感じで怪しい。シルクハットをかぶっている人間など今の時代そう見ない。紳士気取りの人間ほど怪しいことは生前の経験上わかっている。僕は警戒しながらそいつを見ないようにしつつ、通り過ぎようとした。


「中谷京介さん?知り合いからあなたを無事にお見送りするようにお願いされたのですが、どうやら私が手を施す必要はなさそうですね。あなたは明日には死ぬようだ」


 ほら、怪しい。何を言っているかさっぱりわからない。どうして僕の名前を知っているのか。見送るとはどういう意味か。生前と同じようにこの世界でも詐欺のようなものはあるんだなぁ、と思いつつ無視して先を急ぐ。


「おやおや、私がなぜあなたの名前を知っているか気にならないのですか?」


 これはいささか面倒だ。諦めて向き直る。


「なんでしょう?僕はもう死んでいるのですから、明日死ぬなんてことはないでしょう」


「いえ、あなたは明日死にますよ。正しい意味でね」


 正しい意味で死ぬ?こいつはどこまで怪しいのだろうか。新手の宗教勧誘か。死んだ後も宗教勧誘があるなんて不思議なものだ。話し方ひとつとってもなんとなく鼻につく。問答は無駄だ。


「そうですか。では、僕は急いでいるのでこれで」


 雑な会話の終わらせ方になってしまったが、仕方がない。後ろを振り返らず、動ける範囲の端まで足早に移動する。そこでやっと振り返ったが、男はついてきてはいなかった。


 定位置に戻ってくると、相棒の陸がいる。互いに片手をあげて挨拶を済ませるだけ。死んでも相棒だと誓った僕たちはそれだけで分かり合える。


 それから僕は、さっきの男が言ったことを考えていた。詐欺かなんかだろうと片付けようとする心と、名前を知っているくらいなんだから、ある程度間に受けた方がいいんじゃないかと思う心の葛藤がある。柄にもない。一度死んでいるのだから死への恐怖などないというのに。


 悶々としながら、僕は陸に聞いてみることにした。


「明日死ぬって言ったらどうする?」


 陸は訝しげな顔をする。


「何言ってんだ、俺たちもう死んでるじゃないか」


「そりゃそうだよな……」


 そりゃそうだ。やはりさっきのはただの詐欺に違いない。忘れてしまおう。しかし、他のことを考えようとしても、胸の片隅で燻る嫌な予感は消えてはくれなかった。気を紛らわすように、夜更けまで陸にたくさん話しかけてしまったが、陸は変に思っただろうか。


 徐々に辺りが明るくなってきて、僕たちは眠りについた。食欲はないというのに、死んでもなお睡眠は取らないといけないのだ。


 夢にシルクハットの男が出てきた。知らぬ間に僕は何かの受付の行列に並んでいた。男は受付係のようだ。


「昨夜ぶりですね、中谷京介さん。やはり今日でしたか。では、こちらに署名を」


 何が何だかよくわからないまま、僕はそこに署名をしてしまった。次の瞬間、視界は暗転した。


 文字通り、身を焦がすような熱さに慌てて目を覚ました。火事か?そう思って辺りを見渡すと、一面火の海である。慌てて移動しようと体を起こす。走り出そうとしたが、火に囲まれていて身動きが取れない。


「誰かあああ!誰かいないかああ!助けてくれえええ!」


 咄嗟に叫ぶが、炎が弾けるバチバチという音しか聞こえない。どれくらい叫び続けただろうか。疲れてしゃがみ込んだ。不思議なことに、やけどしそうなほどの熱さを感じても皮膚は焼けず、ただ息が苦しく熱いと感じるだけなのだ。死んでいるから当たり前か。


 しばらくして、助けを呼ぶのも諦めて熱さに悶えていると、炎の奥からゆらめく人影が。


「よお、また一緒だな。先に送り込んでおいてよかったぜ」


 熱さに歪んだ顔の中に微かな笑みを浮かべてやってきたのは陸だった。2人で熱さの中に取り残され、何年経ったか知れない。

短編を載っけてみました。

代表作は『揺蕩う音符とシンデレラ』です。ぜひそっちを読んでください!!!!!!

そしてそちらの高評価、ブクマよろしくお願いします!!!!!

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