第6話:「※この静けさも、いつか嵐に変わる」
秋の空は、どこか静けさを纏っていた。
まだ冬の気配はないけれど、風が吹くたびに長袖のシャツがふわりと揺れる。
地位協定違反という名の“制裁”から、四か月。
周囲からの無言の圧力は、表向きには解除された。
けれど、あの時失ったものは、簡単には戻らなかった。
今日は、いつもとは違うランニングコースを選んだ。
学祭前の慌ただしい空気から逃げるように、蓮はひとり、河川敷の土手を走っていた。
水面が穏やかに揺れ、風がススキを揺らしている。
深く息を吐き、芝生に腰を下ろした。
水筒のドリンクを一口。秋の甘さが喉に染み渡る。
「……お、野中?」
その声に顔を上げると、見慣れたシルエットが目に入った。
藤井 拓真
中学からの親友であり、元サッカー部の相棒。
今日はサッカー部の練習日ではなかったはずだが、ユニフォーム姿の彼はボールを手にしていた。
「ちょうどよかった。パス練、付き合ってくんない?」
「休憩中なんだけどな……」
そう苦笑しながらも、自然と体は立ち上がっていた。
ボールを蹴る感触は、思っていたよりも体に残っていて、心地よかった。
「なあ、覚えてる? 中三の地区大会、最後のカウンター」
「……あれな。ギリだったけど、決まったよな」
「お前がゴール前まで走ってくれると信じてたよ、俺は」
その言葉に、思わず目を細めた。
“信じていた”――そんな言葉が、こんなにも胸に響くとは思わなかった。
「……また、ああいうの、やりたいよな」
拓真の言葉に、蓮は何も返せなかった。
ただ、少しだけ長めにボールを蹴り返す。
高く跳ねたボールの下、拓真がふとつぶやいた。
「なあ、俺さ……お前を止められなかったの、今でも後悔してる」
……その声は、風に混じっても、ちゃんと届いていた。
「……気にすんなよ。あれは俺の問題だった」
それ以上、拓真は何も言わなかった。
ただ、軽くヘディングで返球する。
不思議と、それだけで十分だった。
「……また付き合ってよな、グース」
別れ際、拓真がそう言った。
“グース”――中学時代のあだ名。蓮は思わず笑ってしまった。
「考えとくよ、マーベリック」
遠ざかる拓真の背中。
蓮は少しだけ、それを追いかけるように走り出す。
土手の向こうには、少し色づき始めた並木。
この静けさの中に、次の季節の気配が隠れている。
――まだ知らないふりをしている。
でも、きっとその時は、もう遠くない。