表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

第6話:「※この静けさも、いつか嵐に変わる」

秋の空は、どこか静けさを纏っていた。

まだ冬の気配はないけれど、風が吹くたびに長袖のシャツがふわりと揺れる。


地位協定違反という名の“制裁”から、四か月。

周囲からの無言の圧力は、表向きには解除された。

けれど、あの時失ったものは、簡単には戻らなかった。


今日は、いつもとは違うランニングコースを選んだ。

学祭前の慌ただしい空気から逃げるように、蓮はひとり、河川敷の土手を走っていた。


水面が穏やかに揺れ、風がススキを揺らしている。

深く息を吐き、芝生に腰を下ろした。


水筒のドリンクを一口。秋の甘さが喉に染み渡る。


「……お、野中?」


その声に顔を上げると、見慣れたシルエットが目に入った。


藤井 拓真

中学からの親友であり、元サッカー部の相棒。

今日はサッカー部の練習日ではなかったはずだが、ユニフォーム姿の彼はボールを手にしていた。


「ちょうどよかった。パス練、付き合ってくんない?」


「休憩中なんだけどな……」


そう苦笑しながらも、自然と体は立ち上がっていた。

ボールを蹴る感触は、思っていたよりも体に残っていて、心地よかった。


「なあ、覚えてる? 中三の地区大会、最後のカウンター」


「……あれな。ギリだったけど、決まったよな」


「お前がゴール前まで走ってくれると信じてたよ、俺は」


その言葉に、思わず目を細めた。

“信じていた”――そんな言葉が、こんなにも胸に響くとは思わなかった。


「……また、ああいうの、やりたいよな」


拓真の言葉に、蓮は何も返せなかった。

ただ、少しだけ長めにボールを蹴り返す。


高く跳ねたボールの下、拓真がふとつぶやいた。


「なあ、俺さ……お前を止められなかったの、今でも後悔してる」


……その声は、風に混じっても、ちゃんと届いていた。


「……気にすんなよ。あれは俺の問題だった」


それ以上、拓真は何も言わなかった。

ただ、軽くヘディングで返球する。


不思議と、それだけで十分だった。


「……また付き合ってよな、グース」


別れ際、拓真がそう言った。

“グース”――中学時代のあだ名。蓮は思わず笑ってしまった。


「考えとくよ、マーベリック」


遠ざかる拓真の背中。

蓮は少しだけ、それを追いかけるように走り出す。


土手の向こうには、少し色づき始めた並木。

この静けさの中に、次の季節の気配が隠れている。


――まだ知らないふりをしている。

でも、きっとその時は、もう遠くない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ