第2話「※イケメンだけが許される世界」
俺の朝の始まりは、ランニングだ。
中学の頃からずっと日課にしており、そのおかげなのか、
今では自転車でも上るのがつらい坂道も、息を切らさずに登りきれる。
決してサッカー部に復帰したいわけではない。ただ、走りたいだけだ。
家に戻って軽く朝食をとり、制服に着替えて鞄を手に、再び家を出る。
学校に向かう朝のホームで、蓮はぼんやりと電車を待ちながら、頭の中でアニメの内容を反芻していた。
昨日一気に観た『魔法少女デュエリスト』を何度も思い返し、その余韻に浸っている。
「…こんな世界があればなぁ」
そんなことを考えていると、ふと横から拓真の声が聞こえた。
「蓮、今日も顔が冴えないな。どうした?」
拓真は、いつも通学中にも他の生徒たちと楽しそうに話している。
今回も軽いノリで蓮に声をかけてきたが、その笑顔を見て、蓮はどこか焦りを感じていた。
「いや、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
蓮は軽く笑って返す。だがその裏には、
拓真がいかに自然に周囲に溶け込んでいるかへの、嫉妬にも似た感情が隠れていた。
拓真は「お前もさ、もう少し明るくなったらどうだ?」と言い、再び周りに明るい笑顔を向けた。
その言葉に、蓮はどこか引っかかるものを感じていた。
教室に着いて、自分の席に座り、担任が来るまでオタク友達と談笑する。
いつも通りの、朝のルーチンワーク。
時が過ぎ、午前授業の終わりのチャイムが鳴る
「宿題忘れんなよー」
「きりーつ、れい!」
日直の掛け声と同時に、何人かの生徒が購買室に駆け込んでいく。
その様子を横目に、俺は自分の席で一人、弁当を広げていた。
周りの席では、拓真や玲央を中心に、賑やかな声が飛び交っている。
「やっぱり、こういう空気には馴染めないんだよな…」
蓮は心の中でそう呟く。ふと視線を横に向けると、涼子が静かに弁当を食べていた。
風紀委員でありながら、コミュニケーションが苦手で、昼休みにもほとんど誰とも話さず、黙々と食事をしている。
その姿に、蓮はなぜか少しホッとする。そして同時に、「自分もああなれたら」と思っている自分に気づく。
そのとき、蓮の耳に玲央の声が入ってきた。女子たちとの楽しげな会話だ。
彼は、いつも通りイケメンオーラ全開で、笑顔を振りまいていた。
その場の空気は、まるで彼を中心に回っているかのようだった。
「やっぱ、イケメンは違うな…」
蓮は心の中で思う。すると、ふと視界の端に拓真の姿が入った。
彼は自分のことなど気に留める様子もなく、周囲と自然に会話している。
それがどうしても自分にはできないことだと、蓮は痛感する。
午後の生物の授業が始まる。
先生の声は熱心だが、蓮の耳にはほとんど届いていない。
ノートを取るふりをしながら、目の前の美鈴をちらりと見ていた。
「美鈴も、拓真と仲良さそうだな…」
蓮は気づかれないように彼女を見守っていた。
彼女が誰かに話しかけられたとき、その返答に少し反応する――それだけのこと。
それでも、拓真と話す彼女の姿を見ていると、胸の奥がじくりと痛んだ。
授業が進むにつれて、蓮の視線は虚ろになっていく。
机の上にはノートが広がっているが、頭の中では社会的な「地位」ばかりが渦巻いていた。
「…イケメンだけが許される世界」
蓮は心の中でその言葉を繰り返す。
周囲の人間は顔や雰囲気で評価され、自分はどうやってもその輪に入れない。
一体、自分は何者なんだろう――。
そんな思いに囚われたまま、授業は終わった。
この日は、放課後にオタク友達とも話さず、まっすぐ家に帰った。
家に帰ると、蓮は何の変哲もない一日を終える。
宿題を片付け、塾の講習動画を見て、最後に撮りためたアニメを観る。
そのすべてが、自分にとっての「居場所」に思えた。
だが、心の中にはいつも不安がついて回る。
「まぁ、これが俺の居場所なんだよな…」
自分を納得させるように、蓮はテレビの前に座り込む。
そのまま、アニメの世界へと没入していった。
――だが、心の奥底には一つの疑問が残っていた。
「美鈴は、やっぱり拓真みたいなヤツがいいのかな…?」
その問いが、蓮の胸に静かに、しかし深く刻まれていた。