第12話:「※ただし、イケメンに限らない(前編:さよならの代わりに、音が鳴る)」
学校の掲示板に、ざわめきが走った。
【お知らせ】
校内の非公式制度として蔓延していた「オタク・イケメン地位協定」は、本日をもって「無期限の停止」とします。
尚、これに関連する行動規範は校則及び、生徒会規則に準拠するものとします。
文責:生徒会副会長 山本 結衣
「これ、マジで山本先輩が出したの?」「てか副会長だったの!?」
教室に集まる驚きの声が、SNSに次々と流れ込み、拡散されていく。
当事者のひとり、東條 玲央はその張本人の書類を手に、静かに生活指導室へと歩いていた。
その後ろには、山本 結衣。今日も制服はきっちり着崩して、表情は静かだった。
「ふぅん……最後に出してきたわけね。アンタの名前で」
「逆に今しかないでしょ。ここまでやったら、もう“あたしたち”として向き合うしかないから」
玲央は鼻で笑った。
「いい度胸だよ。で、オレをここに呼び出して、どうするつもり?」
「……手放すよ、玲央」
「は?」
「全部。“あたし”じゃなくて、“私”としてやったこと。玲央の盾だったことも
地位協定も……今日で終わり」
「まさか、本気でこんな紙切れで、世界が変えられるとでも?」
「違うよ。紙切れじゃなくて、“蓮”が動いたから。だから変わるの」
その言葉に、玲央の目がほんの一瞬だけ揺れた。
「……へぇ、あいつが?」
「うん。何もしなかったけど、あいつ、何も“壊さなかった”んだよ」
「くだらない。そんなやつに、何ができる」
「じゃあさ、“できない”って証明してみればいい。
……でも、あんた、もうこのゲームのルールを握ってない」
「……で、俺を、捨てるわけ」
「玲央。最後までわかってなかったんだね。私が誰のために動いてたか」
「……」
「自分のためだよ。もう、“玲央の隣で戦う私”じゃなくて、“自分で立つ私”になりたかった」
そのとき、ドアがノックされた。
「失礼する」
生活指導の先生が入ってきた。
「東條、話はすでに届いている。内容は確認済みだ。ついてきてくれ」
玲央は結衣を見た。
「これで終わり?」
「いいえ。これが始まりよ」
玲央は少しだけ笑い、肩をすくめて歩き出す。
先生の背中に続きながら、最後にひとことだけ、結衣に言った。
「……でもお前、やっぱり一番イケてる女だよ」
その言葉に、結衣は笑いもせず、ただ「ありがと」とだけ返した。
廊下の向こうに、小さくなっていくその背中。
――静かに、そして確かに。
ひとつの時代が、終わった。
音楽室の窓際、美鈴はクラリネットを持ったまま立ち尽くしていた。
遠く、吹奏楽部の活動も今日は休み。音楽室には彼女一人。
扉の向こう、校内では“何か大きなこと”が動いている。
でも彼女は、まだそこに触れる勇気がない。
──でも、蓮くんはもう、動き始めてる。
そんな確信が、胸の奥でじんわりと灯っていた。
(私は……このままでいいのかな)
彼女の足元、譜面が一枚、風で舞った。
美鈴は静かにそれを拾い、譜面台に戻す。
そして、ためらいながらもクラリネットを構える。
そして――奏でた。
ドビュッシー「亜麻色の髪の乙女」
その音は、校舎のどこかにいる彼に、確かに届いていた。
──その音を聞いた蓮は、昇降口で足を止め、空を見上げた。
「……今なら、少しだけ前に進める気がする」
そう呟いたその横に、涼子と拓真が並んで立っていた。
「お前、変わったな」
拓真が笑って言う。
「私もびっくりだよ……ね?」
涼子も、少し照れたようにうなずいた。
蓮は、ただ静かに笑った。
その表情は、もう“その他大勢”の中にはいなかった。
彼の心の中には、美鈴との曖昧で、それでも確かにあたたかな関係が、
少しずつ輪郭を持ち始めていた。
後編へ続く




