第1話「※ただし、イケメンに限る」
何をするにも、それが前提条件だ。
優しくすれば「運命」、しつこくすれば「通報」。
気遣いは「紳士的」、話しかけるだけで「事案」。
──違いは、たった一つ。
顔。
SNSは、そんな現実を映す鏡だ。
「この人がヤるのはOK」「あの顔でヤるのはアウト」
逮捕・送致されるような事件の報道でも、最初に評価されるのは“容姿”。
被疑者の卒業アルバムが晒されても、やっぱり評価されるのは“容姿”。
どんな功績を出しても、最終的には“顔”で語られる。
中身なんて、誰も見ていない。
いや、見ようとすらしていない。
だからといって、抗うのも面倒だ。
放課後。
日が傾き始めた教室で、俺は今日も“自分たちなりの楽しみ”に浸っていた。
「おい、またあのアニメのヒロイン、最終的にイケメンのとこ行ったぞ」
「お前、そろそろ免疫つけろよ」
笑いながら交わす会話は、いつも通り。
俺たちは、もう理解してる。
この世界のルール。
そして、そのルールの中で、俺たちは“その他大勢”。
『オタクが話しかけてくるの、普通に無理なんだけど。イケメンならまだしもさ』
──クラスメイトの女子が、スマホをいじりながらそう呟いた。
聞こえるように。いや、わざと聞かせてきたんだ。
何かしたか?
こっちは、ただ授業で同じ班になったから、最低限の会話をしただけだ。
最初は驚いた。
でも、人間は不思議なもので、次第にそんな状況にも慣れていく。
それが、この世界の“現実”らしい。
イケメンに限る──
結局は、“顔面偏差値”がすべてなのだ。
それを突きつけられた俺は、今日も静かに、自分の殻へと引きこもる。
アニメの話題が尽きかけた頃、1人のクラスメイトが席に駆け寄ってきた。
佐藤 涼子
このクラスで数少ない、中学からの「知り合い」だ。
忘れ物を取りに来たのだろうか。
机の中をカサコソと探し、目当てのものを見つけたらしい。
「見つけた」と言わんばかりの笑顔でそれをカバンにしまい、教室を後にした。
このクラスに、俺を含めて4人の「知り合い」がいる。
藤井 拓真
俺が中1の頃、サッカー部で一緒だった、かつての相棒。
今でもグラウンドでは、威勢のいい声がよく響いている。
東條 玲央
言わずと知れた、ハイスペイケメン。
新宿・歌舞伎町の億稼ぎホストのような容姿で、今日もどこかをふらついているらしい。
噂では、高2の彼女がいるとかなんとか。
そして、俺。野中 蓮
人気アイドルみたいな名前のくせに、
冴えないヅラした、どこにでもいるアニメオタク。
「んじゃ、帰るわ」
「じゃなー」
「おう、アニメ消化、頑張れよー!」
教室を後にして、薄暗くなった校門を通り抜ける。
帰宅。
俺の部屋は、俺の聖域。
制服を脱ぎ、ジャージに着替える。
まずは宿題を片付けて、次にオンライン塾の講習動画を視聴。
英語の構文、数学の関数……。頭が少しずつ重くなっていく。
それが終わったら、ようやく俺の時間だ。
録り溜めたアニメの消化。
今季、覇権確定と言われているそのアニメは、
主人公が理不尽な運命に抗い、力を手に入れ、世界を変える物語。
そこには、現実にはない“希望”が詰まっている。
画面の中のキャラが言った。
『見た目じゃなくて、中身で勝負だって、俺は信じてる!』
思わず、笑ってしまった。
「それ、現実じゃ通用しないんだよ──」と。
でも、
そんなセリフに救われてる自分が、少しだけ悔しかった。
それが、俺。野中 蓮の日常。