第11.5話:「※その瞬間、秩序は沈黙した」
深夜0時
寝室の暗がりの中、玲央はスマホを操作していた。
タップされたのは、顔も名前も見えない“サブアカウント”。
「#文化祭裏側 #演劇の舞台袖で泣く子 #やりすぎじゃね?」
添付された動画には、舞台袖で泣いている女子生徒。
顔はぼやけているが、制服と髪型だけで“彼女”だとわかる者もいる。
「蓮に直接触れたって、あいつはすぐには壊れねぇ。
だったら──周りから削ってやる」
投稿完了。
数秒後に「いいね」が1件ついた。
「次は、お前の番だよ──“野中”」
画面を伏せ、ベッドに潜る。
目は冴えていた。
眠る気など、最初からなかった。
投稿から8時間後の朝8時20分
ホームルーム前の教室は、静かなざわめきに包まれていた。
「昨日の投稿、見た?」
「アレって……佐藤さん、じゃないの……?」
蓮は席に着いたまま、静かにノートを開く。
隣の席の涼子は、窓の外を見つめていた。
その肩が、ほんのわずかに震えていた。
(……またか)
心の奥に、沈殿していた感情が、ふつりと浮かぶ。
それを誰が仕掛けたかもわかっていた
けれど、声は出なかった。
「何も言わずに耐えるやつ」を、壊す遊び。
あれがまた始まった。
昼前。
廊下まで響く怒鳴り声。
「ふざけんなよ!あんなの、ただの中傷じゃねーか!」
拓真が、教室で怒鳴っていた。
「俺じゃねーって!」
「てか、晒されたくないなら裏で泣かなきゃよくね?」
鼻で笑った生徒に、拓真が静かに言い返す。
「じゃあ、お前が晒されても、笑ってろよ」
一瞬、空気が凍る。
背後で聞いていた蓮は、何も言えなかった。
(俺のせいだ。
狙われたのは、俺を守ったからだ……)
放課後、生徒会室。
室内の灯りは最小限。窓の外では夕日が傾きかけている。
ホワイトボードには“沈黙”とだけ書かれた文字。
机のタブレットには、ある投稿の拡散ログ。
「2時間で、3クラス分に広がってる。……止まらないね」
結衣は、目を伏せたまま、疲れた声でつぶやいた。
その横で、クラリネットケースを静かに閉じる音が響く。
――美鈴だった。
彼女は、静かに口を開いた。
「……音を止めてもいい?」
結衣は視線を向けず、少しだけ微笑んだ。
「いいわけないでしょ。
これから“もっと”うるさくなるんだから」
美鈴がここにいる理由は、誰も口にしていない。
ただ、結衣個人があえて呼んだのだ。
「この子は、音を鳴らす前の“静けさ”を理解しているから」と。
ふたりは同じ方向を見ていた。
「次に来るもの」を知っていた。
翌朝、校内掲示板に一枚の告知が貼られた。
【生徒会より】
明日、重要なお知らせがあります。
各クラス代表者は、昼休みに会議室へ集合してください。
生徒副会長より
それを見上げた誰かが、ぽつりとつぶやく。
「……終わるのか、アレ」
誰が言ったのかはわからない。
でも、その言葉に、周囲の空気が少しだけ変わった。
“秩序”が沈黙した日の朝、
校舎にはまだ、ほんの少しのざわめきが残っていた。




